標的:その2「異世界転生者」
人生をやり直そうだなんて虫のいい話、あるはずがない。自分が犯した罪は戻らないし、同時に自分が無為に過ごした時間だって戻らない。それは異世界と言うユートピアに転生しようとも同じことである。
なにより、三つ子の魂百まで、異世界に転生したって性根が変わることはない。内向的なものが異世界で活躍できる? 笑わせるぜ!
そんな考え捨て去れ! 現実で賢いものはこっちでも賢いし、向こうで意地悪だった奴はこっちでも意地悪なんだ。
だからこうして俺は甘い蜜をすする権利が他の者に与えられないようにしようとしている。異世界でセカンドライフを謳歌しようなんて甘い! 甘すぎる!
「そんなふざけた惰弱な考えは、通用しないことを教えてやろう」
スローライフ? チート無双? ハーレム生活? そんなの全部一瞬のうちに無に帰して、水泡に帰して、灰燼に帰すことにしてやる。
「うぐっ……ぐっ……」
今俺は、刃物で異世界転生者の胸元を刺殺しようとしている。ハイステータスで転生した凡人。――こいつらは、現世で活躍できずにトラックに轢かれたり、通り魔に刺された奴だ。
「だから、もう一度殺しても、問題ないよな!」
面食らった様子でその場に倒れこむ転生者。まさか、またこんな目に遭うなんて思いもしなかっただろうな!
「何っ!」
あと一息で心臓部まで貫けると思った矢先、奴の胸部から謎の光が発せられる。その時俺は、刺したはずの胸の傷が癒え始めているのに気が付いた。
「しまった! チート能力か!」
――《煉獄》やれ!
「無抵抗の人間を焼き殺すのは気が引けるが……」
――《
俺は身を翻して《煉獄》の魔法により、奴が炎の渦に包まれて焼け焦げる様を見届けようとした。
「なっ!」
瞬く間に辺りの炎が何かに吸い込まれてゆく形で消火される。またもチート能力の佑助で、炎魔法が無効化されてしまったようだ。
「魔法も物理もダメなら……」
――《灼炎》!《赫々》!
「まったく……無茶な要望だった……」
「全魔力を集中させる!」
俺はこの程度、想定の範囲内だった。だからこそ、圧倒的物理攻撃、圧倒的魔力で異世界転生者を蹂躙する準備も整えていた。
「トラック通りまーす!」
《灼炎》は奴をトラックで撥ねた後、頭蓋を見事にその大きなタイヤで踏みつぶした。ゴリッと氷の塊を砕くような音がしたと思ったら、その周りには血しぶきが飛び散っていた。
「はい火葬!」
《赫々》はすかさず《
「悪いな……この世界は俺の天下だ!」
カッコ良く決め台詞を決めたところで、新しく現れた闖入者は灰となった。
「さて、次は魔王討伐といきますかー!」
鷹揚とした態度で俺は次の目標を声にする。自分の気に入らないものを排斥することができる世界、なんと素晴らしいんだ!
「さあ! 《煉獄》、《灼炎》、《赫々》、俺に続け!」
……え?
俺の胸から湧き出る真っ赤な血汐。俺は脳内で理解できずに、ただその綺麗な赤が流れるのに見惚れていた。
「どうして……こんなことに……」
体からどんどん力が抜けて行くのが分かる。目の前で《煉獄》、《灼炎》、《赫々》が俺の仇討ちを試みようとするも無惨にも倒れてゆく。俺はその姿をただじっと見ていることしかできなかった。
「どうして……お前がここにいるんだよ……」
――山村。
紛れもない、俺が今まで残虐非道の限りを尽くしたあの山村だ。
「待て! 待つんだ!」
そう言って必死に山村を説得しようとする俺。自分でみっともない姿だと分かっていても口から勝手に言葉が紡がれる。自動的に、本能が、命乞いをしている。
俺はまだ死にたくない。
こんなところで終われない。
でもこれも因果応報。
そんなことを少し思うと同時に、俺は思い出した。
「その憎しみの力、帝国の力に利用させてもらおう」
この世界では憎しみの大きさこそが力そのものだ。この世界で好き放題してきた俺にもはや憎しみの力は残っていない。そこに残るのは、安直な快楽のみだ。
――力の差は歴然だった。
俺が《陽キャ》への恨みつらみ、不平不満、憤懣の全てをぶつけてきたように、山村もまた俺への恨みをぶつけているんだ。
山村は俺に対して闇をぶつけてきた。それは重くそして辛く俺にのしかかる。俺は意識があるままにその闇に圧迫され苦悩を与えられ続けた。
「こ、ろ……せ……」
声にならない声で山村に訴えかける俺。しかし一向にその闇が収まる気配はなく、山村が感じてきた心の傷を凝縮して、それを俺に刻み付けているようだった。
「…………」
山村の口角が少し上がったような気がした。その時にはすでに俺の意識はなくなっており、筋肉、骨、体のパーツ全てがプレス機で圧縮されたようにぺしゃんこになり果てていた。
つまり、俺の魂はもうそこにはない。
俺の帝国はそこで
そうだ、ここにインキャ帝国を建てよう!~異世界で俺は陽キャ(勇者・魔王・異世界転生者etc…)をぶっ飛ばす!~ 阿礼 泣素 @super_angel
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます