第二話 最初の因縁
「将軍、ご無事で!」
「ああ。おかげさまでな」
コッポラが遠巻きに眺めていた兵士達と共に駆け寄ってきた。
「しかし、将軍、左眼が……」
「左眼?」
そう言われて左眼に手をやると、手は真っ赤に染まった。そう言えばものの見え方がおかしい。どうも左眼をやられたようだ。戦いに夢中で気がつかなかった。
「まあ、戦ってればたまにはこういうこともあるさ。手足と違って片っぽで事足りるから、大した問題にはならない。ただ、悪いが止血はしといてくれないか」
「そうですか……やっぱりお強いですね……」
「まあこんな仕事だ。覚悟や割り切りはしとかないとな。それよりセリティア王子はどうした。捕まったとも殺されたとも聞いていないが」
「現状行方不明です。調べておきましょうか」
「頼んだ。居場所がわかったらチェンダー司令と合流次第追討に出る。傷の手当てをしてきて良いか」
「承知いたしました。ごゆっくりどうぞ」
「無茶をしましたね。ダートン殿」
仮設の野戦病院となっている中庭に、立派な出で立ちの中年女性が現れた。
「コッポラちゃんからここにいると聞きましてね。何事かと思えばそんな傷こさえて……」
「他に手がなかったんだから仕方がないでしょう、チェンダー司令」
世話焼きのおばさんといった雰囲気のこの人、こう見えても六人いる帝国軍最高幹部「熾天使の翼」の一人である。筆頭のデーマットさんや竜騎士を率いるケーナッハ、そして俺と武闘派揃いの熾天使の翼の中で珍しい政治方面に定評のある人で、流れるような優れた戦後処理の才覚を讃えられ、「流水」の異名をとる人物だ。やっぱり世話焼きなおばさんにしか見えないが。
「それはおいといて、負傷兵の対応を手伝って頂けませんか。予想外に被害が大きくこちらの回復術士だけでは手が足りないもので」
「ええ。既にそう指示を出してあります。治安維持も私が請け負いますので、あなたはゆっくり休んでください。動くと傷に障りますよ。コッポラちゃんをあまり困らせないであげてくださいね」
「わかってますよチェンダー司令」
とても帝国軍の最高幹部の会話とは思えない。近所のおばさんに諫められる若者の図だ。
さて、俺の治療は終わったから
「将軍。酒保で何しておられるんですか。あなた怪我していらっしゃいますよね」
「おいおいコッポラ。何を誤解してるんだ。ちょっと眼帯を買いに来ただけだぞ。というかなにか用か」
「はい。セリティア王子の行方が掴めました」
思わず勢いよく振り向く。
「何処だ!」
「アメルセア領の西の果て、ゲッセル
「よし・・・無傷の兵五千を選抜しろ。すぐに追討に当たる。お前は残りの一万五千を率いろ。負傷兵もいる。ゆっくりついてこい」
「将軍、
「きちんと回復魔法も掛けて貰ったし大丈夫だ。これよりもっとひどいときなんて下っ端の頃にいっぱいあっただろ?」
「……承知いたしました。ただ絶対に無理はなさらないで下さい。体調に異変を感じた場合はすぐに行軍を中断して休養を取ってください。よろしいですね」
「はいはい。気をつけるので安心してください」
まったく、こいつはいつまで経っても変わらんな。俺も人の事なんて言えやしないが。
おっと、昔話をしている場合ではなかった。目下の問題はセリティア王子。あのセミリオン王が死に際に絶賛していた人物だ。親の欲目が入っていたかもしれないが、俗物ではないだろう。仮に凡庸でも「セミリオン王の息子」という看板だけでも大きな脅威となる。選りすぐりであろう彼の側近も面倒だ。まだ仕留めやすいうちに仕留めておかなければ。
五日後、俺の率いる先遣隊五千はゲッセル辺境伯領に到着した。
「将軍。周辺の住民に聞いたところ、既に辺境伯の屋敷は数日前から人気がないそうです」
「……遅かったか。逃げるとなれば国外だろうから現状追えないな」
とりあえず本国の陛下に早馬を出すか。返事を待つ間に屋敷の捜索をしておこう。もしかすればなにか手がかりがあるかもしれない。
「総員、準備はいいな」
「「「はい!」」」
「それじゃあいくぞ!もぬけの殻だとは思うが罠があるかもしれない。油断するなよ」
工兵が錠前と
入るや否やあることに気がつく。足下がなにやら濡れている。水か?
刹那、足下が急に明るくなった。真っ赤なゆらめきが俺を飲み込まんと左右に揺れる。
これは水などではなかった。油だ!それも相当燃えやすい類いの!
慌てて外に出ようとするが、油に足を取られうまく力が入らない。
「ぐああああ!」
すぐ脇で声がする。見れば慌てるあまり転んだか、仰向けの状態で炎に弄ばれている奴がいる。
ああくそ! 人助けをしてる暇なんてないのに!
熱さをこらえながら少しかがみ、左右するそいつの手をなんとか掴み、槍を振るう要領で前方へ放る。そいつはなんとか、上半身が敷居を超えたところで他の奴に拾って貰えたようだ。
だが俺は、安定しない体勢のまま甲冑着込んだ兵士なんて投げたせいで、バランスを崩して仰向けにぶっ倒れた。
顔に降りかかる火を払いながらなんとか立ち上がる。だが、背中がとてつもない痛みに晒されていることに気がつく。
痛みに耐えながら死に物狂いで敷居までたどり着く。
「まだ中に誰かいるか! いたら返事をしろ!」
「将軍で最後です! 早く! こちらへ!」
俺の問いかけに代わって部下が答え、俺を外へ引きずり寄せる。
あまりに勢いよく引っ張られ、つんのめった俺の背中に水魔法が放たれた。
「今度は俺の不注意だ。戸を開けると火が放たれるなんて罠が仕掛けていたなんて予想できなかったんだ。その落ち度は認める。決して無茶をしたとかそういうわけではない。頼む許してくれ」
「『不注意』で火だるまになられちゃたまったもんじゃないんですが」
案の定、俺はその後三日後に追いついたコッポラに説教される羽目になった。
たまったもんじゃないのはこっちだ。こないだ左眼をやられたと思ったら今度は背中を大火傷だ。どうも倒れた時に油が甲冑の隙間から入り込んだらしい。
背中に炎を纏って屋敷から出てきた時の俺は、さながら怪物かなにかのようだったという。誰か気の利く奴が魔道士と回復術士を呼んできてくれたおかげで、背中のかなり広い部分が燃えたにもかかわらず火傷はほどなく完治するとのことだ。傷もほぼ残らないらしい。
「死者が出なかったから良かったものの、一歩間違えば大惨事でしたよ。」
「面目ない。」
おのれセリティア王子。覚えとけよ。機会があればこの恨み晴らしてやる。
俺が覚えてればだけどな!
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