第14話1-11-1.行きつくとこまで逃避行―――戦うなんて冗談じゃ―――

「おい、おい!」


ゴッゴッとだれかが僕の背中を蹴っている。まあ痛くもないしまだ眠い、無視してしまおう。


「おい、もけ!起きろ、起きろって!」

「・・・んん??」


「んん、じゃねえ、おまえまずいぞ!」

「いやいや、まずいことばかりだよ、僕の人生は」と髪の毛の上から制服の袖が長すぎて手が出ない右手で眼をこすりながらさらに僕は付け加えた、予想通り起こしていたのは緑アフロ隊長だ。ああ、あのまま化学準備室で寝てしまったらしい、昨日の夕方のサンドイッチの残骸もそのままだ。


上半身を起こしながら「僕の人生にまずいこと以外の方が少ない」と寝ぼけながら言うや否や緑アフロ隊長が食い気味にまくしたてた。

「おまえ今日何の日か分かってんのか?公式戦の個人戦のぉ校内予選だぜぃ?」

まだ僕は上半身を起こしている途中だ、床で寝ていたせいか。どこそこ痛い。


この緑アフロは何をいっているのか?公式戦が5月末にあるわけがない。


「そんなつまらんどっきりする奴だっけ?アフロ隊長?」と、うざそうに僕がつぶやく。

まだ頭が起きていない・・・緑アフロは続けて喋っている。

「新しく増えたんだよ、覗き眼鏡に頼り切っとるせいで一般常識レベルの情報が欠落しとるんじゃないか。おまえ次の公式戦休んだらインハイ出場資格・停止になるんじゃなかったか?確か?」


古びてボロい化学準備室・・・だ。周囲には誰の気配も無い・・・僕とアフロの二人だけか。


「え?それは?・・・ん?」

(ん??え?公式戦が増えた?え?来年5月からじゃなくって?)


袖が長すぎて手が全く出てないが、両手で急いで眼鏡を探って髪の毛だらけの顔にはめる・・・試してみるがヴィジョンアイは相変わらず全く作動しない。


「公式戦が増えた?春の大会が終わったばっかじゃないか。今年の話かそれ?増えたって?」

「いあいあいあ、昨日サプライズ放送あったであろうが。どこそこに張り紙があるし掲示板にも出とるだろうが・・・。端末も見て無いんか?あ、持ってないか貧乏人め。昨日その話で持ち切りだったであろう。しかし、どこの浦島太郎だ。まったくおまえ」


え?本当だとしたら・・・あれっ!


「え――――!!!!!まずい、いやそれはまずい。エントリーしないといやいや棄権しないと。いやいや棄権ではなくて病欠にしないと。あー10月のあれ出場できなくなるじゃないか・・・あー、エントリーしないと」

いやいやそれは僕にとっては死刑宣告と同じだ、どうしてもインハイに出場しなければならない理由があるのだ。


「もけは今回エントリーは強制的にされてる。出場しないとお前の場合はインハイ参加資格を失うから強制参加だ。いままでサボり過ぎた罰だ。ちなみにZ班の他のメンバーは棄権した。俺も含めて全員な。さらに・・・」さらになんだよ・・・いやどうしよう。


「今回の公式戦は出場者がとても少ない、全くみなさん準備できていないからなぁ、昨日の今日じゃな、突然すぎでな。桔梗の奴が戦士たるもの・・・の例のくだりでいつでも真剣に戦える準備をしておくべきだとかなんとか配信しとるがな、全くあれは・・・」

続きはもう僕の耳には聞こえていない。そんなことは今更どうでもいい。

「・・・タイガーセンセを探さないと、病欠にしてもらわないと・・・」

「だから昨日言ったであろう、鳥井大雅教官は粛清のために校外の懲罰房に呼ばれてるって!」

「あー?うーえー」

言葉にならない、タイガーセンセのことは後で後で考えよう。


「今何時?何時からあの」

「いま8時30分だ、9時から開会式だ!そして会場は第1高のグランドナンバー1の最近作ってただろ、あの巨大スタジアムである。あの異様にでかいやつ」ああ、あれか。タイガーセンセいないとなると・・・?


「タイガーセンセ休みだと代替えの教官はうちのグループ誰になる?」

「そんなもん知るか鳥井大雅教官に聞け。それはあれだ、体調が悪ければ保健の毒島先生だろうかな?」

毒島センセ?いやそいつは100%無理だ。まずいまずい時間がない。


後で何とかしようと思ったが考えこむのは無理だ、本格的に時間がない。

起きたばかりで全く働いていない頭でとにかく思いつくのは公式戦に名前だけでも出場しないとやばい。その上で試合開始前に棄権ではなく病欠にしてもらう必要があるということだ。


先輩のお下がりのいつものデカすぎるジャージにとりあえず着替える。双子で身長190㎝超えていた先輩のお下がりジャージはでかい。35㎝は身長が低い僕が着れば文字通り手も足もまったくでない。でも冬は暖かい・・・どうでもいいよ、そんなこと。急げぇ!


僕は緑アフロ隊長の自転車の後ろに飛び乗って焦りまくる!

「もう少し早くー、僕の人生がかかっている!」

「キエ―!ざなけんな!ならおまえがこげやー」

「いや無理。多分足が届かん」

「・・・だろうな。もけ。・・・仕方ない、すべては不毛」

ああ空はこんなに綺麗なのに・・・。



―――第6高校と第1高校の敷地が隣同士でよかった。

武神大体育館スタジアム前だ、かなり人がいる、中にはもっといるだろう。降魔六学園すべて合わせると生徒だけで8000人近くもいる、ほとんどが来ているはずだ。時間は午前8時51分。選手の入り口は別にあるはず。僕は自転車を飛び降りる。

「サンキューあとは自力でなんとかするわ」なんともならないかもしれないが。

緑アフロ隊長とここで別れることにする。


9時開会式ならダッシュで行かないとやばい。


えーっと・・・エントリーシートは?あそこか?


「まだ間に合いますか?第6高校の出場選手なんです・・・いえ違います、僕が出ます」

まだ5分くらいあるはずなのに受付が一部片付け始めている。第1高の白ジャージ多分1回生が文句を言う。

「30分前には来てもらわないと困ります」

などいやみを言ってきやがった。第6高校の生徒はいつもゴミ扱いだ。が、関わっている暇はない。エントリーシートに名前と必要事項を書いて渡してまたダッシュだ「困るんですよね」とか言っているが知ったことか。先輩を敬え・・・。


・・・ふうう。


時間はなんとかなったようだがスタジアム会場内でも走る、走る。


手足のジャージをワカメのようにダバダバさせて頭部顔面を完全に覆っている髪の毛をワサワサさせながら第6高校の他のメンバーを探す。


えーっと大抵会場の右か左の端だ。


・・・いた左端だ。(あれ?なんか少なくないか?) 全体に各高50人くらいしかいない、バトルマニアの巣窟のはずの第3高校は30人くらいしか参加者がいない?第4高校がその分多い。全部で300人弱か・・・え?残り7500人の生徒は観客なの?見ているだけか?全員参加の公式戦でしょ?


―――とりあえず第6高校出場選手の一番後ろに並んだ、まあとりあえず・・・ふう。

一安心だ、間に合った。


「お。もけちゃん出るの?」

クラスの誰だったかが小声で話しかけてくる。

「出ないとまずくって」といいつつ思い出した。なんとか直人だったか?名字は思い出せないけど・・・僕は人の名前を覚えるのは苦手だ。


「なんか少なくない?1回生は参加できないの?」

直人が小声で返す。

「1年は免除だってさ、ラッキーだよね。希望者がほとんどいなくて各チームから最低一人とあとは教師・教官どもの推薦で選ばれたんだってよ」

「推薦って公式戦なのに?」


あれ?出場しなくてもいいのかな?次に公式戦を棄権するとインハイの予選にすら出れなくなる状態なんだけど。本当はインハイ予選まで公式戦は無いはずだから問題ないのに・・・余計なものを桔梗たちが突然作るから困るんだ。ずっと桔梗を覗いていたのに見落とすとは。


このいきなりできた公式戦も校内規約にカウントされるのか?カウントされないなら棄権してしまえば・・・と、会場の明かりが消えてステージ中央にあの桔梗がド派手にライトを浴びながら超ド派手に登場した。


ええ?うるさ!壮大な音楽!?まじかオーケストラ連れてきてんの?


ジャジャッジャジャジ―――――――ン!!!


うるさ!・・・延々と騒がしい且つ迷惑な音楽が終わったところで突然聞きなれた桔梗の演説が開始された。またか。


「本大会実行委員長の西園寺桔梗である。諸君、喜んでほしい。この国に降魔六学園発祥の公式戦が正式に増えたのである、その名も“六道召喚記念大会”である!名誉である!この公式戦は革命である!!」なんの軍事演説やねん。

1高の連中から拍手が巻き起こり、とにかく拍手もうるさい。


「今までの高校生の大会は公式戦でも非公式戦も認められてなかった戦闘中の召喚獣の召喚が可能となったのである。ここがまず大きなルールの変更である!」

会場中から驚きの声が漏れている。直人がぼそっている

「召喚獣死んだら終わりじゃん俺達。あいつら竜族のバケモン共はいいけどさあ、ぜってえ危なくて召喚できねえじゃんか。さらに戦力差拡がるのな」

うんそうだな、もういやだ、帰りたい。こんな危ないなんて聞いてない・・・病欠にしてください。桔梗のせいでとても嫌な気分になるが・・・お構いなく彼女の演説は続く。

「これを機に世界に我らが力を知らしめなければならない!」

(何言ってんねん!頼むから一人でお願いします)


そして桔梗は一旦間を置いた、間違いない・・・ヒス女が切れる前兆だ。

「ところで・・・だ、最低各学園から50人以上の参加を促したのだが、たったたったこれだけしかいないのか、武の道を究めんとするものは!ここに並んでいる戦士諸君に言っているのではないぞ!観客席にいる貴様らに言っているのだ!!」


桔梗は恐ろしい膨大な魔力を全身に漲らせ会場が凍り付いている、息をのむのも憚られる感じだ。ヴィジョンアイで桔梗を覗いている時は感じなかったが実際実物を目の前にすると早口でこう言いたい“まじ常軌を逸している全然関わり合いたくない例え婚約者でもマジで頭おかしいんじゃないの”だ。


「以前から言っているはずである!諸君らは召喚戦士である。常日頃から鍛錬しいつでも最高のパフォーマンスをできるようにしなければならないと!有事に備えるのだ!公式戦欠席者には課題を出すので覚悟しておけ!またあり得ないとは思うが”真剣み”のない試合をしたものも同罪である!!!」


ヒソヒソと直人が言う

「これってようは1高の自分達以外は全員ドクズって意味だよね。やんなるね」

同じクラスだけど一度も話したことなかったが、直人はなかなか話せる奴なのかもしれない。


「大会は2日間のはずであったが参加人数が少ないため本日すべての試合を執り行う!すべて真剣勝負!トーナメント方式で行い敗者復活は無い!ベスト4以上は全国大会、国立闘技場へ参加できる。それでは諸君!検討を祈る!!!」僕は自分の無事だけを祈ります。


踵を返す桔梗を見ながら、いやまあ公式戦を一回だけ勝てば校内規定は取り敢えずクリアできるので予選でも本戦でも僕には関係ない、2回戦は棄権すればいい。引き分けか一勝するだけでインハイに取り敢えず出場はできるだろう。まあ勝てる可能性は置いて置いて。


ん?会場が突然明るくなる。

「えー西園寺桔梗大会委員長ありがとうございました。それでは大会運営委員会のわたくし、根岸から皆様方にルール説明をいたします。今回は男女混合の個人戦のみでございます。団体戦は行いません。個々の能力を高め・・・」

どうでもいいルール説明は続く。


「根岸薫って顔はかわいいけどさ西園寺の犬だもんな。あの1高の新聞部の連中は全員だけど、他の文化部の連中もだけどな」

僕もうなずきながらそれに同意する。

「言論の自由がないもんね、この学園は。根岸薫は第4高校から第1高校に抜擢されて幹部になっちゃってるもんね、点数稼がないとね」とにかく1高も4高も関わりたくない。


「さてそれではこのスタジアムに闘技場は5つありますがまさしく記念すべき“六道召喚記念大会”の歴史に残るでありましょう第1試合のみ中央の闘技場でまず行います。最初の試合が終わりましたら順次5つの闘技場および第二体育館の4つの闘技場に選手の方は移動して頂きましてスムーズに試合を開始してくださいませ。選手の方は会場をお間違えになりませんように願いいたします。ご自分の端末をご確認ください。・・・そうそう忘れてはいけません。テレビの取材の方もいらっしゃっており撮影されることになっております、試合は全国大会終了後に放送されるそうです。取材にもぜひ協力をお願いいたしますね。本大会は第一回目でどなたにもシード権はありません。会場正面の大スクリーンを見て下さい。もしくはお近くのスクリーン、お手持ちの端末でも結構です、こちらがまだ名前の入っていないトーナメント表になります。まだの方は各人の端末に“六道召喚記念大会アプリ”を登録していただければ参加者のプロフィールからトーナメント表、細かな試合開始時間まで閲覧可能でございます」端末は高価だから持っていません。


まだ話続くのか・・・長っが。

「・・・さて長らくお待たせいたしました。歴史となる記念すべき“六道召喚記念大会”第一試合でございます。第一試合の対戦者は、一人目のみ!その高い本大会への貢献度より大会運営委員会によって既に決まっております。その名は第1高校3回生の西園寺桔梗選手様です」

会場からどよめきと伴に拍手が起きている。拍手は第1高の連中だろう、全くうざいったらありゃしない。


根岸薫は説明し続けているが・・・どうやって逃げるか・・・病欠に今からなんとか。

「それでは残りの空白部分にランダムで今から名前が振り分けられます。特に映えある第一戦目の西園寺様のお相手にご注目ください。ではみなさんスクリーンもしくはお手持ちの端末にご注目ください」


トーナメント表が埋まっていく。やはりなんとか病欠する方法を考えなくてはならない。

それしかない。


「!!!!」

(ん??んんんん?)


「栄えある一回戦のお相手は第6高校3回生の”神明じんめあきら”さんに決定いたしました。えー第6高校、3回生の神明選手は・・・」根岸の声が響いている。

僕の前方にいる第6高校の生徒たちは顔を見合わせている。


(えええええ!!!?)

(ええええ???)

「え―――――?」


直人が何か言っている

「・・・けさん、呼ばれていますよ?もけさん」

はあ?

「“じんめあきら”ってもけさんのことでしょ」


世界がまっ白だ、なになに?


「え?なにが?直人くん」

「おれマサルね。あの・・・だ、大丈夫?・・・マアご愁傷さま」

「―――神明全選手・・・」


いつの間にか白ジャージの運営が二人僕の前に来ている。


「こちらへどうぞ」

いつの間にかその二人に両脇を抱えられて前方に連行されていく。


「え??え?どこに連れていかれるんでしょう?」


すごい数のフラッシュが炊かれている。

僕はカメラで撮られている。

選手の連中も観客ももしかして僕を、僕をみているの?そのまま根岸薫の隣まで連行されている。赤ジャージは大きすぎて手も足も隠れており髪も長髪で顔面もすべて隠れている。その上からぶ厚いグラスの眼鏡をかけている、さぞ滑稽に写っているのだろうか。・・・いや逆だ対人恐怖症の人間不信の塊である僕はせめて顔が隠れていてよかったのだ、しかし、しかしこの状況をどう?どう逃げるのか?


いやこれあの、逃げれますか・・?


「はい、栄誉ある第一戦目の対戦相手が決定いたしました。神明全選手です。ただ今の心境ですとか、抱負が在りましたら神明選手、一言聞かせてくださいませ」

もういやだ、ここから消えたい、目の前の連中が全員僕を見ているじゃないか。いや?いやちがうなんだ?


「・・・いや・・・あ、いえ、と、特に」


「・・・・え――・・・それだけですか、はい!感動のあまり声にならないようです。えー先ほどもお話しした通り。この1戦目が終わりましたらAブロックは当会場の5つの闘技場でBブロックは第二大体育館へ移動していただきましてそれぞれ試合を開始してください。午後の決勝トーナメントは当会場で行います。試合時間はもう一度ご説明いたします。一試合5分です、決勝トーナメントは8分、決勝戦は時間無制限ですので時間配分を間違えないようにしてください。西園寺選手と神明選手は一旦こちらへどうぞ」


え?何言ってるの?

なんの試合デスか?

なに?ワラエナイんですけど。


根岸薫が何か言っている

「・・え?・・はいはい、みなさま申し訳ございません。1日ですべて行いますので時間が押していまして。このまま第一試合開始させていただきます」


えっと桔梗の演説が長くて時間が足りなくなったのか?いえいえ、いやいやちょっとお願いしますヨ、ちょこっと待ってください。TMPA3000がTMPA52000と戦うなんて冗談にもならないよ。


冗談じゃ・・・。


いつの間にか横にいる根岸薫が小声で囁く。

「いいですか、間違いなく全国に放送されるのでこの第一試合きちんと、きちんとして下さい。きちんと。まず魔装鎧をすぐにいいですね?魔装できるんでしょう?できますよね?形だけでいいのです?どうせすぐ終わりますから。お願いいたしますよ」


全く僕は上の空で全く反応が無い。根岸薫は僕の肩を掴んでぶんぶん揺さぶってくる・・・その度に僕の頭が前後にブラブラ揺れる。


「じんめさん、しっかりして、しっかりしてください!・・・しっかりしなさい。しっかりしないか!おまえ!!・・・すみませんでした。緊張せずいいですね、しっかりしてくれないとこっちの評判が落ちるんですよ、迷惑かけないで。・・・とにかくとりあえず歩いてください。・・・この・・・歩けっ!!!」



「―――それでは二人とも闘技場中央へどうぞ。」

アナウンスが遠くから聞こえる・・・気が遠くなる。


ナゼ?僕はもう闘技場の一歩前にいる。ドウシテこうなったのか?


アレ?桔梗は向こう側からもう中央へ進んでくる。どうしよう、どうする。待て待て計算しよう・・・病欠はもう無理だ。しかし棄権するとインハイには出れない、高校で公式戦も校内ランク戦も一勝も挙げていないからだ。校内ランク戦の戦績は2引き分けあとはすべて棄権と病欠だ・・・引き分けも2回とも野外戦で隠れ続けたのだ。


この試合出場して且つ、資格を失わないためには・・・この試合を最低引き分け以上がいるんだったか?んー?あーあー?あれ?積んでる、積んでるよ。棄権しても負けてもインハイには多分出れない。病欠に今からできそうもない・インハイに出れないと僕は大問題なのだ・・・ギリギリでなんとか今生きている僕の人生がかなりの確率で積む。


「中央へ!」


だれが喋ってるんだ、いい加減にして下さい、何が中央へだ・・・あー、むふう、進むしかないか・・・。これは・・・まさしく死刑台へ向かう死刑囚と一緒じゃない・・か。


足がすくんで震えて動かない・・・とりあえず歩け動け・・・歩けるか?・・・歩ける、歩けそうだ。ふらふらする・・・でもなんとか一歩一歩、前にいけてる・・・そして一歩進むごとに真っ暗い穴に引きづりこまれる感じがする。


・・・げええ・・・怖い・・怖い・・コワア・・・桔梗はさしずめ地獄の鬼というところだ。


・・・周りを見渡すとスタジアム中から笑われている・・・間違いない・・・ように感じる。闘技場ってこんなに広い?広すぎないか?闘技場ってそうか今まで公式戦、試合全部棄権したから・・・そうか初めてなんだな僕は召喚戦士なのに闘技場が。こんなに大きいのね。


・・・観客席の声が遠くから聞こえるやっぱり笑われてる気がする。足取りが覚束ない・・・ヤバい・・・そもそも僕は闘技場中央までいけるんだろうか?


照明がちかちかしてフワフワする・・・フワッフッワす・・・る・・・あ?めまい・・・めまいがする・・。動けない倒れそうだ・・・このまま倒れてしまおうか。一瞬桔梗の方を見そうになるが怖くて桔梗を直視できる気がとてもしない。


うわぁああああああ・・・・コワいコワいコワいコワい・・・・・・。


―――んん?あれ?


誰か闘技場に入ってくる。誰か助けてくれるのかな。ああ、助けてくれるんだ。・・・ちがうの?タスケテ・・・・・・マイクを持った女性だ。知らないな。赤い眼鏡と黄色いワンピース、茶髪は肩まで。どこかで見たことあるような気もする。

驚いたせいで少しめまいが落ち着いてきた。


「ハーイ、テレビ東華のリポーター片桐キララでーっす。試合前の緊張してるところすっごくすっごく恐縮なんですけど少しだけインタビューさせてくださいねぇ」


えー普通するか今?・・・でもどうでもいいか・・・少しでも時間かせげれば・・・いい案が浮かぶかもしれない・・・逃げる・・・逃げるんだ・・・ここから逃げないと・・・一歩でも遠くへ。


「ハーイ、お二人ちゃんに質問です、こういう勝負の前って気を付けてることって何かありますかー?」何言ってるのか頭に入ってこない。

「あーえーっと、ところでぇそちらの神明選手はゆっくり歩くのは戦術の一つなんですぅかぁ?」

うーんなんなんだ・・・このキララって人は。そうだ・・・気絶・・・なんとか気絶すれば。

「・・・いえ特に」

しかし僕はやった・・・なんとか声が出せたのだ、この極限状況の中・・・。


この女が邪魔で桔梗がほとんど見えない・・・おかげで少し冷静さが戻ってきた。そのキララが今度は桔梗と絡んでいる。


桔梗が答えていようだ・・・今のうちにそうだ肺炎・・・肺炎にならないと・・・。

「我々召喚戦士は試合前でも何も変わらないのである、特段気を付けることは何もない。普段通り平常心で死力を尽くすのみである。それから試合前のインタビューは予定になかったはずですが?」


「ハーイ、すっばらしくカッコいい優等生なお答えありがとうございますぅ。そちらの神明選手はいかがでしょうかぁ?」

アレ?僕はやっとやっとフラフラになりながら中央までたどり着けたようだ・・・着いちゃったじゃないか・・・ふざけるなよ。


ああ質問か・・・僕は息も絶え絶えに答えてみる。

「はぁはぁ、なんですか?あ?あの?一緒です」自分でも何言ってるか分からない。

「はい?一緒ですか、西園寺選手とですか?そ、そうなんですね、・・・あとその、えっとぉその何と言いましょうか。とっても神明選手は服とかぁ個性的ないで立ちですが?なにか意味がありますでしょうか?」僕の巨大なジャージに何か問題でも?・・・じゃあもうキララ・・・おまえが戦えばいいじゃないか・・・。


えっと?キララはさらに続けて質問している?

「うふふ、試合中におっきくなっちゃうとか?」

なにが?なにがおっきくなっちゃう?


ん??ひえ!!・・・桔梗がイライラとしているのが伝わる。

「片桐さん、質問はそこまでにしていただこうか」


しまった・・・あああしまった・・・もうダメだ・・・見ないようにしていたのに桔梗を見てしまった・・・もうだめだ怖くて気絶しそう。うん限界だね。・・・棄権しよう。


「えー、ハーイわかりました。ではでは試合後にもういちどぉ、お二人とも感想を聞かせてくださいねぇ?」

この黄色いワンピースのリポーターは何かカメラマンに合図をしているようだ。


げえ!!!


桔梗が・・・死神が・・・黒い鎧の桔梗がこっちに近づいてくるじゃあないか。


うわ!こんなに背が高いのか・・・桔梗は身長175㎝だっけ・・・滅茶苦茶でっかく見える。

お願い来ないでください。


あ、殺される。あああ・・・殺さないで・・・い、いったい何しに来るんだ?


・・・ああそうか・・・そうだった。試合前に握手するんだった。

こ、殺されるのはもう少し後だ。すこし僕はほっとする。・・・しかしせっかく中央まで来たのに後ろの開始線まで戻るのか。もう無理だ・・・開始線が遠い。もう歩けない。


限界・・・。


そ、そうだ腹痛でも起きたことにして転げまわって病欠にしよう!それなら今からでも病欠でいけるじゃないか・・・いける!!天才だ!僕は!


・・・腹痛だ!


「ぅえ?!!!!」


突然、変な声を出してしまった。いつのまにか桔梗が僕の右手をジャージの上から両手で掴んでいる。金属の塊のような冷たい感触・・・ではなかった。やわらかいし!なにコレ?あたたかい!まさか普通の人間の女性の手みたいじゃないか。


―――はっ!隙ありだ!いまこそ転げまわって病欠にするのだ!!


僕が心を決めた瞬間、同時に桔梗は何かを僕につぶやいた。

「私は――――――か?」



―――なんだなんて言ったんだ桔梗は。ああ開始線に戻らないといけないな・・・なんて言った”ワタシハ・・”なんだ。頭が働かない。


“ワタシハホンキデタタカウニハアタイシナイノカ”え?なに?行方不明だった僕の冷静さが少し戻ってくる。桔梗の顔と声が僕の中で木霊する、


「私は」

「本気で」

「戦うに」

「値」

「しないのか」と言った!なんだって?「私は本気で戦うに値しないのか?」だって。


桔梗が僕に・・・桔梗が僕に!桔梗が僕に、僕に!


“戦うに値しないのか”だって・・・・・・。




自分でも気づいていなかったが僕はいつの間にか厚い眼鏡を外して持っている。なんで眼鏡外したんだろう僕は?そして僕は話しかけている。

「あのおばさん?」

片桐キララだったかこの人、どうでもいい。

「ハーイ、なぁんですか?」

キララは一瞬こちらを振り向く、どうでもいい。

「これ持っていて下さい」

眼鏡は邪魔だこの人に渡さなければ、どうでもいいんだ。

「これはなんですかぁ、どうしてわたしに・・・」

もう僕には何も聞こえない。開始線に戻るのだ。


“本気で戦うに値しないのか”の言葉だけが僕の頭の中を駆け巡る。冷水をぶっかけられた感じだ。もう周りの音は何も聞こえない。聞こえるのは僕の中から湧き出す声だけ。


(何も、何も何も何も知らないくせに。僕のこと何も。桔梗・・・何を言うか。何を)


「―――あの人ってちょっと変わっていますよぉ」

片桐キララがだるそうに桔梗に話している。

桔梗は目の前のリポーターを見ていない。その向こうの何かを凝視している。


「・・・すぐにすぐに離れろ!魔力の回帰波が出ている。危ない!巻き込まれるぞ!」


言い終わると同時に炸裂音が響いた!片桐キララは桔梗のはるか後方まで吹っ飛んでいる。


「いったぁーい、うわ!うあ!」

キララは立ち上がったが右の背中から右の臀部まで服が裂け下着が露になっている。

「うわ、うわ、きゃ、血、血、血、血が、血がでますぅ!」

おしりをマイクで隠しながらあたふた四つん這いで場外へ逃げていく。



―――僕は何をしてきたんだろう、彼女は、彼女はなにもかも人も金も権力も持っているが今は一人。僕も負の遺産だらけだが今は一人。なにも変わらないんだろうか?

どうせ積んでいる人生なら今死んでも数か月後死んでも変わりはしない・・・。


僕は霊眼を発動させる。左目が紫に輝くと同時に右手掌の感合印を連動させ再発動させる―――僕の竜と再契約するためだ。同時に妖蟲族との契約を解除する。とたんに押さえ込んでいた魔力が僕の中で膨張してくる・・・一気に身体が内から燃えるようだ!


僕の中の抑えに抑え込んでいた魔力以外の何かが心の中で絶叫し続ける!


権藤先生が観客席の中ほどで立ち上がって身を乗り出して何かまくしたてている、汗だくだ。

「なんだなんだこのとんでもない魔力は!!これではまるで、まるで竜族じゃないか!竜族だったのか神明全じんめあきら!竜王家直系の竜族だとしたら!誰も聞いてない!こんなのだれも知らないぞ!・・・力を隠し正体を隠して!この気配は・・・人知れず牙を爪を研いでいた!?」

「あの!センセ!見えねえって座ってくれよ!」

「ああ?ああ、すまんすまん。」



―――僕は世にも珍しい竜族と仮契約中の竜の召喚士なのだ。

世界が突然ゆっくりになる・・・霊眼の影響だ。ビジョンアイ・クラッカーモード。

4倍速で思考が可能だ。つまり世界は1/4のスローモーションになる。戦うなら魔装鎧がいるな・・・竜王の墓地でみつけた古代の46個の鎧はすべて契約済みだ。インハイまでに強力な魔装鎧を自分用に整備するはずだったが仕方ない。未調整でいきなり装備できるのは身長153㎝の僕には・・・身長が合うのはフィーネの鎧しかないか・・・もっと強力なものがいいが。

仕方ない。

フィーネの鎧はフルフェイスではないが桔梗にミスト系の攻撃は無い、ならば問題ないだろう。フィーネの鎧を演算せずに物質化し着装する・・・ぶっつけ本番しかない。そういえば視界が明るいのに気づく・・・そうか周りが良く見えるのは顔を隠していた髪が全部真上に伸びているのか、しかも染めておいた黒髪が元のノーブルブルーに戻っているようだ。霊眼の4倍速計算のお陰でまさか魔装鎧をゼロから作っているなんて観客も思わないだろう。


・・・しかし自分の顔を名前も隠さず衆目に晒すのは何年ぶりだろうか。

まあどうせ死ぬなら関係ない。顔もフィーネの鎧も見せればいい。ジャージがはじけてフィーネの鎧が装着されていく・・・普通魔装化は服と魔装鎧は置き換わっていくのだが今日は仕方ない。この鎧は髪留めがあるため髪が長い僕にはいい選択肢なのかもしれない・・・唯一の問題点はこの鎧は女性用だ。思いっきり胸部は女性の胸の形になっているが・・・まあいい今は。

どうせこれしか選択肢がないのだから。


観客席で権藤先生がまた立ち上がっている。

「魔装鎧を構築しながら着装しているだって!!」

「ありえなくないが不可能だぞ!動くわけないぞ!なんだなんだ!このスピードは!どういう魔装構築レベルなんだ!マスタークラスか!いやちょっと待てよ!」

「あの!センセ!見えねえよ!」

「ああ、あぁ」


―――ヴィジョンアイで観察していた権藤先生には魔装鎧のことがバレている。やっぱり要注意人物だった。

が、まあそれももういい。

僕は同時に魔装武器を影から取り出す。もう一つ世にも珍しい竜殺属性の槍だ・・・これは僕の体の一部。竜王家の長兄を王家の墓地なんかに軟禁してくれたおかげで僕の装備は発見報告もないオーパーツだらけなのだ。


「ハアァアアなんだって!?ありえないもののオンパレードだ!今度は竜殺属性??竜殺属性の武具だって!?分かるか?竜殺剣(ドラゴンスレーヤー)はこの世に3本だけ存在しすべて国宝扱いになっている、4本目があるなんて文献を調べても一文字も出てこないんだよ!わかるか?しかもありえない!!ありえないんだ!竜族に竜殺属性は後天的に付与できないはずなのだ!そして竜殺属性を持って生まれてくる竜などいない!」

「わかったから権藤センセ!座ってくれよ!見えねえって」

後ろの生徒が権藤を座らせようと掴みかかっている。


―――僕は右手に槍を持ち左足を前に重心を傾け桔梗に対し半身になる。奥村流槍術“片手傾身半鐘の構え”だ。槍の穂先にすべての攻撃魔力を集中させる。槍の周囲の大気が振動していくのが感じる。


・・・桔梗、命をかけろと言ったか・・・僕はずっとずっと前から命がけだ。

高校生の試合なんて生ぬるい試し合いじゃないか、そんなのもういい。これは真剣勝負。一人の戦士と一人の戦士の殺し合いをしようじゃないか。

これは僕の人生のラストバトル、決勝戦だ。


“僕は君を殺す・・・負けたら自刃して果てよう”


4倍速だと開始合図が聞こえにくいかもしれない、一旦ヴィジョンアイをオフにする。すると闘技場は大歓声に包まれているのが分かる。ものすごくうるさいが一人一人の声が聞こえるようだ。五感が鋭敏になっているせいかもしれない。


解説者、距離はあるが今の僕にはよく見える、新聞部の誰か二人が実況しているようだ。

「・・と、と、突然闘技場内に、び、美女が現れて。すごい・・・トップアイドルみたいな美女・・・いえすごい美少女が現れましたぁ、青い髪の美少女です。・・・あれ?桔梗様の対戦相手は女性?女性なんでしたでしょうか・・・」

錯乱しているようだ。


僕はさらに前傾姿勢低く構える。桔梗はすでにいつもの黒水晶の魔装鎧を装着している・・・そしていつもの”バルムンクグレー”に“精神のラージシールド”だ。

向こうもやる気なら試合開始の合図なんて待たなくてもいいと思い出したころ・・・。


ブザーとともに・・・「試合開始・・」


魔力消費は大きいが霊眼発動、左目が紫に光って見えているだろう。ビジョンアイ・クラッカーモードも発動!僕にとって世界は1/4のスピードに・・・スローモーションになる。

攻撃魔力は向こうがはるか上、実力差を考えれば戦闘終了まで霊眼を切ることはできない。如月葵が桔梗に勝つ確率約10%、僕が桔梗に勝つ確率約17%!


・・・葵程度で苦戦したのなら僕のスピードは葵の比じゃないぞ。


僕は近接攻撃スピード特化型だ。足元に力を集中する。引き絞られた弓矢のようにTMPA約44000の魔力を爆発させる。


常人には影も見えないはずだ。ブザーが鳴り終わった瞬間僕は地上を低空で飛んでいる、初速で時速300キロ以上、さらに加速・・・攻撃時の槍の穂先は軽く音速を超える。


彼女の盾めがけて三段突きだ。彼女は戦闘の初めに相手の攻撃をガードする癖がある。ダメージは通らなくていい・・・僕は槍を彼女の盾に突き立てるだけだ。


槍と盾が交差する度、周囲に幾重もの火花と小さくない衝撃波がでている。


彼女は一撃毎に大きく後退し、彼女の真下の床は音を立てて砕ける・・・僕は数メートルずつ桔梗を押し込む・・・桔梗の影が揺らぐ。


「!」


よろけたな。桔梗は僕の三段突きでよろけた、これは重要だ。


桔梗はバランスを崩しながらバルムンクで薙ぎ払ってくるが僕はもうそこにいない。盾だ、盾だけ狙えばいい。僕は高速で間髪入れずにラージシールドに攻撃を加える。超高速諸手三段突きなら桔梗の片手で持っているラージシールドを身体ごと弾ける、体制を整えながらの反撃は怖くない。


僕は霊眼を発動しっぱなし、約3分で魔力は尽きる。彼女の盾を何とかしないと長期戦になった時点で勝ちは無い。衝撃波をまき散らしながら盾に攻撃を加えていく。位置を変えタイミングを変え可能な時は最速で突く、床は衝撃波でそこら中、闘技場は砕けちっている。


視界を妨げるほどの粉塵が巻き起っている。だがヴィジョンアイで見ている僕には問題は無い。彼女は一旦戦闘を仕切り直すとき、右に細かくステップする癖がある。彼女がステップした先にすでに僕の槍の攻撃は先読みでおいてある。立て直す隙は与えない。


5属性の系統の攻撃魔法72種を使用できる彼女に隙は与えられない。遠隔魔法攻撃以外にも自己強化魔法も危ない、僕は攻撃魔法は使えない。使えるのは移動系魔法3種のみ・・・そして槍の竜殺属性で戦う・・・桔梗に距離を取られると負けは濃厚だ。


もう僕はものの数秒で数十発は桔梗の盾を槍で突いている、桔梗は防戦一方だが彼女自身にダメージは全くない。盾をなんとかしないと勝ち目は見えてこない!僕は全く同じ体制から盾の外縁四隅へ攻撃する、片手で凌ぐのは厳しいはず。


桔梗は腰を落として堅防御の構えだ。桔梗は失念しているのか理解していないのか、この槍は竜殺属性・・・彼女の竜属性の盾にダメージは蓄積する。霊眼で見えている、桔梗のラージシールドの僕から見て左上に綻びができている。


そこを集中し攻撃する!


一瞬火花が散り精神のラージシールドには15㎝程の亀裂が盾に入って槍の先端が刺さった。そして僕は発動する、三つしかない魔法のひとつ“加速一現”だ!


そのまま加速して桔梗を攻撃する。一気に盾を、桔梗ごと刺し貫くつもりだ・・・1/4のスピードでも盾が突然爆発したように砕けている。槍は盾を貫きつつ彼女ごと闘技場の端まで押し込んだ。


ギギィン!!


金属音だ、槍はバルムンクで跳ね返さたか。彼女と数メートルも離れてしまう、しかしもう少しで盾を無効化できる・・・桔梗の精神のラージシールドの左上は消し飛んでいる。


粉塵のため肉眼では桔梗はほぼ見えないが僕は霊眼がある・・・確認可能だ。桔梗は破損したラージシールドを一瞬見てすぐ盾を彼女の左に投げ捨てた・・・。

潔い。が、これは好機・・・勝率25%へアップというところか。


―――桔梗が両手でバルムンクを構えた瞬間、粉塵の中から精神の盾が彼女めがけて飛んできた。桔梗は避けない・・・ラージシールドの物質化はもう解除されるからだ。ラージシールドが消える瞬間、桔梗は対戦相手がすぐ側にいることに気づく。僕はラージシールドを投げてその下を気配を消して飛んだのだ。


「もう遅い」


奥村流槍術“静心乱れ突き”!!


密着からリーチの短い突きを高速で5連する技だ。桔梗はバルムンクでガードだ、さすがに恐ろしく桔梗は反応が早い。


しかしようやく初ダメージだ・・・3発は避けられたが2発は浅いが桔梗の右側腹部と左大腿に入った。彼女がダメージをもらうのは僕の記憶では纐纈君以来2年ぶりのはず・・・慌ててくれればいいが。


できればこのまま闘技場端の魔力結界に桔梗の身体を押し付けた状態でアドヴァンテージを取り続けたい。


反撃の隙は与えたくない。


槍を短めに持ちとにかく突く、1秒間に数十発、一発一発のダメージは低くていい。クリーンヒットもいらない。掠ればいい、掠るだけでダメージになる。竜殺属性は彼女の攻撃無効化率33%を限りなく0%まで下げる。桔梗は避けつつもバルムンクの刀気で反撃しているが僕の攻撃無効化数値7000を下回っているようで僕にダメージは一切ない。スピードは僕が上、攻撃力は彼女がはるか上・・・竜殺属性でそれを補う。


僕は観察する、桔梗はバルムンクの柄を左手と刃の中ほどを右手で支えほとんどの僕の攻撃を逸らしている。それでも、それでも竜殺属性は触れるだけでダメージになる。槍の刃の部分を縦にして突き、引くときは刃を寝かせて桔梗の身体に槍を触れさせる。


―――序盤は間違いなく僕のペース。僕の善戦は何年も桔梗を覗き行動パターンを熟知しているのと・・・この霊眼のおかげだ1/4倍速の桔梗を観察できているからに他ならない。彼女のすべての攻撃の出だしと回避を準備段階で潰す。


しかし感嘆を禁じ得ない・・・さすが恐ろしい武人だ、彼女は。ほとんど攻撃が当たらない、槍を掠らせることすら難しいとは彼女は僕の4倍のスピードの中戦っているというのに。


(ちっ)


僕は心の中で舌打ちする。桔梗は槍の鍔にバルムンクの刃を当てて強引に体を入れ替えようとしてくる。上手い、しかしこっちはスローモーションで動きを捉えられる。

隙がある。


体を入れ変える瞬間、彼女の兜、透明な左顔面部分に攻撃魔力全開で右膝を叩き込む、


ズッシャ―――!!


割れた彼女の兜の破片がキラキラと乱反射して飛び散る。桔梗はのけ反りながらも倒れない。やっと膝蹴りだがクリーンヒット。透明なマスクの部分はひび割れて彼女から見て左半分はほとんど視界が無いはず。


―――僕はまた少し驚く、桔梗はやはり潔い。


桔梗は自身の兜のみ物質化を解除したのだ、先ほど自分の盾で痛い目を見たせいで兜は投げなかったようだ・・・桔梗の兜は消えて頭が露になる。兜に収まっていた黒髪が重力で下へゆっくりさがっていく・・・勝率32%へアップというところ。今こそ彼女に神経毒のミスト攻撃ができればどれだけ楽かと思いつつ、距離を詰める。僕の戦闘スタイルは近接型のスピード特化型だ・・・近づかないと始まらない。


――――いくら桔梗でも経験無いほどの超高速戦闘なはずだ。


ここまでは桔梗をほぼ完封、いや一撃でも貰えばもうすでに負けていただろうか。


ちょうど魔術“加速一現”のリキャストか回復する、いつでも発動できる。距離を詰めれば攻撃が来るが仕方ない・・・いまは桔梗の間合い。

爆発的な桔梗の魔力の奔流を感じる!強烈な攻撃が来る!


桔梗のバルムンクでの攻撃一撃目は魔力をわざと乗せていない、フェイントだ。二撃目も軽い。僕は“石突き”でバルムンクを弾きつつ感じる。三撃目が本命!上段から振り下ろされる真っ赤な炎熱バルムンクは圧倒的だ!当たれば終わる・・・が避ければ反撃確定か。僕の霊眼の反応スピードなら回避が間に合うはず。


彼女のバルムンクの攻撃軌道を予測して事前に避けていくが・・・。


・・・アブナイ。


なんだろう、心でけたたましく警鐘が鳴っている。なにか変だ、おかしい・・・ここにいては危ない。上へ、上へ飛ばないと。


上空へ飛んで僕はゾッとした、瞬間、眼下の桔梗の周囲にゴゴウ!!と爆炎が拡がる。水平方向の範囲攻撃だ。6年覗いていたが実戦で使うのは見たことが無い・・・こんな技。直撃したら終わり。前後、横に避けても大ダメージか。ヒドイ技だ。


しかしこれは大技、撃った後必ず隙ができるはず。


僕は無理な体制から“加速一現”を空中で発動し桔梗に向けて超加速だ。槍で刺し貫いてやる!桔梗の背中中央にクリーンヒットなら勝ちも見える状況だ。


桔梗はバルムンクを振り下ろしたままだ、顔は下を向いている・・・いける!


・・・アブナイ!

「?」


まただ、また危ない感じがする。霊眼が教えてくれているのか。

まさか桔梗は剣を振り下ろした状態で術式を隠して詠唱している?よけられたのは予想外のはずなのにさらに追撃?槍の穂先に魔力を集中する。彼女の背中から爆炎が現れるのと槍の先端から衝撃波がでるのはほぼ同時だ。炎が僕の身体を避けて散っていく。なんとか相殺できたか。爆炎が単発だったかおかげか・・・3連クラスターの爆炎ならタダではすまなかっただろう。


危なかった、読み間違えていた・・・最初から桔梗は攻撃を4撃用意していたのだろう。


―――桔梗はバックステップしている。かなり距離を取られてしまった。


僕の周囲はまだ爆炎に包まれている。見え見えでも爆炎に隠れて奇襲するしかない。“加速一現”のリキャスト28秒が長すぎるが待っていられない。遠距離戦では勝ち目はない。

今日どれだけ撃ったかもうわからないが最速で桔梗に突進突きを仕掛ける。

攻撃魔法を少々くらっても近づかなければ。


アブな!!!


僕は槍を闘技場床に刺して急ブレーキだ。桔梗の構えを見たからだ。両手で右上段に構えている、何度も見た構えだ・・・灰色バルムンクは攻撃力29000の殺人的な攻撃エネルギーの塊になっている。


これは一刀蒼天流、三の太刀、三の型ともいう“片胸落とし”の構えだ。これは彼女お得意の近接カウンターだ。さんざん覗いたので分かっている。セオリーからは桔梗は遠隔攻撃のはずだが近接カウンターで僕を迎え撃つつもりか。


“片胸落とし”はやっかいだな。僕が接近しての攻撃しかない近接タイプだとバレた?それとも?


“加速一現”が無いととてもじゃないが切り込めない。

いや“加速一現”を使ってもノーダメージで彼女の攻撃を避けるは認識が甘い。ならばと僕は桔梗に背中を向けて座り込む、奥村流槍術の創始者奥村鉄貫の得意技だったとされる“朧蛙の構え”だ。 こっちも近接カウンターで彼女に背を向けて待つ。待つのは得意だ・・・何年この日を待ったか。


―――僕はあることに気づく。


(また失念しているな、桔梗)


リードしているのはこっちだ。いつもと逆なんだよ、ダメージを受けているのは今のところ君だけ。このまま試合がもし終われば確実に君は判定で負けになる。霊眼で魔力消費の激しい僕は3分戦えないが桔梗はそんなこと知らないはずだ。


待つ・・・しかない。


“朧蛙の構え”は背中に目がいると言われる難易度の高い奥義だが霊眼発動中なら問題ない。彼女の動きはすべて霊眼で見えている。


―――しかしこの何とも言えない圧迫感、ジリジリと背中に彼女からの圧力を感じる。


追い詰められているのは桔梗の方なのに、彼女は微動だにしない、どういうつもりだ。

ビジョンアイ・クラッカーモードのせいで体感待ち時間が4倍になる僕にはすさまじく長く長く感じる近接カウンターの待ち合いだ。


先に動いた方が不利、だが桔梗・・・君が動くしかない。


そうだろ桔梗?


動くよね。動かないつもりか。桔梗の行動を予測する。桔梗の次の選択肢はやはり魔法攻撃しかないだろう。桔梗が単発魔法で僕を攻撃なら無視してダメージをくらいつつこちらは突進突きで大ダメージ、向こうが3連クラスターなら回避して距離を詰める、覚醒魔法ならこの距離ならやはり突進突きが間に合う。


普通に考えれば桔梗の次の手はバックダッシュしつつ雷の3連クラスターだろう、安定する。


「ん?」


桔梗はおもむろに構えを解いてこちらへ歩いて近づいてくる。まじか、予想通り動いてくれないな。どうしても僕に近接攻撃を決めたいのか。ギリギリまで間合いに近づいてくる。

気配からはもう一度“片胸落とし”か?

盾を投げた時といいおおよそ桔梗は論理的じゃないが。


迎撃だ!


僕はもう背面のまま桔梗へ飛んで攻撃態勢。彼女は一瞬遅い。僕の初段突きはフェイント、桔梗の身体に当てる気はない。桔梗の左斜め下闘技場の床を攻撃、床が桔梗へ向けて砕け飛ぶ、目潰しだ。そのまま体制を捻りつつ2撃目左足関節に攻撃・・・カウンターが来れば“加速一現”で逃げる。


・・・カウンターは来ない。桔梗は予想通り空中へ避けている。空中では僕の必殺の3撃目は避けられない。


3撃目は容易に彼女の体幹を貫くはず・・だった。


・・・まさか!


桔梗はなんと空中で静止して“片胸落とし”の構えだ!これをねらっていた?霊眼で見ていても読めないのか。そもそも空中浮遊中に可能なの?こんなの見たことない、練習してないでしょう?僕の体の左半分にすさまじい剣圧を感じる。

くらえば終わる・・・まずい!


“加速一現”


緊急回避だ。

・・・しかし・・・ダメだ・・僕の回避より“片胸落とし”からの斬撃の方が早い。



・・・仕方ない間に合え!発動!


“神速覚醒”だ!!!


加速しか使える能力のない僕の切り札だ。

“加速一現”からさらに“神速覚醒”で加速する。桔梗の周囲を回るように加速、加速だ。


遠心力で吹き飛びそうだ。僕の足元の床が彼女を中心に円形に削れ飛んでいる。

右から左へ薙ぎ払った桔梗の攻撃は空を切り、僕は桔梗の真下にいる!


好機! 確実に一撃はいる!僕は桔梗の最も鎧の薄い箇所を狙う。


ズッッシャー!!!


僕の竜殺槍は桔梗の右脇から右肩を貫いたのだ。彼女の肩当てがはじけ飛んでいる。

何度も彼女との戦闘を今までにシミュレーションしていたがこれは勝ちパターンだ。そのまま右腕を桔梗の首に巻き付け彼女の背後からチョークスリーパーを掛ける・・・柔道で言う裸締めだ。同時に彼女の魔力耐性を僕の魔力耐性で相殺する。僕の魔力耐性23000、ほぼ彼女の魔力耐性と同値だ・・・完全に相殺できる。


よし!!


完全に締め技が入った、勝率49%って感じだ。7秒もあれば普通の人間は酸欠になり落とせるはずだが桔梗を甘く見ることはしない。このまま全力で締め落とす!


む?地面。桔梗の前方に魔方陣?何を?


そうか多頭竜(ヒドラ)を召喚するつもりだ。

そうか今大会は戦闘中に召喚できるルールだった!理解するのと彼女のヒドラが魔方陣から現れるのとほぼ同時だ!


ギゲェ――ェエエエ――!!


五つの頭のヒドラが叫んでいる!

しかしそれは威嚇の為ではない。桔梗と僕は密着しているため彼女が驚いているのがよく分かる。実は僕も驚愕している。すっかり自分でも忘れていた、対召喚魔法を2カ月ほど前に自分の竜“モルネ”にかけていたのだった。


―――ヒドラの右前足に深々と別の竜の角が一本深々と突き刺さっている。金属性をもつ桔梗のヒドラの足はまるで分厚い装甲のロボットのようだが、右前足の付け根の装甲は裂けて砕けて体液が飛び散りまくっている。真っ黒い角を刺しているのは僕の竜“モルネ”だ・・・自分でも完全に忘れていた。“追召喚覚醒魔方陣”を仕掛けていたのだった。


僕の竜は仮契約中、そもそも自力で召喚できないのだ。戦闘相手の召喚魔方陣に呼応して自動で魔力を消費して追召喚を行い攻撃する。召喚士の世界戦では追召喚魔法は一昔前に流行ったのだが桔梗は戦闘中の初めての召喚であり、僕の竜の攻撃に全く対応できてない。竜殺属性のブラックロングホーンが桔梗の竜の心臓に届けば即死するはずなのだが・・・。ヒドラが一瞬で消える。


召喚を強制破棄、桔梗め・・・竜を自身の影に帰還させたな。僕の竜も自動で同時帰還している。


桔梗はまだ立っている、意識を失っていない?

しかし僕の腕を外そうとしていた桔梗の左腕が力なく下に落ちる。気絶したか?

そのまま僕ごと倒れていく。


いや桔梗は左腕でバルムンクを握っている!!!

地面に寝かしたバルムンクの刃をこちらにむけて自分の身体ごと僕をバルムンクに押し付ける気だ。バルムンクの魔法攻撃力も落ちているだろうが僕の魔法耐性は桔梗のそれと相殺していてほとんどゼロ。


まずい!下手したら僕の両腕を切断される。加速の術は使えない、リキャストが全く足りないのだ。


やばい、やばい!


仕方ない仕方ない仕方ない!やりたくないがフィーネの鎧のメインクリスタルを桔梗へ向けて爆破する!!


ゴウン!!


僕と桔梗の間で爆発が起きる。視界が一瞬真っ赤になる、僕は槍を引き抜きつつ爆発の衝撃に身を任せて立つ。

よし、バルムンクは避けた!


しかしなんていう攻撃をするんだ・・・この女は!

今の爆発で桔梗の魔装鎧が破損し背中の肌があらわになっている、防御力を相殺していたせいだ。


―――メインクリスタル爆破は賭けだった!


サブクリスタルだけではフィーネの鎧は15秒ほどで消滅する。

桔梗は魔装鎧無しで勝てるような相手ではない。戦闘はあと15秒以内だ。


桔梗はバルムンクを左手だけで持ちロンダートのような動きで体制を立て直しさらに大きくバックステップしようとしている。僕は竜殺槍の石突を右手人差し指と親指で持ち最前傾姿勢で薙ぎ払う。今までの僕の数百の攻撃はすべて突きだけ。


薙ぎ払いの間合いを見切れるか桔梗。


・・・しかし酸欠で落ちる寸前だったはずなのにどういう鍛え方だ。


薙ぎ払いは外れたか、まずいな。この技は隙が大きいのに。僕は槍の遠心力で右半身が槍に引っ張られ、霊眼で桔梗を観察している。


スローモーションのように桔梗の左下腿の中ほどに水平に赤い線がみえて桔梗の左足は地面に落ちた。


僕は完全に桔梗に背中を向けていて遠心力で槍がとてつもない重さに感じる。体制を整えないといけないのに。槍を引き寄せるのが遅い・・・この技はミスだったか、もどかしい。


・・・ようやく僕が槍を彼女に構えた時、上だ!桔梗は空中浮遊しつつ左腕一本でバルムンクを水平に胸のあたりに掲げつつ魔力を爆発的に高めている。


これは・・・攻撃魔力29000どころじゃないぞ?

霊眼で見るまでもない、桔梗の周囲は白く輝き漆黒の鎧を着ている桔梗はさらに全身真っ黒く見える。


・・・あれだ!根岸薫が電子新聞で配信していた葵を倒したとかいうあれか!


これが“爆裂拡散粒子砲”・・・。


まずい!ここへ来て僕の勝率1%以下、いや0%に近い。葵をたおした技が電子新聞の通りの威力の範囲攻撃なら発動すれば回避も防御も無理、くらえば即死、発動前に倒すしか・・・だが加速の術はサブクリスタルだけでは発動できない。


あ―――!・・・迷っている暇はない、低いながらも最も高い確率に賭ける!


恐ろしい魔力を集中させ桔梗は攻撃魔術の詠唱に入っている、これはただの魔法ではない、古代竜語魔法だ。

非常に高い能力を必要とし詠唱できるものは世界に10人もいない。魔力消費も半端ないが攻撃力は通常魔術とは比較にならない・・・通常防御魔法も無効だ。

古代竜語は一単語一単語が一つの立体魔方陣を形成する。桔梗はバルムンクの前面に直径60㎝程の立体魔方陣を次々形成し始める。桔梗の古代竜語魔法は8単語だと電子新聞に書いてあったな。


・・・間に合うか、これしかない・・・僕は竜殺槍を桔梗に向けて構えた。


8つの立体魔方陣を桔梗がバルムンク前に形成したとき、同時に僕も11の立体魔方陣を竜殺槍の前に重ねて展開した。

ヴィジョンアイは既に消えている・・・持ってるすべてを目の前の魔方陣に注ぎ込んだのだ、古代竜語魔法なんて練習したことすらない、本当に一か八か!伸るか反るか!


「こっ、古代竜語魔法の撃ちあいだ――――――――!!!!」

全身を硬直させている権藤先生が叫んだ瞬間闘技場は光に飲み込まれた。



桔梗は4枚の羽の黒い天使のよう、光があふれて溶けていく。

こんな時なのに僕は初めて彼女をただただ美しいと思った・・・うんキレイだ。


殺戮の天使・桔梗が叫んだ!

「すべて滅せ!!!」


“爆裂拡散粒子咆”!!!!


見えなくても感じる・・・破壊の波が押し寄せる・・・触れれば余裕で死ねる・・・回避で避けられる範囲攻撃じゃない。


同時に僕も静かに囁く。

「一点集中・・・」


“基線細撃粒子貫通咆”


僕の前の白と黒の幾何学的な模様は一瞬一瞬でで数百もの顔つきを変えて周囲の景色が爆散していく。何も見えない。もの凄まじい魔力の衝撃と光が僕を通り過ぎていく。



「ん?」



・・・耐えた、耐えたのか。・・・生きてる、生きてるぞ、まだ僕は!


粉塵で視界が無い、霊眼は回復していない。

とりあえず僕は無事なようだ・・・身体も動く。

桔梗は?どこだ?


・・・上か!


粉塵の切れ間から一瞬見える桔梗は空中にいる。仰け反っており顔は見えない、ダメージも不明だ・・・爆風で上昇しているようだ。お互い無事なら続きをするだけ。しかしもう僕には時間が全然ない、魔力が尽きるよりもメインクリスタルを失ったためフィーネの鎧が消滅してしまう。

桔梗のメインクリスタルを、魔晶石を奪わなければ戦えない。


僕の魔装鎧が消滅してしまう前に!


そして奪われたものを返してもらう!


急げ、急げ!


僕は飛んで桔梗に近づく・・・ん?桔梗は全く反応は無い。

気絶しているのか?


ならば起きないうちに胸のメインクリスタルを引きずりだしてやる。

それは、それはもともと僕のものなのだ!

空中で桔梗を掴み、気絶している彼女からメインクリスタルを取り出す、桔梗の魔装鎧はボロボロだが・・・メインクリスタルを引きずり出すのが簡単すぎないか。

「ん!?」

その時やっと僕は気が付いた。桔梗の鳩尾付近から観客席が一瞬見えたのだ。

「??」

・・・やっぱり見間違いではない。


まさか。


桔梗の体幹に直径15㎝程の穴が開いている。霊眼が復活する。ヴィジョンアイで確認する。


心臓が動いてないどころか桔梗は心臓が消滅してしまっている。


・・・まじか、まじか、まじか、まじどうする!

そのまま桔梗を抱えて重力に引っ張られるまま地上に降りる。

どうする?どうしよう?

悩んでいる暇はない。


空中で桔梗の魔装鎧から取り出したメインクリスタルを、フィーネの鎧のソケットにはめる。このメインクリスタルはもともと僕のもの。認証できるはず、鎧にすぐ定着するはずだ。僕は認証を確認する暇もなく左手の無色の魔晶石を二つ同時に発動させる。もともと自分の回復用に魔力を込めてある。無色の魔晶石はレアだが竜王の墓地で大量に見つけている。使い捨てになるが仕方ない。僕と二つの魔晶石・・・3つの魔術を同時発動!


僕は桔梗の横に立ち左手を彼女に掲げる。早い方が確率が上がる!


急げ、急げ!急げ!


僕の左手に青い光が幾重にも宿る


む?左後ろから何事か叫んでかなりのスピードで近づいてくる奴がいる。結界は消え去っているようだ。第1高校の高成弟か?兄といい読みが甘いんだ!バカが!今はまずい!


「・めて、やめなって!蘇生術をしてるんだって!なんで分からないの!!高成!!」

更科麗羅が高成に後ろからタックルして組み伏せている。ナイス判断だ、麗羅ちゃん。


桔梗の身体が浮いてくる。何とかしてみせる。三重詠唱を組み合わせる。彼女の魔装はまだ消えていない、魔力を帯びている証拠だ。


“三重奏”

“光子覚醒降誕”!


青の光柱が桔梗を貫きつつ出現する。


・・・光の中で心臓も左足も右肩もすべて再生していく・・・。


光柱が桔梗から消えていく・・・桔梗が目の前に浮いている。見た目は復活か?霊眼で確認する。桔梗、心臓・・・動いてるな。


(まあ良かったか・・・)


あほの高成弟を組み伏せつつ更科麗羅が何か言っている。

「単独で・・・一人で覚醒魔法の三重奏なんて・・・そんなこと可能なんて・・・それも完全再生蘇生術なんて、司祭クラスが3人いないと・・・こんな覚醒魔法・・・か、可能なの・・・あっ!」


あほの高成弟が更科麗羅を振り払って桔梗に駆け寄ってくる。

「桔梗様!桔梗様!桔梗さまあああああ!!・・・きっ貴様ぁああああ!」


え?高成弟君?

僕あの桔梗を蘇生させて回復させてたの見てたよね?

見てたよね?見てないの?なんなんだコイツは・・・。


「ーえーマイク。マイク。あ~音声治りました。すみません。えー。えー。な、なんと、なんと、えー。しょ、勝者は先ほどから繰り返し申し上げていますがなんと、なんと神明選手です!」

要領を得ないアナウンスが続く。

「・・・えーあー。あの闘技場の破損がひどく多数負傷者がでていますので、おち、落ち着いて指示に・・・」


そうか、殺戮の天使・桔梗の“爆裂拡散粒子咆”は防御結界を破壊して観戦していたほかの出場者と観客を巻き込んだのか。


まったく迷惑な技だな・・・。

このスタジアムこの後使えないんじゃ?


って?ん?

あれ?あれ?あれ?

もしかして?

あれ?


勝った?

勝ったのか?


・・・勝っちゃった・・・。


ああああ頭を抱えたい!桔梗に戦って勝つなんて本当にまずいな。

どうしよう。何とかしないと僕の命がまずい・・・。


観客の多くは棒立ちだ。

スタンディングオベーションというわけもなく、ただただ・・・じっとつっ立って僕を見ている。滅茶苦茶に周囲からみられている、気まずい・・・こういうの。対人恐怖症の僕は至極苦手だ。人に見られるのは嫌なのだ。


とにかく逃げよう!

そうだ控室へ。


彼女の古代竜語魔法で闘技場は消滅している、僕はそのまま闘技場だったはずの残骸からさっさと降りて衆目から一目散で逃げた。


―――あーしかし、しかしこんなものか・・・これほどの死闘だったのに。

拍手も歓声も何もないの?嫌われている髪の毛妖怪のダメ王子“もけ”はこんなものか。

桔梗を嫌っているやつって多いかと思っていたけれど・・・僕はそれ以上に嫌われているわけだ。


はあ。まあ、魔力はほとんど空だし2回戦は出れそうも無いし。

これがあいつらにバレれば僕は一貫の終わりだ・・・毒島渚先生から連絡が入ってあっという間に僕の人生は終わるはず、まあ知らない人からの拍手なんて今更どうでもいい。


僕がみんなの視界から去ったあとで地鳴りのような声がスタジアムから聞こえる。


ウオオオオオォォォォ―――!!!!


と響く。なんなの?いやがらせか、どいつもこいつも。


控室の僕はただただやるせない。

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