第2話 御崎彩花の視点②
その日はテスト最終日で、普段から仕切り屋の一個年上の男子学生が「みんなでカラオケに行こうぜー」と言い出したのがきっかけだった。
その人は、学祭の「のど自慢大会」に出たこともあるくらい自分の歌に自信を持っていて、打ち上げといえば「カラオケ」を持ち出すのが恒例だった。
私もカラオケは好きだから行くつもりだった。
しかし、仕切り屋パイセンが指定した集合場所に行くと、なんとそこに凛と木境くんまでがいたのだ。彼らはお決まりのごとく、集団の最後尾に紛れている。
私は思わず凜の傍に行って、
「凜、来たの?」
と尋ねてしまった。一方凜は不思議そうに「うん、来たよ?」と言って笑った。
確かに凜ならカラオケ好きだから分かるっちゃあ分かる。でも、
「木境くんまで来るのは意外」
正直に言ってしまった。失礼すぎるか? そんなに話したこともないのに。
でも、それは杞憂だったようで、凛の隣にいた木境くんは凜の陰から私のほうを覗いて穏やかに笑った。
「打ち上げっていっても、少人数で分かれるらしいから、それならと思って」
間近で見る彼の笑顔は朗らかとしていて、嫌味もなかった。
「木境くん」の好印象に一票。
こんだけ集めといて結局分かれるんかい、と主催者側に駄目出しの一票。
まあ、それでこの二人が来たならいいか。
私はふうん、と言って、「これから移動するぞー」と人だかりの奥のほうで声を張り上げているパイセンの声に反応した。
すると今度は木境くんのほうからお声が掛かった。
「彩花さん? だよね。なんか好きなように分かれてもいいみたいだから、僕たちと一緒にならない?」
めちゃくちゃ意外。いや、一緒にならないかって言われたのもそうだけど、名前呼びとは。ちょっとどきっとした。
それに気づいたのか、木境くんが、あ、と声を漏らす。
「凜さんから名前しか聞いてなかったから。急に馴れ馴れしかったかな? ごめん」
「いいよ。名前呼びで。あと、一緒のグループでOK」
私が平静を装ってさらっと言ってのけると、木境くんは「そう?それじゃあよろしく」と言ってにっこり笑った。
ふうむ、接してみても好青年とは。
私が心の中で感心していると、凜が私の顔を仰ぎ見ながらふふっと笑った。今度は凜か。どうした?
「彩花とカラオケ行くの久々だから、楽しみ」
何だこの子は。なんか、天使を見た気がする。
私は思わずくらっとして頭を抑えた。
「……彩花? 大丈夫?」
凜が心配そうな声で様子を伺ってくる。
大丈夫。あんたたちの純粋さにあてられただけだから。
結局カラオケボックスの一室に押し込まれたメンバーは私と、純真二人組、それとよく前のほうで講義を受け、真面目な印象のある野茂、そして何故かパイセンの五人だった。
「いやあ、濃いメンバーが集まったなあ!」
「……なんで先輩がいるんですか?」
部屋に入った瞬間、一番にマイクを取ったパイセンに私は不審な目を向ける。
「お前がいるからだよ御崎!」
……私?
先輩はおほん、とマイクを両手で持ちながら咳払いをした。居ずまいも正している。そして、唐突のダミ声ーーー。
「実は前から気になってたんです付き合ってください!」
「やめてください」
速攻で私の口から冷淡な声が出た。
やめろ。この純真な空気を汚すな。お前のその汚い声で黒く染めるな。帰れ。
そこまでは言わなかったが、見事に玉砕した屍が一体、カラオケボックスのソファに干からびたように横たわった。
気のせいだろうか、さらさらと砂のような音までしてくる。
「あ、彩花、何もそこまで、」
「いや、私彼氏いるし。それに空気読まない奴は無理。死んでも無理」
あ、口に出た。更にパイセンがさらさらと砂になっていくような幻影が見える。うん。気のせいだきっと。
でも、本当にやめてほしい。凜はおろおろしているし、木境くんは困ったように笑ってるし、野茂なんかそっぽ向いてるし。
いや、この空気は私のせいじゃないから。全面的にこのあほなパイセンのせいだから。
「小島さん! 曲入れましょう!」
凜が屍と化したパイセンに、彼が放り出したマイクを差し出した。
「え? あ?」とパイセンが反応して、覚束ない仕草でそのマイクを取る。
「……坂本は優しいなあ」
「あの、いえ」
涙目になるパイセンに若干引き気味の凜。どのアングルから見ても良い絵にはならない。
凜のお情けを貰ったからか、パイセンは復活してマイクを構え直した。
「よし、歌うぞ!」
しょっぱなから彼が入れた曲は失恋を唄ったバラードだった。
本気でこの人、空気読めない。
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