朝早く起きてアーディルと兄さんと一緒に仕事を探す。夜になればリリーやジャック達と遊んで寝かしつける。


なんてことない、人によっては不幸にすら見えるような貧しい日常。けど私にとっては前なんかよりずっと幸せだ。


「お兄ちゃん、今日はずっとリリーといっしょ?」


「そうだね、たくさん遊ぼうか!」


「うんっお兄ちゃんだいすき!リリーね、大きくなったら世界でいちばん美人さんになるから結婚してね!」


 喜んでくれるリリーを抱き上げれば1つの小さな影が近づいてきた。こいつもまぁよくやるわ……。


「はぁあ?兄ちゃんはお前なんかよりもーっと美人なおねえさんと結婚するからお前はムリだよ!!」


「クレト……。」


 クレト。リリーと歳は同じくらい。こうやってすぐリリーにちょっかいかけてる。けど素直になれないだけでリリーのこと、本当は好きなんだろうな。


「そ、そんなことないもん!リリーは美人さんになるもん!」


涙目になりながらリリーが反撃する。リリーが泣きそうな顔をしているのにクレトは一瞬たじろいだが、すぐに持ち直した。


「ふ、ふん!もし美人になってもお前みたいな泣き虫だれがもらってくれんだよ!やーい、弱虫!」


クレトの意地悪い言葉にリリーはとうとう泣き出してしまった。あーあ。




 あの後戻ってきた兄さんにリリーを預けた。なんとなくだが兄さんも状況を察したのだろう。呆れたようなため息をついていた。


対するクレトはずっとしかめっ面で端っこに蹲っている。そんなに後悔するなら素直になればいいのに。典型的な好きな子にいじわるしちゃうタイプだからなあ。


「クレト、ちょっとおいで。」


 手招きすればビクッとしてクレトはこっちを見た。


「な、なんだよ。説教なら受けねぇぞ!」


「違う違う。お兄ちゃんとちょっとお出かけしよう?」


安心させるように笑いかけ手を差し出せば、渋々といった感じでクレトは手を取った。


 目的地まで歩いているとふとクレトが口を開いた。


「兄ちゃん、こっち水路だぜ?落ちたら危ないから近づいちゃダメなんだろ?」


「1人ではね。今はお兄ちゃんがいるから大丈夫。ね?」


向かうは水路の端。私たちが住んでいる場所からはちょっと遠いけど、歩けないこともない距離にそれはある。


「ほら、着いたよ。」


私が目を向けている方向にクレトも目を向ける気配がした。それから、息を呑む音。


「っ……すっげぇ!!」


 山から川に水が流れて、水路が出来る、その水路に流れる水が最終的に行き着く場所。そう、海。あまり遠すぎない場所にこれがあって良かった。


今の時間は夕日がちょうど沈む時。海も空も茜色に染まっていて、私も初めて見たときはその情景に釘付けだった。アーディルや兄さんはこの場所を知っているだろうか。


 一生、狭い世界しか知ることが出来ないかもしれないこの子達に少しでも分かって欲しかった。ここより外にも同じような人たちがいること。知らないままでいることはとても悲しいということを私は知ったから。


「この先にも国があって、村があって、ここみたいなスラム街もある。人だって数え切れないくらい。そんな中でお兄ちゃんはアーディルに会って、そこからエディ兄さんやクレトたちにも会えた。」


 本当は絶対に会えないような存在。けどそんな存在だった人たちが私にいろいろなものを見せて、教えてくれた。


「それだけですごく幸せだなって思えたけど、どうせならその気持ちを伝えたいんだ。お兄ちゃんはアーディルにありがとうって伝えたい。」


照れ臭いし、前の世界では本心からなんて口にしたことのない言葉だった。けど本当の意味が分かった。ありがとうの意味を教えてくれたのも、アーディル。


「アーディルにはね、本当にたくさんの初めてを貰ったんだ。でもね、お兄ちゃんって呼んでくれたのはクレトが初めて。」


 エディ兄さんとアーディルについて行ってみんなに会った。みんなは人見知りで端っこに固まっていたけどそんな中で小さい子達の中心的存在だったクレトが話しかけてくれた。


"お兄ちゃん、今日から俺たちと遊んでくれるの?"


"俺ね、クレトっていうんだ。よろしくね、サキ兄ちゃん!!"


期待されてるっていう事実が嬉しかった。自分の存在を誰かが望んでくれていると分かって泣きそうになった。


クレトと遊んでいると他の子達も混ざってきて、クレトは満足そうな、やりきったような顔をしていた。本当は優しい、気配りが出来る子なんだよね。


「クレト、ありがとう。お兄ちゃんって呼んでくれて本当に嬉しいよ。」


「う……うん。」


 感謝の気持ちを伝えればクレトは照れ臭そうにそっぽ向いた。


「クレトに会えたから、こうやってありがとうって伝えることも出来る。クレトにはそういう人、居ない?」


 ありがとうって気持ち。大好きだよって気持ち。その人に会わなきゃ伝えることも出来ない。会えたことこそが幸せで。このスラム街じゃ毎日生きていけるかも不確かだから尚更そう感じる。


「いる!たくさん、いる!」


「じゃあ素直に伝えなきゃ。リリーにも。」


そう言えばハッとしていた。少しは素直になってくれるだろうか。


「兄ちゃん、俺帰って謝ってくる!」


「そうだね、帰ろっか。」


 今度はクレトが私の手を引いて走り出した。


 その日帰ってすぐにクレトはリリーと仲直りしていた。エディ兄さんがグーサインをしてきたから笑っておく。





「アーディル、いつもありがとう。」


「なんだよ改まって。気持ち悪い。」


「……お前はひどいな。」


ていうかリリーと1日遊ぶって約束すっぽかしちゃった

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