<HL-Ⅱ>
あなた達二人は屋上から降りて、空腹に係累せられたロープを辿るように食堂へと移動しました。食堂が夏季休業中であることを知っていながらの行動でありましたので、ロープに引っ張られたという表現の方が適切でありました。
校舎内に吹奏楽の演奏音が鳴り渡っていました。メトロノームのリズムに反抗する稚拙なおたまじゃくしにあなたは顔を顰め、金髪の彼女は陽気に肩を揺らしております。
「わたし、コンバットマーチ好きなんだよね。野球は見ないけど」
「今流れているの、コンバットマーチじゃないよ」
「ウソ。じゃ、なんなのこれ」
「昔のアニメソング、だったような……」
二人とも音楽には疎いようでした。とまれ、めいめいの興味は応援曲から遠ざかり、食欲へと再帰されました。
「今、食堂へと向かっているの」と、確認をしたのはあなた。
「そうだけど。ホオリくん、賭けをしようよ」
「賭博は好きじゃないな」
「つまらないこと言わないでよお。ほら、食堂が夏休みでも奇蹟的にやっているかいないでさ」
「分かった。僕は休業中に五十円」
「じゃ、わたしも休業中に三十円」
成立しない賭けを言い合っていると、施錠されている食堂の扉の前に着いたようです。中は静まっておりまして、彼女が蹴りでノックしても応答はありません。結句、二人は直射日光を受けてぐったりとし乍ら、最寄りのコンビニへと赴きました。紙パックのジュースやパンを両手で抱えてレジに持って行ったあなた達は賭け金を募金箱へと入れました。二人にとっての勝者はコンビニでした。
「何処で食べようか。学校に戻る?」
「それでもいいけど、あっちへ」
彼女が指差した先には、暑さを多少凌げる屋根付きのバス停がありました。其処にある青色のベンチを二人は御借りし、もそもそとパンを食べ乍ら語り合いました。二人とも同じ形状のパンを齧っております。
「ルミナさんもメロンパン買ったのか」
「定番でおいしいじゃん」
否定はできないあなたは黙ってメロンパンを食べ切りました。それから、話材は過去に遡ります。
「どうしてユクエさんのことで気にかけたの」
「ああ。何かさ、昨晩寝る前にユクエちゃんからメールが来たんだよお。これ食べる? 家から持って来たんだった」
彼女のスカートのポケットから出て来たのは、ティッシュで包まれた矩形の物体でした。あなたはそれを受け取り、ティッシュを剥がしました。真砂を固めたようなクッキーでした。
「いただきます。二人ってよくメール交換するんだね」
「うん。でさ、そのメールが変だったんだよ。いや、変なのはメールじゃなくって、エイセイだったとか……」
「はあ」
ぼんやりとした不気味さを感じつつ、水分を喪失させたクッキーをあなたは口の中で噛まずにじっくりと溶かしました。
「<死の練習>って言葉、聞いたことある」
またしても語尾が曖昧な彼女の一文に、あなたは目を細めました。
「僕は耳にしたことはない。ルミナさんも無いのか?」
「――ってメールがユクエちゃんから来たんだよ」
相変わらず主語不在の構文なんだな、とあなたは少しばかり困窮しました。上顎と舌がパッサパサになってひっついていた不快を紛らわすために、レモンティーを補給してくれるストローを咥え乍ら喋ります。
「ユクエさんはその、<死の練習>は何だって言ってたのさ」
「解んないんだって。エイセイから数日前に突然言われたらしくって。<死の練習>を一緒にしてみないかって。ユクエちゃんも意味不明だったから訊いたんだけど、エイセイの解説も意味不明だったんだって」
統一された語尾にて矢継ぎ早に言われても、あなたも何一つ理会に達しないことでしょう。
「クッキー、美味しかった?」
「まずまずだった」
「ちなみに、わたしの手作りだったんだよ」
「それを加味して、とても美味しかった」
狡い男の子だな、と彼女は笑って苦言を呈しました。あなた達二人にとっての日常は確かに存在していたかもしれませんが、平穏な日々を蔽う暗雲の如く差し迫る脅威を予期したことに依る皆の強がりで、イミテーションの彩光を無暗矢鱈放出させている偽造的な日常であると言えなくもありません。
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