その2 警官でも恋はする

『警部殿、あんた年齢としは・・・・』


 俺はビーフジャーキーをかじり、バーボンを一口やって、彼の顔をまじまじと見た。


『55、今年誕生日がくれば56だ。』


 それがどうした。といわんばかりに立て続けに2杯をあおる。


『俺はこう見えても独身だ。10年前に離婚して、子供もいねぇ。だから恋人の一人や二人持ったって、別に問題はなかろう。それに警職法には「警察官は恋をしてはならない」なんて条項はねぇんだぜ?』


 屁理屈の上手うま刑事デカだな。そう言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。

 

 いつになく彼が真剣そのものだったからである。


『ま、いいや、ゴチになった負い目もある。先を続けてくれ』


 その女性は、本当に唐突に警部殿の前に現れた。


 昨年の11月、都内で違法風俗に対する一斉摘発があった。


 来年のオリンピックを控えての浄化活動の一環らしい。


 警部は新宿の某違法風俗店のがさ入れに自ら立ち会っていた。


 その店は表向きただのスナックだったが、外国人の女性が常時数名おり、客がその中で気に入った女性がいると、


『お持ち帰り』が出来るシステムになっていたという。


 当然潜行捜査をし、証拠固めもばっちり行った上で踏み込んだ。


 潜行捜査は、警部殿おん自ら行ったという。


 しかし、それが間違いの素だった。


 その店の経営者の女性・・・・自分では『原田裕子』と名乗っていたという。


 年の頃は40を半ば過ぎたばかり。カラッとしていて、あか抜けていて、今時珍しい、きっぷのいい姉御肌の経営者だった。


 警部殿、一目で彼女にいかれてしまった。


 結局店は大規模なガサ入れが行われ、店にいた女性全員と、勿論彼女も逮捕された。


 警部殿は率先して彼女の取り調べに当たった。勿論したたかな彼のことだ。下心があるなんて、おくびにも出さない。

 

 桜田門にしてみれば、証拠はガチガチに固まっている。


 起訴され、裁判で有罪になっても、懲役二年ほどがいいところだ。


 問題は、彼女達の後ろで糸を引いている連中・・・・つまりはその筋の方である。


 風俗浄化なんてのは表向き、実はそっちを芋づる式にひっくくろう。そういうわけで、マル暴の方からもプレッシャーをかけられているという訳だ。


 なだめたり、すかしたりしたが、彼女は自分達の罪は認めたものの、肝心かなめの『聞きたいこと』についてはまったく口を割ろうとせず、はぐらかすばかり。


 お偉方からは散々ハッパをかけられたが、結局何も分からず、検察も起訴については二の足を踏み、揃い過ぎるほどの証拠があったのに、


『証拠不十分』ということで釈放、と相成ったわけだ。



 警部殿は、取り調べ中の彼女の態度に益々気に入り、ガソリンをぶっかけられた如く、恋心は燃え上がってしまった。







 













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