Conceptual Crime:山田(仮名)とうろんな仲間たち
紬 蒼
Case1. 正義
1.心臓の重さ
吉田は仏頂面で両腕を組み、覆面パトカーの後部座席に収まっていた。
逮捕された訳ではない。
吉田はどこぞの組長のような面構えだが、これでもベテランの刑事である。
不機嫌なのは常だが、仏頂面なのには理由がある。
早朝に呼び出された上に遺体は酷い有様だったからだ。
さらにはこんな遺体が見つかるのはこれで三件目であり、犯人は未だ捕まっていないどころか容疑者さえも絞り込めていない。
マスコミもこの連続殺人事件を嗅ぎ付け、まるでドラマのような事件だと騒ぎ立て始めた。
その為、早く解決するようにと上から圧力もかかっている。
こういう時は『あそこ』に行くしかない。
そう頭では分かっているが、どうにもこうにも気が進まない。
あの顔を見るのも嫌だし、あの屁理屈を長々と聞いてやるのも嫌だ。
それに胡散臭さが際立って、素直に話を聞く気になれない。
とはいえ『あそこ』に行って『あの男』の意見を聞けば、この事件は解決する。
それは分かっている。
分かっているがやはり気が進まない。
行くぞ、と重い腰を上げる為にここでこうして葛藤しているのだ。
「で? 魔法使いのところに行くんですか、どうするんですか?」
運転席で待ちくたびれた様子の桐山がバックミラー越しに問う。
桐山は鑑識課の若手ながら知識が豊富で鑑識の技術も高く評価されている。
が、正直すぎる物言いが上司や先輩方から不評で爪弾きになっている。
吉田も相棒とは仲が悪く、単独行動を取ったり規律を乱すような素行の悪さが目立ち、捜査一課の中で浮いていた。
故に二人は自然と一緒に捜査をするなど協力関係にある。
「行ってくれ」
憮然とした表情で吉田が指示すると、桐山は「了解」と子犬が主人に尻尾を振るように笑顔を見せ、パトカーを出した。
閑静な住宅街の一角に目的のその洋館はある。
魔法使いが住む家としては正にうってつけだが、漢方薬の店としてはあまりに不釣り合いだ。
立派な門構えの脇に後から取ってつけたような小さなポストがあり『漢方薬専門店』とマジックで書かれている。
それも風雨に晒され、半ば消えかけている。
そのポストの横にある呼び鈴を鳴らす。
ビーッという不快な音に吉田はいつも顔を
少しして玄関のドアが開き、自称・魔法使いを名乗る男が姿を現した。
「やあ、刑事さん。おまけにピレネーくんも一緒とはお散歩ですか?」
ピレネーと呼ばれ、桐山は魔法使いを睨みつけた。
ル・シアン・デ・ピレネー、日本ではグレート・ピレニーズの名で呼ばれる犬種に似ていることから彼は桐山をそう呼ぶことがある。
犬みたいだとは吉田も思うが、犬種に詳しくないのでいつもそこは流している。
「お前の能天気な冗談を聞きに来たんじゃない。事件だ、事件。生きてる人間の肋骨に文字を焼き付けるなんてことは可能か?」
吉田の言葉に魔法使いの表情が一変した。
「なかなかに興味深いお話ですね。良い台湾茶があるんですがいかがですか?」
茶を勧める時は大抵機嫌が良い時だ。
吉田は軽く溜息を吐いて門を押し開け、魔法使いの家に踏み込んだ。
吉田がここに出向くようになってから三年経つが、未だに魔法使いの本名を知らない。
とりあえず『山田』と呼んでいるが会う度に名乗る名が変わる。
とある事件の容疑者として出会ったのが最初だが、それ以来こうやって不可思議なことや奇妙な事件のアドバイザー的存在として重宝している。
が、それでも胡散臭いことには変わりなく、秘密裏にこの男のことを調べている。
この家も土地も他人名義で、借家ではなく居候という形でここに住んでいるようだ。
名義人は海外で暮らしており、ここに訪ねて来ることはない。
彼は居候の店番という形で常連客のみ相手にしているようだ。
容疑者となった時にも散々身元を調べたが、三年かけても未だに本名すら分からない。
そんな奴が警察の外部アドバイザーになった経緯も吉田は知らない。
この男が本当に魔法使いなのか凄腕の詐欺師か、でなければ署長が弱みを握られているか。
吉田は三番目だと思っている。
それでもこの胡散臭い男にアドバイスを求めるのは、この手の事件で彼は本当に役に立つからだ。
吉田は魔法を信じている訳ではないが、それでも科学では説明のつかないことをこの男は目の前で何度もやってのけた。
そして科学捜査では解決しなかった事件を解決へと導いた。
桐山より少し年上に見えるが、それでもまだ二〇代後半かそこらだろう。
髪も目も黒いが肌は白く、彫りが深いところを見ると純粋な日本人ではないのかもしれない。
背は高くないが低い訳でもない。
外国語は少なくとも英語、中国語、ドイツ語ができる。
一度書斎に入ったことがあるが、その書棚にはフランス語やラテン語など様々な言語で書かれた古い本が山のように所蔵されていたから、もしかしたらもっといろんな言葉を話せるのかもしれない。
博識で記憶力も良く、さらには武術にも心得がある。
どこか掴み切れない謎の男。
それがこの魔法使いだ。
応接室に通され、アンティークなふかふかのソファに腰を下ろし、居心地の悪い中、しばらくして温かい烏龍茶の香りがする緑茶のようなものが出された。
「で? 今回はどんな事件なんですか?」
吉田と桐山が並んで座る向かいに腰を下ろすなり、魔法使いはそう訊ねた。
「猟奇連続殺人だ」
吉田は上着の内ポケットから手帳を取り出し、その間に挟んでいた写真を二枚抜き取ってローテーブルの上に置いた。
一枚目は被害者の遺体の写真だ。
両目と心臓を抉り取られて横たわる女性の遺体が写っている。
遺体の傍らにはアンティークな天秤が置かれ、片方には抉り出された心臓が天秤と同じ装飾の施されたナイフを突き立てられて載せられて傾いている。
「目はどこに?」
写真を見てすぐに魔法使いが問うと、吉田は首を横に振って「見つかってない」と渋い顔をした。
二枚目は被害者の司法解剖時の写真で肋骨をアップで写したものだった。
「司法解剖で分かったんだがマスコミには伏せてある。検視官も医者もこんなものは初めて見たと言ってた。どうやったって不可能だとさ」
写真を一瞥した魔法使いは「なるほど」と頷き、
「この連続殺人はこれで終わりか、あと五人殺される可能性があります」
そう言った。
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