その3 裕子という女 1
しかし、裕子の方はというと、手塚警部に対してそれほど意識をしていた訳ではない。
自分を逮捕したデカ・・・・まあそんなところだったんだろうな。
『それにしても何で俺のところに来たんだね?あんたくらいの強面で、桜田門でも割合に名前が通っているなら、彼女の事を調べるくらい造作もないだろう?』
俺は嫌味とからかいを混ぜて、わざとそういってやった。
『・・・・幾ら俺だって、公私のけじめくらいはつけられる。惚れたの腫れたので警察力を動員するなんて真似が出来るか』
手塚警部殿にしちゃあ、くそ真面目な言い草だな。俺は思った。
『なあ、頼むぜ。乾の旦那。引き受けてくれりゃ、この先お前さんが多少危ないことをしたって目こぼしくらいはしてやる。』
『俺は岡っ引きじゃない。お巡りに貸しを作るなんて真っ平御免だ。1日6万円のギャラに必要経費。拳銃がいる事態になったら、危険手当として4万円の割増し。この原則を守って呉れりゃいい』
斯くして東京一の名探偵、乾宗十郎は、寒空の下、コート一枚で東京の街を歩き回ることになったのだ。
『原田裕子』は、東京の生まれではない。
元々は中部地方にあるA県で生まれ、高校を卒業するまでそこで生活をしていた。
当たり前だが、名前も偽名だった。
本名は、
『ラン・レイギョク』といい、所謂華僑という奴だった。
祖父の代に自分が国籍を持っていた東南アジアの某国がクーデターで滅んだために、難民となった彼女の一家は日本へと逃げてきたというわけである。
幼い頃は兵庫県のH市にあった難民収容所で過ごし、難民申請が認められた後、同じ華僑でA県で成功していた親戚を頼って移り住んだ。
一家は良くある外国人のように、随分苦労はしたようだ。
そのうちに祖父や祖母が亡くなり、父親の世代になった。
彼女は親から教え込まれていたから『日本人ではない』という認識はあったものの、かといって自分が『外国人である』という認識も持てなかった。
成績もそこそこ優秀、別に外国人だという理由でいじめられたり、迫害を受けたりといったことは、幸運にもなかった。
だがこのまま、中部地方の片田舎(当時、地方はそんなもんだった)で暮らしてゆくには、あまりにもみじめすぎる。
そこで、自分を『変える』ために、
『ここではないどこか』を選ぼうと決心し、高校を卒業すると、半ば家出同然に上京したというのだ。
たった一人で都会で暮らしてゆくには、どうしたって働かなければならない。
しかし、ここに一つ問題があった。
彼女が『外国籍』だということである。
日本国籍ならば、学歴はなくっても大抵のところは雇ってくれるものだが、外国籍だと、どうしたって(差別)というほどではないにしても、どうしたって限定はされてくる。
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