標的:その1「勇者」
俺は生徒会長が嫌いだ。「私が生徒会会長になった暁には、この学校を素晴らしい学校にしてみせます」なんて言う歯が浮くようなおべんちゃら、良く言えたものだと思う。本当に学校を変えたいなんて思っている人間は、世の中の生徒会長の中に何人いるだろうか。実際のところ、俺は一人もいないと思う。どうせ、口先だけで結局は自分のことしか考えていない。俺はそんな綺麗ごとを平気で吐くような生徒会長が嫌いだ。
そんでもって、俺はこの世界でもその生徒会長に似た人物を発見する。それは……
――勇者だ。
「俺はこの町を守りたい」
そんな恥ずかしいセリフを面と向かって言われると、言われたこちらが面映ゆい思いになる。奴らはそんなクリーンな思いで世界を救おうと本当に思っているのだろうか。自分が選ばれた人間だと言う優越感で戦ってはいないだろうか。この世に自分にしかできないなんてことはない、これも不変の真理の一つだ。巧緻な職人技だって、練習し才能を磨き、努力を重ねれば、きっと到達できる。きっとその人の代わりなんて案外いるものですぐに替えが利くものだ。
だから、そんな思い上がった考え、今すぐ捨て去ってほしい。俺はこの世界に来て目障りな奴を片っ端から潰すことにした。それが、きっと俺が生きる唯一の理由だから。それが、きっと俺がここに存在する意味だから。
なんて少々恰好をつけてみたが、正直なところ気に食わない奴は滅ばしたいという、ただそれだけの理由だ。
向こうの世界では色々な枷があった。きっと元の世界で俺が問題行動を起こせば、こんな真面目な子がこんなことするなんて! きっとそう言うことを言われたに違いない。だから隠れてこそこそと悪いことをするしかなかった。
――だが、今は違う。
堂々と、やりたいことをやれる。なんて良い人生なんだ。異世界転生者は現世で不満を持った者がその不満を晴らすために転生していることが多いと言うことは知っていたが、いざ自分がその立場に立ってみると、やはり爽快である。
「この中に、剣の腕が立つものは?」
そう言って俺は国民たちに問いかける。だがしかし、この千の民の中には剣士はいなかった。
「それでは、魔法が使えるものは?」
すると、どうだろう。ほとんどの民たちが挙手している。その上、
「私は上位の闇魔法が使えます!」
「私は一子相伝の闇魔法を伝えてもらっています!」
と言った具合である。さすがインキャ帝国、魔法使いの割合が多く、しかもその多くが闇魔法使用者。いかに暗きを好み、闇に生きる民であるかと言うことが改めて感じた。
「本日より、勇者討伐部隊を編成する。腕に自信のあるものは宮殿前に集合せよ」
俺はそう言って、選りすぐりの部隊を作ろうと画策する。そして、俺の思惑通り、あっという間に勇者討伐に適任のメンバーが決定した。
「ガイエル・ギリダラス、お前は《煉獄》」
「サラサ・ファンデルフォンは《灼炎》」
「グラド・アカマイト、君は《赫々》」
どうだい、俺の付けた二つ名は。カッコ良くないか?
それはさておき、俺はこの三人を勇者打倒に向けて指導した。ただ一つの俺が信じる方法。勇者を倒すたった一つの冴えたやり方。俺は大部隊を指揮した経験なんてもちろんない。だからこそ少数精鋭、俺が信頼する仲間たち三人を選んだ。この世には巨大化は負けフラグという理が存在する。だいたい大勢でかかったり、巨大化したりすると、それはたちまち失敗に終わる。
俺はそんなお話の常識を知っていたので、あえて三人にしぼったのだ。
「星筵刀偉様、私たちはどのようにすれば……」
なんてCPUみたいなことを言ってきたので、俺はその口調もどうにかするように《煉獄》、《灼炎》、《赫々》に叱咤した。
俺がしたのは彼らの口調を直したことと、彼らに唯一絶対の戦法を伝授した。
――ただ、それだけだった。
「うぐっ……不覚」
腰に大仰な装飾の剣を携えた勇者は、悔しそうに膝を立てながら言った。表情は曇り、まるで苦虫をかみつぶしたかのような顔をしている。
「ラインハルト、私……もうだめかもしれない」
隣にいた回復薬の女性もどうやらもう命は長くないといったような様相で、彼女もまた隣の男性のように歯を食いしばっているものの惨憺たる状況を認めたくない様子だ。
「俺はまだ……やれる」
大柄な体躯の男は手にしたハンマーにもたれかかるようにして辛うじて両の足を地に付けてふんばっている。だがしかし、瞳は虚ろで彼の目はもう見えていない。失明の原因は、極度の疲労に加え、俺たちの策にまんまと嵌ってしまったことによる。
「ごめん、みんな……あたしもう……」
短髪でボーイッシュな雰囲気の女性は最期の最期に微かな声で弱音を漏らす。その目には大粒の涙が浮かぶ。
――つまるところの、勇者パーティの全滅する姿が、俺の眼前に広がっていた。
「ははっ! 俺は勝ったぞ! 勝ったんだ!」
人の不幸は蜜の味という言葉があるように、やはり俺は人が不幸になっている姿を見るのが好きだ。
人が怒られている姿を見ると、ざまあみろと思う。人が失敗するのを見ると、心で笑ってしまう。人が泣いているのを見て、愚かだなあと思う。
笑顔が素敵な女性が良いだなんていう人がいるけれど、俺は女性の泣き顔こそが美しいと思う。美しい女性の泣き顔こそ至高なのだ!
と、話はそれたが、俺はもう一度勇者ラインハルトの方をスコープ越しに見遣る。
「えっと、ここで勇者特有の覚醒シーンがあるから、それを発動させないように、もう一発撃って確実に殺してっと」
無機質に、機械的に、俺は作戦通りに勇者を死に追いやっていく。そこに慈悲はない。同情すれば、きっと後で自分に大きな仕返しが帰って来る。俺は歴史の授業で習った、幼かった源頼朝を殺さなかったことで、平氏が滅ぼされたことを思い出していた。そうだ、きっと後で手痛いしっぺ返しがくると言うことが世の常だ。
――だからこそ、俺はズドンと頭を打ち抜いた。
あっという間に勇者とその一行は息の根を止められた。ここで俺は確信する。ここは勇者が牛耳る世界ではない――鬼が島の鬼が牛耳る世界なんだ、と。
「俺たちは清浄なる世を作る! そうだ! 清浄なる世界の為に!」
これ一回言ってみたかったんだよな、と思いながら俺は叫ぶ。
「そうだ! これが俺たちの陰キャ戦法だ!」
勇者との戦いの前に俺は三人にある戦法を伝えた。
「絶対に奴らに近づくな。少しずつでいい、遠くからじわじわと泥臭く攻撃するんだ」
そう、これこそが陰キャ戦法の神髄である。ただこれだけのノウハウを彼らに伝え四方から勇者パーティを襲撃した。
そしてめでたく作戦は成功を収めた。
「俺たちの勝利だ!」
俺たちは勇者御一行様を殲滅することに成功した。なんて呆気ないんだろう。変身中に攻撃するのはマナー違反だとか、名乗ってから攻撃だとか、そう言う美学が日本には存在しているが、そんな下らない悪習、知ったことか!
俺たちは毒入りの矢、体力・魔力衰弱呪文、ステータス低下術と言った攻撃を駆使して圧倒した。さらに、それら全てが気配を消して遂行されたため、俺たちの姿を捉えることなく、勇者の御一行様はくたばったのだ。ざまあみろだ!
「《煉獄》、貴様の
「はっはっは。俺もあいつら気に食わなかったんで」
《煉獄》は赤髪をかき上げながら豪快に笑みを浮かべる。
「《灼炎》、
「次はもっと華麗に決めますよ」
《灼炎》は今回の結果に不満だったようだが、含羞の色を浮かべる姿があった。
「最後に《赫々》、
「刀偉さん! 次は何を倒すんですか」
次の獲物を見定める様に、虎視眈々とした目をギラつかせる《赫々》。
「そうだなー。次なる俺たちの目標は……」
――異世界転生者だ!
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