そうだ、ここにインキャ帝国を建てよう!~異世界で俺は陽キャ(勇者・魔王・異世界転生者etc…)をぶっ飛ばす!~
阿礼 泣素
「インカ帝国?」 「いいえ、インキャ帝国でございます」
俺は分相応という言葉が好きだ。全ての人間は、歩を弁え、身の程を知り、分相応に生きるべきだ。決して身の丈に合わないことをするべきではない。そう、できないことを無理にしようとして失敗するくらいなら、初めからすべきではない。皆も一度は感じたことがあると思う。
どうしてコイツが前に出ているんだ――ここはお前の出る幕じゃない、下がれ。だとか、お前無理してるんじゃないか、高校デビューってやつか――痛々しいぞ。だとか。暗に周りはやめておけって雰囲気なのに、その空気を読まずに行動し、後に辛酸を舐める思いをする――愚の骨頂である。
無理をして無茶をして無謀なことをすれば、いずれ綻びは出てくるものだ。だからこそ、自分のキャパシティを超えることを実行すべきではない。無様で滑稽な醜態をさらすのは何より自分を傷つけることに他ならないからだ。傷つかないためには分相応に生きることが賢い生き方だと言えるだろう。
だから俺は、身の丈に合わせて、真面目な学級委員等に徹して生きている。寡黙で冷静沈着、少々の事には動じない――常にクールなキャラクターだ。顔色一つ変えることなく、授業に集中している。
「でさー。昨日の話だけどさー」
目の前で授業中にも関わらず、談笑を続ける、愚かな人間もまた分相応に生きている。学校の勉強についてゆけずに将来ドロップアウトする筆頭である。このような輩は、こうして授業を我が物顔で無視し、周りに迷惑をかけ続ける唾棄すべき存在である。こう言った、所謂身勝手な不良生徒と、真面目が服を着て歩いている俺とでは軋轢が生じるのは必然である。
しかし、向こうは迷惑をかけていることも、俺がこうして心の内でこの不良生徒を憎悪していることも露も気にすることはない。まったく不公平な世界だと思う。アイツらは自分たちの事しか考えてはいないのだ。それは偏見だという意見は一切受け付けない。こう言うタイプの人間が活躍できるのは、せいぜい公立中学までだと断言しておこう。
俺、
「ほんまそれな。マジ
ああ、またか、と俺は嘆息する。俺が休み時間離籍している間に、輩たちは俺の席に一切の断りなく座っている。俺が所有権を有する唯一の場所、それさえも侵害されてしまったときのやるせなさは如何ともしがたい。俺は少し早かったが、昼休み後の掃除に向けて、清掃場所である会議室へ足を運ぶことにした。スクールカーストに従って生きる世界なんて、憤懣やるかたないのは山々だがこれもまた必然、世の理である。だからこそ、俺はそのスクールカーストに従って、さらに下の者を虐げる。
「うぐッ! やめッ!」
運動も勉強も、芸術も果ては人間関係にいたるまで、何をやっても全くダメな奴、そんな奴がクラスに一人はいるだろう。俺はそのカースト最底辺を蹂躙して溜まったストレスを解消している。俺は、学級委員、八方美人いつでも真面目でいなければいけない。その体裁は生きているだけで不自由だ。だからこそこうして陰で悪いことをさせてもらう。これも世の常だ。もちろん弱いものいじめはあってはならないことは、頭で分かっている。だが、それを超える不条理がこの世を跋扈している。どいつもこいつも俺が優等生であることを期待し、俺の模範生としての行動を切望している。
――俺は心無いロボットじゃねえ!
だからこそ、この山村には悪いが、こうして俺のストレスのはけ口になってもらっている。きっと多くの人間には、俺が友達の少ないこの山村に声を掛ける優しい生徒のように映っているだろうが、俺はそんなお人よしではない。山村は俺の道具の一つにすぎない。
「おいおいおい。そんなに怒ってもどうしようもないぞ」
小柄な体の山村は、俺にみぞおちを殴られて反抗する。しかし、結局俺が羽交い絞めにすると俺の力に屈服し、なす術がなくなる。この力で服従させる快感がまたクセになってやめられないのだ。この中学三年の受験が迫った学年になって、俺の精神負荷はより一層増している。今日はこの辺にしておこうと思った矢先、俺の目に会議室の横の資材室のプレートが目に入った。
今までずっとそれはそこにあったはずだったのに、今日はなぜかその資材室という言葉がはっきりとして見えた。前に一度興味本位で入ろうとしたが、鍵が閉まっていて入れなかったことを思い出した俺。その閉ざされているであろう扉に手をかけると……
「あれ、開いてるじゃん」
誰かが鍵を閉め忘れたのか、鍵は開いていた。このような場合、多くの人間が何か運命めいたものを感じるのと同じように、俺も何かに導かれるような感覚に襲われていた。
「この俺が、選ばれたのか……」
そうある種の胸の高鳴りを感じながらゆっくりと中に入る。部屋は埃っぽくて空気が淀んでいる気がした。部屋は余った教科書やいらなくなった本が山積みにされていて、資材室としての機能を十分に果たしていた。黒板の前に、一つパソコンが置かれているのが目に入った。
今度からここで時間を潰そうという名案が頭をよぎる。学校と言う雑多な人間が同居する空間は気疲れするし、息苦しい。
「このパソコンは……」
そう言いながら俺は電源のボタンに手を触れた。
――その瞬間だった。
「え……あ……」
突然、俺の体がパソコンの方に傾いた。
――俺はあろうことか、パソコンの画面に吸い込まれてしまった。
俺はいたって冷静に考える。考えられる選択肢は二つ。
一つ、不思議の国のアリスよろしく俺は不思議の世界に埋没してしまう。
二つ、俺は死んで、現世の罪から地獄に落とされた。
すぐに浮かんだ選択肢だったこともあるが、どちらも突拍子もないものだ。それだけ奇天烈な出来事に巻き込まれている、そう考えると納得できた。
あーあ、一回世の中を騒がしてみたかったな。つまんねー人生だった。真面目に必死に真摯に、将来への投資の途中だったのにな。あの不良たちに、一杯食わせるようなことしたかったな。
真っ暗な世界の中、俺は沈思黙考する。
俺はこの世の中を憂いていた。どうして世界はこんなにも不均衡なのだろう。この俺のような真面目な人間ばかりなら、授業中もこんな思いをせずに済むのに。不真面目な生徒を、一切残らず駆逐することができればいいのに。騒がしいだけの能無しを、一掃できれば良いのに。目障りなあいつらを消すことができれば、俺たちの社会の安寧秩序は保証される。他の人はどう思っていたのだろう。あいつらさえいなくなれば、学校もきっと過ごしやすくなっていただろうに。
考えれば考えるほど、俺はあの時、俺の席に座っていた奴のことを恨めしく思う。あの時、あいつが俺の席に座っていたらこんなことにはならなかったんだ。そもそも、普段からあいつらの態度が気に入らないんだ。自分たちが中心だと勘違いしている、そんなことないのに、みんな諦めて注意していないだけなのに。つけあがるなよ、思い上がるなよ、図に乗るなよ。
暗い世界で陰鬱な思考が俺を支配する。
そもそも俺は、身分相応は好きだが、やはりそこに不満を感じないわけではない。できることならそんな枠、ぶっ壊してやりたい。そんな思いで毎日生きていた。そうだ、俺はあいつら、今時の言葉で言えば、《陽キャ》(スクールカースト上位の人間を意味する)、奴らを滅ぼしたかった。
――それでは、その憎しみの力、帝国の力に利用させてもらおう。
どこからともなく声が聞こえる。俺は、考える暇もなく答えた。
「俺は、やってやる。だから、もう一度チャンスをくれ!」
自分のことを棚に上げていることは十分承知している。自分もあの山村からしたら厭悪の対象であることは分かっていた。
だけど、でも!
俺はあの秩序の紊乱を巻き起こす奴らが憎い! もしもチャンスがあるなら俺はやって見せる!
――その思い、しかと受け取った。
その声を聞き終えるか終えないかと言うところで俺の視界はクリアになる。
元の世界に戻ったのかと安堵した俺だったが、
「
俺は一瞬にして帝国主になっていた。も一度言う、俺は一瞬にして帝国主になっていた。なぜか俺は、帝国の主になって玉座に腰を下ろしていた。
「前帝王からお聞きになっていると思いますが、ここはあなた様の帝国です。何なりと思申し付け下さい」
瑞ぼらしい姿の男はそう言いながら俺の前に跪いていた。
「俺が、帝王……」
まるで訳が分からない。俺は中学校で掃除をするはずだったんだ。ちょっとした気の迷いでこっそり資材室に入っただけなんだ。
――いや、待てよ。
ひょっとすると、これは最近アニメで見た異世界転生と呼ばれる奴の類ではないのか。死んだわけじゃないので、正確には異世界転移か? なんにせよ、毎夜、学習塾から帰ったらアニメを見るのが唯一の楽しみである俺には、この展開を受け入れるだけの余裕があった。
「なるほど、そう考えると、合点がいく」
ぶつぶつと独り言を唱える俺、目の前の男は依然として何一つ文句も言わずに俺の回答を待っている様子だった。
「一つ、質問させてもらうが、ここは何と言う場所なのだ」
少し、偉そうに俺様、刀偉様は言った。おっと、俺ではなく、俺様になっているじゃないか。これは失敬。
「ここは……」
――インキャ帝国でございます。
インキャ帝国? インカ帝国という言葉は歴史の授業で聞いたことがあった。もしや俺はタイムスリップしてしまったのだろうか。
「インカ帝国?」
「いいえ、インキャ帝国でございます」
どうやら俺の聞き間違えではなかったようだ。もしかしたらこれは本来あり得なかったインカ帝国のイフストーリーってやつなのかもしれない。何はともあれ、俺は一国の王となったわけだ。ただの学級委員から大出世したものだ。
「とりあえず、いくつか質問に答えてほしい」
日本語がうまく通じているうちにこの世界の事情について学んでおきたい。いくつか質問する中で俺は今自分が置かれている状況について把握することができた。
この国の人々は帝国主の言うことには絶対服従という絶対王政に似た政治体系をとっている国家であり、この俺の一存でこの国の明日が左右されるらしい。前の帝王は突如姿を消し、俺が来ることだけが約束されていたらしい。なんとも不思議な話である。
そして、俺の言うことが絶対と言うことで国民一千人は俺の言うことを全て聞き入れるのだという。
問題の地理関係は俺の最初の予想は的中し、インカ帝国とは微塵も関係のない帝国が築かれていた。隣国とは友好な関係にあるようで、戦争などのややこしそうなことも考えなくてよさそうだった。(領地を増やそうと思うなら戦闘は避けられないだろうが)
異世界転生者には決まってチート能力、ハイアビリティ、高ステータスが付与されるものだが、俺はそんなことはないようだった。
その代わりの帝国か……
こんなことなら、帝国支配モノの小説を読んで勉強しておくべきだったな。という後悔をしつつ、これからの方策を思案する。
ふと、俺はこの世界に来る時に聞いた声を思い出す。「それでは、その憎しみの力、帝国の力に利用させてもらおう」確かに声の主はそう言っていた。俺の憎しみの力、それこそがカギなのだ。
俺の憎しみ、つまりは、《陽キャ》への恨みつらみ、不平不満、憤懣の全てをぶつけるべきなんだ。
「おし! 決めた! 勇者討伐しよう!」
インキャ帝国、二代目皇帝、星筵刀偉は声高らかに宣言する。
まずは手始めに勇者を打倒する!
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