ライジングサン葬送とマンチカン

刻一(こくいち)

第1話 葬儀

「この度はご愁傷様でございます」


 モニターの中の男がそう言った。

 それと同時に、そのモニターが付いている喪服を模した黒いメタリックボディのヒューマノイド――『ヒトガタ』が軽い機械音を響かせながら腰を九〇度に折り曲げお辞儀する。

 旧型だ。少しケチって安い葬儀屋でレンタルしたのが間違いだったのかもしれない。最新型ならこんな場を壊すような機械音は出ないし、そもそも頭部はモニターではなくホログラムなのに――と考えるが後の祭。それを顔には出さないように、「生前は主人がお世話になりました。改めてお礼申し上げます」と返しながら、冴子は喪服で包まれた体を深く折って頭を下げた。

 部屋には焼香の焦げた匂いが広がり、ド派手な七色の袈裟を着たヒトガタ住職の「南妙法蓮華経」の声が響き渡る。黒いヒトガタたちは次々とラバーに包まれた機械の指で焼香をして、その横で立っている冴子と良太に挨拶の後、元の席へと機械的に戻っていく。

 まだまだ続く焼香の列を見ながら、冴子はふと、さっきの男は誰だったっけ、と思った。

 なんとなく流れで対応してしまったけど、あれが誰だったのかを思い出すことが出来ない。しかしここにいる以上は亡くなった彼の関係者か、それとも自分の知り合いで間違いないはず。

 そこまで考えた後、まぁどうでもいいことか、と冴子は一瞬だけ軽く目をつむる。

 ここにいる生身の人間は自分だけ。

 その事実だけで、後は些細なことだった。


 黒いヒトガタたちの焼香が終わり、ヒトガタ住職のお経が止み、ヒトガタたちによってお棺が外へと運び出されて黒いホバーに積み込まれる。

 昔の名残で霊柩車と呼ばれているソレは、翼の付いた四角いボディに、無駄に木製の三角屋根が乗っていて、なんだか不格好に見えるが、それがしきたりらしい。

 昔の人はなぜこんな不格好で意味不明なモノを作ったのだろうか、とは思うが、そういうモノだと言われてしまえば、そう納得するしかない。冴子には、それに反論するほどの知識もなければ思い入れもなかった。どうせ人生に一度か二度ほど短時間乗るだけだ。その間だけ目をつむればいい。それに次回乗る時は後ろに乗る側だろう。もうなにも分かりやしない。


 お棺が積み込まれ、黒いヒトガタたちに出棺の挨拶をして、彼の遺影と共に霊柩車に乗り込んだ。

「発車」

 昔の名残で便宜上『運転席』と呼ばれている一番シートに座った良太――の顔を映したモニターを載せたヒトガタがそう発すると霊柩車がゆっくりと浮上していき、自動で最適な空路に乗る。

 特に理由もなく、冴子は助手席側の窓から外を眺めた。

 茜色に染まる空。三〇〇階はあるビルの森の奥に沈みゆく真っ赤な太陽。その中に浮かぶ黒い点のようなモノ。

 あれは鳥だろうか? それとも彼を迎えに来た天使だろうか。

 そんなどうでもいいことを考えながら、冴子は夕日を眺め続けた。


「母さん」

 隣から声がかかり、冴子はそちらを向いた。

 黒いヒトガタの頭部に付いたモニターの中、良太が心配そうに冴子を見ていた。

「その、気を落とさないでね。三五年も頑張ったんだし、親父も満足してたと思う」

 冴子は一呼吸置いて、「そうね」と返す。

 霊柩車はどんどん高度を上げていき、巨大なビル群を抜いて茜色の雲を超え、成層圏を抜けた。

 茜色だった空は次第に輝きを失って暗い青へと変わり、窓の外に別の輝きが浮かび上がる。


 確かに三五年は頑張った方だ。医療技術が発達して、健康状態が良好に保たれるようになったとはいえ、ここまではあまりない。

 しかし、それでも、そう長くないことは最初から分かっていた。それならもっと早く子を作っておくべきだった。そうすれば親子でもっと長い時間を共に過ごせたはず。もしかしたら彼に孫の顔を見せてあげられたかも――

 と考え、冴子は小さく息をつき、黒く染まっていく窓の外を眺めた。

 孫のことは良太が決めるべきこと。良太が自然と良い相手を見付け、自分達で子供を作るかどうか考えて決めるべきだ。親とはいえ他人が口を出すことではない。

 それでも――


 霊柩車の中が次第に暗くなっていき、自動で車内の間接照明が点いていく。

 そして軽い振動の後、機械が動く音が車内に響いた。

 宇宙空間に出てイオンエンジンが始動したのだろう。


「最近、月での仕事はどうなの?」

 冴子が窓の外を見つめながら聞くと、良太はモニターの奥で「まあまあだよ」と答えた。

 彼の葬儀に直接来られず、こうやってヒトガタを介しているのだ。忙しいのは間違いないのだけど。

「まあまあ、じゃ分からないでしょ。上手くやってるの?」

「大丈夫だって、月面開発計画も順調だし」

 冴子は「そう」と、あまり興味がなさそうに返し、良太の方を向いて言葉を続けた。

「上司の――犬ナントカさんとは上手くやれてるの? ほら、この前、お父さん相手に愚痴ってたじゃない」

「聞いてたのかよ……別に問題ないって。あれは……犬野田さんがマタジュースの量を減らすと言うから――」

「あんた、まだマタジュースなんて飲んでるの? あれは体にもあまり良くないんだから、止めるように言ったでしょ」

「だって、旨いモノは旨いんだし、仕方ないじゃん。ほら、仕事の後にはパーッとやりたくなるしさ!」

「はぁ……。まぁ、あんたをそういう風に作ったのは私だから、あまり強くは言えないけど。数は減らしなさいよ」

 良太の「はいはい」という適当な返事を聞きながら、冴子は小さくため息を吐き、シートに体を預けて満天の星を眺めた。

 隣の運転席でウィンウィンと機械音を出しているヒトガタを問い詰めても仕方がないのだ。良太はこの場所にはいない。ここであまり煩く言ったら、モニターの電源を落として逃げてしまうかもしれない。

 良太は彼に似て面倒なことを嫌うところがある。

 良太がいなくなると、冴子だけで送らないといけない。それはあまりにも寂しい。そもそもこの葬儀自体、半分は良太のためにやっているのだし。


 窓の外の星々は地上とは違い大気の影響を受けず、街の灯りの影響も受けず、散りばめられた宝石のように輝いて見える。

 昔は宇宙に出るためには莫大なコストが掛かり、宇宙飛行士と呼ばれた、過去に存在した特別な職業の人しかこの星空を見ることが出来なかった、らしい。という話を冴子は思い出していた。

 霊柩車はぐんぐんと速度を上げ、窓の外の青い星がどんどん小さくなっていく。

 そしてその宇宙飛行士とやらですら、ほとんどが到達出来なかった領域に入る。

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