<HL-Ⅳ>
現存在となるあなたの反応を言語世界内で感受する前に、もう一場面だけ語らせていただきます。
「ルミナさん、大人一人の首を絞めるのに適した麻縄を持っていたりする?」
あなたと彼女は珍しく、雨音に包まれた部室でセットになっていました。御二人は横に並び、ノートパソコンで執筆しております。文芸部が所有しているのは一台しかありませんので、あなたが使っているコンパクトなタブレット型のものはあなたが自宅から持ち込んできました。部費を節約していただいて大変助かります。
「小説の参考資料ってこと?」
「いや、現実の重要ツール」
附属キーボードの下に隠していた写真があなたの指に挟まれました。写真には半分に引き千切られたような跡があり、切断面に凭れ掛かるように一人の中年男性がいます。
「誰、この人」
「<死の練習>の相手だ」
「へえ。<死の練習>って一人じゃ出来ないんだね」
新しいことを学び喜ぶ稚児の如く、彼女は目尻を下げました。
「で、この特徴がないことが特徴のおじさんがどう相手してくれるの」
「そりゃ<死の練習>だから、死を体現してくれるのさ」
「あ、そっか」
馬鹿なことを訊いたな、と彼女は舌を出しておどけました。囀るようなあなたの笑い声を最後に、部室は再び静まり返りました。打鍵音も聞こえませんので、御二人とも推敲に集中していることでしょう。
それから五分後、または十分後、或いは三十秒後で。
「二人のを合わせてみようか。ルミナさん、メールで送ってくれ」
「うん」
あなたが最も理会されていることなので、敢えて解説することもありませんが、今現在より振り返ってもあなた達二人の合作小説の過程に瞠目してしまいますので仔細へ触れさせていただきますと、あなたと彼女はめいめいの担当する登場人物の視線を基準に執筆を完全に分離させているのです。〇〇一と〇〇二の登場人物がいたとして、あなたが〇〇一の台詞とそれに附随する地の文だけを書き、彼女は〇〇二の台詞と以下同文。それをあなたがサンドイッチのように〇〇一と〇〇二の物語を重ね合わせ、感性の糸で縫合していきます。
普通、合作小説は場面毎に分けて書くのが王道(であると私は思っているの)ですが、あなたと彼女の書き方は秩序を乱す邪道であり、短い間隔で主観のスイッチが切り替る、非常に読みにくいものでした。その実体も追記したかったのですが、
<小説のタイトルすら失念していた僕が持っているはずが無い……けど>
遡りますと、御二人には《イデアガール対話篇Ⅱ》のプロローグから一章迄の部分を依頼しました。プロットの作成に挫折しましたので二章に繋がるような物語でお願いしますとあなたに頭を下げ、あなたはルミナさんの陰部に自分の股間と擦り合わせ乍ら協力を打診し、今に至ります。
「どうかな。ホオリくんのお眼鏡に適うかな」
畢竟、彼女が生み出した架空世界は上質でした。パラレルワールドにいたもう一人の小説内=存在と見事に会話を成立させ、メタフィジカリズムの欲望を完全に満たしてくれます。
「たぶんね」
然れども、あなたの評価基準に依拠しますと手足を欠損したヒトデのような星しか附きません。彼女の執筆能力を甘く見ているのでなければ、彼女の思惟機構を正しく扱えるかどうかの自信が小匙一杯のみであったからです。その自信をブラックコーヒーに入れても、害虫を擂り潰したような苦さが増すに違いありません。
「さっきのおじさんの話なんだけど」
彼女は話材を再利用して、例の件に触れました。「ホオリくんとエイセイの二人で殺すの」
「そういうつもりでいるが、ルミナさんは命じているのか?」
曖昧模糊な彼女の語尾につきまして、今回は純然な疑問符が透明になっていたようです。
「ううん。わたしも殺人に加担したい。だって、このおじさんを殺せばエイセイが自殺を諦める可能性もあるでしょ」
滅茶苦茶な理論でしたが強ち間違っていないと見做したのはあなたであり、あなたでした。彼女の真摯な眼差しはあなたの内界に貫通し、妄想と現実を同一化させる魔法の粉を鼻から吸い込んだのも単一のあなたではありません。
「ルミナさんも手伝ってくれるのか」
「わたしだって文芸部の一員だし。あと、ユクエちゃんには知らせなくていいのかな。人を殺すよって報告、一応しておいてもいいんじゃない」
「彼女には敢えて知らせないことにする。どうせ、直ぐに知ってしまうから」
斯くして、<死の練習>は錆び附いた歯車と歯車を確実に噛み合わせて、奈落へ向かって動き出しました。
扨て、またしても私の主観を抽出して物語を補完したく思いますので、大変恐縮ですが爾後の御話はあなたの裁量に任せます。先日に屋上庭園で再会したことで文芸部の活動が再開された事実も、あなたは御気附きのことでしょう。
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