雷鳴の操者〜ユキル、生贄の名を継ぐ者〜

千夜

第1話

「じゃあ、また三日後にな、ユキル」

「ああ、浮かれて怪我なんかしてくんじゃねぇぞ」


 俺は、軍服から私服へと着替えた仲間たちが基地を出て行くのを見送った。

 今日から三日間は月の無い夜が続く。帰郷の月と呼ばれるこの時期は皆、故郷や家族の元に帰る。

 それはこのバルナント国の古くからの習慣だった。


 俺のいる31番隊も、隊長が三日間の休みを出した。紛争中の今、他の部隊では休みなんて無しで反乱軍と戦っている。

 役立たずと言われるこの部隊だからこそできる所行だろう。いや、休みをもぎ取れるのも、隊長の腕が良すぎるからかもしれないが。

 しかし、俺には帰る所なんてない。


「静かだな」


 誰もいなくなった基地内を見回して、俺は深呼吸と共に伸びをする。

 もともと森の中に大きなテントを張っただけと言うような31番隊の基地。テントを片し、人が居なくなればただの森に戻る。


 緑の木々の爽やかな空気を吸い込み、土を踏む自分の足音に聞き入るうちに、俺は川のそばへとやって来ていた。

 流れは速いが、そう大きな川ではない。膝下までの深さで、大人ならば数歩で渡り切れるほどの川幅だった。


 俺は背中の翼を広げ、川向こうの太い木の幹へと飛んだ。俺のような黒い翼を持つ黒翼グルー種は、服を濡らすことなく、川も渡れる。

 反乱軍の多くがこのグルー種のため、奴らはグルー軍とも呼ばれている。


「俺に居場所がないのはどっちも同じ、か」


 俺の飛行跡に黒い羽毛が数枚抜け落ち、川の中へと降っていった。

 黒い羽根は水をはじき、青い水に浮いたまま流れて行く。川に逆らうこともなく、沈む事もなく、守られた物のように川面を滑っていく。


「そうか……あれからもう、4年も経ったのか」


 太い幹に腰掛け、黒い羽根を目で追ううちに、俺は濁流にのまれかけた幼かったあの日の事を思い出した。

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