山下蓮司の情熱

 デボラが人類文明をここまで蹂躙出来た要因は何か?

 巨体から繰り出される驚異的パワーだろうか? それとも最新鋭駆逐艦を遙かに上回る航行速度? 或いは放射大気圧の絶望的破壊力と射程か?

 どれも確かに脅威である。が、本質的には些末な事。本当に恐ろしいもの、人の世を砕いたものは別にある。

 答えは、その生命力。

 どんな破壊力を持とうと、どんなスピードを誇ろうと、倒せてしまえば被害は局所的なもので済む。未来に希望を見出し、復興は迅速に進められるだろう。逆に今よりもっと力が弱くとも……死ななければ、やはり人類文明に脅威を与えた筈だ。死なない生命体ほど恐ろしいものはない。

 核をもはね除けるデボラの生命力こそが、デボラを人類の脅威たらしめるものなのだ。

 では、その生命力の根源は何か。

 それは熱を吸収するという生態だ。現代兵器の大半は、莫大な熱を生み出す。核兵器は正に熱を用いた兵器の頂点であり、故にデボラに対して殆ど効果がなかった。ミサイルや砲弾にしても、爆発して高温を撒き散らすようではデボラには通じない。

 デボラを倒すには熱以外の攻撃が必要である。

 しかし毒は通じない。デボラに襲われた様々な国で化学兵器……サリンやVXガスなど……が用いられたが、デボラは平然としていた。一説には体内を循環している莫大な熱エネルギーにより、化学物質が熱分解されているのではないかともいわれている。これが事実なら、デボラにあらゆる毒物質は通じない。放射線耐性が尋常でなく高い事も核攻撃から生還している事から明らかなため、放射性物質をぶつけても意味がない。細菌兵器も高熱により『消毒』されているのか、効果は見られなかった。

 残された手段は、熱をあまり生じさせない破壊……即ち大質量の物質を衝突させ、その運動エネルギーにより粉砕するというもののみ。

 そしてその目的のために開発されたものこそが、中国で秘密裏に開発された新兵器。

 『メカデボラ』である。

「全く、勝手な名前を付けてくれたものだよ……腹立たしい」

 なお、その名前は兵士達が勝手に名付けたものであり、開発者であるセロンは大変不服に思っているようだが。

 そしてその不満を、彼と同じエレベーターに乗っていた青年――――山下蓮司は、苦笑いを浮かべながら聞いていた。

 メカデボラ、というのはあくまで俗称である。正式名称は『多脚式大型陸上戦闘兵器試作四型』だ。報告書などに使われるのはこの名前、精々略称である『四型』ぐらいであり、『メカデボラ』なんて文字は一切出てこない。

 ……それでもメカデボラと呼ばれるのには、相応の理由があるというもので。

「さてと、着いたよ」

 エレベーターが止まり、扉が開くのと共にセロンはそう語る。

 扉の先にあったのは、巨大な空間だった。床も壁も天井も、全てが無骨なコンクリートに囲まれている。当然陽の光なんて届かないので、設置された無数のライトが内部を照らしていた。空間内にはショベルカーやトラックなどが幾つも駐車しており、それが小さく思えるほど遠くにも存在していて、この部屋の広さを物語る。遮蔽物もないため、一層その広さが際立って感じられた。

 けれども室内には、この部屋そのものが小さく思えるぐらい巨大なものが配置されている。

 全長約四百メートル。全体を覆うのは白銀の金属であるが、紅く明滅するライトは脈動する血管のようであり、どこか生物的質感を思わせる。平べったい形をしているが、『身体』の輪郭にはギザギザとした刃のような突起が並んでいる。大地を踏み締めるのは無数の足。前方には巨大な『ハサミ』までもがあった。

 それは正に金属で出来たデボラ。

 そしてこれこそが、セロンが主導して開発した『四型』であった。

「アイツが『四型』だ。未完成部分はあるが、試運転ぐらいなら出来る筈だよ」

「これが……メカデボラという呼び方も、納得出来る造形ですね」

「……五月蝿いなぁ、仕方ないだろ。地上で活動可能であり、尚且つ近接戦闘に耐えうる形態を模倣したらこうなったんだから」

 蓮司がつい本音を漏らすと、セロンは不愉快そうに顔を顰めながら答えた。どうやら目的を追求した結果、デボラと酷似したものになったらしい。

 つまり、生物兵器か自然の産物かは分からないが、それだけデボラの姿が完成したものであるという事。

 デボラを倒すための兵器が、デボラと同じ姿になる。神様なんてものがいるとすれば、相当意地悪に違いないと蓮司は思った。どちらに対してかは、まだ分からないが。

 ――――さて、そんな超兵器である『メカデボラ』こと『四型』が置かれている部屋に、何故蓮司は、その『四型』を開発したセロンと共に訪れたのか。

 答えは単純明快。このデボラの操縦者に、蓮司が選ばれたからである。

「ところでどうかな? 自分が動かす機体を前にした感想は」

「……思いの外、落ち着いています。自分はあくまで『補欠』ですので、現実味がないというのもあるのですが」

「結果が良ければ正式採用もあり得るけどね。ま、操縦手か、清掃員かは分からないけど」

 笑いながら告げるセロンに、蓮司は苦笑いを返す。

 開発された『四型』は非常に巨大なため、複数人での運用が想定されている。どのぐらいの人数かといえば、まず戦闘に関係する操縦を担うものだけで十数人程度。更に機体各部を調整する整備士や、動力炉を管轄する機関士も必要である事を考えれば……ざっと百人ほどが必要だ。

 しかもこれはあくまで最低限必要な人員である。実戦となれば怪我人や死人は当然出てくるだろう。彼等を治療するスタッフが必要だし、万一に備えて『交換』のための予備人員も必要だ。機内物資の管理者や、それら全てを統括する指揮者、指揮官を補助する人材も置いた方が良い。

 あれよあれよと必要な数は増えていき、『現実的』な乗員数は五百人ほどとなってしまった。操縦を担当する人員も、十数人居れば良かったものが三十人にも増えている。彼等は通常戦闘時には損傷箇所の修理などを担当するが、メイン操縦者が『負傷』した際は代わりにデボラを操作する任務に就く。

 蓮司は、そんな補欠人員の一人に選ばれたのだ。勿論補欠とはいえ、操縦がド下手なんて事は許されない。卓越した技量はなくとも、戦闘継続に支障がない程度は動かせねばならない。

 今回蓮司が此処にやってきたのは、そうした補欠メンバーでの操縦練習をするためである……シミュレーションではなく、『実機』で。

「まぁ、予定している戦闘時期は四ヶ月以上先だから、あまり根を詰めず、のんびりやってくれ。じゃ、ボクは起動時のデータ収集があるから戻らせてもらうよ。そのうち他のメンバーも来るから、のんびり『四型』を眺めていてくれ」

 『四型』を眺める蓮司にそう告げると、セロンはすたすたと軽やかな足取りでこの場を後にする。残された蓮司はしばしその場で立ち尽くしていたが、やがてその視線は『四型』へと向けられた。

 『メカデボラ』。

 その名前は、『四型』がデボラに似ている事から付けられたものだ。しかしながら、蓮司はこうも思う。もしも『四型』がデボラを倒したならば……誰にこの『四型』を倒せるのだろうか?

 デボラ亡き後、『四型』がデボラに成り代わるのではないか?

 ……勿論、中国政府は『四型』を用いて日本やアメリカの国土を蹂躙する事はないだろう。する必要がない。デボラを倒した力があると誇示すれば、たちまち世界は中国の前に膝を付き、頭を垂れる。今や世界がデボラに跪いているのと同じように。

 『メカデボラ機械仕掛けのデボラ』。

 名付けた者は相当の皮肉屋に違いない。そしてその皮肉を理解しながらも、蓮司にこの誘いを断るつもりはない。

 自分の家族を奪ったデボラ。

 世界中で、自分と同じような境遇の人間を作り続ける化け物。

 その化け物を倒せるのなら、世界がどのように移り変わろうが構わない。勿論中国が世界でしている横暴の数々は、蓮司の耳にも入っている。しかしデボラよりは・・・・・・マシだ・・・。デボラは中国が開発した新兵器との話もあり、それが事実ならば吐き気がするほど忌々しい自作自演だが……今はまだ、真偽不明の内容に過ぎない。

 今そこにある脅威を、憎悪の根源を、討ち滅ぼす。

 ちっぽけな人間である自分に出来るのは……いや、出来るかどうかは分からない。挑めるのは、と言うべきか……ただそれだけの事だと蓮司は理解していた。

「あの、すみません。『四型』の予備人員の方でしょうか」

 決意を胸に『四型』を眺めていた蓮司だったが、ふと背後より声を掛けられた。若い女性の声。この後の行動について連絡しにきてくれた人かも知れない。

「はい、そうで、す、が……」

 そう思った蓮司は振り返りながら返事をしようとし、けれどもその動きは半端な角度で止まり、声は途中から擦れるように途絶える。

 何故なら蓮司の後ろに居たのは、美少女だったから。

 蓮司は彼女が何者かを知っている。何故なら彼女は『仲間』だからだ。栗色の髪も、整った顔立ちも、感情の色のない瞳も……全て『あの時』と変わらない。

 レベッカ・ウィリアムズ。

 蓮司が一目惚れした少女であった。

「れ、れれ、れれれ……!?」

「……レレレのおじさん?」

「古い!? しかもなんで知ってるの!? あ、いや、そうじゃなくて! レベッカさん!? なんで此処に!?」

「『四型』の予備人員に選ばれたから、その訓練に来ました。あなたは……確か……」

 動揺する蓮司の前で、レベッカは眉一つ動かさずに考え込む。考え込むという事は、つまり彼女は蓮司をなんとなくでも覚えているという事。

 初めてデボラと戦い、生き延びたあの日。蓮司はそこで初めてレベッカとも出会った。すっかり見惚れていた蓮司はあまり上手く喋れなかったのだが、レベッカはそれでも覚えていてくれたのだ。蓮司は胸の中が燃えるように熱くなるのを感じ、

「なんか、やたら挙動不審だった人ですよね」

 とてもちゃんと覚えていてくれた事が分かる一言により、思わずこけそうになってしまった。

 第一印象は大変残念なものになってしまったらしい。中々のマイナスポイントだが、挫けてはいられない。どうにか姿勢を立て直し、蓮司はレベッカと向き合う。

「あ、あはは。恥ずかしい姿を覚えられたみたいですね……いや、まぁ、うん。覚えていてくれて嬉しいです」

「そうですか」

 蓮司の言い訳がましい ― しかし本心そのものである ― 言葉に、やはりレベッカは大した反応を見せない。

 感情が乏しい、お人形のようだ――――太平洋防衛連合内にてよく聞く彼女の評価そのものの姿。

 普通の人はその姿に、ちょっとした不気味さを覚えるものらしい。蓮司としても、明るく笑ってくれる女の子の方が可愛いという感覚は理解出来るし、そういう女の子と『お近付き』になりたい気持ちはある。

 だからこそ、思うのだ。

 このお人形のようなレベッカが自分に微笑んでくれたなら、それはどれほど可愛らしく、魅力的なのだろうか、と。

「あなたも予備人員として呼ばれたと思って良いのですよね?」

 またしても見惚れていたところ、レベッカから淡々とした問いが来る。我に返った蓮司は反射的に頷いた。

「では、あなたの近くに居れば一緒に呼ばれますね」

 するとレベッカはそう言って、蓮司との距離を少し詰める。

 客観的には十分に離れた距離だったが、蓮司からすれば愛らしい少女が近付いてきたのと同じ。心臓が跳ね、そわそわとした気持ちになり取り乱す。

 しかし今、この二人きりの時間を逃す手はない。ちょっとした会話でも一つずつ重ねていく事が、男女の仲が進展する上で大事なのだとネットか何かで見た気がする。或いは話したいがためにそう思い込んでいるだけかも知れないが、蓮司にとって『話さない』という選択はあり得ない。

「あ、あの――――」

 意を決し、蓮司はレベッカに声を掛けた。

「あ、すみませーん。予備人員の方々ですかー?」

 が、直後に空気を読まない若い男の声が。

「はい。そうです」

「えーっと、お名前を教えてくれますか?」

「レベッカ・ウィリアムズです」

「レベッカさんっと……ああ、いたいた」

 無感情にレベッカは男の問いに答え、やってきた若い中国人風の男性 ― 話している言葉は流暢な英語だった ― は彼女の名前を尋ねる。名前を伝えられると彼は持っていた紙を指でなぞり、嬉しそうに分かった。

「えっと、あなたのお名前は?」

 次いで、蓮司にも尋ねてくる。

「……あ、えと、山下蓮司、です」

「ヤマシタレンジ……うん、いますね。予備人員の方はあちらの控え室で訓練開始までお待ちください。ご案内します」

 男はそう言うと、すたすたと歩き出す。レベッカはその後を疑問もなく追った。

「……あ、はい」

 そして蓮司は、少し間を開けてレベッカの後を追う。

 『可愛い女の子』との会話が出来なかった蓮司は、少しむしゃくしゃしたように眉を顰める。けれども数秒もすればその顔には笑みが浮かんできた。

 ここでは話も出来なかったが、まだチャンスはある。

 そしてその考えが過ぎってすぐに、蓮司は己の表情を引き締めた。とはいえ何もレベッカに対し格好付けようと思った訳ではなく、自然とそんな顔立ちになっただけ。

 『四型』ことメカデボラ。

 膨大な熱を発してしまう現代兵器では倒せないデボラを打ち倒すべく、人類が開発した最新兵器。

 これで本当にデボラを倒せるかはまだ分からない。しかしこれが人類にとって現状唯一の対抗手段だ。これがデボラに全く通じなければ、人類はほんの僅かな希望すらも失うだろう。負ける訳にはいかない。負けるにしても……それは未来に続くものでなければならない。

 燃え盛る決意で熱くなる胸を押さえながら、蓮司は駆け足で控室へと向かうのだった。

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