その5 裕子という女 3

 素早く腰から三段式警戒棒を抜き、振り返り様男の手首に一撃を加える。


『・・・・!』

 引き金に手をかける間もなく、拳銃を落とした。


 粗悪な密造リヴォルヴァーであるのは、一目瞭然だ。

(床に落ちた瞬間、撃針が折れる音が俺の耳にも聞こえたからな)


 店の中の連中が一斉に立ち上がった。


 ブラックジャック、チェーン、サバイバルナイフ。獲物はそんなもんだ。


『ちょっと、どうでもいいけどさ。やるなら外でやっとくれ。店を壊されるのはたまったもんじゃないからね』


 醒めた視線でマダム・・・・原田裕子がゴロワーズを取り出し、火を点けながら言った。


『違いないな』


 俺はそういい、首を振った。


 店の男たち全員が、ぞろぞろと俺の後にくっついて表に出た。


 

 数分後、俺は同じ店の、カウンターの同じ場所に腰かけ、バーボンのグラスを傾けていた。

 

 彼女は俺が殆ど無傷で戻ってきた時、流石に驚いたのか、口に咥えたゴロワーズを床に落とし、


『え?』と目を丸くした。


 どうなったか?

 

 おっさんになっても、これでも元陸自の空挺だぜ。


 あの程度の連中を一からげに・・・・ああ、自慢話は止めとこう。


『もう一杯』


 俺は空になったグラスを持ち上げて彼女に示した。


『あんた、一体何者なんだい?』


 二杯目のグラスを置くのと入れ替わりに、俺は懐からライセンスとバッジを出し

『ただのケチな私立探偵さ。依頼を受けてここにやってきたんだ。それだけだよ』



『依頼?』


『手塚って刑事に覚えはないか?』


 彼女はそっぽをむいて、ゴロワーズをふかす。


『さあ・・・・聞いたような、聞かなかったような。デカなんて、みんな同じだからね。』


 俺は警部から依頼を受けたこと。


 そして彼女の経歴について調べさせて貰ったことなどを話した。


 普通、自分の隠された部分を探られれば、誰だっていい顔はしないものだが、彼女はただ、


『そうだったの』


 と答え、相変わらず煙をふかし続けるばかりだった。


『・・・・あたしの人生なんて、どうせロクなもんじゃないからね。今更隠し立てしたって仕方がないし・・・・』そこで言葉を切り、俺が呑み干したグラスにまた酒を注いだ。


『心配しないで、これはあたしのおごりだから』と、笑った。


 彼女が笑顔を見せたのは、初めての事だった。


『手塚警部は、あんたに惚れてるんだとさ。どうせ惚れるなら何もかも知っておいた方がいい。そう思ったらしい』


『あたし、デカとお巡りは死ぬほど嫌いなんだけどね。』


『それは俺には関係のない話だ。あとをどうするか。それはあんたが直接警部に言ってくれ。』


 俺はそこまで言うと、


『ごちそうさん』と、五千円札をカウンターの上に置き、店を出た。







 





 

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