第5話
「君は」
おっさんはあぐらの体勢を変えずにしかし、先ほどまでの声色とは違った風に言う。
「そんなに、驚かないんだな――ちょっと意外だ」
「別に……驚いてますよ」
ただ、なんとなく、予感なようなものはあったのだ。
このおじさんが来てから、
このおじさんがタバコを吸っているところ見てから、
そんな予感はしていたのだ。
胸に手を当てる。
心臓の音は、ない。
「これは仕事とは関係ない、ただの質問があるんだが」
おっさんはそう言う風に切り出す。
「君はとりあえず死んだわけだけど、それについて何か思うところがあったりするのか?」
「思うところ?」
「そう」
そして彼はあぐらを崩す。
「死んでみて――どんな気分?」
「…………」
失礼だな、普通に。
一応の自殺者なんだからも少しぐらい優しくしてくれてもバチは当たらないと思うのだけれど。
そんな風に怪訝な目をして死人らしく、口を使わずにじっと彼を冷たく見つめる。
それを非難と正しく受け取った彼は少し慌てた様子になった。
「いやいや、すまんすまん。悪気があって聞いているわけじゃないんだわ。ただ……」
「…………」
「一応、俺もこの仕事――まあ内容とかはあまりもらせないんだけど、とりあえず、こうやって死者と対話するのが仕事、みたいなところがあってな」
こんな風に、と彼は私と自分を交互に指差す。
「その導入である世間話の時に、毎回聞くんだ。『気分どう?』って」
「……なんですかそれ」
英会話ですか。
「ははっ、確かに英訳だと『How are you?』だな」
「実際アメリカとか行くと使いませんからね、それ」
「え、まじ?」
「当たり前です」
これはペンです。なんて日本語を日本人がいちいち使ったりしないのと一緒だ。
私がやれやれといった風に首を振ると彼は結構なショックだったようで、「まじかぁ」なんて言いながら少し頭を抱えてしまっていた。
こんな風に会話をしていると自分が死んでいるなんて嘘のように思えてしまうけれど、しかし事実、ここまで自分が呼吸をしていないと言うことが、無意識的にもわかった。
そんなことに、なんとなく新鮮味を感じる。
「じゃあ、そうだな。そろそろ質問をしようか」
「……またですか?」
「いや、実際まだ質問してないみたいなもんでしょ」
「はぁ。わかりました。もういいですよ。なんですか。スリーサイズですか?」
「いきなり投げやりになるなよ」
これでもスタイルは良い方だったし、もう死んでいると言うのあったので、別に答えても良かったのだが、しかし、このおっさん、おっさんにしては別にエロくはないようで、そんな元女子高生の私のセクハラにも特に喜んだりはせず、「こほん」と咳払いを一つして、話を続けた。
「今、お前は――どうしてここにいるんだ?」
「…………は?」
「ああ、ごめんごめん。質問の意味がわかりずらかったか」
つまりね――と彼は再び区切っていった。
「お前は、どうやったら消えるのかなってことだ」
「……ああ」
そういうことか、とそこでようやく私は納得する。
彼の発言、と、ここに来た目的と――つまり全てを理解する。
先ほどチラリと、さりげにほどにあっけなく言っていたので流してしまったが、彼はどうやら人にはいえないような仕事をしているらしい。
そんな胡散臭い仕事は彼のような得体の知れないおっさんにぴったりだな、なんて思ったりもしたが、しかし、幽霊の私に言われてしまっては元も子もないだろう。
人のことは言えないほどに私も胡散臭い。
まあつまりだ。
「あなたは――私を除霊しに来たんですか?」
「まあ、そうだな」
それに対して別に言いづらそうにする様子もなく、彼は普通に首肯した。
「除霊っていうか……依頼主からは退治なんて言われてたりするけど、まあ、基本的には同じ意味か」
「そうですか……」
退治ですか。
まさか人生の中で退治される瞬間があるなんてよどうだにしていなかったけれど……いや、人生は終わっているんだったか。
とにかく、今の私は邪魔なのだろう。
この世に生きる者にとって。
具体的にはこの大家さんとか、不動産屋さんとか、なんなら同じマンションの住人さんたちにとって。
私は迷惑になっているだけの存在なのだろう。
だから彼が呼ばれて、そしてそれを、私を、その依頼を、遂行しようとしているのだ。
彼はきっと霊媒師的なものなのかな。
なんてきっと邪推と呼ばれる類の探りをする。
「先に言っておくと」
彼は私の目を見る。
「お前はこの後、成仏することになる。成仏っていうか、死後の世界に行くことになる。俺が何をするまでもなく、いつか、必ず、時間が来れば君はこの世から完全にいなくなる。ただ、その自然消滅を待つってわけにもいかない。このままだと部下の仕事が増えて、ストなんか起こされちゃかなわないから、仕方なく俺はそれを少し早めるためにここにいるってだけのことだ」
そして、と区切って、大きく息を吸ったおっさんは――そこで初めて私から目をそらした。
「多分お前は――地獄に行く」
「…………」
そうですか。
別にショックではなかった。
というか、普通に驚いている自分がいた。
地獄に行くことが、ではない。
地獄ってあるんだ、なんていう純粋な驚きで、私の感情は満ちていた。
「こればっかりは、すまん。どうすることもできない。自分で自分の命を閉じてしまったものは、そうなってしまうもんだ。地獄に行って、その大きな罪を償わなければいけないようになってんだ」
「罪……」
罪を、償う。
地獄に行くこと自体はいいのだけれど、しかし――一体私が何をしたというのだろう。
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