「へぇ……そんなことがあったのか」


「うん、変わった子だなとは思ったよ」


 あの後、遅くなったことを兄さんに叱られバングルに気づかれた。いや気づかれちゃいけないわけではないんだけど。


 やはり貴族でなくてもスラム街の人間に眉を顰める人間は少なくなく、グスターのような考えをもつ人は少ないらしい。


「良かったな。友達ができて」


「うん!」


 これから彼のいろんな話を聞けるだろうか。彼は私と違って父の仕事で様々な国へ行くらしい。お土産はいらないけど、どんなことがあったのか話してくれたら自分の世界が広がる気がしてわくわくした。


「……」


「どうしたの?アーディル」


「別に……」


 何処かから視線を感じて振り向けばアーディルがこちらを仏頂面で見ていた。少し不機嫌なのか、尋ねると顔を逸らされた。


「ヤキモチ妬いてんなよ」


「や、妬いてねぇよ!兄ちゃんのバカ!」


 そんな二人の会話は耳に入らず、バングルの彫刻に夢中になっていた時何人かが私たちの前で立ち止まった。


 顔を上げるとそこには見るからに柄の悪そうな男が三人。こちらを気持ち悪い目で見ながら笑っている。


「おいそこのガキども、金目のモン寄越せ」


「ありません」


 兄さんが私とアーディルを後ろに庇って対応する。兄さんは淡々と答えているが、こういう相手はまず話が通じない。


「ありません?んな訳ねぇだろ、ここら一帯じゃお前ら有名なんだぜ?」


「っ……」


 兄さんが息を呑む。やはりここ最近は少しマズかったか。


 アーディルと密かに目を合わせる。こいつは必要ないけど私は必要だからそ・れ・が腰にかけてあるのを確認する。


「周りの奴に聞いたんだよ。お前らガキのくせにかなり腕が立つそうじゃねぇか。そこらの賊連中から助けてもらった礼と小遣い稼ぎで金なんてたんまりあんだろ?」


「ガキには使い道が無くて困ってんだろう?だからよぉ、分・け・て・く・れ・っつってんだよ」


「おっ!そうだ……なんならいい仕事先教えてやろうか。子供が趣味の奴なんて沢山いるからよ、お前らんとこのガキに客でも取らせればきっとおおもうけ___


「黙れよ……」


 初めて聞くような兄さんの低い声。怒りを孕んだその声は決して私たちに向けられたことなどない。けれどそこまで驚かなかった。私も、きっとアーディルも兄さんと同じ気持ちだから。この場にリリィたちがいなくてよかった。


「あ?」


 兄さんの言葉を聞いて機嫌を悪くした男は怒鳴りつける。


「ああ!?今なんつったこのガキ!?」


「そのクセェ口閉じろっつってんだよ、クソ野郎!!」


「カハッ……!!」


 アーディルが兄さんの前に飛び出して真ん中にいた男の鳩尾辺りを殴る。


「このガキッ!黙って大人しくしとけばいいものをっ……!!」


 それを見た太った男の仲間が手に持っていた棒を振り回したところを、兄さんが素手で受け止める。


「誰がテメェらなんかに妹たちを預けるかよっ!!」


 兄さんはそのまま男の首を蹴り上げ、男は気絶し倒れた。


「チッ……とっとと金寄越せぇええ!!」


 仲間の二人が気絶し、怖気付いたヒョロヒョロの男が刃物を取り出してこちらに向かってきた。


「っ!」


 咄嗟に腰にかけてあるナイフを取り出し、相手の刃物を弾き飛ばす。怯んだ相手の腹を蹴り、押し倒して首近くの地面にに刃物を突き刺した。


「ひっ……」


 相手が泡を吹いて気絶したのを確認し、その体から降りる。


「サキ鬼畜だな……」


「そう?刃物を使うなら、それで傷つけられる覚悟くらい持ってないと」


「恐るべし、サキの怒り……」


「なんかやだ」


 それにしても、と気絶した男三人に目を向ける。こんな男たちが噂をききつけるほどここ最近は活動が目立っていたということだ。


 確かに日々エディ兄さんに護身の方法を教えてもらっている。兄さんは剣術を知っているし、アーディルは身体が強く、筋肉がある。私は前世の職業からナイフ術を扱えるからそんじょそこらの賊に負けはしない。


 私たちよりも年の若い、クレトたちの年代も少しずつ技を身につけそれなりに一人で活動ができるようになってきた。だからこそある程度放任していたが、


「善い行いをしても悪行をしてもここスラムじゃ目立っちまうからな。お礼として食べ物なんかを渡してくれることも増えてきた」


 子供だけというのでさえ目立つのに、それがスラム街の中では安定した暮らしをしているのだ。体の大きい大人たちにとってみれば格好の的でしかないのである。


 しかし、そうやって食べ物を手に入れる機会が増えたのは何も私たちが強くなったことだけが理由じゃない。


「にしたって最近増えたよなぁ、たちの悪い賊共。端の方じゃ蛆虫みてぇにうじゃうじゃ沸いてるって話だぜ」


 そう、最近人を助ける機会が増えた。つまりそれぐらい弱者を狙った暴行が増えてきたということだ。


 そんな理由はたった一つ。


「仕方ないよ、なんせ今は戦争でこの国は不利な状況らしいから」


「戦争……か」


 私の言葉に兄さんは苦しそうに目を伏せた。自分の父のこともあって何かしら思うところがあるのだろう。


 戦争。いくら前世であのような状態だった私でも無縁だった。日本は他国との戦争など行わない国。世界から見てもかなり平和な部類だった。


 しかしこの世界ではそうではない。領土拡大のため、多くの国が争っていた。ここ一、二年は大人しかったようだが最近、また大きくなったという。


 戦争は誰もが望んでいるわけではなく、兵役を逃れようとするものも少なくはない。しかしその者たちの居場所は奪われスラムに来たり旅人を狙って盗みを働くしかないのだ。


 スラムに来た人間も多く、もともと少ない食料を分け合っていたものが余計に分け前が減り、四日か五日まともな食べ物にありつけないのなんて当たり前になって来ていた。


 この襲いかかって来た男たちも生きるための行動だったのだろう。それでも許せなかったのは妹たちへの暴言だ。今すぐ口を聞けなくしてやろうか、と本気で思うぐらい。


 それぐらいみんなが大切だと考えるようになったんだ。前の私じゃ信じられないくらい。


 願わくばずっと……このままみんなで暮らしていけたらいい、なんてらしくもないことを祈ったけど、それは紛れもなく本心からだった。


 随分と、絆されたものだなぁと感じる。家族愛なんて、兄弟愛なんて信じてこなかったのに。諦めていたはずなのに。


「何ボーッとしてんだ?」


「帰るぞ、サキ」


 二人が固まってる私を不審に思ってこちらを見る。帰る、かぁ。帰る場所も、今はあるんだもんな。


「なんでもないよ」


 今日はどんな話をあの子達にしてあげようか、ともはや日課になった就寝前の時間。前世から知っているおとぎ話を子供達に教えてあげる、あまりにも温かい時間。


 胸のあたりに感じる温もりを噛み締めながら、私は一歩踏み出した。


 別れの日が、着実に近づいて来ているなんてことは知らずに。

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