<EY-Ⅲ>

 これまでの主観はの裁量に委ねていましたが、どうしてもからの告白でないと物語が成立しない過去がありましたので、引き続き書かせていただきます。


 当時のあなたにはずっと黙っていたことがありまして、それは私とユクエさんを結ぶ本当の関係です。


「わたくし、ホオリさんへの憎悪を感じているはずなのに、何故か嫌いになれませんのね」

 私とあなた、それとルミナさんが<死の練習>をすることを実は、彼女に伝えていたのです。この際だから確りと書き残させていただきますが……彼女を孕ませた実父を殺すことがあなたにとっての革命であり、私の知情意を左右させた<異変>の後身であり、友人である私の自殺を阻止したいルミナさんの正義でありました。そして、文芸部の腹案を全部吐き出したことで、彼女はそのような御言葉を丁度した経緯であります。二人の存在地点はどうでもよく、あなたの感性を拝借するならば読み手の想像に依拠するものとします。

「主犯格は一応、私になりますけど」

「エイセイさんはわたくしと一緒の塋域に眠ることを提案してくれました。パパに対する愛の喪失を身投げで補填してくれる優しさに文句を言えるはずがありませんわ」

「私、そういうつもりで死にたいって思ったのですかね」

 お恥ずかしい話ですが、<死の練習>の主体は彼女のパパを殺すことなのか(高度な数式を用意している訳でもないのに、是をAに置換させます)、彼女と一緒に自殺することなのか(同様にBとします)、起案者が判らなくなっていたのです。AからBの移行は可能ですが、BからAへの移行は輪廻転生を崇拝しても蓋然性は皆無でしょう。両者には非可逆性の原理が作用しております。


 Aをすることで私達の未来が明るくなるとは到底思えないのに、誰も阻止しませんでした。パパの実娘でさえも……。


「それで、<死の練習>のAは(彼女もAを認知していることに違和感はありますが、)どういう計画になりますの。注文を附けさせてもらい恐縮ですが、わたくしの目の前でのAは御遠慮いただけますか」

「善処いたします。Bの手段はどうされます」

「Aが終わってから考えさせてくれませんか。Bが(彼女もBを認知していることに以下同文)わたくしのラブスプレマティズムに適合する死因を熟考しなければなりませんの」

「大変失礼ですが、Aとユクエさんの恋愛至上主義は相対してしまうのでは?」

「そのデメリットを見越してエイセイさんが企図したことですから、信用なりますわ。実存協同は生死の限界を超越してからが本番です。そう思わなくって?」

 早口で捲し立てる彼女の精神には、並々ならぬ堅強な軸が通っていました。熱せられた鋼鉄よりも赧く発光している彼女の脊柱は曲がることを知らず、肉親の死をも容易く受容する活力になっておりました。

「わたくしの旅路には、Aは単なる通過点に過ぎませんの。Bの座標を目立たせる旗が視界に入って来て、漸くわたくしの身体は燃え出しますわ」

「ユクエさんも自殺願望、あったのですね」

「無論、一人だけでは死にたくありませんわ。パパと……そして愛しきメタフィジカリストの少女と一緒に死へと向かうことに安堵を覚えていますの。ですが……背徳感を重く背負っているのはホオリさんとエイセイさんの御二人に遠慮しているから、でしょうか」

「私達への遠慮?」

 何処でもない彼処で、彼女は逡巡の念を示しています。その理由は愛の匂いに対して酷く敏感になっているから、という仮説を述べるのは恋愛ドラマを観過ぎた少女と変わりありません。

「エイセイさんとホオリさんはわたくしを愛し、ルミナさんはホオリさんに抱かれ、パパはわたくしを抱いてくれます。結句、完全に結ばれているのはわたしとパパの一組だけです。だからこそ、エイセイさんとホオリさんが本来的な関係になって欲しいのです」

「その、本来的な関係も穿鑿したくなりますが、ルミナさんは置き去りにして良いものでしょうか」

「御心配なく。ルミナさんの<管理>はホオリさんがこと細かく丁寧に対応していただいているようですので、彼女の魂は報われます」


 彼女が語る独特な見解を鑑みると、ルミナさんは情報工学で保存された呪縛霊みたく扱われていそうですが、サイエンスフィクションやホラーでは解説不能な実態である為、


「では、ユクエさんへの愛をイミテーションの範疇にしておきます」

「一つの手段として否定はしませんけど、もっと端的な方策がありますわよ」


 明言はまだ避けて下さい。私自身の意志で向き合う時が来るまで待ってください。頬をひきつらせた醜悪なウインク一つで私はそう伝えておきました。


 私とあなたは、入口と出口が塞がれている迷路の中に自然と投げ込まれていました。私は右手側の壁を辿り、あなたは左側の壁を辿った結果、百貨店の庭園で再会したのです。空白の十年間は後遺障害に等しい二人の傷を癒し続ける徒労で費やされましたが、存外無駄な時間でもなかったと私は思います。良くも悪くもならない持病をゼロに還す扉が迷路の何処かにあることを二人は知り得て、支離滅裂な過去小説と対峙しているのであります。

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