第六話 敗残の途

「将軍、よくぞご無事で……」

「おかげさまでな。俺の悪運がまた良い仕事した」

「申し訳ございません。此度の敗戦、責任は本陣をみすみす陥落させた私にあります」

本隊と合流するや俺はコッポラに謝られた。案の定と言ったところだ。


「そうだよな。司令官が責任感に乏しいから副司令官にしわ寄せがいくよな。たまには俺のせいにしてもいいんだぜ」

「いえ。将軍の対応に問題はありませんでした。ひとえに私の実力不足によるものです。かくなる上は……」


「はいストップ」

 またこれだ。負けるたびに必要以上に責任を感じてへこむのが彼女の悪い癖だ。


「お前いい加減仲間を信じてやれよ。一回負けただけでお前を責めるような奴なんていやしないんだからさ」




「司令官の言うとおりです副司令!」

「副司令だけのせいでは無いはずです!」

「副司令がいらっしゃるからこその我らです!」

 話を聞いていた兵士達が一斉にコッポラの周りに群がり、口々に言う。下を向いていたコッポラの顔が徐々に上を向き始める。



「皆さん……ありがとうございます」

しばらく励まされた後、コッポラは暗い顔からいつも通りの可愛げのない顔になった。


 しかし、副司令に就任した当初は厳格な嫌われ役に徹そうとしていた節があったが、結果はご覧の通り。俺よりも人望があるかもしれない。はっきり言って少々妬ましい。ひょっとするとこういうところで差が出ているのだろうか。


 まあとにかく、状況にもよるだろうが、一度負けた位で俺やコッポラが信頼を失うことはない。逆もまた然りだ。

 この相互の強固な信頼関係こそが俺達西方混成軍の強さの秘訣なのだ。




 その後、ベンシブルの奇襲もなく無事に旧アメルセア領まで戻ることが出来た。長期戦を意識し、退いていく敵を追うのに少ない兵力を損耗させたくなかったのだろうというのがコッポラ達の分析だった。何はともあれ無事なのは良いことだ。


「ぐっすり眠りたい所だろうがまずは反省会だ」

ゲッセル辺境伯領に到着した日の夜、焼け落ちた領主の館の跡地に設営された本陣で「将軍」と呼ばれる身分の者達が車座になっている。


 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という格言があるらしいが、中々に的を射ていると思う。俺みたいな学のない奴が歴史なんか学んでも何が何やらちんぷんかんぷんだろう。

 だから俺は、経験を少しも無駄に出来ない。反省会もそのためのものだ。


「一体何があったんだコッポラ。お前の守りが抜かれるなんて」

「……それが、国王ケラールが率いる部隊とマンスールのアリ族長が率いる部隊とが代わる代わる外側の馬防柵に取りついて来たのです。無論弓兵隊で対応しましたが、毎度上手く退き際を見極められ大した被害は与えられずじまいだったのです」

 ケラールにアリ、持論は違えど名将の誉れ高いお歴々だ。


「その繰り返しで一つ目の馬防柵を倒され、二つ目の馬防柵目がけての攻撃が始まったところで、間道から強襲を掛けてくるようになったのです。無論事前に配置しておいた部隊で追い返しましたが、その後も断続的に攻撃を仕掛け続けてきまして……」

「……そこで思ったわけです。敵の狙いは補給路の寸断や一撃離脱などを繰り返すことで、士気を下げ最終的に撤退させる。要するに根比べをすることにあるのだろうと。実際は『思わされた』のでしょうが」

 言葉を切ったコッポラに代わり、魔導師隊を率いるレスタードが語り始める。


「そう思って正面と側面の防備を厚くしたら、後ろから双戦斧が飛んできたわけです。それを合図に総攻撃が始まりましてね」

「その件は俺の落ち度でもある。すまん」

「いえ、こっちも背中晒してるんでおあいこです。問題はすぐに反攻なり撤退なりに出られなかった事ですね」

 悪い奴ではないが、やはり何処か冷笑的な印象を受ける。悪い奴ではないのだが。



「やはり司令と騎兵戦力の幾らかは本陣に常駐させておくべきかと。今後別働隊は私が率います」

次に口を開いたのはアルゼムだ。

「ああ……頼んだぞアルゼム」

やはり真面目、というか軍人らしい奴は一定数必要だ。こいつを見るとそう感じる。



「それはさておき、アメルセア騎士団はやはり厄介ですね。如何に敵を魔導師の射程に引き込むかと、如何に魔導師を敵から護るかという相反する課題を同時にこなさなくちゃならないので……」

 そう言ったジェレアムは落ち込んでいた。彼の率いる弓兵隊は魔導師を射程の差から圧倒できる反面、重装兵とは相性が悪いのだ。それが馬に乗ってたりすると尚更だ。

「魔道騎兵のいる理由がよくわかりますよ。ほんと……」



「すみませんね。乗馬なんて高尚な趣味持ち合わせてなくて」

「レスタード、他意がないのはわかってるだろう」

「へいへい」

 皮肉を言ったレスタードもたしなめたアルゼムもお互い疲れているようだ。彼らだけではない。他の面々もやるせない表情を松明の陽炎の合間に浮かべている。ぼちぼち切り上げるか。



「今日はこの辺でお開きにしよう。そう遠くないうちに再侵攻に出るからしっかりと休んどけよ」


「了解」

「承知致しました」

「ほーい」


 そう言うと思い思いに返事をしてそれぞれ散っていった。軍隊らしからぬ光景だが、それが俺達の味でもある。俺も休むか。




「司令、副司令は大丈夫でしょうか。口火を切って以降は発言がありませんでしたが……」

自分の天幕へ向かう俺を呼び止めたのはアルゼムだった。

「ああ、平気平気。一晩寝れば治るだろ」


「はあ……そういうものなのでしょうか……」

「お前は比較的新顔だから知らないかもだけど、あいつああ見えて繊細だから時々疲れたり落ち込んだりで調子が悪くなるんだ。昔は結構面倒くさかったが、今は一晩かそこらで元に戻るから心配いらねえ」


「はあ……」

「大丈夫だって。俺を信じろ。あいつとは十年近い付き合いなんだ」

なおも怪訝そうな顔をするアルゼムにそう付け加える。



 十年……か。



「なあアルゼム」

「はい、何でしょう」



「居心地良いか? ここ」

「……居心地……ですか。いいと思いますが……」



「そいつは結構」

困惑するアルゼムに、俺はそう言って笑いかけた。

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