独りになりたい少年少女 Re
moe
第1話 御崎彩花の視点①
「ねえ、彩花。凛と木境くんってどういう関係なんかな?」
友人の美月は講義が終わった途端、急にそんなことを言い出した。
関西圏からこの大学に来た彼女は、特に色恋沙汰に敏感で、暇さえあれば恋バナをおっぱじめる。
高校にもこういう友達はいたけど、彼女の食いつきっぷりはゴシップネタを漁る記者でも舌を巻くほどだと思う。
「やっぱり付き合ってるんかな?」
彼女は上ずった声を出しながら、ちらりと講義室の後ろを見やった。そこに問題の二人がいるからだ。
そのうちの一人は、私の友人、坂本凜。彼女は四月の半ばごろから一カ月ほど大学を休んでいた。当時は、何か病気にでもかかったのだろうか、と心配したものだが、大学に復帰するようになってから「私、社交不安症なんだ」と教えてくれた。何でも、後ろに人がいると極度に緊張してしまう症状などがあるらしく、人の多い大学に通うことができない状態にあったらしい。
そんな彼女は大学の教授にも自分の症状を申告していて、一番後ろの席で授業を受けることを許されている。
まあ、人の立てる音が怖いんだもの、そりゃあ人が後ろにいるのはしんどいわ。
だけど、復帰した彼女はどこか前よりもすっきりしているように見えた。
以前は人に気を遣っているというか、過度に人の目を気にしているというか、怯えた小鹿みたいな感じだった。親しい友人の中でも、人一倍気を配って、しんどくないのかな、この子は、と思ったものだ。
そして、彼女曰く、それが顕著になって「社交不安症」と診断されるまでになってしまったのは、この大学がきっかけらしい。それを聞いた私は自分が何かしたんじゃないか、と一瞬ヒヤッとしたものだが、彼女は笑いながら否定して、「私が気にしていただけだよ」と爽やかに言っていた。
本当に、変わったなと思う。接していても、端から見ていても、凜は変わった。どこか吹っ切れたような清々しさを感じる。
そして、変わったのは彼女の雰囲気だけじゃない。凜の環境も変わった。
それが、さっき美月が言っていた「木境くん」だ。二人のうちのもう一人。
彼は三年次に編入してきた青年。編入生だから年上かな、とも思っていたけど、凜曰く同い年らしい。彼が入ってきた当初は、その整った容姿に心惹かれる女子生徒が後を絶たなかった。まあ、私もときめかなかったと言えば嘘になるけど、残念ながら彼氏いるし。
でも、彼女たちの期待は儚く砕け散った。
だって、ねえ、うん。
なんか恐れ多いんだよ。
「ねえ、聞いとる? 彩花」
美月の関西弁で現実に引き戻される。気づいたら、私の目の前にふくれっ面の美月がいた。やば。
この子の機嫌を損ねるとロクなことにならない。後でパフェ奢ってなーとか駄々をこね始めるのは目に見えている。
「……なんで当事者に聞かないの」
不満の矛先が私に向かないよう、後ろをチラ見しながら尋ねると、彼女はうっと言葉を詰まらせた。どうした、何か早食いでもしたか。
「……だって、何か、恐れ多いやんか」
あんたもか。いとかしこし。
はあ、と美月は大きな溜息をついて、後ろを見つめた。もうチラ見どころかガン見している。バレるぞ。
まあ、でも分かるんだよな。見たくなる気持ちは。
二人は目を引く。単体ではどこにでもいる普通の大学生なのに、二人になると、なんかこう、神々しさが増すっていうか、この世のものではないみたいな感じがするっていうか。
美月が言うように、「付き合っているのかな?」という疑問を投げかけることすら憚られるというか、邪な行為であるような気がしてくるのだ。
二人が真っ白いキャンバスだとしたら、邪な色眼鏡は黒い絵の具。景観をあっという間に台無しにしてしまう真っ黒な絵の具だ。
だから、木境くんに興味を持った女子学生はボディーブローを受けて玉砕した。まあ、つまり二人の雰囲気にあてられて諦めたってこと。
でも、真っ白いキャンバスには心惹かれてしまう。これから何が描かれるのかを期待してやまないように、二人がどんな関係で、その内実はどんなものなのか気にせずにはいられない。傍らの友人であれば尚更。
それに私は、凜が変わったきっかけは木境くんにあると思っているのだ。
彼もまた一番後ろの席に座る承諾を得ている。そして彼は、凜以外の生徒とあまり交流を持とうとしない。ディスカッションのときも凛は必ずメンバーの中にいるし、ペアでの創作となったら相手は必ず凜だ。
何かがあるのだ。彼にも、凛と似通った事情が。
こんなに気にしてる時点で色眼鏡かなぁ、なんて思ったりもするが、しょうがないじゃん。気になるものは気になっちゃうんだもん。
私も大概か。美月のことは言えないな。
でも、そんな私に、二人の実態を知るチャンスは突然にやってきたのだ。
凜の大好きな、カラオケという交流の場で。
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