第2話 春風はパンの香りとともに②

「あれ、ここは……」

 真っ白な蛍光灯の明かりがまぶしい。

「あっ、起きた!」

 声のする方向に顔を向けると、女の子がちょこんと座っていた。さっき、オーブンの前にいた子だ。

 あぁ……気絶してたのか。

 ポケットをまさぐって、スマホを取り出す。だいたい1時間くらいってところか。


「えっと、ここは?」

「2かいー」

 パン屋の2階ってことかな。

 下の方からは賑やかな音が聞こえる。ん?でも、さっきの二人だけにしては騒がしすぎるような……。

 起き上がり、和室の窓から下を覗く。店の入り口を真上から見る形だ。シャッターは……閉まってる。店が開いているわけじゃない。


「もう平気?」

「あ、あぁ。大丈夫だよ」

「じゃあ、おねえちゃんたち手伝ってこよー」

 女の子がドタバタと下へ降りていく。手持ち無沙汰になった俺はなんとなく下の様子が気になって、彼女の後をついていくことにした。



「どういうことだ……」

 1階の厨房に戻ると不思議な光景がそこにはあった。

「店が、開いてる」

 間違いなくシャッターは閉まっていた……はずなのに、厨房のその先には客で賑わう店内があった。シャッターも当然開いていて、外から太陽の光が店内に差し込んでいる。


「はい、350円になります。ありがとうございます。またお越しください」

「ちょっと、サチ!生地、もう十分、発酵してますよ。早く、ここから取り出してあげないと彼らが狭苦しくてかわいそう……」

「わかってるなら、手伝ってー!」

「嫌です。手が汚れてしまいますから」

「このエセお嬢様が……。じゃあ、レジ手伝って。忙しくて離れられないんだけど」

「嫌です。それは私のポリシーに反しますから」

「うぬぬ……面倒くさいなぁもう……。こんな時になんでチョコ切らしちゃったかなぁ~。あっ、失礼しました!はい、こちらですね。少々お待ちください」


 さっきの女性と俺を蹴り飛ばした少女がフロアを隔てて言い争っていた。一緒に下りてきたあの子は売り場に出て、トングとトレイを拭いているけど、それだけだ。あの人の負担が大して減っているわけでもない。


 仕方ないか……。落ち着かないと、話をすることも無理そうだし。

「あのさ、ちょっといい?」

「あなた、さっきの……。ようやく起きたのですね」

 謝る気ゼロかよ。まぁ、いいや。さて、さすがに作る方は無理だから……。

「レジの使い方、わかる?」

「えぇ、一応は……。でも、触りませんからね」

「いいよ。使い方さえ横で教えてくれたら」

 中学生だったからバイト経験はない。せいぜい文化祭の会計係くらいだ。それでも、少しはマシになるはず。

 だいたい察してくれたようで俺がレジへ向かうと、金髪の子も一緒に向かってくれた。改めて、本当に人形みたいにきれいな子だ。


「あれ?君は。もう大丈夫なの?ごめんね。何か用があったみたいだけど、今は忙しくて無理なの」

「わかってます。だから、俺も手伝うんで。お姉さんは中の方を」

「この子は私が面倒を見ますから。サチ。あなたはあの子たちを早く解放してあげなさい」

 お姉さんは少し戸惑う素振りを見せたが、それが最善策だと判断し、「よろしくね」と一声かけて厨房へと戻った。

「さぁ、やりますか」

 なんて、少しかっこつけたものの、


「あのさ……。これってどういうこと?」

 俺は店内に集まるお客さんを見て、隣に立つ金髪の少女に問いかける。

「ただお店にお客さんが入ってるだけですよ。まぁ、今は多すぎて外にまで並んでる始末ですけど」

「いや、そうじゃなくてさ……」

 羽を生やした女性。耳と尻尾が生えた女の子。角と牙が生えている男性。お客さんも町を行き交う人たちも不思議な姿をした人たちばかり……。

 『ただのコスプレだろう』と普通なら考える。でも、羽も尻尾も自然なまでに動いていて、作り物には思えなかった。

「ここって、羽佐間町の商店街にあるパン屋だよな?」

「えぇ。ハザマ町の商店街にあるパン屋『フェアリー』ですけど」

 一体、何が起きてるんだ?まるで、絵本の中に迷い込んだみたいだ。

「ほら、さっさと動いてください。お客さんが待ってますよ」

 金髪少女にわき腹を小突かれる。

「がんばろー」

 栗色の髪をした小さい女の子が小さく腕を上げた。

「お、おー……」


 と、とりあえず、この場をなんとかしてから考えるか……

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