<EL-Ⅰ>
視座はルミナさんを基準に、物語上初めて顔合わせをする登場人物を連れて来る。
「はじめまして、にはならないんだな」
場所は真夜中の住宅地。弱々しく点滅する街灯の真下。車一台が肩を狭めて通るような一方通行の路。季節は……きみの想うもので適用される。
「不思議な感じですね。一応、ルミナさんとは幼馴染という<設定>でしたが」
「その割にはよそよそしい口調だけどさ」
「敬語は平等に振る舞っております」
暗闇のカーテンに包まれても一筋の光さえあれば、黄金の髪は炯々と耀いてみせた。ルミナさんは強靭な光源となり、冷めた心眼を自分に向けている相手の顔を照らした。彼女――エイセイさんは自然体の相貌で在り乍ら、腹の中に猫の無慚な死骸を隠蔽しているようだった。
「わたしはユクエちゃんと真反対で生まれた存在だから、ユクエちゃんに会うことは一生叶わない」
「でも、<死の練習>はユクエさんから直接聞いたはずではありませんか」
「そういうことにされただけ。わたしの記憶には確かにユクエちゃんからエイセイの<異変>を知ったことになるけど、わたしの頭蓋骨を切り取ってその穴から<設定>のメモリを入れられたの」
入れたのはホオリくんとエイセイ、どっちだろうねとルミナさんは平坦な語調で言った。悲しくもなく、嬉しくもない様子だった。
「わたしの存在意義はわたしが探す、という宣言にも自我は見当たらない。ねえ、エイセイ。わたしは今、違うエイセイに言わされているの。それともホオリくんなの」
僕の中にいる彼女は、僕の意志に依って頭を擡げた。それでも一つ言わせてもらいたいことがある。これは単純な記憶の改竄でも偏頗な妄執でもない……精神分裂病でも……ないと思う。断定を避けた僕がそうなのか……それとも彼女か……。
「ほら、やっぱり悩んでいるじゃん。癲狂や気狂い……精神病で診断されることにエイセイとその奥にいるホオリくんはとても恐れているんだ。そうなってしまったら、最早主観の区劃は揉み消されてしまうってことだね。極論を言えばわたしはホオリくんになれるし、ホオリくんはエイセイに被投され得る。エイセイは大好きなユクエちゃんになればいいし、ユクエちゃんは物語の角でパパと交わればいい。皆が幸せで居られるありふれた唯一無二の方法だね。でさ、長々喋っている裡にわたしのパーソナルリアリティが色褪せていって、エイセイの身体が闇夜の黒と同化していくの。じわりじわりとエイセイの顔が違う女の子の顔になっていくけど……何となくエイセイに近いようで遠い雰囲気があるような無いような……」
<ホオリさんの昔話は其処で途切れました。どうやら私を無理矢理登場させたかったようですが、違和感の塊に股間を蹴り上げられて悶絶しているかのように無言で苦しんでおります。どうすることもできない私でしたが携帯の通知音を合図に手を動かし、姉からのメールを確認しました。ホオリさんに読ませて欲しい小説を添付しますと本文に書かれていまして、肝腎のホオリさんは机に突っ伏してぐったりとしていましたので、彼の耳元で囁くように姉の小説を音読してあげました>
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