2.女神の剣
「あと五人もだとっ? 根拠はっ?」
吉田が興奮気味に声を荒げる。
「この一連の事件は『正義の女神』に見立てて殺害されています。人を外見で判断しないように両目を布で覆い、罪の重さを測る為の天秤を持ち、そしてその罪を裁く為の剣を持っている。それが『正義の女神』です」
「それくらい警察だってとっくに分かってるよ。それでなんであと五人なんだよ?」
「女神はギリシャ神話のテミスでしょう。その娘、アストライアー、それから大天使ミカエル。正義に関わるのは三人、そして正義を指す数字は八だからです。いや……十一の可能性もあるのか」
「神話と天使?」
「単純に神話からかと思いましたが……肋骨のヘブライ語でタロットの『正義』がモチーフかと思いまして。いや、でも両目をくり抜かれているのが分かりませんね。タロットなら布で隠されてもいませんし……事件について詳細を教えて頂けますか?」
そう言われてそう言えばまだ遺体の写真しか見せていなかったと吉田は手帳を広げた。
最初の事件が起きたのはちょうど一週間前の五月一日だった。
遺体発見現場は早朝の川土手で、犬を散歩していた女性から通報が入った。
被害者は三〇代女性。
生きたまま両目をくり抜かれ、心臓を抉り出されていた。
両目は見つかっていないが、心臓はアンティークなナイフを突き立てられ、アンティークな天秤の片側に載せられていた。
遺体は地面に仰向けに横たわり、天秤はその傍らに置かれていた。
ナイフは心臓に突き立てられただけで、両目や心臓の切り口から凶器は医療用メスが使用され、その的確さから犯人は医療従事者であると考えられた。
が、その凶器も見つかっていない。
ただ、ナイフと天秤は一六世紀頃に作られた骨董品で、現在骨董品を取り扱う業者から入手経路を調べているが今のところ進展はない。
そこで『正義の女神』については警察でも調べた。
ギリシャ神話のテミス、あるいはローマ神話のユースティティアと呼ばれるその女神は弁護士バッジにもその天秤が描かれ、裁判所にもその像が置かれている。
被害者の女性は弁護士だった。
医療訴訟専門で負けなしの弁護士として知られており、過去に訴えられた医者が逆恨みでこのような犯行を犯した、というのが当初の警察の見解だった。
二件目はゴールデンウィークの最中、五月五日の夜にランニング中の男性によって空地で発見、通報された。
まだ二〇代の美容外科の女医だった。
故に訴えられた医者ではなく、医療事故の被害者による犯行との見方に変わった。
そして今回の三件目。
五月八日の早朝、新聞配達員が配達途中、公園で発見し通報して来た。
被害者は四〇代の女性で所持品から不動産経営者と分かった。
これで被害者の共通点が医療事故とは無縁になってしまった。
殺され方と肋骨に焼き付けられた奇妙な文字だけでも計画的な連続殺人であることは明白だ。
だが容疑者が全く絞り込めずにいる。
三件の犯行現場は同じ町内で起きている。
が、閑静な住宅街で防犯カメラのない場所、もしくは少し前から故障していて修理されていない場所だった。
「分からないのは肋骨にどうやったらこんなことができるのかってことと犯人と動機だ」
一通り説明を終えて吉田はそう締め括った。
「肋骨の件は古い呪術です。こんな写真じゃ何て書いてあるのか分かりませんが……肋骨に文字を焼き付けるのは魔除けかもしくは何かしらの契約です。魔除けならラテン語が主流ですし、こんな殺され方はしません」
「まぁた魔法か」
吉田がうんざりしたように吐き捨てると魔法使いは眉間に皺を寄せ、違いますと否定した。
「呪術です。魔法というものはほとんどファンタジーですよ」
口に出さなかったのは講釈が増えると思ったからだ。
我慢した代わりに苛立った声で質問を投げる。
「で、犯人の方は?」
「犯人は分かりません。それは警察のお仕事でしょう? 私はただ生きてる人間の肋骨に文字を焼き付ける方法を知っているだけです。私は魔術、呪術関係の情報をお伝えするだけで犯人を逮捕するのは私の仕事ではありません」
こういうところだ。
こういうところがこの男の嫌なところであり、吉田がここに来るのを躊躇っていた理由である。
桐山も同様で吉田がいるからここにいるのであって、吉田がいなければここに来るつもりは毛ほどもない。
吉田が嫌う人間は桐山も嫌う。
それが桐山の人の判断基準である。
「とはいえ、この遺体はとても興味深い。ぜひとも生で肋骨を見てみたいものですね。そうすれば犯人のおおよその見当くらいはつくかもしれません」
恍惚とした目で写真を手にする魔法使いに二人はゾッとしたが、こんな奇妙な芸当ができる人間を知っているとあらばここでサヨナラする訳にはいかない。
「外部の人間に生で遺体を見せることはできないが……」
「外部とはいえ私はアドバイザーですよね? そういう契約を個人的に交わしたと思いますが?」
それを言われると吉田は眉間に皺が寄る。
自称・魔法使いと出会うきっかけとなった事件が解決した後、確かに吉田は魔法使いと個人的に契約を交わした。
契約書もある。
その気もないのになぜだかあれよあれよとそんなことになっていた。
しかも、アドバイザー料として金銭のやり取りは今までなかったが、どこそこの高級和菓子だのワインだ何だと主に食べ物で支払って来た。
時には部屋の模様替えを手伝わされ、肉体労働で以って支払ったこともある。
署内の公式外部アドバイザーではあるが、アドバイザー料は吉田の懐から出ている。
吉田一人が懐と肉体と精神面を痛めるのはおかしいし理不尽だ。
だがそれでもこの男の独自の視点からお蔵入りするはずだった事件が解決し、それが吉田の手柄になっているのは事実だ。
つまり実績があるのだ。
故に事件解決の為には魔法使いのアドバイスや要求を受け入れねばならないのだが、吉田はすんなり受け入れる気になれずにいる。
いかんせん目の前にいる男は胡散臭いのだ。
「分かったよ。検視官に頼んどいてやる」
「次の被害者が出る前に今から行きましょう」
面倒そうな吉田に魔法使いは不吉な満面の笑みで以ってそう言い放った。
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