第2話 魔法使いと猫

「超大型猫モンスター みゃんチューですか」

「そう。三日後に討伐に行くのだが正直、厳しい」

「どうしてですか」

「動きが恐ろしいくらい早くて、触れる事さえ出来ないのだ」

「拘束魔法を使ってみては?」

「ある程度止まってくれていたら、掛けることも可能だ。だけど、あいつは食事の時間以外はほとんど動き回っていて、こちらから仕掛けるタイミングを与えてくれない」

「クローズ様率いる大型ギルドでも難しいとなると、他のギルドでも同じでしょうね」

「だが、この依頼が国王からの命令である以上、完遂できなければ、ギルドの信頼を失ってしまう。何か粋のよい人材はいないだろうか」

 そう言ってクローズ氏はセンターを去っていった。

 クローズ氏はここのセンターのお得意様なので、何とかしたい。

 だが、一騎当千の力を持つ人材は最悪一年先まで予約が一杯で、正直、てんてこまいと言うのが現実だ。

 それにしても猫型モンスターか。我が家の居候も猫なので、そういった意味でもどことなく他人事と思えない。

 そんな、どこかもやもやしたものを抱えながら僕は次の依頼者の番号を呼んだ。


「希少魔法ですか。それは凄いじゃないですか」

 希少魔法とはその名の通り、習得するのが極めて難しいとされる魔法のことだ。努力とは関係なく、才能とか運とかの次元の話が絡んでくる。最も有名なのが時間操作や空間破壊魔法である。

 一見すると、華々しいと思われるがピンからキリまでが激しい魔法であり、今回の依頼者、カザモリ氏はキリにあたるものらしい。

 その魔法は。

「匂いですか」

「はい。私はこの世界に存在するありとあらゆる匂いを再現することができます」

 女性らしい魔法と言われれば、それまでだが、魔法使いとして生きていくのにはどうにも心もとない。

「で、カザモリさんは、魔法使いの道を諦めて、新しい職を探したいと言うことですね」

「はい。そのつもりでここに来たんです。ただ」

「ただ?」

「私は師匠にも仲間にもこの魔法を認められず、ミソッカス扱いされてきました。まぁ、それについては正直諦めている部分はあります。だけど、そうなってくるとこの魔法が不憫に思えてきて」

「不憫ですか」

「せっかく生まれてきたのに、活躍の場を与えられずに消えていくのはあまりにも可哀そうです。だから、魔法使いの道を諦めるにしても、一度くらい華やかさを味わってもらいたいんです。何かそういうお仕事はありますでしょうか。無理なことを言っているのは分かるのですが、どうかお願いします」

 魔法を人のように扱う所から見ても、この人は優しい人なのだろう。

 そう言った点を考慮した上でも、何とか良い結果を生み出してあげたい。

 そう考えていたら、映像結晶から三日後に控えたみゃんチュー討伐のニュースが流れてきた。

 みゃんチューか。一体どんな猫なのやら。

 うん? 

 猫?

 その時、何かが閃いた。

「……カザモリさん」

「はい?」

「あなたは本当にあらゆる匂いを操れるんですよね」

「勿論です」

「じゃあ、その濃度を変化させることって可能ですか」

「はい。最高で千倍まで上げることが出来ます」

 千倍か。

 それだけあれば充分だな。

「あの、どうしたんですか。急にそんなこと聞くなんて」

「カザモリさん。もしかしたら、何とかなるかもしれませんよ」

「え?」

 早速、僕はクローズ氏に伝書鳩を飛ばすために文章を書き始めた。


 三日後、クローズ氏率いるギルド、『夜明けの勇者たち』によるみゃんチュー討伐作戦が開始。

 結果は大成功。一人の死傷者も出すことなく、みゃんチューの討伐に成功した。

 その討伐に大きく貢献したのは、他ならない、あの人。

「カザモリさん、聞きましたよ。大活躍だったそうじゃないですか」

「そんな、私はただ、魔法を使っただけで。実際に倒したのはギルドの皆様ですし」

「それでもあなたのおかげでみゃんチューを倒せたんです。そのことは誇りに思っても良いはずですよ」

「えへへへへ。ありがとうございます」

 事の概要はこうだ。

 みゃんチューが猫のモンスターである以上、付け込む隙があるとしたら、猫という特性だ。

 そこで猫の嫌いな柑橘系の匂いをカザモリさんに作ってもらい、濃度を最大限まで上げ、それを討伐部隊に付着させた。更に、匂い付きの煙幕弾をしこたま作り、それをぶつけ、ひるんだ隙に倒したと言うわけだ。

「クローズさんも言ってましたよ。カザモリさんのおかげで助かったと」

「はい。本当にクローズさんには良くしていただきました。これで思い残すことなく次の仕事を探すことが出来ます」

「本当にそれでいいんですか?」

「ミソッカスだった私が、初めて戦闘の場で役に立てた。これだけでもこの魔法を習得した甲斐があったと言う物です」

「そうですか。それではアロマセラピーを扱っている所があるのですが、そこに体験入社してみるというのはどうでしょうか。あなたの魔法も充分に活かせると思いますよ」

「はい! 是非ともお願いします」

 久しぶりに良い仕事が出来た。

 それにしても匂いを操る魔法か。うちの怠け者の居候にもみゃんチューに使った奴を与えてみょうかな、濃度は控えめで。



 


 

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