その7 今風男と女・・・・かな?2
『良く似合うぜ、まるでスクリーンから抜け出してきたボギーみたいだ』
世辞なんて言うもんじゃないな。
しかし笑いをこらえるにはそれしか方法がなかったんだ。仕方ないだろ?
『お、俺はボギーより、ジャン・ギャバンのファンなんだ』
どもりながらも、憎まれ口は達者だ。やれやれ。
俺たち二人は、エレベーターに乗って、まっすぐ最上階(18階)のティー・ラウンジに向かった。
午後7時を過ぎるとここもバァに早変わりするのだが、平日の昼間とあって
か、客もさほど多くはない。
俺たちはミルクティーとコーヒーを頼み、一番奥まったボックス席に陣取った。
警部は煙草を咥えたが、その度に壁の『禁煙にご協力をお願い致します』という張り紙を見て、ポケットにしまい、また煙草を出しては・・・・という動作を繰り返した。
『おい、本当に彼女は来るんだろうな?』
『さあな、しかし約束はした。今はそれを信じて待つしかないだろう』
俺は素っ気なく答えた。
あの後、俺は彼女の店に行き、
『お巡りはどうしても好きになれない』と、渋る彼女を説得し、ようやっと、
『一度会って話をするだけなら』ということで、了承をさせたのだ。
しかし、ああはいったものの、俺も内心不安であった。
映画ならこういう場合、急にホテルのフロント係が手紙を持ってきて、
(失礼致します。手塚様でいらっしゃいますね。原田裕子さんという方がこれを)
と、渡されるシーンになるところだ。
しかし、そうはならないのがこの世界というもんだ。
彼女はやってきた。
約束の時間を30分遅れて。
地味だがシックなツーピースを着こなし、頭には円盤のような帽子を被っている。
場末のバァのマダム、非合法売春組織のオーナーだなんて、誰も思わんだろう。
『お待たせしてしまって、ごめんなさい。出かけに支度に手間取ってしまったものですから』
優雅に頭を下げる。
『え、ええ、いえ、そんな』
『ゲジゲジ』も形無しである。
彼は全身を硬直させて椅子から立ち上がり、最敬礼をした。
『初めまして・・・・ではありませんわね。以前警察でたっぷり絞られましたから』
百戦錬磨の警部殿は、彼女の蠱惑的な眼差しに完全に呑み込まれてしまっているようだ。
『あ、あの時は、その・・・・・』
『いえ、いいんですのよ。私だってそれなりの事をしたんですから・・・・貴方は任務を遂行されただけですものね』
『わっ、私とお付き合いしてください!』
手塚警部は腹の底から絞り出すような大音声でそういいのけた。
一世一代のプロポーズというのは、こういうのを言うんだろうな。
彼女は全く表情を変えずに席に腰を下ろし、ウェイターを呼んでレモンティーを
オーダーし、そして、静かに微笑みながら、
『ウィ』
と答えた。
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