第31話2-7-2.英雄たちは夢の中、聞こえるは鈴音―――アルター

地下5階だ。侵入者あり・・・のような動きは今のところ見られない。

ちょうど地下4階5階の監視システムが切れているはずだ。

密やかな僕の潜入は上手くいっているようだ。


地下5階のつくりはまるで窓のない病院のようだ。薄暗い廊下を歩きながら霊視すると確かにここは病院の配管とよく似ている。酸素と吸引と空気の3つの配管が霊視で知覚できる。


お目当ての部屋、病室はここだ。一番奥の部屋だ、なんのこともない部屋だが恐るべき結界を多重に張っているのが分かる。この距離でも内部ははっきりとは見えない。そしてこのビルに忍び込んだ最大の目的がこの場所だ。


付近に人はいない・・・予定通りだ。


フィーネの鎧を纏い、竜殺の槍を右手に持ちいつでも“加速一現”のスタンバイをしている状態で・・・意を決してお目当ての病室に入る、カギはかかっていない。病室の外側は遠くから見えていたが、内部も警備はほぼ無いようだ。

視界の端で一瞥する監視カメラはしばらく切れている。


病室には一つベッドがあるだけだった。

中は薄暗くテレビも無い。

ベッドの側に点滴のかかった点滴棒が立っている、点滴棒の中ほどについているのは輸液ポンプか。ひどく殺風景な部屋に思えた。点滴は高カロリー輸液でビタミンが入っている・・・微量元素もか・・・つまり長期間食事の代わりに点滴で栄養補給しているわけだ。点滴は左鼠径部から入れられている。

(つまりずっと歩いていないわけだ・・・)


ようはこの病室に寝たきりの老人が一人いるということだ。

心臓と呼吸は規則正しい。筋肉の動きを見る限りでは・・・もしかして覚醒しているかもしれない?


「こんばんは、全国召喚士会、月島名誉会長ですよね?」


予想の範疇はんちゅうではあったが老人からは反応がない。齢、140歳を超えているはずなのだ。

この老人は元だが全国召喚士会会長だ、サマナーズハイ創始者でもある・・・とっくに引退したが。そして124年前の最後の清竜王の試練の合格者・・・というか生き残りだ。他のメンバーは試練で全滅したそうだ。その後試練の合格者は出ていない・・・まあこの話はいいや。この老人は数々の伝説を残している強力な竜の召喚士だ、召喚竜は葵と同じ火炎系最強の“紅蓮返し”だ。


(もしかして無駄足だったかも・・・まあ仕方ない)


・・・ん?顔の筋肉と左手がわずかに動いている?


(・・・月島老人は覚醒しているのだろうか?・・・いやでも・・・)


時間が無いのだ・・・仕方ない。


“接触念話(コンタクトテレパス)”を試みる・・・抗術の一種だ。

左手を月島名誉会長の左手甲に軽く乗せて接触念話を試みる・・・こちらの心もある程度読まれるため危険ではある。


(こんばんは、月島名誉会長さま)

(・・・この霊気もしや竜王家のゆかりの御方でございますかな?・・・できましたらばお名前を伺えますかな?)まじか、念話がすぐさま帰ってきた。予想以上に強い内蔵魔力だ。

すこしためらったが返事が遅いのは不遜だ、自己紹介することにした。

月島名誉会長は両目を少し開いたが天井をぼーっと見ており僕に視線を移さない。

(自分は神明・半月・全といいます)

(おお!存じております。殿下。・・・竜王であらせられる神明萃(じんめあつむ)閣下の長子でございますかな。記憶が確かであれば17歳ですかな)

(・・・その通りでございます。お初にお目にかかります、夜間の訪問というご無礼については申し訳ございません)

(何をおっしゃいますか、竜王子殿下。今まで一度たりともご挨拶もできないこの身こそが無礼でございます、目も見えず耳も聞こえず体を起こすこともままなりませんので、跪くことすら出来かねますがお許しを)

ん?全くボケていないし非常にしっかりしている。

(跪かれる必要など全くありません、月島名誉会長さま。ぜひ一つお聞きしたいのです)

(なんなりと殿下)

(最近、竜神明王ノ御所が荒らされておるのです、封印は破壊されて。それもいくつもです)

(・・・それは初耳でございますな、もう耳は聞こえぬ身ですが。・・・御所については、お父上の御命令ではありませぬか?)

(それはありえません)

(殿下。封印の御所は竜王家の血の者にしか開錠できませぬ、ご心配は無用かと。お父上にはもし言いにくいのであればこの月島が進言しておきましょうぞ)

なるほどそういうことか・・・。理解していないわけだ。

(父上は、神明萃は12年前にみまかられました。わたしはそれ以来ずっと軟禁されております。今日も命がけでここに参った次第であります)コンタクトテレパスで僕の心を少し開放する、つまり月島名誉会長はさらにある程度僕の心を読めるようになるわけだ。

同時にひどく困惑した老人の感情がなだれ込んでくる。


沈黙だ、それもかなり長い、もとより口は動いていないが。


(・・・なんと。なんと。12年も前に・・・。つい先日拝謁したばかりじゃと言うのに・・・そなたの霊気から感ずるのは・・・これは・・・そうかそうであったか・・・ではあれはまがい物か・・・よりにもよってこの月島に尊い竜王を語るとは・・・)

(残念ながら父は。竜王は既に亡くなっております)

(ぬうううう・・・すぐに召喚士会の志士を招集してまがい物を捉えましょう、・・・いいや討伐させましょう・・・会長を、召喚士会会長を呼んで下さいませ)

(残念ですが。あなたの知っている全国召喚士会も竜騎士協会も、もうありません。そいつらが・・・敵です)

(・・・なんと・・・竜騎士協会、俗物になり下がったか・・・情けない、ああ情けない・・・直接触れている殿下の霊気は潔白だ・・・すべからく正直に話されておいでだ・・・だとすれば・・・賊めら!この月島にまやかしをかけおったか)

薄暗い病室がさらにいっそう暗くなっている。月島老人から怒りにも似た静かな魔力の回帰波が出現している。老いても侮れないな。

皺だらけの月島名誉会長の顔はやや赤みを帯びている。双眸はカッと開かれ凄みのある顔だ。

(・・・殿下!その左肩のものはいかに?)さらに念話は強くなっている、本当に140歳か。

(僕の左肩のこれは呪詛です。死が刻まれた呪詛です)

(・・・なんと・・・呪い・・・呪いじゃと・・・竜王家の王子を呪うとは・・・このようなこと許されぬ、許されぬ、許されぬ)

(私には私の戦いがあります、死ぬのも役目の一つならば、呪詛などまあどうということもありません)

(・・・その呪いをかけたものはいずこに?)

(この巨大なビルのオーナー、持ち主です)

(・・・・・・・・・・そうであったか。・・・あの商人風情が。西園寺孝蔵)

(7年前に西園寺孝蔵は引退し、孫の御美奈が西園寺グループを継いでおります)


―――月島名誉会長が連中に何を話したのか・・・何年もどんな情報を漏らしたのか最低限のことは聞けた。まだまだ聞きたいことがあるのだが。竜王の偽物はここ2年ほど不定期にこの病室に訪れるとのことだ、まあ信じていいだろう。決まって鈴の音がするとのことだった。


(―――殿下。)

(月島さま。殿下と呼ぶのはもうおやめください。わたしは名もなき二等兵ですので。それにここは戦地、死地といってもいい)

(―――御意に。・・・ではお互いただの一兵としての戦をするのみというわけですな。・・・死地と申されましたか・・・小気味よい。神明全どの)

(そうですね。月島さま)


(神明全どの、わしの身体を起こして頂きたい・・・また戦ができるとは。・・・最後によい友に巡り合えもうした)

ゆっくりと月島さんの身体を起こしてベッドに上半身をもたれさせた。別人のような生気の満ちた顔つきになっている。

(竜王の名を語ったものは鈴の音を使いまやかしをかけ申す。老いましたな・・・この不覚、必ずや彼奴めに償わせましょうぞ)



(これで新たな“紅蓮返し”がこの世に生まれることができもうす。神明半月全どの。あらたな“紅蓮返し”をお探しくだされ、さ、ここは火焔に包まれまする。急ぎ離れてくださいませ)


(例のまがい物が近づいてき申す。・・・月島大隊、最後の戦―――)

月島さんから研鑽を積んだ魔力の高まりを、意思を決意を感じる。


魔力の感じからすると強引に結界内に紅蓮返しを召喚する気だ。




―――テレポートして去った後、しばらくしてイリホビルは火災に見舞われたようだ。

ただ火は消し止められ大した被害にはならなかったらしい。


これで僕が忍び込んだことはかなりバレにくくなったはずだ。


あの多重火炎結界の外まで燃やすとは僕の想定範囲外の威力だ。“紅蓮返し”の最後のブレスだろう、恐らく自身と竜の命をかけたのだろう。


竜族を精神感応系の術にかけることは非常に困難だ。だが月島さんは強力な術によって事実を誤認させられていたわけだ。あの多重火炎結界の中でその術者を倒すのは困難だろう、まあ相手を正しく認識するのも難しいのだから・・・。


しかし気になることを言っていたな。“紅蓮返し”は1時代に1体しか生まれないのだと言う。なにか確証があるのだろうか。もしそうなら葵の火竜は“紅蓮返し”ではないのか。


余計な情報を知っている月島老人とは戦闘になるかと思っていたが世の中予想外のことがよく起きるものだ。想定される戦闘が一つ少なくすんだ。


・・・しかし鈴の音に気付いていたのか・・・やるなぁ。

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