私は今日はこの領地に来た観光客の案内。兄さんは荷運び。アーディルは靴磨き。それぞれの仕事をそれぞれの場所でこなしていた。きっと今頃、小さい子たちはクレトが中心になって遊んでる。


 いつも通りの日常。貧しいけれど、前世よりずっと幸せな暮らしだ。この日々が始まってどれくらい経ったかも忘れた。そのくらい長く一緒に居る。


 今自分は何歳なのかも分からないけれど、恐らく7歳くらいだろうか。アーディルは私と同じ年くらいだけど兄さんはずっと年上に見える。クレトやリリーは5歳くらいかな。もうそろそろクレトは働き始めても良いかも。


「ねぇ、君がここの領地を案内してるの?」


 昼前の最後のお客さんを見送って、ひと段落つけそうだと思った時、幼い声が後ろから聞こえた。


「左様でございます。如何なさいましたか?」


「いや、別に何かあるって訳じゃないんだけどさ。」


 声の主は想像通り子供。といっても私より二、三歳は年上だろうか。背が高い。人のことは言えないかもしれないが、随分と派手な容姿をしてると思った。燃えるような赤い髪に、緑色の目。失礼かもしれないが、色合いはまるでトマト。


「それは出過ぎた真似を致しました。それでは失礼致します。」


「え、待って。」


「……何か?」


 何の用事も無いのであれば何故引き止める?彼のような人間が私に構う必要などないのに。


 綺麗に整えられた髪も、彼の為に用意されたであろう服もどれもまるで貴族のようだった。というか貴族なのだろう。


「やっぱり用事あったよ。俺の話し相手になって!」


 彼の傷一つない手が私の泥だらけの手を取る。変わった子だな、自分の手が汚れるのも気にしないなんて。まず貴族じゃありえないだろう。


 連れてこられたのは商店街の道端にあるベンチ。そこら辺に屋台があって良い匂いが漂っている。


 名前も知らない彼は私に待つように言うと人混みの中へ消えていった。何をするつもりなのか。


 戻って来た彼は嬉しそうに手に二つ、何か持っている。あれ、は………焼き鳥!?


 この世界にそんなもの存在したのかと思いつつ満面の笑みの彼に目を向ければそのうちの一本を差し出された。


「あ、の……?」


「一緒に食べよ!」


 そう言われて、しかも買ってこられてはどうすることもできず、渋々受け取った。当の本人は、食べてと言わんばかりにこちらを見つめている。


 戸惑いながら、一口かじりつけばあの独特の風味が口に広がった。これ炭火焼きだ。


「!……おいしい。」


「でしょ!俺のお父さんが買いつけてきた肉なんだ。山奥でしか取れないから貴重なんだよ!」


 買いつけてきた?


「他にも父さんは他の国からの珍しい布とかお菓子とかお酒とか!いろんなものを買ってこの国で売ってるんだ!だから父さん物知りなんだよ!」


 とても誇らしそうに自分の父親のことを話す彼は、その父親が大好きなんだろう。


 良いなぁ、私は自慢できるような親なんて居なかったから。


「ということは、貴方のお父上は商人の方なのですか?」


「うん!この国でいっちばん大きい商会の会長なんだ!」


 なるほど、貴族じゃなくて大商人だったのか。なら貴族より身分差にはうるさくないのだろうけど。それにしたってスラム街の孤児に友好的だな。


「しかしそれ程の方となれば護衛の方もつかれるのでしょう?姿が見られないのですが……」


「撒いてきた。」


 人混みに視線を移すとすぐに答えが返ってきて思わず、え……と固まる。当の本人は拗ねたようにそっぽを向いた。


「アイツらと居ても全然楽しくない。俺のやる事なす事ダメとしか言わないんだもん。」


「それは……」


 仕方ないだろう、という言葉は飲み込んだ。私は彼にそんな口聞ける立場じゃないのだから。


「それに社交界だって退屈。なんで貴族って人を見下したがるんだろう。」


「……さあ。」


 貴族なんてそんなもんだろう。現にうちの領主だって本当に身分にこだわりがないならこんな風にスラム街の人間から莫大な税を取り立てたりしない。


 払えない奴は無理やり労働させられる。それも奴隷同然に。しかし誰も不満は言えないのだ。


「逃げ出したい、こんな環境から。なににも縛られない旅人のように。君もそう思わない?」


 ポツリの投げ出された言葉。彼の考えが分からないでもない。それでも私は


「思いません。」


 きっぱりとそう告げた。


 相手は想像と答えが違ったのかギョッとしてる。どうして……と戸惑う彼に笑いかけ、私は言葉を続けた。


「身一つでどことも知れない場所に放り出されたら、私は間違いなく死にます。さらわれて奴隷にされる可能性だってあります。私はまだ子供ですから、今この国の、領主様の支配下にいるからこそ、手に入れられる安寧があります。」


「それに、離れたくない人達がいます。私たちのような明日も分からない人間にとって居場所とはとても尊いものです。それを与えてくれた、ここに居て良いと言ってくれた人達を、置いていきたくはありません。」


 そう言い終えた私を、彼は目をまん丸くして見つめている。無礼だと思われただろうか、貴族でなくとも彼は私より遥かに上の身分、本来口答えなど以ての外ではないか。


「も、申し訳「そうか……。」……?」


 謝ろうとした私の声は彼の呟きによって遮られた。予想していなかった言葉に思わず首を傾げた。


 次の瞬間、彼は何故か顔を明るくした。一体なんだというんだ。


「なるほど!父さんの教えがようやく分かったよ!」


 唐突にそう叫んだかと思うと、彼はベンチから立ち上がり走り去る。


「は……。」


 それをポカンと見つめるしかない私に彼は振り返りながら尚も叫んだ。


「明日、この時間にここに来て!また俺の話し相手になって!!」


「えぇっ!?」


 私の返事も聞かずに人混みに紛れて行った彼を追う手立てもなく、その日は仕方なく帰った。明日は休みだからリリィ達と遊ぼうと思ってたのに。


 しかしあんな楽しそうな顔をした彼の期待を裏切るのも辛い。行くしかないのか、と溜息をつきながら家へ帰った。

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