SyainingsRedys (v)

「で、なんだっけ?」

「愛の鞭」

「ああ、そうそう。愛の鞭といったって、字義どおり本当に鞭を使ったのは、たったの53回だけだからね?」

「へえ〜、ヨウくんが生まれてから中2の現在まで、たった53回しかないんだ」「意外と少ないものなのね」「ドイツ製の高いやつなんでしょう? たしか、マスオさんが婿入りのときに持参した」

「あー、あんなのダメダメ。中国製の安物。3万よ」

「それでも3万円もするの!」

「まあ、いっても最初に使った思い出の品みたいなものだからね、かれにとっては。後生だいじにとってある。いいかげん捨てればって言ってるんだけど」

「ヨウくん用に買ったのは新婚旅行のときなのよね?」

「そう。ヨーロッパの周遊でドイツに寄ったとき。あそこが本場だから。たしか、あのヒト用が7万、11万、13万」

「3本も!」「奮発したのねえ」「ヨウくん用は何本?」「10本ぐらいまとめて?」

「1本」

「えっ、1本だけ?」

「そりゃあそうよー。あの子のはプレイ用じゃないんだから。息子をプレイの一環でぶったら変態じゃない」

「たしかに」

教育しつけ用だからしっかりとしたいいものをね、1本だけ」

「お高いんでしょう?」

「まあ、ね」

「10万ぐらい?」

「はあーっ!?」

「ひっ」

「ちょっとおー、アタマ、大丈夫!? アタシさっき、あのヒト用のいくらって言ったっ?」

「じゅ、11万だっけ?」

「7万11万13万」

「う、うん、そうだった、そうだった」

あのヒトを娯楽の一環でなぶってあげるやつが、息子こどもを教育するためのきちんとしたものよりどうして安くなるの?」

「そ、そりゃそうよね」

「ねえ、どうして? どうして、我が子が道を踏み外さないよう教え導く教育用品が、へんたいの変態性欲を満たしてあげるための娯楽用品の3本1セットの1本よりどうして安くなるの? ねえ、どうして? どうして?」

「えと……それは……」

「ねえ、どうして? どうして? どうして、どうして、どうして、どうして? ねえ? ねえ、ねえ、ねえっ?」

「ミカさん、みんな見てるから……」

「それがなんなの? どうかした? なにかまずい? わかんないんだけど?」

「ミカさん、落ちつこ? ちょっとマジになってるから。いったん冷静になろ?」

「おまたせー、タバコ買ってきたよー、ってどうしたのっ?」

「ねえ聞いて。ユイさんがちょっとおかしなこと言うのよ。変態用の変態鞭が、息子の指導用より高いとかどうとか意味わかんないこと」

「ご、ごめん、ちょっと言い間違えて……」

「間違える? 間違えるかなあ、普通。どう考えても間違えないよね、普通。常識的に考えて」

「ごめんっ、ほんっとごめん」

「ミカさん、ちょっといらいらしてるから、ほら、一本吸って落ちつこ。ね?」

「……………」

「はい、火」

「……………」

「おいしい?」

「……………」

「どう、落ちついた?」

「……………まあ」

「よかった〜」

「ほ、ほんと、さっきは言い間違えてごめんね」

「……まー、アタシもタバコきれていらいらしてたし、お互いさまなとこはあるけど〜……」

「ううん、悪いのは私だし。ミカさんはなんにも悪くないよ」

「うん、知ってる。ユイさんが調子に乗らないかテストしてみただけ。合格ごーかく

「は、ははは……よかった」

「はははじゃないよ。まじめな話、子供じゃないんだから、もう少し言葉には気をつけなきゃだめよ? ユイさんひとりのせいで、みんなの空気が悪くなるし、お皿とか割れたらお店の人も迷惑するんだし。ユイさんの失言ひとつで」

「う、うん、ごめん。反省してる」

「いい大人なんだからさあ。さっきの問題発言、もし、うちの子が言ったら問答無用でおしおき部屋、直行ものよ? 大人だとそういうのちょっと監禁罪はんざいみたくなるし、ユイさんにはやらないけど」

「うん、言葉に気をつける」

「アタシもサバサバしてるほうだし、ユイさんが反省したなら、もうくどくどは言わないけど。ほんっと、言葉は気をつけなきゃ。言霊ってあるからね? ユイさんの不用心な一言が、お店のグラスも飛ばすし、お皿も飛ばすし。口から出た言葉ってひとり歩きするから。ほんと怖いのよ、言霊。バカにできない」

「うん……、言霊、気をつける」

「うちの家系みたくえる人はその怖さがわかってるから、不用意なことを口にしないよう普段から気をつけてるけど。霊感のない人はなんにも知らないから、平気できちゃうようなことも言っちゃう。ほんと怖い」

「ごめん」

「まずいのを連れてきたらお祓いするのたいへんなのよ。ユイさん、そういう経験ないでしょ?」

「う、うん……、ない」

「ね、ほら。鎌倉のいとこ叔父の話、したっけ? 東北の法事の帰りにものすごいの連れてきた話。聞く?」

「あ、いや……遠慮しとく」

「まあ、この話はがっつりしたら2時間コースだからね。霊障系の話って気をつけなきゃいけないし、アタシも消耗するし。反省してるみたいだから今日のところは許すけど、ほんと気をつけてね」

「う、うん。言霊、だいじ」

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