異世界人材派遣センター

花本真一

第1話 営業マン

「拡大するモンスター被害。討伐部隊が出動するも負傷者・死傷者の数は甚大」

 休憩時間、昼飯を食べながら僕は新聞の記事を読んでいた。

 この世界にはモンスターがいる。

 それらと対抗するために闘う者や組織も存在している。だが、必ずしも勝利だけで終わるわけではなく、何らかの被害が生じてしまうこともまたこの世界の現実だ。

 しかし、そんな世知辛い世界であっても人は生きていかなければならない。

 あ、鐘の音が鳴った。休憩時間終了だ。

 さあ、仕事の時間だ。

 

「滝波正人さん。元の世界での職業は保険の営業マン」

「はい。あまり成績は良くありませんでしたけど、十年間やっていました」

 滝波正人、三十八歳。一年前に転送魔術によってこちらの世界に迷い込む。語学教室に通う傍らで、こちらの世界の商品について学び、資格を習得。一か月前に営業の仕事を立ち上げるが中々うまくいかず、今に至る。 

「何故うまくいかないと思いますか」

「一言で言うなら、需要と供給のミスマッチですかね」

「と、言いますと?」

「モンスターがいることもあって武器の流通が半端ない。それに目を付けて売ってはみたのですが、冒険者やギルドには独自のルートがあり、おいそれとは立ち入ることが出来ない。もし、強引に売り込もうとしたら、斬り殺される始末」

「ただでさえ、異世界から来たということあって余所者感が漂ってしまいますもんね」

「一般市民に売り込もうとしても、前者に比べて関心が薄かったり、騎士団に守られている所なんかは危機感が薄かったりするので、ほとんど利益が見込めないんですよね」

「別の商品を売ってみたりするのはいかがですか」

「元の世界での商品を売ろうと考えた時期もあったのですが、あいにくほとんど何も持ってなくて」

「タブレットとかは?」

「ここに来た時にお金欲しさに売っちゃいました」

「それは残念」

 もしかしたら、ある種の魔法使いということで活躍できたかもしれないのに。いや、バッテリーが切れたらそれでおしまいか。

「滝波さん、いっそのこと転職されてみてはどうですか」

「転職ですか」

「今でしたら、レンジャー養成コースがお安くなっていますよ」

「レンジャーって何をするのですか」

「未開の地に踏み込んでその土地を開拓して、人々が住めるようにする。そんなのが主な仕事ですね」

「危険じゃないんですか」

「危険です。何しろ何が起きるか分からない土地が仕事の場ですからね」

「じゃあ、やめます」

「でも、場合によっては、それなりの報酬が見込めますよ」

「何ですか、その条件って」

「それは参加したら分かりますよ。どうですか一週間体験コースがありますので、参加してみては。それを機会に今後の身の振り方を考えてみては」

 滝波氏は一週間ならということもあって、参加を決意した。

 そして、滝波氏が訪れた土地をモンスターが襲った知らせが届いたのはそれから三日後だった。


「ご無事で何よりです」

「……あんたよくそんなこと言えたね」

 約一週間ぶりに見た滝波氏の姿は随分と様変わりをしていた。全身包帯まみれの即席のマミー、ミイラ男だった。

「よくもこんなひどい目に合わせてくれたな」

「私達だって予測できないことはありますよ。これは所謂天災です」

「どうしてくれるんだ。回復士に見てもらおうにも金が足りないから見てもらうことも出来ない。このままじゃ野垂れ死にだ」

「大丈夫ですよ。滝波さん、あなたにはまだツキが残っていますよ」

「へー、何かい。格安の回復士でも紹介してくれるのかい」

「それと関係ありつつ、また別の仕事の紹介ですよ」

 僕はチラシを取り出した。

「回復士ギルドの職員募集?」

「滝波さんがさきほどおっしゃっていた通り、回復士に見てもらおうと思ったら、それなりのお金がかかります。そのせいで、依頼者は中々増えず、回復士の方々も困っております」

「確かにそうだな」

「そこであなたの出番です。あなたのように回復士を雇わないとこんな酷い目に合いますよ、と言ったモデルケースを紹介することで回復士を雇いやすくなる、そういったシステムが出来たんですよ」

「……要するに人身御供になれということか」

「でも、これもある種の営業の仕事ですよ。自分達の商品を売り込むことで、利益を上げる。今回の場合はその商品があなた自身だったということだけです」

「……物は言いようだな」

「百聞は一見に如かず。物はためしと言うことで、実際に働いてみてはどうですか?」

 滝波氏はこのままではジリ貧だと思ったのか、承諾した。

 僕は彼の車椅子を押しながら、ギルドへと案内した。

「一つ聞きたい」

「何でしょう」

「あのまま俺が死んでいたらどうするつもりだったんだ?」

「その時はネクロマンサーを派遣して、生き返らせ、その方面の仕事を紹介していました。生き還りたかったらネクロマンサーを雇いなさいとね」





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