第2話

 俺が過去の話をするなら、最初は9年前に遡る。俺が10歳だった頃、まだ生まれ育った村の何もかもを信じ切っていた時。


 『ユ』とは、人と同等に扱わない者。

 『キ』とは、仕える者。

 『ル』とは、神となる者。


 最近では、文字の意味など考えずに子に名を付ける事の方が多いが、俺の村では『ユキル』と言う名だけは特別だった。


 俺も5歳までは違う名で呼ばれていた筈だが、10歳の俺はもう覚えていなかった。


 村には古い言い伝えがあって、伝説って言うのか、迷信って言うのか分かんないけど、村人全員が信じていた。


『昔、村の川は5年に1度溢れ出し、その度に死者を出した。畑も家も潰され、被害は甚大であった。

 困憊こんぱいした当時の村長は平穏を神に祈った。

 すると、神は川に降りてこう仰った。


「川の荒れる年、雷と共に我を呼べ。命を供にして川は静まるだろう」と。


 神の降りたその日から、5年に一人ずつ、村に雷を操る者が生まれるようになった。

 その者こそ、神となって村を守る者ユキルである。』


 神に仕え、いずれ神になる者、『ユキル』。今の俺の名であり、5つ年上の兄の名前でもあった。


 俺の生まれた村では5年に1度、子供たちが集められ雷を呼べる者を探した。

 雷を呼べた子供が新しく『ユキル』と名付けられ、力を自在に操る訓練が始まる。


 その『ユキル』が15歳になった年、雨が降り始めるとその子は川に連れていかれ、川縁に刺した鉄の棒に雷を呼ぶ。


 光が空を走り地に落ちた時、地面は子供を一人抱いたまま、濁流と化した川の中へと崩れ落ちる。

 川の縁が崩れると流れは渦巻き川底を削り、深く大きく抉られた川は、溢れる事なく5年の時を過ごす。月日の流れるうちに川底にはまた砂が溜まり、崩れた地面には土が積もり5年前と同じ地形を作り出す。


 そうして、『ユキル』と呼ばれる者が消える度、その村は平穏・・に生き長らえてきた。

 それは俺が生まれた年も、5歳の時も同じだったのだろう。


 俺が10歳になったその年、兄の『ユキル』が村長達に連れていかれた。

 まだ雨の降らない時期だった。

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