SyainingsRedys (vii)

「で、なんだっけ? えーと、言霊……おしおき部屋……あー、そうそう、鞭の値段。これがまあまあのお値段だったのよ。なんと6100ユーロ、73万円もしたのよ」

「73万!」「鞭1本で!」「へえ〜っ」

「まあ、子供のための買い物と思えば安いもんだけどね」

「73万の鞭を安い買い物って。私も一度でいいからそんなこと言ってみたい」「ミカさんは本当に生まれついてのセレブねえ」

「当然よ。家柄は人柄って言うでしょ? で、鞭。これがまたいい音がするのよ。本物はやっぱり違う」

「そんなに?」

「全然。響きがね、上品。中国製の3万のとじゃあ、空気を切る音からなにからまるで別もの。それこそサマンサタバサと百均の紙袋ぐらい違う」

「へえ〜」「さすが73万のドイツ製」

「いいものってね、懲罰対象あいてを傷つけないの。音も痛みもしっかりしているのに、あとに残らない。腫れるのはその日だけ。翌日にはけろり。優しさを感じさせる」

「うんうん」「虐待の道具じゃないものね」

「そう、それ、そこよ。今はちょっと跡が残ると、すぐに幼稚園とか学校とかお医者さんとかが、児相だのケーサツだのにチクよけいなことするでしょ? ツバでもつけとけば治る程度でもしろうとは大騒ぎ」

「ミカさんのようなプロからすると笑っちゃうでしょうねえ」「物心ついたときにはもう下男をしつけていた人だもの。年季が違うって」

「ま、些細な跡を鬼の首を取ったように騒がれて行政機関よけいなところがしゃしゃり出てきたらめんどうだからね。高級品には自衛の効果もある」

「今はねえ。すぐ児童虐待とかどうとか」「ねえー。昔と違ってぴりぴりしてる」「うんうん」

「しつけも虐待もごっちゃにしてしまう風潮。言葉は悪いけどみそも排泄物もいっしょにする短絡思考。ちょっとおかしな方向に社会が向かってるから、愛の鞭もオレンジリボン的にアウトになっちゃう」

「わかるわかる」「昔は叩いてしつけるのが当然だったのにね」「嫌な世のなかになったものよねー」

「それに、なんでもかんでもすぐ振りまわすわけじゃないのよ。うちで鞭がでるときは、ヨウが、どうしても許したらいけない悪いことをしたときだけ。危ないことをしたとか、『ママとの101のおやくそく』を2回連続で破ったときとか、ボーボワールの原書を棚から落としたときとか」

「ちゃんと理由があってのことなのよね」「うんうん」

「鞭を使うときも前もって説明して、なぜ自分が鞭で叩かれるのか理解させ、納得のうえで受けさせている」

「へえ〜っ、そこまで丁寧に?」「愛が感じられる」

「理解させて、納得したか確認のため復唱させて、それから鞭。本人も承知したうえでのことだからね。尾を引くこともなくさっぱりしたものよ。その日の夜はアタシのベッドで寝させてあげてアフターフォローも忘れないし」

「微に入り細に入りね」「母親の鑑」「親子3人、川の字ね」

「あー、その日はかれはソファーで寝てもらってる。親子水入らずですごしたいでしょ」

「あ、そっかー」「たしかに」「これだけきちんと育てられたらグレようがないなあ」

「当然よ。これで非行に走ったら、あの子は前世でいったいなにをしでかしたのって話になるでしょ。由緒正しいアマト家でそういうの、いっさいないから」

「うんうん」

「今まで3人の霊能者さんに霊視てもらってるけど、まーきれいなものよ、あの子」

「でしょうね」「前世で徳を積んだからこそ、ヨウくんはミカさんのもとに生まれることができたのね」

「ま、そういうことになるでしょうね。現世でのおこないはたいせつよ、ねっ、三郎丸環さん!」

「えっ……!?」

「ぼーっとして。ちゃんと聞いてた?」

「あ……えと、はい……、聞いて……ました……」

「ごく小さなスペルの違いを見つけたぐらいで、大はしゃぎして成人女性おとな相手にマウントとろうとするなんてみみっちいことしてたら、生まれ変わりでろくなことにならないよ」

「はい……」

「環ちゃんって、ヨウくんと同い年の中2なんでしょ」「かたや、親のいうことをすなおに聞く、成績優秀で女の子にもモテモテのイケメン男子。かたや、世の中について親切に教えてくれる大人に対して、マウントとりたさに噛みつく元いじめられっ子」「育ちが違うとこうも違うものなのねえ」

「すみません……」

「こういう子は十中八九、前世に問題ありなのよ」

「まあでも、この歳で、輝く女性による性犯罪者予備軍の駆除わたしたちのかつどうについて学びたいって姿勢は見どころあるんじゃない?」「中学生ならまだぎりぎり矯正可能な歳だし」「道を外しかけてる子をきちんと更生させるのも成人女性おとなの役目よね」

「三郎丸さん。あなた、これは人生の最後のチャンスだからね? 地獄に垂らされたクモの糸と思って、心を入れ替えつかみなさい」

「は、はい……」

「私たちと出会えたのも神様がめぐりあわせてくれたのよ」

「ミカさんの言うとおりよー」「引き寄せの法則ってあるんだから」「そういうのわかる?」

「いえ、あんまり……」

「ね、なんっにも知らないウブなコなのよ」「こりゃあ鍛えがいがあるわー」「お姉さんたちが、波動とかデトックスとかひとつひとつ教えてあげる」

「あ、はい……」

「いじめを受けてたのもきっと悪いものが憑いてたからよ。今度、いい霊媒師せんせいのところに連れてってあげる。お祓いしてもらいましょう」

「ありがとうございます」

「私たちと出会えたことがどれほど幸運なことか、これから少しずつわかってくるから楽しみにしてなさい!」

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