[5-14] もしかして、貴方が没色?
ロクは下に組み伏せた三苗の女を見下ろしていた。
右手で女の口をふさぎ、左手で相手の腕関節を引き延ばし上からのしかかって自由を奪う。その拘束は十分にきまっていたが、それでも相手の抵抗がほとんどない事に、ロクは戸惑ってもいた。
眼下の三苗型の女は、小柄で細身だった。
自分のような男とは圧倒的な違いがある。相手に全てを奪われる恐怖に凍りついているだけなのかもしれない、とは思ったが、それにしては表情に余裕がある気がした。
「もし、」と三苗の女が塞がれた口をもごもごと動かす。
「声を出すな、殺すぞ」
中国語でそう脅すと、女は堪えきれぬように「ふっ」と笑いをこぼした。
「……声を潜めろ。大声を出せば殺す。聞きたいことがある」
女は笑みを浮かべながらゆっくりと頷いた。
その口をふさいでいた手を、わずかに緩めると女のやわらかい中国語が流れてくる。
「もしかして、貴方が
ロクは停止した。
「……なぜ、そう思う?」
しまった、とロクは後悔した。
尋問相手の質問に付き合うべきではない。
「色が淡くて優しすぎるわ。殺すなんて似合わない」
「……」
「ねぇ、どうなの」
「没色ではない。いいか、質問しているのはこちらだ。反骨の居場所を教えろ」
「……」
その時、女の白い眼が横にそれて見開かれた。
ロクがその視線の先を追うと、そこには両腕を組んでこちらを見下ろしているシャンマオがいた。
「何をしている」と口調がいくぶん荒い。
「尋問だ」
「尋問ならもっと責め立てろ。組み敷いて
「何のことだ」
「ぬるい色を漂わせおって、まったく。少年、お前は顔がいいんだ。女を勘違いさせやすいという事を肝に命じろ」
シャンマオは眉間に皺をよせて「どけ、私がやる」といって腰からナイフを抜いた。
一流の暗殺者である彼女が刃を構えればそれだけで圧がある。色の見えないロクでさえそれを感じることができるのだ。下に組み伏せた女にとってはなおのことだろう。
ロクの下で、女はガクガクと震えだした。
「落ち着け」
「ああっ? なぜ庇う。か弱いのが好ましかったのか?」
「何を言ってる。シャンマオ」
その時、三苗の女はぴたりと震えを止めて「シャンマオさん、なの?」とつぶやいた。
◇
「気球、上がりました」
「流石に口だけではなかった、って事か」
ニィは四罪が潜伏している村の風上に仮設したテントの中で、寝そべりながらモニタを睨みつけた。
村の様子がロクたちが気球にして上げたデバイスから転送されている。
闇夜のことだったので、熱赤外線センサーによる緑色の映像だ。同時に画像解析による人体探査が行われ、村に配置されている監視らしき人影がマークアップされて座標情報とともにタグ付けされていく。
「ふむ、至近距離からの探索は精度がいいな」
「新たに特定した敵位置を転送します」と横で座っていた榊は、片手で器用にPCを操作しながら規定の手続きをこなしていく。
「さて、逃げ道をつくって草原方向に追い込むか……。榊、山側に潜ませたドローン分隊を先行突入させる。自動殺害はオフ。殺害判断は遠隔で人間が指示しろ」
「了解。山側の部隊に通達します」
ニィが連れてきた元鬼子部隊のメンバーは、それぞれがドローンの分隊を率いて村を包囲するように身を潜ませていた。村はなだらかな山の中腹にあり、山側は地形が複雑で奇襲部隊を配置するのに適していた。
ニィは、本来は飛行と四足の連携を前提としているドローン部隊を解体していた。
山側の奇襲部隊は、戦闘能力に優れる獣型ドローンだけで再構成した分隊たちだ。四足歩行は、山岳のような悪路でも移動力に優れるし、モーターの駆動音がある飛行型と違って人工筋肉のドローンは隠密性も高い。
「草原側に展開した飛行ドローン分隊は指定の位置での設置を急がせろ。予定通りに伏兵として運用する」
「了解」
「さて、これで陣容を乱すことが出来ればたやすいが」
ニィはのびをすると、足元の鍋やら通信機器にぶつかった。そこは地形のくぼみに潜ませたテントだ。狭いだけではなく天井もずいぶんと低い。ゆえに寝そべりながら指揮することになる。
まるで、自分の屋根裏部屋みただな、とニィはむしろ落ち着いた気持ちになりながら、自分の枕元に座っている榊を見上げた。
「ロクのやつは、成功すると思うか?」
「はい。……ニィ隊長はお疑いですか」
「さて、な」
敵拠点への隠密潜入を先行させ、獣型ドローンによる襲撃を誘導し外部を速やかに制圧。そのまま潜入を深めながら拠点内部の索敵情報をアップデートしつつ、敵の中核をドローンで制圧する。
成功すれば絵に描いたような電撃戦だろう。相手に何もさせずにその息の音を止めることだって出来る。しかし、本来なら実現不可能な曲芸として、鼻で笑い飛ばすべき作戦だ。
「先行する工作員に依存しているからな」
「隊長も似たようなことをやるでしょう?」
「強行偵察とはわけが違う。あれは戦力を尖らせて、後方からの火力支援を厚くすることで状況を切り崩していく連携戦術だ。古今東西、そういった機動戦を名将は好んで用いたものだ。第二次大戦のロンメルとかだな。
対して、これは潜入した工作員が一切の支援無しに敵中核に到達しないといけない。完全なワンマンプレー。ハリウッドのスパイ映画さながらのフィクションさ」
榊は操作していた端末から、横で寝そべるニィに視線を落とす。
「つまり、」と榊は口元を緩めた。「布津野さんだったら安心だったのに、ですか」
「お前は、……ずいぶんと鋭くなったな」
「長いですから。隊長とは」
榊の浮かべた笑いに、ニィは甘えてしまいたくなった。
隊長と副長。ずっと傍らにあった榊は、最近にはまるで古女房のような勘所が出てきた。自分すらも上手く言葉に出来ない感情を、彼女は口にして言い当てることがある。自分よりも年下ではあるが、やはり、女というのは
そんな負け意識にくすぐられたニィは、榊の無くなった左腕に手を伸ばしてみた。本来はあるはずの先が無くなった、そのつけ根あたりに指を這わせて撫でてやる。
くすくす、と榊の声が漏れる。
「隊長、くすぐったいです」
「
「ええ、お止めください」
おとなしく止めた。
かつて、無残に千切れて血を滴らせて骨が見え隠れしていたその断面は、もう新しい皮に丸く覆われてしまって、ふにふにと柔らかった。
もう、そんなに時間が経ったのだ。
復讐なんて忘れようと思えば出来なくもないだろう。
それでも続けようとしているのは、もしかしたら復讐を理由にしているだけなのかもしれない。
「隊長、ロクたちが内部への侵入を開始したようです」
「……みたいだな」と手元のタブレット型のモニタに視線を移す。
新たな映像がそこに映し出されている。今度は室内だ。先ほどまでの緑色の暗視映像ではなく、室内光がちゃんとある通常の光学カメラ映像だ。
その部屋には、周囲を警戒しているシャンマオが映っていて、足元の床には岩のように大きな男が数人倒れているのが見て取れた。
「
「戦場ではやつらの重装備は厄介ですが、室内戦では如何でしょうか」
「さて、どうだろうな。もう数体ほど倒してしまったようだな。流石に手がはやい」
この室内の映像は、ロクが例の索敵デバイスを設置したものだろう。
映像から見えるロクたちの足元で転がる巨大な体躯は鯀型の強化個体だ。鯀型の基本戦術は幾重にも防弾を施した重装甲を着込み、重火砲で周囲を圧倒しながら戦線を切り崩すことにある。
その堅牢な防御を突破するのは困難だが、ロクはこれにも対処できたようだ。
「榊、首無し犬の突撃は?」
「すでに開始しています。山側の監視防衛線を突破して、現在は村の全域に展開して制圧中です」
「状況は?」
「圧倒してますね。敵が装備を整える前に封殺できています」
まぁ、そうだろうな。いかに強化個体とはいえ、あれに奇襲されて対処できる兵などほとんどいないだろう。
「分隊を一つ、ロクたちのところに回せ」
「了解」
「さて、」
ニィは狭いテントを張って外に出た。
立ち上がると思いっきりのびをした。もう、こんなところでコソコソとしている理由はない。すでに向こうに見えている村からは怒号や悲鳴が聞こえ始めている。
四罪の強化個体は特徴的な外見を持つため、空中に展開したカメラ網とドローンに搭載された映像からの目視判別は比較的容易だろう。ロクが言うような民間人への誤射は最小限に抑えることができるはずだ。
「さて、俺もそろそろ準備するか」
ニィは草原を歩き始めた。
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