第三話 越境

「皇帝陛下から早馬です。セリティア王子を追いベンシブルへ進軍せよ。ベンシブルが王子を差し出せばそれで良し。やむを得なければそちらの判断で宣戦布告を行え。との事です。陛下からのベンシブルへの国書も同封されています」

「今一度確認するが、セリティア王子をベンシブル王国が匿っているのは確実なのだな」

「ええ。密偵が聞いたアメルセアの騎士達の話から王子がいるのは間違いありません」

「了解した」

 まあここから逃げられる所なんてベンシブルしかない。その上アメルセア国王の妹、すなわち王子の叔母がベンシブルの有力氏族に嫁いでいるのだ。

 しかし皇帝陛下の俺達への信頼は相当なものだ。一司令官の判断で他国への宣戦布告を行えるなど前代未聞だ。そのような信頼がプレッシャーにもなるが、それ以上にやる気が満ち満ちてくる。


 火だるまになってから早二週間。ゲッセル辺境伯領に駐屯して、戦力を補充しつつベンシブル戦への準備を進めていた。皇帝陛下からのご命令も出たので、明日にでも出るとしよう。


「近辺の地理は確認しましたか? 補給の手配に手抜かりはありませんよね? あときちんと傷は治したんですか?」

「コッポラ。お前は俺の母親か何かか? そうも口うるさいからある事ない事噂されるんだ」

「それが私の任務です。噂ごときで任務を放棄する訳には参りません」

「お前さぁ。今でこそ『冷静で気の利く副将』で通ってるけど、昔はただの変な奴だったからな。びっくりしたぜ最初は。副隊長とは言え一兵卒がこんな喋り方するなんて」

「存じ上げております」

「はあ……」

 こいつと口論なんかしても無駄だ。何度目かわからないが改めてそう感じる。


 出発して程なく、タメンディア山脈に差し掛かる。ベンシブルの言葉で「悪魔の牙」という意味らしい。平原の遊牧民族である彼らにとって、この険しい地形は悪魔の牙が如く見えるのも無理はない。

 が、それも今は昔。アメルセアとの貿易を活発化させるために、十五年を費やした難工事の果て、大規模なキャラバンでも通れるような道が整備された。ちなみに建設費用は、両国の豪商達が大部分を負担したため、さして国庫の痛手にはならなかったらしい。

 全部コッポラが教えてくれたことの受け売りだが。


 山を登り、その後五合目くらいまで降りたところで、先頭の隊から軽装騎馬の一団が向かってくるのが見えたとの報告があった。

 行軍を止めて先頭に向かうと、小綺麗な格好をした十数名の男達がこちらを睨みつけていた。どうやらベンシブル側の使者のようだ。

 リーダーらしき男が俺達に気づいたか叫ぶ。

「お主らがこの軍を率いている者か!」

流暢りゅうちょうな共通語だ。アメルセアの訛りがあるため、おそらく留学かなにかをしていたのだろう。

「いかにも! ハンニバル帝国軍西方混成軍司令官ロナルド・ダートンだ! 貴公らはいかなる御用事か!」

「私はベンシブルの将、グラールのベン。我らが王セーリーのケラールに代わり貴殿らの意図を問いただしに参った。此度こたびの進軍、意図は奈辺なへんにおありか」


 俺に目配せされたコッポラが、皇帝陛下の国書を俺に手渡し、それを俺がゲーラルと名乗った男に渡す。

「帝国皇帝、レウリウス陛下からの国書になります。仔細はこちらにありますが、今一度口頭で我らの要求を告げさせて頂きます」

相手にそうと悟られないようにしながら深呼吸をする。

「単刀直入に申し上げましょう。貴国はアメルセア王国のセリティア王子を匿っているでしょう。我らの要求は一つです。彼の身柄を可及的速やかにこちらに引き渡して頂きたい。拒むようならば私の判断で宣戦布告を行えと勅命を受けております」


 飲まなければ宣戦布告する。どう聞いても脅しに聞こえる要求を聞いてなお、彼は眉一つ動かさない。

「彼にいかなる罪があってそのような要求をなさるのでしょうか。彼が何か貴国の法を犯すような事をしたのでしょうか。いわれなき侵略に遭い、それに抵抗を図ったことが罪となるのでしょうか。お答え願いたい」

 抑揚をつけつつも表情を変えずに問うてくる。なるほど。あの王子も随分と人垂らしのようだ。

「そちらのご意志はわかりました。『法とは勝者が決めるもの』貴方の王にそうお伝えください」

ゲーラルは頷く代わりに不敵に微笑むと部下と共に踵を返し去って行った。



「一杯食わされましたね将軍。有力氏族の寄り合いであるベンシブルをまさかこんな短期間で纏め上げてしまうとは……」

「お前の読みが外れたようだな。明日は雨かな。」

「そうなるといいですね。騎馬主体のベンシブルには辛いでしょう。雨が降らなかった時に備えて陣地の構築をしておきますね。」

「頼んだ。」

 こちらからするまでもなく、あちらから宣戦布告の文書が矢文で届けられたのはその翌日の事だった。

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