<HL-Ⅲ>
あなたは次第に、部室へ来る頻度を少なくしていきました。それを咎めつもりはありませんが、悲しいといえば悲しいです。屍者の匂いを嗅ぎ取っても、我慢して来訪して欲しかったのです。その代わり、あなたの居場所は彼女の私室へと移転されました。話材は大概、私の件でした。
「エイセイ、死んじゃうのかな」
ベッドの上で仰向けになり、低い天井をぼんやりと見つめる彼女の四肢は鉄骨みたく真っ直ぐになっておりました。
「死は練習出来ない。一発勝負だ」
あなたは彼女の机を借りて、原稿用紙に目を通しています。ユクエさんから借りたものでしょう。
「エイセイの書いた新作、意味解った」
「僕は解らない。ルミナさんは理会出来たの?」
「全然。まず、タイトルに異議があるし。《イデアガール対話篇Ⅱ》ってさ、Ⅰがあるってことだよね」
「たぶん」
ユクエさんに書いてもらったものをノートパソコンに打ち込み、私の書いたパートを繋げ乍ら全体的に肉附けしてから再度ユクエさんの肉筆に留めてくれたものが今、あなたの手許にあります。
《イデアガール対話篇Ⅱ》を要約しますと、アイドル崩れの女流雀士Yと自殺願望者である無職のE……二人をメインにしたレズビアン的少女小説であり、死に場所を只管探すEに随伴するYが自分も一緒に死ぬかEを救うか懊悩し続ける話になります。最終的にE乃至Yを殺すかどうか私とユクエさんで決めかねていますが、二人の共同愛を導き出すためのストーリーラインは部分的に固まっていまして、丁度ユクエさんが好みそうな場面でありましたから彼女に執筆を頼みました。
「YとEって、完全にユクエさんとエイセイさんがモデルじゃないか」
御察しの通り、そうであります。あなたの手汗でふやけた原稿用紙には、私とユクエさんの分身が宿っているのです。
「あいつにも人には言えない秘密があったのかな。苛立たしい厭世観や、同性愛とかさ」
黒い憶測を蝟集する恐れは予期していましたが、それでも私は書くことを選びました。彼女とあなたに失望されましたでしょうか。
「あいつ<にも>って、ルミナさんも秘密はあるのか」
「うん。わたし、この前知らないおじさんに抱かれた」
不図の告白でしたが、あなたは特段驚きません。熱くも冷たくもない目線を彼女に向けられています。
「お金をもらって?」
あなたの追及に対し、彼女の右手はピースサインを作りました。
「一晩で、これだけもらった」
「相場より安くないか」
「金銭の程度はわたしにとって重要ではないの。わたしの中に他人の異物が入ってくる神秘的現象を知りたくって。そういうのって何て言うんだっけ……ああ、そうだ」
マジックリアリズム、と彼女は宣言しましたがあなたは肯えません。性行為と魔法を紐附けることは不可能に等しく、むしろ性行為に耽ることこそ究極なる現実主義者だとあなたは曲解しておりました。
「いろんな人とセックスしたの」
今度は彼女の両手が開かれました。
「この三四倍は」
「一クラス分の経験人数であることを誇りに思うのか」
誇りとはまた違った達成感なら、と彼女は答えました。報道番組のインタビューに淡々と返答をするアナリストの顔をしていました。
「そんな気はしていた」
あなたの饗応は虚勢ではなく本音でありました。彼女と援助交際の二者はバットとボールの連関性に類似していまして、今更面を食らうような事実では無かったのです。
「ホオリくんもわたしを抱いてもいいんだよ」
「同世代とのフリーセックスも得意なんだな」
「あんまりしないけどね」と謙遜する彼女の<あんまり>は、ギリギリ二桁に達しなかったのは真実であり、あなたの推測でもありました。あなたの脚の附け根に生えている薔薇色の棘は萎えたままでしたが、彼女の愛なき愛を肉体で受け止めるのが自分の使命だと邪推しました。
あなたは衣服を脱ぎ捨て、自らの異物を彼女の裡へと混入させ、馴染ませました。
御二人の情事は、その一文で済むことです。紋切り型のピストン運動で生じ得ることは何一つ存在せず、私の死の疑惑を払拭することすら叶いません。
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