第3話
「ねぇ、兄ちゃんを返してよ。何で隠すんだよ。神様になんてならなくていいよ、俺の兄ちゃんでいて欲しいんだ」
俺は毎日、村長の家の戸を叩いた。でもすぐに大人達が来て、力尽くで俺を戸口から引き離した。
「母ちゃん、何で兄ちゃんを助けないんだよ。兄ちゃんが死んじゃうんだよ、ねぇ何で?」
泣きべそをかきながら俺は母を問い詰めた。けれど母は眉をしかめ首を横に振る。
「分かるだろう、『ユキル』が仕事をしなくちゃ村人皆の命が危ないんだよ。お前は村の人みんなに死ねって言うのかい?」
それにね、と続ける母は笑っているような泣いているような、歪んだ顔をしていた。
「『ユキル』兄ちゃんは皆を守る、神様になるんだよ」
俺の目からは涙が溢れて、母がどんな顔をしているのか見えなかった。叫び出したいのを奥歯を噛み締めて堪え、俺は家を飛び出した。
「何で誰も助けてくれないんだよっ」
兄は、いつだって村の人達を助けてきた。雷を自在に操り、山から落ちてきそうな岩を砕いたり、川の魚を痺れさせて漁をしたり、時には強盗のように食べ物や金品を奪っていくバルナント軍の下級兵を追い払ったりしていた。
強くて格好いい、優しい兄。いつも俺に手本を見せてくれる存在で、雷を使って人を守る術を教えてくれた人。
俺は空を見上げた。まだ雨は降らない。まだ間に合う。小さな雷を指の間に走らせて、俺は拳を握りしめた。
「誰も助けてくれないなら、俺が助ける。俺だって雷使いだ!」
涙を拭って家に戻ったその夜、皆が寝静まった時間に俺は家を抜け出した。
「兄ちゃんが村長の家にいる事は間違いないんだ」
その夜はいつにも増して暗かった。空を濃い色の雲が覆っている。
怖かった。雨は今にも降り出しそうで、月も星もなく、どの家にも明かりはない。
「兄ちゃんっ……」
泣きたくなるのを我慢して俺は闇の中を進んだ。
慎重に出す足の歩みは遅く、耳はうねる風の音を鋭く拾っていた。頬を撫でる風が湿り気を帯び、ついには黒い地面に銀色の飛沫が跳ねた。
「そんな、もう雨が降ってくるなんて! 兄ちゃんが死んじゃうぅ」
情けない声が俺の喉からこぼれていた。
でも、降り出した雨は容赦なく銀の糸筋となって村の中に降り注ぎ、俺が目指す村長の屋敷までの道のりを小さな銀の飛沫で埋め尽くしていた。
銀砂で繋がったその道を、俺は必死になって駆け出した。
「もうすぐ村長の家だ」
目的の村長の家が近くなった時、複数の松明が動いているのが見えた。炎に照らし出される人影が7人分、その中の一人だけ背が低い。
「兄ちゃんだ」
大人達が何を話しているのか、兄がどんな顔をしているのか、この暗闇と雨音の中では分からない。
でも、兄はきっと生きようとしてくれていると、俺は思っていた。
俺に雷使いの力があると分かってから、大人達はその使い方を教えてくれた。力の使い時についても。
『神になれると言う事は、とても幸せな事だ。誰もが神になれるわけではない。特別な力を持った者だけが、人々を救って神になれる。ユキル、お前の力は特別だ。分かるな、皆を守るためにその力を使うんだぞ』
俺はずっとそう教わってきた。兄だってそうだ。人を、皆を守る。俺にとってはその中に兄だって入っていた。
どうしよう、どうしたらいい? 兄ちゃんは連れてかれたら川に落ちて死んじゃうんだ。だったら連れて行かせない、やるしかないだろ!
俺は右手に力を集中させる。
「光よ集まれ、俺の意思を聞き
俺の手から放たれた力が空へと吸い込まれ、俺の意思のままに一閃の雷が地へと落ちた。
バリバリと空をさく音が聞こえた時には、兄を囲んでいた大人達は地面へと倒れていた。威力は出来るだけ下げたので死ぬような事はないだろう。
俺の視線の先に一人だけ立っているのが兄だった。
「兄ちゃん!」
兄の無事な姿を見た瞬間に俺の涙腺が緩み、大粒の雨が誤魔化してくれたらいいと思いながら、駆け寄ろうとした。
「来るな!!」
肌を刺すような兄の拒絶の声と、視界を塗り潰す稲妻の閃光が、俺の足を止めさせた。
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