第八話 広がる闇の導く先

「こんにちわ。どうも遠いところからどうもありがとうございます」


 中から出てきた方は優しそうでいかにも温泉宿のおかみという感じの人だった。

 この人が依頼してきた福田さんだろうか。

 優しい口調から上品さを感じる。


「福田さんでよろしいですか」

「はい。こんなところでなんですから中へどうぞ」

「では」


 中もやはり伝統のありそうな内装で落ち着いた雰囲気だ。


「すごいお宿ですね。とてもきれいです」

「ありがとうございます。ここら辺は初めてですか?」

「温泉街に来るのは初めてですね」

「ここはいいところですからごゆっくりしてくださいね」

「はい」


 温泉街ここらへんに来るのは初めてというのは別に嘘ではない。

 終利世山には何度も来たけど。


 案内された部屋にここのご主人もいた。

 穏やかな顔をした初老の男性だ。


「では詳しい様子をよろしくお願いします」


 その頃、陽原は冷や汗を妻の用意してくれたハンカチを手にその汗を必死にぬぐっていた。

 携帯電話をガシッと握りしめながら。

 やがて再び着信音が大きな部屋に鳴り響く。

 なんてしつこいのだろうか。仕方なくその電話に出ることにした。


「君、まさか私だと分かっていて電話に出なかったんではないだろうな」

「それはないですよ。教授」

「あの件はうまくやっているのだろうな?」

「もちろんですよ。ただあれを作っていいものかどうか悩んで……」

「作れば大儲けだよ。作らなかったら君の今後の人生が心配なものだがな」


 奴には弱みを握られている。

 だから俺はこんなことをしなきゃいけないんだ。

 そう自分に言い聞かせ、何とか心を落ち着かせる。


「あのこはどうしているかな」

「あぁ、元気でとても頼もしい子だよ」

「本当はあの子にも一緒に参加してほしかったんだがな。君に頼めるかな」

「でも正義感が強いしよぉ、まだ若いのに何かあって罪を追わせたりしたら……」

「でもあの子が一番最適な研究者だ。君だってそう思うだろ?」

「その話はまた今度で頼みます、ではまた」


 通話を切っても激しい鼓動は止まらない。

 緊張のせいで体がマヒしてしまいそうなまでだ。


 あの地はきっと呪われているに違いねぇ。

 あいつ……、科学をこんなものに使うなんて。

 悔しさを押し込み、窓をじっと眺めた。


 優波たちはさっそく詳しい状況を聞いていた。


「揺れというのはどのような感じですか? 地震とはちょっと違うとか?」

「うーん、なんだか下から何かが流れるみたいな。はじめは温泉をくみ出す機械が壊れたのかなと思っていたんですがうちだけじゃないと分かったものですから何かこの地に問題があるんではと」

「温泉かぁ。新しく湧き出してるって可能性もなくはないですよね」

「でもそれだけで広い地域に揺れが起こるだなんて可能性としてはあまりないもんな」


 私は大体の見当がついてはいるが言っていいものかどうか迷うところでもある。

 第一、普通の人は火山の中の古代都市なんか信じないだろう。

 周りの科学者なんか鼻で笑うかもしれない。


「やはり火山と関係があるんでしょうか」

「そうですね。もし本当にそうだとしたら避難しなくてはいけない可能性もあります」

「そうですか……」


 福田夫妻は残念そうに下を向いた。

 この温泉街に活気が戻ることをあきらめたように。

 このまま放っておけるわけがない。


「おまかせください。私たちなら絶対に解決できます。この温泉をもっと楽しんでもらうためにも」


 忍び寄るおぞましい影は温泉街だけにとどまることはなかった。

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