第18話2-1-1.美人は寝て待て―――女神は降臨せし

―――今日、朝から“六道召喚記念大会”の全国大会決勝トーナメントが開催された。


男女混合個人戦。敗者復活戦は無し、団体戦も無し、負ければそこで終わりのシンプルルールだ。61人が参加とのことだったがうち1人は何らかの理由で欠席、60人で全国大会はスタートした。シード権は無くランダムでトーナメントに選手は配置された。

僕は相変わらずフィーネの鎧で戦っている。ほかの鎧が使えるなんて情報を他者に与える必要はない。


フィーネの鎧は女性用なので・・・ちょっと嫌なのだが・・・。


―――全国大会1回戦、近畿地方の男子選手だった。霊眼で確認、召喚獣は巨人族、TMPA24000、バランスタイプ。開始ブザーが鳴った瞬間槍の穂先の逆側“石突き”でボディーに突進突き、開始ブザーが鳴り終わった瞬間勝っていた。2回戦も同様、ブザーが鳴り終わる前に終了した。霊眼で会場内の任意の場所で情報を探っていると観客席から試合開始前に攻撃しているのでは等との声が聞こえる。仕方ない3回戦はブザーが鳴り終わってから攻撃しようと余計なことを考えた。

3回戦、相手は四国大会チャンピオンらしい、高知の強豪、3年生の華宗我部茜(かそかべあかね)とかいう女子選手だった。春の大会にいたかもしれない。

闘技場で華宗我部茜選手と相まみえた。霊眼で確認、金属性の竜族、TMPA31000ほどの防御よりのバランスタイプ。全身白を基調とした魔装鎧で両手にコンバットナイフのような武器を一本ずつ装備していた。


試合開始のブザーが鳴る直前―――。

・・・僕の霊眼は誤魔化せない。ヴィジョンアイ・クラッカーモード発動、彼女の動きは1/4倍速のスローモーションで見えている、あの・・・華宗我部茜選手の明らかなフライングだ。試合開始ブザー前から彼女の背後に魔方陣を展開しかけている。

(あれ?審判の人、華宗我部茜を止めないの?審判の人たち警告は?明らかな反則に気づいていない?)


ビ―――ッ!


ブザーが鳴り終わってしまった。あれ?彼女は背後に竜を召喚しようとしている!


あ!まず!!


・・・と思った時には遅かった。僕の魔力も勝手に消費してオートで彼女の召喚に呼応して“追召喚覚醒魔方陣”が発動してしまう。すでに僕の竜は彼女が自身の背後に作った魔方陣内に現れ、竜殺属性のブラックロングホーンが彼女の金属のような光沢のオレンジ色の竜を既に刺し貫いていた。


ああ・・・華曾我部茜は短く呻いた。


「ゔっ!」


僕の願いは空しく、彼女の竜は叫ぶ間もなく消滅。僕の禍々しい竜も次元環に帰還していく。

小さく前に仰け反った華曾我部茜の腹部の魔晶石が一瞬でオーバーフローして破裂――恐らくサブクリスタルが破損した――白が基調の彼女の魔装鎧は一部砕け、一部ちりになり下に着ているバトルスーツが見えた。自身の後ろで何が起きたか見る間もなく華曾我部茜は白目をむいてそのまま前のめりに倒れた。


―――いやあの僕さ・・・桔梗戦で出してたよね“追召喚覚醒魔方陣”。

対戦相手の情報調べるよね?普通、なんでいきなり一手目に自分の背後に召喚術なの?僕の超速の突進突きをなんとかするなら自分の前に召喚しないといけないし、ていうかブザー前からの魔法は反則だし。


・・・僕の竜の竜殺属性の角は彼女の竜の心臓を一突きしたのだ。彼女のオレンジの竜は名前も知らないが即死だった。


「―――勝者、神明じんめ選手。」

(普通の勝ちか。反則勝ちじゃないのか、まあいいけど・・・後味は悪いわ。)


―――僕は控室にもどったが釈然としない感じだ。“追召喚覚醒魔方陣”は召喚獣を“影獣化”していない僕にとってはどうしても必要な術だ、こんな試合の為ではなく命のやり取りをする時のためだ。“追召喚覚醒魔方陣”をOffにするには一度、竜王家の墓地に行って次元環の中に入り僕の竜に直接会わなければならない。どう考えてもそんな暇はないし今は危険すぎる―――“影獣化”していない野生の竜がいるなんてことが奴らにバレれば絶好の口実を与えてしまう。本末転倒だ。


まあ・・・華曾我部茜には悪いことをした、召喚竜を即死させてしまうとは。

・・・召喚獣を蘇生する方法は存在しない。そのため多くの大会では闘技場結界内での召喚獣の使用は禁止され、召喚不可能な抗術が施されている。

彼女の竜はネクロマンシーの秘術でゾンビ化できるため召喚士を止めることは無いが・・・。ゾンビ化した召喚獣は全くレベルがあがらなくなるのだ、二度と。属性は闇のみに限定される。闇落ち後に光属性でトドメを刺されると本当に消滅する、この場合は本当に最悪で新たな召喚獣との再契約もできないため召喚士として終わる。また闇魔法の死霊魔術(ネクロマンシー)は色んな意味で嫌がられる、さらにまず腐って臭いし。


・・・はぁ、まぁ・・・仕方ない・・・恨まれるだろうな。


―――準々決勝―――。

まただ、また一手目に何故か相手選手が召喚してきたぞ。相手は山陰地方の代表選手の一人、水属性竜族、TMPA25000前後のバランスタイプ、かなり横にも縦にも大柄な男子選手だ。

(だから召喚しないでください。)

僕は“加速一現”で彼の召喚竜を蹴って吹き飛ばす。あと少しでこの竜も即死させるところだった。僕の竜はただひたすら相手の竜の心臓を狙う・・・まあそう前もって命令し訓練したのは僕だが、今は命令解除できない。


相手の竜を蹴り飛ばしまくり、僕は勝負に出た。

“神速覚醒”

僕が対戦相手を気絶させるのが早いか、僕の竜が相手の竜を即死させるのが早いかの全く意味不明な勝負。


僕は相手の後頭部を石突きで突く。

(間に合ってくれ)

・・・なんとかなったようだ、相手選手は気絶し彼の水竜は即死する前に帰還した。僕の竜も同時に帰還する。


「勝者、神明選手です」


(いや、僕は自分の竜と戦っていたのですよ。全く強敵だった)




―――決勝戦まで約25分。

僕に与えられた控室は広い、恐らくロッカーの数は50以上はあるだろう。また付き添いのいない僕は一人きりで長椅子に腰かけている。

本来許された行為ではないが僕は霊眼で遠隔視。決勝戦の相手チームを観察する。

・・・よかった、決勝戦の相手コーチが絶対に竜を召喚するな!と僕がこれから戦う選手に力説している。


・・・コン!コン!


控室のドアを叩く音がする。

僕の返事を待つでもなくガチャっと開けて二人組が入ってきた。

男女二人とも30代だろうか、お揃いのバトルスーツをきている。どこかの高校のチームのコーチ連中か何かかという風貌だ。僕から2メートル程のところで二人並ぶ。


「どうも」

「どうも失礼します」


二人とも顔つきは嫌がある。

適当に返しておこう。


「あ、はい、こんにちは。初めまして」


2人は顔を見合わせて女性の方が話し出した。

「えっと、我々は海風館高等学校、召喚バトルチームの専属コーチです。永井と申します。同高校で世界史の教師もしております。・・・えっとお一人でしょうか?今ここに?」

女性はわざとらしくキョロキョロする仕草だ。

なんなの、決勝戦前に?気のない返事を返しておこう。

「はあ」


「先ほどの選手の方ですよね?」

「はあ」


「あのですね。3回戦の戦闘行為を覚えてらっしゃいますよね?」

「はあ」

(・・・なるほど華曾我部茜の関係者か。)


「覚えていますよね。うちの華曾我部がどうなったかご存知ですよね?」

「はあ」


「ご存知ですよね。召喚獣を失いましたよね?」

「はあ」


「召喚獣を失いまして、どうなるかご存知ですよね?」

「はあ」


「ご存知ですよね。・・・あのさっきから気のない返事ですよね。失礼でしょう。目上の者に対して。他高の生徒でも関係ございませんよ。あやまりなさい。」

「はあ」

(勝手に入ってきて失礼も何も。)


「とにかく謝りなさい。そのあとで華曾我部選手にもあっていただきますよね?あなたには自分のしたことについて説明する義務と謝罪する義務が発生しています。わかりますね?」

「はあ」


「正式にあなたのことは本大会の実行委員とあなたの高等学校に抗議しますからね?いいですね?とにかく今あやまっていただけますか?できるでしょう?」

「はあ」

(特に困らないな。)


「不当な戦闘行為を行ったことにつきまして抗議したことにつきましては文書で御返答いただけますでしょうか?公表しますので」

「はあ」


「おたくのチームの責任者を出しなさい」

「はあ」


「はあじゃ分からないでしょ!あとまずまずあやまりなさい。あいさつもできないの、あなたの高校は?」

「たいがいにせえよ!おまえ!土下座せい!」

「はあ」

(はじめて男性コーチがしゃべった、しゃべれるんだね)


「チームの責任者はどちらにいらっしゃいますか?戻ってくるまで待ちますからね?どちらにしてもあなたの高校の校長か理事長に直接抗議しますからね?停学になる可能性がありますよ」

「はあ。・・責任者は多分自分ですけど?」

「何をいっとるんだ!おまえは!」

(男性コーチ、二言めしゃべったね)


「今大会のあなたの担当教官か、あなたの専属コーチは今現在どちらですか?あなただと話になりません」

「はあ。担当教官は用事があってきていません、専属コーチはいません」


「魔術指導教官でもヒーラーでも何のコーチでもいいです!あなたと一緒に来ている高校の責任者は今どこにいますか?」

「はあ。ですから責任者は自分です」


「・・・」

「・・・」

二人は目つきの悪い顔同士を見合わせている。


(とうとう二人ともクレーマーが黙った。しかしうーん、切り抜ける方法思いつかないな)

「ではマネージャーや先輩は?ほかのチームの人はどこにいるのです?」

「はあ。自分3年生なんで先輩はいません。・・・・チームのみんなは中間テスト中でしょう」

「・・・お一人で参加していると言うことですか?全国大会に?」

「はあ。はい」

2人は顔を見合わせている。女性コーチは周りを見わたしつつ、顔を近づけ小声で話し出した。


「・・・生徒もだめですけど教師も全然だめなのですね。チームメイトも来ていない?うちも中間テスト中ですけど関係者は全員参加しておりますよ?」

「はあ」


人がいないと分かったからか性格の良さそうな女性コーチは右手の人差し指で、僕のこめかみあたりをグリグリ始めた。さらに小声で続けてくる。

「じんめくんでしたか?」

「はあ」


「嫌われているのしょうね?こんな女性みたいな髪型しているし」

「はあ」

(面白くなってきたな。どう収集付けるんだろ?この女のセンセ?威圧的で彼女の生徒達はさぞ大変だろう)


「華曾我部家は名家です。」

「はあ」

(知ってますよ、850年前までわたしの神明家が竜神明王と言われていたころの家臣だったはず)


―――コンコン。

また誰か来た。この人たちの仲間かと一瞬思ったが、霊視してすぐ違うことに気づいた―――あれまさか―――なんで?


失礼します―――と入ってきたのは2人組だ。どこからみても貴婦人の鬼塚紅亜(おにつかくれあ)様ともう一人、会社のヒトか・・・格好からは彼女の執事か、執事は長身で年齢不詳でサイボーグのように顔色は悪い。鬼塚紅亜様には実はほんの数日前に会ったばかりで、あるお願いをしたのだ。


2人は僕の方に進んできて片膝をついた。鬼塚紅亜様の髪型が変わっているのに気付く、こういうのシニョンというんだったか。服装はエレガントだ、赤に近い色あいロングのスカートだ。数日前とは別人だ。

「殿下、鬼塚でございます。お客様でしたでしょうか。失礼とは思いましたが火急の要件にて急ぎまいりました。誠にお忙しいところ申し訳ございません」

殿下と呼ばれるのは12年ぶりだ、しかし何の権力もない現在の神明家は一般の家庭と変わらない。やや大仰おおげさだろう。


「もうしばらく、この方達とのご用件はお時間かかりますでしょうか?」

彼女は声も上品だ。「あ、いえ、えっと」いきなり振られて僕はしどろもどろする。


海風館高等学校の二人組コーチは次に来た二人組が跪いているのを見てやや一歩引いた印象だが女性コーチが質問した。

「あの初めまして、あの・・・」

「あら、うちのオニツカの商品をお使いいただきましてありがとうございます。えっとロゴは海風館高等学校、といいますと四国でしたか。お世話になっております」


あ!やっと僕は気づいた。

「あ、お二人とも立ってください。跪かなくていいですので」鬼塚紅亜さま達がひざまずいているのを失念していた、後で怒られるだろうか。二人は立ってくれた。

クレアさまと呼ぼう。クレアさまは立っているだけで気品がある、執事のような人も異様に姿勢がいい、権藤先生と対照的だ。


「といいますとオニツカグループの?」僕に対する興味は薄れたらしい女性コーチがやりにくそうに質問する。

「はい、代表取締役を務めております、鬼塚紅亜と申します。また殿下の後見人を務めさせて頂いております」

二つの2人組は当り障りない会話をしている。ひょっとしてクレアさま方は助けに来てくれた?考えすぎか?


「あの殿下と聞こえましたけれど?後見人といいますと?」

「殿下でございましょ。こちらは神明全(じんめあきら)殿下、でございましょう。竜神明王家、王位継承権第1位でございます」

「え!?王位継承権第1位は確か神明・上弦・帝さまですよね?ニュースとかで何度も何度も。」

「王位継承権どなたが何位かは公表されておりますでしょう。お調べください、神明帝(じんめみかど)さまは現在第3位でございましょう」うーん、クレアさまは話すの上手だな。


コーチ二人は負け犬のようなオーラを発し出している、のまれており負け濃厚だ。

「あともう一つ、余計なお話ですが、貴校の華曾我部家のお嬢様ですが、華曾我部家はもともと歴史上、竜神明王家の家臣でございましょう。今後は大会開始前にご挨拶されるがよろしいかと存じます」




―――あっという間に狂犬2匹を沈めてしまった、さすがだ。2匹とも逃げ帰っていった。


「ありがとうございました。鬼塚紅亜さま」

「いえいえ、配下の者に頭をお下げになるのはよくありません」


「配下などと思っておりませんが、では後見人引き受けてくださるのですか?優勝すればとの条件をご提示しましたが」

「この大会の結果にかかわらず後見人お受けいたします。今後ともよろしくお願い申し上げます」彼女はもう一度跪こうとするのを僕は止めた。こういうピンチに助け船が来るのは初めてだ、軽く感動する自分がいる。


「―――では後見人の手続きをいたしてまいりますので、二ヵ所だけサインを頂けますでしょうか?」

「もちろんです」書類とボールペンをを受け取って僕は付箋の箇所にサインをした。


「しかしお一人なのですね。召喚戦闘公式戦の全国大会の決勝でございますよ。・・・後見人につきましては早い方が良いと判断いたしますので、我々は役所と自衛省に赴き手続きしてまいりますが、代わりのものを何人か移動と身の回りのことのためにお送りいたします」いやそんな迷惑をかけるわけにはいかない。

「いえいえいえいえ、それは構いません、お手数おかけするわけには、移動も戦闘も一人で楽勝ですので。えー」



―――さんざんお礼を言ってお二人には帰ってもらった。たまにはいいことがあるものだ。僕は竜族だということが敵にバレたため、計画を早めたのだ。もともと僕の後見人は矢富澤という名の県議会議長だ。権利欲の塊で利権のために僕の後見人になっていた。西園寺グループと癒着しており謀略暴虐の限りを尽くしていた。そして・・・。


コンコン!


考えていると時間がきてしまったようだ。係の人が来てしまった。

「決勝戦始まります、どうぞどうぞ!」


―――決勝戦が始まる・・・相手は召喚してこないはず。


数日前に優勝する程度の腕はありますと後見人をお願いしに上がったときにクレアさまに話したのだ。撤回するわけにはいかない。一応勝たないと、これはレベルの低い大会のはずなのだ。降魔六学園十傑・・・つまりチーム“ホーリーライト・ザ・ファースト”と“DD-strars”のメンバーが参加してない全国大会なんて3年間いまだかつてないから。


まあその十傑最強の西園寺桔梗は予選一回戦で倒したけど、あぁ思い出してしまった・・・恨まれているだろうな、やだな・・・二度とゴメンだ。



―――決勝戦のお相手は近畿代表の一人、男子、180㎝85キロ、名前はそもそも見て無い。青いハーネスを着ている、左手に円形の盾、剣は曲剣だ、シミターかシャムシールかな。霊眼で確認、TMPA27500ほど、竜族、火属性、サブで雷属性、バランスタイプで防御よりでスロットは五つ。右利き。能力的にはカウンター狙いだろうか。華曾我部部茜のほうが数値は強い。あれ?決勝戦ってことは・・・降魔六学園のあとの3人はどこかで負けた?プリン西川も?


対戦相手はコーチにバシバシと身体中をビンタされて気合を入れている「ハー!ハー!」とか言っている、じゃあハーモンってあだ名にしよう。

ハーモンの後ろには数十人の選手、と大層な応援団。“お兄ちゃんがばって”なる応援幕がある、“ん”は入れ忘れたのか。弟か妹でもいるのだろうか。ハーモンの彼女もいるみたいだな、始まる前からそんなに応援するの。

霊眼だとよく見えるけど。他人の思いを乗せて戦うなんて大変だな。対してこっちは一人きりだ―――なんて気楽だろう1人って、友達もほとんどいないし、両親は殺害されてるし・・・義理の姉は世捨て人だし義理の同い年の義弟なんて僕を・・・あぁやめよう、やめよう思い出したくない。


でも応援歌とかやめて欲しいな、うるさいし。

あとお仲間の選手も「ファイト―」はいいけど「死ねー!」「潰せー!」「犯せ―!」とかちょっとなぁ。ん?犯すってなんなん?

あ。

でもチアガールがいるのか、いいなぁ。


ビ―――!!

「決勝戦開始!」


ブザーとともに決勝戦開始だ。

決勝戦だから派手に行こうとか見せ場を作るなんて思わない。自分の情報を他者に与えないのが重要だ。


―――まず様子を見よう―――というのはハーモン君、お勧めしない。

スピードに少し差があるからだ。

やっぱり火炎系カウンター技の一つ“炎熱発勁体現”を多分発動しようとしている・・・すでに密着している僕はハーモン君の顔に竜殺槍の穂先の逆側“石突き”を超速で直撃させた。




―――さて表彰式もさっさと終わって、優勝トロフィーも売れないなら邪魔なので捨てようかとおもったがタダで送ってくれるそうだ・・・相談したのがいいオジサンでよかった。サマナー関連のスポーツ記者みたいのもちらほらいるが、西園寺グループ傘下の東華テレビはやっぱり来ていない。あの片桐キララとかいうオバサンから眼鏡を返してもらっていないのだ、全く盗んだなアイツ。


―――黒と黄色のジャージに着替えて今日会ったことを推敲する、まあ優勝はしたけど色々由々しき事態だ。お金が全然無いのだ、あと些細な問題もあった。この事態を完全に終息させるためにもやはり華曾我部茜のところには寄っておこう、あのアホコーチ二人には会いたくないが。勝ち目はあると思う。


―――なんだっけトンチンカン高校だったか?霊眼で探そう、もう帰っていたら仕方ないし。


あ、まだ帰っていない、いたいた。

忘れもしない3回戦の相手、海風館高校だった。

やるなら嫌なことはさっさと済ませよう、そして勝つ。控室の左奥で両手で軽くタオルを握っている華曾我部茜は腰かけながら沈み込んいるようだ、女性用控室か?周囲に何人も人がいるがすべて女性だ、茜以外はもう着替えており帰り支度だろう。

もしくは竜をゾンビ化するためにネクロマンサーを呼んで待っているのかもしれない。


「あの~すみません。3回戦の相手の神明全ですけど。」ドアを開けてさっさと入ってやった。「華曾我部茜さんはいらっしゃいますか?」どこに座っているかも分かっているがわざとらしく聞いておく。


周囲のトンチンカン高校の関係者が動揺しているのが感じられる。邪魔だよ。こっちはやることがあるんだ。

「あの王子、殿下、あ。あの先ほどの永井ですけども」

先ほどの嫌味な女コーチが話しかけてきた。


「先ほどは失礼いたしましたが、あの華曾我部は落ち込んでいまして。声をかけて頂くのは、あの。光栄なのでしょうけど」

謝りに来いって言わなかったっけ?この永井って人?まあ。こんな女コーチはどうでもいいが、僕はやることがある。


「彼女の華曾我部茜さんの竜の状態はどうですか?」下を向いて放心状態だった華曾我部茜だが僕に気付いたようだ、こっちを暗い目でみてくる、大分泣いたのか目の周囲がやや腫れている、タオルを握っているのはそのためか。


しかし、不幸自慢で僕に勝てると思うなよ華曾我部茜。

いいじゃないか、自分の身は安全なのだから、世界が滅亡するような顔をされてもねぇ。僕にリスクは無いし、一石二鳥を狙ってみよう。

あの永井とかいう嫌味コーチが邪魔してくる「そっとしておいてあげてくれませんか?」いや、謝りに来いって言ったじゃん。めんどくさいわ、無視!


すっと僕は華曾我部茜の目の前に立つ。


彼女は今にも泣きそうだ。暗い!うざい!さっさとすまそう。

「動かないように」

そう言って僕は右手の人差し指で彼女のバトルスーツのメインクリスタルに軽く触れる。僕は左手でポケットの中の無色の魔晶石を一つ消費し、太古の術を発動させる―――僕は“シャドウ・リムーバー”と呼んでいる。


彼女のメインクリスタルは徐々に輝きだす、周囲の連中は選手だがコーチだか応援だか知らないが何事かと驚いて動きが止まっている、召喚獣を失うと魔晶石は輝かないからだ、だがまあここまでは予定通り。


“光子覚醒降誕”


無色の魔晶石をもう一つ使う。桔梗の時と違って三重奏でなくてもいけるはずだ。

青の光が僕の右手指先に幾重にも集中していく。


終了だ。


「あの王子さま、な、なにを」女コーチが騒いでいるが知らん。

「え?え?え?えええ!」今度は華曾我部茜だ。静かにしろよな、多分・・・歴史的瞬間なんだ。


華曾我部茜の魔装鎧が急速に復活して着ている服と置き換わっていく、おそらく成功だ。

「召喚してみて。華宗我部さん」

僕は魔装鎧を着ていない、つまり追召喚覚醒魔方陣は発動しない。


しかし遅いな、何やるにも、この華曾我部茜とかいう家臣の子孫は。

「早く、召喚をしてみて」もう一度言ってみる。


―――彼女は座ったまま恐る恐る召喚魔方陣を前方に展開する。

オレンジの金属光沢の竜が何食わぬ顔で―――まあ表情はもともと分からないが―――無傷で生きている状態で出現した。


「ぁあぁ、エルちゃん!エルちゃん!ぅわ!ぁ」

ぁあああっと声を出しながら華曾我部茜は竜を抱き占めて泣きじゃくっている。エルって名前なのかこのゴツいロボットみたいな竜は、エルかぁ。竜はやや困惑している感じだ。


女コーチ、永井先生がパニくっている。

「そんな、そんな、そんな、蘇生した、蘇生。行きかえった。復活させられるんですか?お。おお。おう、王子、さま」

「そん、そんな一度死んだ竜を召喚獣を復活なんて。歴史上こんなことが」そういえば世界史の先生だったけ確か、この女コーチ「そ、そんな、あ、ありがとうございます」なんでコーチまで泣きだすんだ、まわりの奴らも何人かうっうっと泣いている。つられるなよ。


「歴史上、蘇生は無理なはず、無理なのに4000年間。召喚獣は」倒置法でしゃべるな、わかりにくいわ。握手とかしたくないんですけど、あ。女コーチに両手を握られてしまった、手、涙で濡れてるし、いや待て、周りの女子どもまで握手してくる。触るな触るな。キャーキャー言うな。


「どうせ誰も信じないでしょうけど、どうかご内密に」と言って僕は間を置く、さあ勝てるかどうか、勝負だ。


竜王の墓地の次元環で野生の竜は復活させたことがあるし、“シャドウ・リムーバー”の術で召喚獣を影から魔晶石に一時的に封印するのも経験済みだ、両者を組み合わせるのは初めてだが。


ようは召喚獣が死ぬと影から召喚できなくなるから蘇生術が届かないのだ。“シャドウ・リムーバー”で影の外に出せばいいわけだ。


それよりも・・・勝てるかどうかだ。


泣きじゃくっている華曾我部茜はヒックヒック言って全く喋れず、だがこっちを向いて両ひざついて祈りだした。いや違うだろ。

女コーチ達も深々と頭を下げている「内密にいたします」とか言っている。いやいや違うだろ。


―――謝礼だよ謝礼!報酬!なんで分からないんだ。電車賃自腹で、帰りの切符を買うと70円しか残らないんだ、僕は。


土日の夕飯どうやって過ごすんだよ70円で。


何だコイツら、5人くらい祈るポーズだ。違います、お金だってば。報酬!お賽銭でもいいから。


・・・僕にお金を払えぇ!!


こういった大会では自グループのヒーラーの魔力が尽きると、他チームのヒーラーを一時的に雇うことができるのだ。一度も回復魔法しなくても数千円から数万円が支払われる。実際の回復魔法が一回につき安くても8000円、クラスタークラスなら2万円くらいが相場らしい。人間の蘇生なら20万円以上だろう。では召喚竜の蘇生は―――これは残念ながら前例がない。でも安くても4万円くらいにはなるでしょう、4万円。ネクロマンシーの術なんか350万円なんだから。


ぅわー!うわー!とか悲鳴はやめろ。


僕に4万円ください!


「ああああ、ありがとう、ありがとうございます」

「すごすぎます、すごい、すっごい、茜をありがとう」

「ぅう、ありがとう神様、あ、女神様」

「あ!め、がみ。女神さま、茜をお救い下さいまして・・・」

「お写真をお願いします」

お前たち泣いてんじゃないよ。お金だってば、謝礼は?報酬だよ!え?神じゃなくって女神でもなくって名字は神明だよ、神明(じんめ)。写真を撮るな写真を。


コイツらまさか。泣いて祈って、踏み倒すつもりやな。

まあ頼まれたわけじゃないし、押し売り的な感じだし、でも無色の魔晶石を二つも使ったのに。無色の魔晶石は市場価格2000万円なんだからな。市場ってどこに売っていいか分からないけど。二つで4000万円位使ったのに、まあ竜王の墓地で拾ったからタダなんだけどさ。


ああ・・・4万円踏み倒す気やなコイツら!

ちょっとなんとか少しでいいから!


―――あぁ、だめだ勝てない。さすがにお金払えとか言えない。チンプンカン高校め。

これからずっとチンプンカン高校って言ってやるからな。トンチンカン高校だったっけ。もういい、金輪際、絶対蘇生なんかしない。


「蘇生するなんて神としか、形容することばがありません。まさか豊穣の女神?」

「な、なんて素敵な、すごすぎる、すごすぎます、女神さまなんですか?」

「わたしからもお礼を言わせてください、ぁぁぁあ」

「すごいすごいもう女神さまです!あなたは」

「女神さまぁあああ!わたしはもう女神様のことが大好きです。たとえば・・・」

「女神様、写真をとらせてください!写真!」

何人か土下座してくる。

一円にもならない賛辞などいらない。ゴミどもめ。あと写真しつこい。


もう500円でいいです・・・。

つか、女神ってなんやねん!


「では失礼。くれぐれもご内密に」

そう言って僕は去った。敗北感でいっぱいだった。70円あればパン位買える、2日間70円で・・・。

最期は全員で通路に整列してこっちに一礼してくる。


・・・負けた・・・。


1人100円位・・払えるでしょ?

500円でいいのに・・・くれよ。

お願いします食べ物でもいいです・・・。


―――もういい!もう電車乗って帰ろう。ムカつく!つか女神ってなんや!

生き返らしといてなんだけど死ねぇ!

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