チョキンフィリア病院の患者さま

ちびまるフォイ

治す気ゼロの患者さん

銀行から出てきた男は通帳を見てにやけていた。


「ひひ、だいぶ貯まったなぁ」


残高が増えた通帳の数字を見て満足そうにしていた。

記念すべきその日の食事も質素だった。


「我慢だ、我慢……これも貯金のため……」


電気代節約のために、電気をつけない。

ガス代節約のために、料理をしない。

水道代節約のために、風呂にも入らない。


寒い部屋でガチガチと歯を鳴らしながら男は耐えていた。


しばらくして、給料日になると男は封筒を受け取った。


「ほら、今月の給料だ」

「ありがとうございます」


「なんで毎回手渡しにするんだよ。それも現金で。

 正直面倒だから口座振込みでいいだろ?」


「いいえ! 自分で振り込むのがいいんです!!」


「……お、おお」


男の勢いに気圧されてそれ以上何も言い返せなくなる。


「ま、今日は給料入ったんだし、飲みにでも行こうぜ」


「絶対イヤです。どうして高い金を払ってまで、

 そんなわけのわからない出費をしなくちゃならないんですか!!」


「相変わらずケチだなぁ……」

「自分の使いたいように金を使っているだけです!」


男は受け取った封筒をそのまま銀行に持っていって、

全額を口座に突っ込んで残高が増えた通帳を見てまたニヤついた。


「あの、お客様」


帰る途中で銀行員に呼び止められた。


「顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」


「え? ああ、これですか。大丈夫ですよ。

 3食抜いているだけですから。いつもことです」


「なにか召し上がったほうが……」


「そんなことしたら、貯金が減るでしょう!?」


男は空腹からかすぐに頭に血がのぼり、銀行員を怒鳴りつける。

大きな声を発したあと、ついに体から力が抜けた。


「あれ? あれれ……」


眼の前が真っ暗になり、次に目が覚めたときは病院だった。

医者はカルテと見せて渋い顔をした。


「あなたは"チョキンフィリア"ですよ」


「チョキン……フィリア?」


「貯金することにすべてを捧げてしまっている。

 すでに自分の生活が壊れるほどに貯金に固執してるんですよ」


「俺の金でしょう。放っておいてください!!」


男は病院を出ようと立ち上がったが、力が入らずにそのまま床に倒れる。


「あんたは病気なんです。自覚してください。

 このまま貯金をし続ければ死んでしまいますよ」


「し、死ぬのは嫌だ……死んだら貯金できなくなってしまう……」


「とにかく、病院で少しづつ治療しましょう」


チョキンフィリア改善のための入院生活がはじまった。

まずは貯金を切り崩すところからリハビリが行われる。


「ああああ! だ、ダメだ! せっかくこんなに貯めたのに!

 金を引き出してしまえば、金額が下がってしまう!!!」


「大きな金額じゃなくていいんです。

 最初はごくごく小さな金額から引き出してみましょう」


男はビクビク震えながらも口座から金を引き出す。

金額の減った通帳を見るとすぐに金を戻そうと暴れる。


「ちょっと! 出したお金を戻したら意味ないでしょう!」


「だって! だって貯金額が下がってるんだもん!!」


とくに抵抗感が強かった最初は暴れに暴れたが、

何度も何度も投薬とリハビリを繰り返すことで少しづつ改善されていった。


「どうですか? 最近の術後は?」


「ええ、先生の薬のおかげでだいぶ戻りました。

 今ではどうしてあんなに必死に貯金していたのかわかりません」


「では今回も薬を注射しましょう」

「はい」


代金を支払って投薬を行う。

最初の抵抗感はどこへやら。お金もすぐに払えるようになった。


「これでもう大丈夫でしょう。退院して問題ないですよ」


ついに病院からも出て久しぶりの外に出ることができた。

退院記念ということで自分へのご褒美を買いに出かける。


「これと、これ。あと、それとアレをください」


「失礼ですがお客様、そんなにお買い上げして大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ、貯金はたくさんあるので」


家はゴミ屋敷のようにものであふれかえったが

一度買ったものを使うことはほとんどない。


「……なんでこんなもの買ったんだろう」


大量に購入したものもすぐにその場で捨ててしまう。

物が欲しいというよりも、買うことそのものが楽しくなっていた。


みるみる「0」に近づく残高を見て、顔のニヤつきが止まらない。


「ふ、ふふふ……減っていく。どんどん減っていく」


食べ物を買っても食べきれないから捨ててしまう。

ものを買っても必要ないから捨ててしまう。

売ってしまうと残高が増えてしまうので買ったものは捨て続けた。


ついに通帳の残高が0になってからも、

浪費癖はますますエスカレートして止まらなくなった。


「お金を貸してください!」


「うちは闇金とはいえ、返せない客に金は貸せないんだよ。

 あんた使うだけ使って返すあてはあるのかい?」


闇金ですら金貸しを渋るほどに浪費の限りを尽くした。

結局借金を返せないためにボコボコにされて再び病院送りとなった。


「先生……俺は大丈夫なんですか……?」


「体は大丈夫ですが、心がダメです。

 あなたはチョキンフィリアではなく、サンザイフィリアになっています」


「なんですかそれ」


「お金を使うことに快感を感じているんですよ。散財中毒です。

 破滅してもなお金を使い続けるなんて異常なんですよ」


「そ、そうなんですか……いったいどうしてそんなことに」


「大丈夫。ここで薬とリハビリで治りますから」

「先生……!」


医者は男を見捨てること無く親身に治療を施してくれた。

やがて症状が収まるようにリハビリが行われ、退院へと至った。


「ああ、先生。本当にありがとうございます」


「治ってよかったですね。また何かあれば必ずここへ来てください」


医者から連絡先を受け取り男は家に戻った。

もうこれ以上迷惑はかけられないと自分の病気を調べることにした。


調べると、チョキンフィリアもサンザイフィリアも

どちらもリハビリだけで治ってしまう病気だとわかった。


「それじゃ、あの薬はなんだったんだろう」


男はふたたび病院に戻って医者のもとを訪れた。

医者は患者の顔を見ると嬉しそうになった。



「おや、もう次の病気が発症してくれたんですね。

 さぁ治療をしましょう。また私の通帳の金額が増えて嬉しいです!」

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