なぜか朝起きてみると隣にアーディルは居らず、慌てて外に出る。すると溜まり場にしている広場の方から何やら声が聞こえた。


 一体なんだと思い広場に行けば男子が全員集まっているようだった。


「……なにこれ。」


 というか女の子たちはどこ行ったの。


「ん……?あぁサキ……おはよう!」


 エディ兄さんが私に気づき、駆け寄ってくる。周りの子たちはなぜか取っ組み合いを始めているが、エディ兄さんも止めないし、険悪な雰囲気は無く、むしろどこか楽しそうだった。アーディルも年下相手に攻撃を塞ぐか捌くかしている。


「兄さん、皆何してるの?」


「あー、これは護身術の勉強だよ。暴力沙汰に巻き込まれても大丈夫なようにって、暇な時は教えてんの。今日は俺もお前もアーディルも仕事無いだろ?」


 まだギリギリ働けるような年齢なのはその三人しかいないから、私たちが居なければ確かに年下の相手をするのが日常。けど、兄さんはなんで正式な体術なんて知ってるんだろう。見た限り、不良が殴り合ってるようなものじゃなくて試合のようにさえ見える。


 私の意図を汲み取ってか兄さんは得意げに笑いながら教えてくれた。


「俺さ、実は父さんが騎士だったんだ。ガキの頃はよく父さんに稽古つけてもらってたんだけど、戦争に駆り出されて死んじまってな……。母さんも病気で死んで当てもなくてスラムに来たから、身を守る術くらいなら教えられるんだよ。」


「初めて知った。」


 兄さん、元は平民の出だったんだ。なんか騎士の父親がいるのも納得できる。誰よりも正義感のある人だから。


「女の子たちは?」


「あー、あいつらなら今頃近くの大人に料理だの編み物だの教えてもらってるよ。」


 編み物と言ったら藁とかで絨毯代わりのものとかを作ってるんだろう。料理ならまずは火の起こし方とかだろうか。


「じゃあ私もそっちに……」


「いや、お前はこっちだ。」


 え、私は女なんだけど……?


 意味がわからないといった雰囲気を隠しもせず兄さんの顔を見れば兄さんは真剣な顔をした。


「いいか、サキ。お前の容姿がスラムここじゃ目立つのは分かるな?」


  「うん……。」


 前に聞いた。この髪と目じゃ、貴族に間違われてもおかしくないってこと。判断できるのは身だしなみのおかげだと。


「つまりお前はここら辺じゃ一番人攫いの格好の的なんだ。そんなお前が自分の身を守れないでどうする。」


 それを聞いて納得した。ここに来て初めてアーディルに会った日も、私は人攫いに狙われていたらしい。あの場に彼が居なかったら、私は今頃ここに居ないかもしれないのだ。


 そうだ、ここに完全な安全なんて無いんだ。皆明日生きて行けるかどうかも定かではないのに、何を平和ボケしていたんだ私は。


 まあもとの日本という国に、命の危険に対面するなんて機会、一・般・市・民・には無いのだろう。私は違ったが。


 だが体術に対して知識がある分、他の子供より様になるのも早いだろう。因みに私がやってたのは体術というかナイフ術なのだが、空手の基礎ぐらいは分かる。この世界に空手に通じるものがあるならの話だが。


「まあとりあえず、教えるものにも種類があるからお前がどれに合ってるか見てみるか。とりあえずアーディルと取っ組み合いしてこい。」


 兄さんがアーディルを呼び寄せ事の概要を伝えると、彼はすぐに了承した。


「うっし、行くぞサキ。」


「よろしく、お願いします。」


「何かしこまってんだよ。」


 うるさいな、武術の基礎なんだよ挨拶は。


 さて、体はどれくらい動くものなのか。試してみようか。


 半身に構え、相手が出してきた攻撃はズラすか避けるかする。基本的に打撃技しかないからあまり強いものはできないけど。


 あまりこちらから仕掛けず、アーディルの攻撃を捌き続けてると、痺れを切らしたのか彼は焦りと隙のある攻撃をかけてきた。


 その隙をついて迫ってきた手を払い落とし右回転と同時に右足を振り上げる。


 かかとからアーディルの顔に迫っていった足を寸前で止めれば、ポカンとした顔で私の足を見ていた。そのままだと鼻が潰れるよ。


「……お前、なんかやってたろ。」


 アーディルにそう言われてギクリとする。まあ表には出てないけど。


「悪いサキ。俺のその護身術知らないから教えられない。」


 試合を見ていた兄さんが申し訳なさそうに謝ってきたが気にしないでほしい。訓練すればもとの感覚は戻りそうな感じがする。


 アーディルは見た感じ、ボクシングっぽい動きをしてたなぁと思い返す。じゃあ足技は使わないのかな。ちょっと勿体ない。


 人それぞれの好みなんだろうけど、私は全身を使って攻撃する方が好きだから。


「くっそーぜってぇ勝ってやる!」


 何が彼の心に火をつけたんだ。いや私だ。他の誰でもない。


 その後、クレトたちにすごいキラキラした目で見られたが、前世の知識というズルい手を使っているからか罪悪感しか湧かなかった。

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