第3話 御崎彩花の視点③
パイセンの無駄に上手いバラード曲が終わった後、気まずい空気を何とかしようと私が選んだ曲は最近流行りのポップミュージック。
元気になりましょう。パイセン。早く私のことは忘れて、次行きましょう。そんな優しさも込めて。
その後、野茂が甲子園のテーマソングを歌った。狙ってんのか? 自己アピール? 真面目なだけだと思ってたけど、意外にギャグセンスあるのかな、この人。
次に凜がマイクを取り、私が拍手を送ると恥ずかしそうに照れていた。可愛い何この子。
しかし、イントロが流れて、いざ歌う、と凜が息を吸い込んだ瞬間。
その場がしんと静まった。パイセンはあっけにとられ、野茂もぽかんと口を開けている。
誰かが頼んだジンジャーエールの氷が融けたカランという音も、この場には不要だった。
凜の歌のうまさを知っている私はふふん、とほくそ笑む。
私だって何度カラオケに行って驚かされたか分からない。彼女の声は、カラオケで高得点を取れる上手さというよりも、聞き入ってしまう上手さ。でも、彼女自身に何度言っても謙遜で返されてしまうから本人は気づいていない。
みんなの反応が面白くて一人誇らしく思っていると、私以外にも驚いていない人が一人。
木境くんだった。
彼は凜が歌っているのを眺めながら、楽しそうに微笑んでいた。まるで、親が子どもの晴れ姿を見守っているみたいな表情で。
なんで、そんな顔すんの……?
私はますます二人の関係が分からなくなってしまった。
「ねえ、二人ってどういう関係なの?」
私はついに聞いてしまった。くそう、これじゃあ美月と同じパパラッチじゃないか。でも、しょうがない。あんな表情見せられて、黙っていられるほうがどうかしている。
「え?」
尋ねられた凜は咥えていたストローを離して、きょとんとした顔を向けてきた。
今、ここに木境くんはいない。彼もまた流行りの曲を上手く歌い終わった後、トイレに行ってくると言って席を立った。ついでに野茂もいない。あいつもトイレにでも行ったのか。連れションか?
今はただ、豪快にマイクを捌いて気持ちよさげに歌っているパイセンが視界の端に映っているだけ。パイセン、もうちょっと音量落としてください。
だから好機だと思って、ついに聞いてしまった。
それに、友達だもの。これくらい知る権利はあるんじゃないか。
「いや、ごめん。無粋かもしんないけど、もう気になって気になって仕方なくて」
どんな関係が成り立ってたら、彼は凛にあんな顔をするのか。
私がうめき声を漏らしながらそう言うと、凜は丸くなっていた瞳を困ったように細めた。からんとまた氷が鳴る。
「無粋って、そんな関係じゃないよ?」
「じゃあどんな関係?」
私が間髪入れずに聞くと、凜はうーんと考え込んだ。彼女の黒髪がさらりと揺れる。私はときどきこの子の黒髪が羨ましい。何度も染めまくった私の髪は、こんな漆みたいな黒髪にはもう二度とならない。
唇を突き出しながら、目を伏せて黙りこくっていた凜は、ふと頭をもたげて私へと顔を向けた。
「同士、かな」
「……同士?」
何それ、ライバルみたいな?
思わず私は素っ頓狂な声をあげてしまった。
だってもっと色っぽい答えをイメージしていたから。こりゃ本当に無粋だったのか。
凜は答えた後に、自分でうんうんと頷いていた。自分で出した答えを噛みしめる様に。
「うん。同士。優さんと私は、生きていくための同士なんだ」
生きていくため。なんと大層な。
でも、何故かその言葉を聞いて、私は羨ましくなってしまった。
だってそれって、恋人よりも……。
「……ますます汚せないわ」
「汚せない?」
「ううん、こっちの話よ」
私がそう言って笑うと、凜は怪訝そうに首を傾げていた。
同士か。そう言える相手が、私にもできるのかしら。
一人物思いにふけりながら、「同士」の言葉を反芻する。
いいな、なんか。そう言える相手がいるって。
最強なんだな、この二人は。
最強なんて葉が浮くようなセリフでも、この二人にはしっくり来てしまう。
『生きていくための同士』かぁ……。
「彩花? どうしたの?」
急に黙った私に、不安になったのだろう。凛が困ったような顔をしながらこちらの様子をうかがっていた。
そんな顔しなさんな。
「まあ、なんかさ、凜が前よりも生き生きしてるから、良かったよ」
「生き生きしてる?」
凜がますますきょとんとした顔になった。自覚、してないのね。
「同士のおかげ、なんでしょ」
私がそう促すと、丁度パイセンの曲が終わって私の番になった。
ちょっとパイセン、汗でベタベタなんですけど。こっちのマイク使お。
私が別のマイクを持った時、凜が私の袖を引っ張った。
ん?
私が目を向けると、凜は私の目を見つめながら、そっと微笑んだ。
「彩花のおかげでもあるよ」
彼女の浮かべたのは、とても幸せそうな笑みだった。
可愛い。可愛すぎる。男だったら速攻で落ちるな、これは。
私は、○ReeeeNの『愛唄』を凛に向けて熱唱した。
このときは、自分が軽々しく脳裏に浮かべたツッコミなんて、気にもしちゃいなかった。でも、私の予感は良くも悪くも当たっていたのである。
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