<HL-Ⅰ>

 文芸部もとい高校の夏休みはまだまだ続いていました。部室で一人だったあなたは朝から正午近くまでずっと読書をされていましたが退屈になり、かと言って執筆にも手をつけられずにいましたので、気晴らしに校舎の屋上へ顔を出しました。普段なら猛暑の外界に佇むことなどもってのほかであるあなたは、血管が透き通るほどの色白でした。陰影の裡で夏風の匂いを嗅ぎたく思ったあなたの足は即座に日向から逃げ、鉄の骨組みをすり抜けて、給水タンクの真下へ隠れました。

「ホオリくんじゃん」

 寝っ転がり乍ら雨宿りならぬ日光宿りをしていた女子学生が先にいたようです。女子学生、と形式ばった言い方をしましたが、私もあなたも彼女も皆、知り合いでした。

「ルミナさんって昼寝をするためだけに学校へ来られる人?」

「朝から寝てた」

 砲丸を詰め込められるほどの大きな欠伸をした彼女は沙漠色の髪を振り乱し、オーシャンダイヤの瞳を暗がりで鈍く輝かせました。給水塔の内側であなた達二人が身を寄せ合ったのは私の憶測であり、地ベタに座る彼女から隔たりを置いて立ち尽くす彼の距離感が、二人の適切な関係を示していました。

「部室で寝れば良かったのに」

「いや、ホオリくんの執筆活動をイビキで邪魔しちゃいけないかなって」

「気遣いは有難いけど、そこまでしなくてもいいよ。第一、まだ新作を書き始めていないし」

「そうなの」

 一呼吸挟み、どうして、と彼女から端的な質問が飛びました。事実、発案者の私があなたに新作のプロット提出が遅れていたのが紛れもない原因でしたが、善意に重んじるあなたは自責の念を表明しました。

「続編の書き出しで悩んでいてね。既存の物語を延長させるだけで済むから楽かなって思ったけど、意外とデリケートなんだ」

「ほー」

 解ったような解らないような返事をする彼女は、やっぱり解らないままで首を傾げました。

「兎角、数日待ってほしい。そしたら、ルミナさんに割り振る場面のシノプシスを渡すから」

「頼んだ。そういや、エイセイと最近会った」

 彼女が私と会ったのか、私と会ったことを彼に訊いているのか、判然としない語尾でした。

「僕は三日前にエイセイさんと打ち合わせしていたけど、ルミナさんも会ったの?」

 結句、彼は二つの疑問を解消する疑問を投げましたが、それでも彼女は腑に落ちない様子でした。

「わたしじゃないよ。会ったのはユクエちゃんだよ」

「ごめん、誰が誰に会った話をしているの?」

「ユクエちゃんがエイセイに会ったかどうかをホウリくんに訊いているんだよう」

 随分と省略された言葉なんだな、と彼は思っていたことでしょう。最低限主語は附けてほしいものです。

「ユクエさん、か。どうだろうね。家族で海外旅行をしてそうだけど」

「同感だね」と、彼女は鼻で笑いました。

「そう思うなら、エイセイさんとは暫く顔を合わせていないことになるんじゃない」

 彼の仮説に頭を擡げた彼女でありました。先刻から話がどうも噛み合いません。先取りし過ぎた午睡で呆けたままなのでしょうか。否、彼女は元来こういう性質であって、日常的にボケていた女の子だったのかもしれないと私は自己否定させていただきます。

「日陰でも暑いね」

「だね」

 ありきたりな言葉を交わし、二人は燦々と燃える太陽を直視していました。角膜を焼き焦がすつもりなのかと訝る人間は健常者であり凡人であると、彼と彼女の身体に纏う白炎のヴェールが宣っておりました。

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