くだらねえ下ネタ曹関

 曹操にはコンプレックスがある。正確に言うと、最近できた。丁度ひとつき前、関羽を自室に招いた時のことである。

 その日はいつものように酒を片手に関羽を口説いていた。適当な口実で設ける酒の席もこれで幾つめか見当もつかぬ。そして幾つ設けても関羽は心を開こうとしない。酒の力をもってしても(そもそも関羽は酒に強いのであろうが)屈しない高潔さに益々惹かれるばかりであったが、そうも言ってられない。何かいい方法は無いかと試行錯誤をする日々であった。

 その日、何故か関羽は上機嫌だった。口説き文句に靡く様子は無かったが、いつもより酒をよく飲んだ。今思えばあれは幽州の酒。義兄弟と飲み交わした酒と似た味だったのであろう。勿論あくまで「今思えば」であり、その日は何故関羽が上機嫌なのか分からなかった。しかし彼の血色のいい綻んだ顔を見るのは気分がいい。曹操は純粋にこの顔をもっと見ていたいと思った。

 夜も更け、酒の席に吹く風も一段と冷えてきた。折角の酔いが少しずつ醒めていくのが分かる。曹操は自分の部屋で飲み直さないかと関羽を誘った。関羽は少し逡巡して見せたあと(それが「見せた」ものであることを曹操は知っている)頷いた。もとよりこの男、上の者には逆らえないクチだ。贈り物だって劉夫人に受け流してはいるが、突き返してきたことは無い。だから関羽が誘いを断ることは無いと踏んでの提案であった。あったが、頷かれると嬉しいものだ。曹操は溢れ出る笑みをそのままに、関羽を自室へ案内した。

 ここまでは良かったのだ。

 曹操の部屋はただ寝起きするためだけの空間である。大して広くはない。そのような密室と、部屋に置いてあった酒が思っていたより濃かったことが掛け合わさって、曹操と関羽の会話は珍妙な方向へ向かった。

 そう、珍……珍棒の話である。

 どういう流れで珍棒の話になったのか曹操はもう覚えていない。しかし、気がつけば後戻りできない所まで来ていた。

「ほう……関羽よ、君は余のブツがそれほどまでに貧弱と申すか」

「左様。それがしの見立てでは赤兎馬に乗れない者はブツも矮小でござる」

「赤兎馬に乗れない者の方がこの世には多いのだぞ、関羽」

 もういつ互いに自らの珍棒を曝け出すかという戦いになっていた。シュレディンガーの珍棒、出さなければ永遠に自らの矜持は守ってやれる。しかし男には譲れぬ戦いがある。

「曹操様、言い訳はすればするほど己を小さく見せますぞ」

「おのれ調子に乗りおって」

 曹操は別に自信がない訳ではなかった。しかし相手は大男である。体がでかいのだから比例して珍棒がでかくもなるだろう。少しでも大きく見せようと、曹操はこっそり肥大化させることにした。要はなんかそういう事を考え始めたのである。最近やったファイトで一番よかった回を思い出す。それですぐに反応するのが曹操の女好きたる所以である。

「そうは言うがな関羽、ブツは育つものだ。使っている回数で言えば君と余とでは雲泥の差があろう」

「……それは……そうですが……」

 関羽は露骨に眉を寄せた。曹操はそれに気を良くしてフフンと鼻を鳴らす。しかし、曹操も眉を寄せた。関羽の顔が、よく見ると先程よりも赤い。もとより関羽は赤ら顔で、酒もしこたま飲んでいる。しかし、異様に赤いのだ。男所帯にいて、まさか珍棒の話で照れているのでもあるまい……。

「関羽。君、何を考えている」

「曹操様こそ」

 関羽がぴくりと眉を上げた。それで曹操は察した。今、自分の顔も異様に赤いのだ。つまり関羽は今、自分と大差のないことを考えている。この高潔な男が、少しでも大きく見せようと仇敵の前で口にもできぬ事を想像している。義の男の人間らしいところを見ることができたと思うと、曹操は口角を釣り上げざるを得なかった。

「そうかそうか、君も男だな」

「まだ何も申し上げておりませんが」

「隠すことは無いだろう。どんな女だ」

 関羽は瞼を下げてじとりと曹操を見た。心なしか顔が更に赤くなった気がする。曹操は、関羽はどんな女が好みなのか純粋に興味があった。シモとは無縁そうな男の癖など、義兄弟でも知っているかどうか分かったものではない。しかし関羽は口を割らない。

「……余が想像していたのはな、先日寝た側室なのだがな」

 自分が話せば関羽も白状するだろう。案の定関羽は「お前マジか」といった顔をしている。知った事か、どうせお前の中では不義の男なのであろう。

「これがなかなか豊満でな、反応もいい。先日などは」

「そっ、曹操様」

 関羽が大きな手を曹操の前にずいっと突き出す。曹操はますます面白かった。珍棒の話は臆面もなくする癖に、女は勝手が違うらしい。

「なんだ羽将軍、随分ウブだな」

「いや、そう申されましても、」

「ウブな癖に頭の中ではあれこれ考えていたのだろう?」

「ウッ」

 関羽はエゴマでも噛み潰したような顔をした。竹を割ったような男がここまでしどろもどろになるのも珍しい。曹操はもっと関羽の反応を見たいとも思ったが、それよりも名案を思い付いてしまった。

 自分のを出さずに、関羽の珍棒だけ露にする方法だ。

「……それではさぞかし、下も窮屈であろうなッ!」

 曹操はいきなり関羽の下の服に掴みかかり、一気に下ろした。一説では、これが小学生男子の間で大流行する「ズボン下げ」の起源だという。

 関羽は突然のことに流石に反応できなかった。慌てて押さえようとした時には、もう遅かった。下着がまだあるとはいえ、棒はほぼ曹操の眼前に晒されたようなものだ。

「曹操様! なんて事をされる!」

 流石の関羽もこれには声に怒りを混ぜざるを得ない。ガバリと曹操を見ると――無反応だ。


 曹操は、関羽のブツのあまりの大きさに、言葉を失っていたのだ。


「……曹操様?」

 まずい、と曹操は思った。ここで固まったままでいたら、変に勘のいい関羽はすぐに気づいてしまう。曹操のブツがここまで大きくはないという事に。

 曹操も別に自分の棒を測ったことがある訳ではない。しかし、差は火を見るより明らかであった。なんだこれは、鬼の首か。確かに己が赤兎馬に乗れなかったのは大きさが足らなかったからかもしれない。変に諦めがついたところで少し冷静さを取り戻した曹操は、なんとか口を開いた。

「……なんだ、関羽雲長ともあろう者が、この程度か」

「!!」

 見ずともわかる。関羽は強くショックを受けたようだ。おおかた今の沈黙も落胆によるものだと受け取ったのであろう。曹操はなんだか関羽に申し訳なくなったが、ここで引くわけにもいかない。

「この程度だが、酷く張っている。辛いのではないか?」

 つとめて冷静に、余裕を取り繕う。明らかに顔色は真っ青なのだが、暗い室内ということもあり関羽は気づかないらしい。

「……左様でござるな」

 関羽は今にも自害しそうな顔で呟いた。兄との約束があるのでまさか本当に及ばないとは思うが、いや本当に大丈夫か? と心配になってしまうほど切羽詰まった声であった。

「曹操様、それがしはそろそろおいとま申す」

「そうか。いや、すまなかったな」

 関羽はそろそろと下を履き、とぼとぼと曹操の部屋を出ていった。あんな巨体が風に吹かれて飛ばされそうに見えたのは後にも先にもこれきりだろうと曹操は思った。


 そんなひとつき前のことを、曹操はぼんやりと思いだしていた。というのも、今宵の席はまた幽州の酒だからだ。たとえもし再び同じことが起きても、絶対に自分の珍棒を曝け出せる気がしなかった。自身に絶対的な自信を持つ曹操だが、こればっかりは関羽に勝てない。

 曹操のコンプレックスは、己の珍棒の小ささだ。

 勿論関羽が異様にでかいだけだというのは、頭では分かる。分かってはいるのだが、あの、目にしてしまった時のガツンと殴られたような衝撃を曹操は忘れることができない。あれほどまでに自身の矜持を揺るがされたことは無かった。関羽は自害しそうな顔をしていたが、自分だってあの時衝動的に腹を切っていたやもしれぬと曹操は人知れず身震いする。

 各地の刺史州牧からの報告を一旦読み終えて、曹操はぼんやりと外を眺めた。しとしとと降り続く雨が一層曹操の心を重くする。

 雨空が暮れていく。酒宴はもう半刻後であった。

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