2 視界のなかのキミ

 飲み会でたまたま隣の席になった彼女とは、同じ学科であるにも関わらず、大学に入ってからの三年間、ほとんど話したこともなかった。


 話す必要性など、全くなかった。ぼくと彼女の接点なぞ、同じ人間という生き物で、同じ年齢で、同じ学科だということ以外、特になく。実際、在学中にそれで不具合が生じることもなかった。


 ほんの偶然だ。入学から四年目の春。学生室の床にブルーシートを敷き、円座になりながら持ち寄った酒とつまみを飲み食いしている最中、つと床についた左手の小指が、彼女の指に触れた。

 ぼくは反射的に彼女を見たが、彼女は気づいた様子もなく、酒ではなく烏龍茶の缶に口をつけていた。


 それからというもの、ぼくはなんとなくキミを見かけると、目で追うようになった。

 キミはよく、一人で歩いていた。飾り気のないブラウスにロングスカートのキミは、学科の女の子たちに溶け込めないまま、これまでの三年間を過ごしたのだろうか。そう思うと、ぼくはキミを憐れに感じた。ぼくは学科の男女関係ないグループで、よく食堂で昼食をとりつつ喋りに興じていたものだったが、キミについての話題が出たことは、ついぞなかった。


 キミが向かう先は、図書館が多かった。授業前の教室で、分厚い本を広げている姿をよく見かけた。キミは笑うでもなく、淡々とページをめくる。視線をじっと本に落とし、時に早く、時にゆっくり。本なんて、教科書と漫画くらいしか読んだことのなかったぼくには、キミが楽しんでそれを読んでいるのか、それともただの時間潰しのためのポーズをとっているだけなのか、分かりもしなかったが。

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