1
鉛色の空、舗装されていない道、継ぎ接ぎだらけの家。それが私の視界に映る全てだった。
人もいるが皆ボロボロの麻布を着ている。
「おい、なにしてんだ?」
後ろからかけられた声に振り返れば5歳くらいの少年がいた。
そこで違和感を感じた。その少年と私の目線の高さが変わらない。私は膝を曲げているわけでも座ってる訳でもないのに。
「なあ聞いてんのか?なんでお前みたいのがこんなスラム街に居るんだよ?」
お前"みたいの"ってなんだか不自然な言い方。というかスラム街ってどういうこと?ここは日本じゃないのか。でも喋っている言葉は日本語だ。
「!!‥‥とにかくここは危ないから俺の家に来い。」
「え‥‥!?」
少年は何かを見て私の手を引いて走り出した。かなりのスピードを出しながら家と家の間をスルスルと通り抜けていく。まるでストーカーを撒いていくように。
「はい、ここが俺の家。俺しか住んでないから遠慮しなくて良い。」
周りの家とさして変わらない外見。子供一人で住んでいくのは難しいんじゃないか。
「一人で住んでるなんて凄いね。」
「まぁな。すぐ近くには仲間もいるし、案外良くしてもらってるから平気だ。ほら入れよ。」
まだ握られていた手を再び引かれる。しかし先ほどよりは優しい力だった。
床に座らされ少年も私の向かい側に胡座をかいて座る。
「お前、見たこともないけど新入りか?」
その問いに頷くと、少年は苦い顔をした。
「やっぱりか。お前みたいな奴がスラム街に居たら目立つからな。まあ俺もだけど。」
「それって‥‥?」
少年はスッと水の入った桶を私の前に出した。どういうことだろうと思って覗き込み、言葉を失う。
「鏡はないからそれで我慢してくれ。お前、自分でも分かってないみたいだけどお前みたいな色素が薄い奴は身分的に貴族なんだよ。普通はな。」
少年の言う通り、私の髪や瞳の色素は薄かった。
プラチナブロンドの髪に翡翠色の瞳。北欧の人間のような見た目だった。そして短く切られた髪の所為か、この年頃では男女の区別もつけづらい。
「きっと没落したとかそんな事情だろうけど、お前みたいな奴がスラム街ここに居たら危ない。さっきも人攫いがお前のこと見てたからな。乱暴な真似して悪かったな。」
やっぱり人を撒いていたのか。
「いや、助けてくれてありがとう。」
礼を言えば少年は白い歯を見せて豪快に笑った。
「どういたしまして!俺の名前はアーディル。よろしくな!お前は?」
私の名前‥‥名前なんてつけられなかった。いつも「おい」とかしか呼ばれてこなかったから。
「佐木‥‥。」
「サキ?変わった名前だな。よろしく、サキ!今日から俺と一緒に暮らそうぜ!」
伸ばされた手。誰かにこんなことをしてもらうのは初めてだ。
その手を取って良いのか。私はその手を取るに値する人間なのか。
「よろ、しく‥‥アーディル。」
アーディルと同居することになった私はこの世界についていろいろなことを学んだ。
一つ、この世界には魔法が存在すること。
二つ、この国は王政でありその下には貴族という市民を支配する階級があること。
三つ、魔法を使うための力「魔力」の量は髪や瞳、肌の色素が薄ければ薄いほど多いということ。
この三つはこの世界にとっての常識らしく首を傾げると不審に思われた。
私の頭はまず混乱した。てっきり日本じゃない異国のどこかだと思っていたのにこの世界には日本という国すら存在しない。というか魔法だなんてファンタジーなものまで存在している。
その魔法がある所為か、科学はあまり発展していないようだった。当たり前だ、発展させる必要がないのだから。
そしてその魔法を使うために必要な魔力を有しているのはほとんどが貴族、そして王族。この魔力というのは遺伝性が高く、魔力を持たない両親から魔力持ちが産まれるのは極稀らしい。
見た目からして魔力の多い私は没落した貴族の子供という可能性が高く、奴隷として売ればかなりの額になるとか。だから先ほど人攫いが私を見ていたということだ。
先ほどより以前の記憶がない私に、アーディルは本当に色々なことを教えてくれた。スラム街で生きていくコツ、近所の人のこと、近づいてはいけない場所。
アーディルは普段からせっせと働いて稼いでいるという。しかし仕事がないときは近所の子供達の遊び相手になっているらしい。彼は5歳だと言っていたのに立派だと思った。しかしスラム街ではそれが普通なんだ。
近所の人を見てみるとアジア人らしい見た目をしたものが多く、この髪色では私はかなり目立つ。まるで見世物を見るような目で見られた。
また、アーディルも他とは違った。彼はアラブ人のような顔立ちだった。肌も日本人より黒く、堀が深い。しかし目は金色で全体的に黒い容姿の中で宝石のように輝いている。アーディルに事情を聞いてもはぐらかされた。きっとあまり聞かれたくないんだろう。
「夜は人攫いの輩が多くなるから家からあまり出ずに子供達の面倒を見る。昼間の主な仕事は観光客の案内とか靴磨き。あとは荷運びとかかな。お前は細っこいから荷運びはキツそうだけど頑張れよ。」
「分かった。大体一日働いてどれくらい稼げる?」
「日によるけど一日暮らせるぐらい稼げたら良い方かな。」
想像しただけで辛そうだけど、きっと想像以上に辛い生活を強いられることになるのだろう。けどみんなそうやって生きてる。
もうここはあの居場所と呼んで良かったのか分からないところじゃない。きっと前の世界より生に対する執着が大きい。そんな場所。
「ま、ここでの生活は甘くないけど辛いことだけでもない。あまり気負いしないのがコツだ。」
にししっと歯を見せてアーディルは笑った。
「へぇ、こいつが新入り?」
私の顔を覗き込んできたのは中学生ぐらいの少年。雀色の目は元日本人の私にとっては親しみやすい色。けれどこの世界では魔力の量が少ないのであまり好まれないらしい。
「サキです。よろしくお願いします。」
頭を下げてもう一度見上げると目が合った。それからずっと見つめ続けられて居心地が悪くなる。
「こんな色の奴スラムじゃ見ないな。何かあったのか?」
「えっと……。」
記憶がなければ何を話せば良いのかわからない。しかしこの世界をまだよく知らない身としては変なことを言って疑われるのも困る。
口ごもってると何故かニカッと笑われた。
「はははっ困らせちまったな。言いたくないなら言わなくて良いさ。」
少し大きな手でガシガシと頭を撫でられる。
「俺はエドアルド、みんなはエディって呼んでる。ここらに住んでるガキどもの兄貴分みたいな感じだ。気軽に兄ちゃんって呼んでくれ!」
どう反応していいのか分からず視線を彷徨わせると今度はアーディルと目が合った。
「エディ兄ちゃんにはみんな世話になってる。良い人なんだ!何かあったら俺か兄ちゃんに頼れよ!」
アーディルはエドアルドと同じように笑って見せた。
「よろしく、お願いします。に、兄さん……。」
照れ臭い呼び方。本当の家族でさえそんな風に呼ばなかったのに。私はこんなに絆されやすい人間だっただろうか。けれどなんとなく、アーディルの言うことなら信用できるような気がした。
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