幕間

狩人の追憶

 私の生家であるアゾート伯爵家は、大賢者ホーラン・アゾートを始祖とするアゾート公爵家の分家にあたります。

 公爵家はそれまで民間伝承のようなものだった魔法を体系化して、魔道の基礎を築いた大賢者の威光と、代々に渡って卓越した実力の魔導師を輩出した業績のおかげで、タスガル帝国崩壊前後の動乱も乗り越え今なお名家中の名家としてハンニバル帝国に君臨しています。その影響力は並大抵のものでは無く、「アゾート家に変あらば、国政に乱あり」と謳われるほどです。


 伯爵家も伯爵家で、初代当主クロス・アゾートは跡目争いに敗れアゾート公爵家を追放されるも、魔道の才を惜しまれて時の皇帝から伯爵に叙せられた人物でした。

 当初は当然、アゾートを名乗ることは出来ませんでしたが、その後四代九十二年に渡って、平時は研究にいそしみ戦時は武勲を重ねて業績を築くことで、遂に本家にその実力を認めさせアゾートの名を勝ち取ったという過去があります。

 その経緯から、「アゾート公爵家が一目置く唯一の家」と誉れ高く、その力は他の伯爵家の比ではなく、格上のはずの侯爵家や、一部の公爵家にですら崇敬の目で見られるような家です。



 そこの一人娘として生まれた私は、幼い頃から魔道への高い資質を見出されるなど順風満帆な人生を送っていました。十歳の秋までは。


 その年、母の実家であるレイナー公爵家の封土は豊作となり、収穫祭は例年より盛大に行われることとなり、私の家も招待を受けました。収穫後の繁忙期ではありましたが、お人好しだった父は折角の誘いを無下にするもの悪いと出席を決めました。



 その宴の席で父がレイナー公爵の次男ハルク、すなわち自身の義兄と歓談していた時です。


 私と叔父が似ているという事が話題に上ったのです。その話を持ち出したのは父で、おそらく何気なく話した事だったのでしょう。


 しかし、それを聞いた叔父の態度が明らかにおかしくなったのです。更にすぐそばにいた母の顔色もみるみる青くなっていきました。


 それを見て父は首をかしげるばかりでしたが、なにか身に覚えがあったのでしょうか、ハルクの父親である公爵とその嫡男であるガルシア叔父さんが凄まじい勢いで二人を問い詰め始めました。


 その場を走り抜けた困惑が部屋の隅に辿り着いた頃だったでしょうか、困惑の発信源で何かが光るのが見えました。

 それがハルクの抜いた剣だとわかるや、困惑は混乱へと変態を遂げました。



 ハルクが自身の父と兄を切り払い、いままさに私の父に斬りかかっていく、それが私の記憶の一番最後の部分です。


 次の景色は客間の天井でした。そこで私は事の顛末を聞かされることになります。



 ハルクは死んでいました。父の風魔法が心臓を貫いたのです。しかし、父も胸からみぞおちまでをバッサリ斬られて程なく意識を失い、そのまま息を引き取ったそうです。


 レイナー公爵も重傷を負い一命は取り留めましたが、高齢なのも相まって政務が難しくなり隠居を余儀なくされました。ガルシア叔父さんも軽い怪我を負ったそうです。



 当初、周りの大人達は肝心な部分をぼかしていましたが、無駄なことでした。


 母とハルクはのです。


 当主代理となったガルシア叔父さんと父の弟であるジェームス叔父さんはこの件を収拾、隠蔽しようと試みますが、他の貴族もいた宴の場でのこと。徒労に終わりました。


 その日から禁忌の果てに産まれたとされた私の居場所は無くなりました。


 私の実の父親が誰なのかはわからず終いですが、周囲にとって、それは些細なことだったようです。


 叔父さん達など庇ってくれた人もいましたが、社交界の私を見る目は軽蔑と嫌悪を隠そうともしないものでした。

 そんな時私の目に止まったのが、皇帝陛下による軍制改革の一環として設立されたばかりの士官学校の学生募集でした。ちょうど、軍の完全実力主義制が確立された頃です。


 実力さえあれば出自に関係なく出世できる。


 そんな売り文句は不名誉な出生から解放されたかった私にとっても魅力的に見えました。


 実力さえ備えれば誰にも迫害されることなどなくなる。


 そう思って私は入学試験を突破し、士官学校へと入学しました。



 平民へも門戸が開かれているとは言え、入学できるような学力を身につけられるのは上流階級の子女ぐらいで、私の悪名は周囲に知れ渡っていました。

 しかし、私は誰よりも激しく努力を重ねました。日の出前から自主練習を行い、門限ギリギリまで練習場に居座り、寝る間も惜しんで勉強しました。


 その甲斐あって、成績は実技学科共に常にトップで、不動の首席として卒業まで君臨し続けました。


 でも、私の居場所ができることはありませんでした。



 誰もが私を無いものとして扱いました。首席だと妬まれることもなく、親の七光りと陰口を叩かれるでもなく、ただただ一瞬嫌悪の目で見られた後、何事も無かったかのように歩みを進められるだけ。


 例え力があろうと私などこの世に必要ないのだと、まざまざと思い知らされました。



 将官学校に進学しなかった私の卒業後の赴任先は、とある小隊の副隊長でした。


 他の小隊員にとって、私の初対面での印象は最悪だったでしょう。

 生気のない目で抑揚のない暗い声で挨拶をしたのですから無理もありません。私の過去に関する話も流れていたようです。


 しかし、ただ一人同じくらいの年頃の小隊長だけは他の隊員が不安を隠そうともしないのを尻目に、私に笑顔でこう語りかけました。

「悪いが書類仕事の類いは全部君に任せていいか? 君の他に書類を正しく理解できそうな奴がいないんだ」


 それが、私と彼、ロナルド・ダートンとの出会いでした。



 こうして小隊の書類仕事を全部引き受けることになった私ですが、小隊長はこのことで味を占めたのか様々な仕事を私に任せるようになっていきました。


 最初は何も感じることはありませんでしたが、徐々に自分が変わっていくのがわかりました。自分は頼られているのではないかと、そう思いました。


 すぐに否定したその思いですが、小隊長から頼まれ、感謝され、ねぎらわれる度に心の中で大きくなり続けていき、やがてそれは「ここが自分の居場所だ」という確信へと変わっていきました。


 小隊長が中隊長に昇進した頃には私はすっかり別人になっていました。下を向く代わりに笑うようになり、逃げる代わりに喋るようになり、自分を責める代わりに毒を吐くようになりました。

 他の隊員とも積極的に関わるようになりました。「話せばわかる」という言葉が正しいということを初めて知りました。

 彼への想いに気がついたのもこの頃だったでしょう。



 いつしか彼は随分と出世し、今や西方混成軍を束ねる司令官となりました。


 しかし、私は常に彼の隣にいます。そこが私の居場所だから。

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