第二話 決戦
進軍を開始して早一週間。やっと山を登り終え下り坂になり、視界も開けてきた。そろそろ始める頃合いだ。アルゼム率いる騎兵を突出させて牽制としつつ、山を背にする形でなだらかな丘に陣地を築く。
やはりと言うべきか、敵もこちらの狙いに気がつき、アメルセア軍が打って出てきた。こちらの騎兵の脇をすり抜けて直接本陣を突く構えだ。
それを悟ったアルゼムがその側面を食いちぎるべく迎撃に向かい、本陣の歩兵も陣を整えて突撃に備える。
しかし、構わず進むかに見えたアメルセア軍先鋒が大きく反転。こちらの騎兵の側面を逆に狙いにかかった。
「精鋭とは言え千騎足らずで六千を相手に仕掛けるとは……後ろから挟んでも正面を抜かれるのは目に見えているのに」
傍らでコッポラが呟く。奥にいるその他の敵部隊が動く様子はない。命令の伝達ミスか?
「右の森」
「はい?」
無意識に口から出て来た言葉を
「コッポラ、確証はないが右手前の森に伏兵がいる。あの位置ならここを狙うにはちょうどいいだろう。先手を打ってジェレアムを向かわせよう」
「承知致しました。しかしそれだけでは不確実です。もう一工夫しましょう」
いつもと変わらぬ表情ながら、コッポラの語調から
「よし乗った!」
「少しは悩んで下さい」
「んなこたいいから聞かせてくれ!」
よしよし。俺が最初に案を出してそれをコッポラが修正する。最近負け続きだが調子が戻ってきた。今度こそやれそうだ。
程なく、俺の直感通り丘の
アメルセア軍の陽動が功を奏し、本陣前に見えるのは歩兵千程度。弓騎兵が主体のベンシブル軍からすればカモ同然の相手。本来であればだが。
「立て!」
ジェレアムの号令で歩兵の背後でしゃがんでいた弓兵が一斉に立ち上がる。
旨そうな獲物が撒き餌であったことに気がついたベンシブル軍は一斉に馬首を返そうとするが、時既に遅し。小回りの利かない騎兵が強力な弓兵の射程に飛び込めばどうなるかは自明の理だ。
策は大当たりとなった。アルゼムに当たったベンシブル軍二千も味方の潰走を見て早くも撤退の準備を始めている。
この勝負、こちらが貰った。
「将軍! 取り逃がした部隊が!」
そう思ったのも束の間。コッポラがアルゼムの方を見て叫ぶ。
取り逃がした部隊がそのままアルゼムの騎兵へと進んでいく。
「あの旗はセーリー族の旗! 国王ケラール率いる部隊です!」
「だが逃げられたのは二千に満たない。あの数なら返り討ちに……」
そう言い終わるか否かのところだった。
ベンシブル軍の先頭にいた男が弓を放った。ベンシブルの弓では普通届かないはずの距離。
しかし放たれた矢は低い放物線を描いて飛んでいき、
指揮を執っていたアルゼムの体を地面に叩きつけた。
俺は忘れていた。国王ケラールが常人は到底馬上で扱えない
「将軍! 直ちに救援に向かわなくては! このままでは騎兵部隊が全滅する可能性も!」
「わかってる! アメルセア軍の為に置いといた歩兵を出せ! アルゼムの救援に向かう!」
クソ! 言うのは簡単だが間に合うか? そもそもアルゼムは無事なのか? どっちにしろ指揮官を失った部隊がそんなに長く持つとは……ん?
「待て! あれはなんだ!」
味方騎兵の中に、指揮官用の兜が光る。そんな馬鹿な!
「馬から落ちたくらいで死んでは将は務まらぬ! 勝利は目前なのだ、これしきのことで立ち止まるな!!」
しかし、肩に矢が刺さったまま張り上げられた声は、間違いなくアルゼムのものだ。
「やりやがったなあの野郎!」
「ほら、配下が頑張ってるんですからあなたももうひと踏ん張りして下さい」
興奮で声をうわずらせる俺をたしなめたコッポラも、これには
重傷を負い落馬しても、馬にまたがりなおして奮起を促した指揮官に答え、騎兵隊は驚愕するセーリー族の部隊を蹴散らして本陣近くまで戻ることが出来た。
最後まで足止めの為に残っていたアメルセア軍も、鼻っ柱をたたき折られたセーリー隊を援護しつつ撤退。ここに
「やったぞみんな!」
「うおお!」
「見事でしたダートン司令!」
「アルゼム将軍も凄かったっす!」
「勝った! 勝ったぞ!」
「皆さんあまりはしゃぎすぎないで下さいね」
コッポラが苦笑いする脇で、周りの奴ら共々大はしゃぎする。やっぱりみんなで勝つのが一番だと、改めて思う。
大人げない気はするが、もうしばらく騒がせて貰うことにしよう。
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