第15話1-11-2.行きつくとこまで逃避行―――だから僕は飛んでみる―――

―――僕は空を見上げている。


女性用の鎧であるフィーネの鎧は着たままだ。


桔梗との死闘をどうしても思い出してしまう。

戦う気は最初は全くなかった。

闘技場中央で桔梗は言う「私は本気で戦うに値しないのか」と。生きるための闘いならば僕はずっと本気だ、ずっと前からだ。戦ったのは多分僕は自分が許せなかったからなのかもしれない。


試合は僕以外誰一人として予想しえなかった展開だ。突然、女性用の鎧を着た意味不明な槍使いが現れ・・・そしてその槍使いは降魔六学園最速だったわけだ。序盤は桔梗を高速戦闘で完封した。何もさせなかった。高度な駆け引きがあったのを知覚し得たのは更科麗羅と権藤先生だけだろうか・・・そういえば今になって思うが葵はいなかったな。


まあいい。桔梗はそういえば相手が近接ファイターだと近接のみで倒し相手が遠距離得意だとわざと遠距離魔法のみで倒す論理的でないところがあったが、僕に合わせて近接のみで戦ったのが敗因のひとつだろう。

竜殺属性の槍は桔梗の竜属性の鎧の魔法防御力は下げられないが防御耐性は無効化できる、桔梗の最高魔法攻撃力29000、僕は21000。攻撃力の圧倒的な差はある程度埋まったわけだ。


僕は優位に戦闘を進めたが一度も桔梗は慌てず、いくつかの局面は負けてもおかしくなかった。

竜王家に伝わる・・・といっても発現するものは竜王家の血筋の数十人に一人程度だが、この霊眼のおかげで窮地を脱することができた。

僕のまわりの事象は1/4のスピードでスローモーションで知覚できる。

そして3つしかない僕の魔術は2つが加速の術だ。


彼女は僕の一つめの加速を見越してカウンターを空中で仕掛けた。しかしさらにもう一段階の加速には反応できていなかった。


槍を右脇から肩に突き刺してそのまま背後からチョークスリーパーをかけた。シミュレーションだとここで勝つわけだが。ここで彼女はヒドラを召喚、僕は自分の竜は自力で召喚できないため以前から相手の召喚魔方陣に強引に割り込んで同時召喚する追召喚魔方陣を仕込んであった。


彼女は実戦での竜の召喚は初めてで僕の追召喚は予想外だったのであろう。結果、桔梗は自身の竜の右前足を失い、さらに酸欠ぎりぎりの状態となった。


しかし全く何を思いつくのか桔梗は、そのまま自分のバルムンクの刃に僕ごと突っ込もうとし、これも危なかった。

とっさに自分のメインクリスタルを爆破して難を逃れた。

僕のメインクリスタルは魔装の練習用の人工魔晶石であるダミークリスタルで魔力の流れを狂わせると容易に爆破できる。ピンチなんてものじゃない・・・僕はサブクリスタルをメインクリスタルに変更し魔装鎧消滅まで15秒、加速の魔法はすべて使用できない状態となった。


ダメージが無いだけで僕は満身創痍だったのだ。


彼女の左足を槍の薙ぎ払いで切り落として古代竜語魔法の撃ち合いになった。彼女の方が詠唱開始が早く、しかしおかげで彼女の選択肢が古代竜語魔法だと悟った。

詠唱を中止させられる可能性は低く逆転負けになるのは濃厚だった・・・どうしようもなかったが、一応脳内では以前からシミュレーションしていた古代竜語魔法を撃つ選択肢を取った。

これは何かの感のようなものが僕にそうさせたとしか言いようがない、今日はとても魔力の調子が良かったのが後押ししたのかもしれない。僕のTMPA44000ではそもそも古代竜語魔法は撃てないはずなのだ、TMPA52000の桔梗ですら本来撃てるか微妙だ、古代竜語魔法を撃つにはTMPA5万後半から6万以上いるはずなのだ。

まあしかし発現しさえすれば広域攻撃魔術と一点集中攻撃魔術だ・・・相性では僕が勝つ。


ガリッガガガ!


「ん?」


足元からコンクリートが擦れるような音がする。

忘れていたが今は決勝戦の途中だった。

足元の対戦相手を見つつさらに僕は今日あったことを反芻する。


桔梗の古代竜語魔法は強力な闘技場の多重結界を壊してほかの出場選手まで巻き込んで、不戦勝が多発したのだ。2回戦以降、僕は不戦勝が続き・・・準々決勝の相手は第4高の泉麻希だった。勝てばベスト4、全国大会の切符だ。

泉麻希は個人戦では全国に駒を進めている強豪だ。竜族で魔力属性は雷のみ、TMPAは霊眼で確認27000位・・・戦闘はバランスタイプだろうか。


4高の選手は皆、魔装鎧までお洒落だ。このアーマーの腰部分の黄色い花の模様は何か戦闘能力アップするのかと一瞬本気で考えた。突剣とミドルシールドの比較的オーソドックスな装備だ。


戦闘開始とともに“雷光群現”で攻撃してきた・・・いわゆるライトニングボール・クラスターだ。

がしかし全体的に彼女は遅かった・・・。


僕は魔力が殆どない・・・魔力回復アイテムも無い。

勝つにしろ負けるにしろさっさとしないといけないのだ・・・。僕は霊眼を一瞬だけ発動、雷属性の魔法耐術を左手掌に集中し“雷光群現”を左手ですべて受け止めて泉麻希に投げ返す・・・雷属性は非常に強力な属性だが実は自身の雷耐性は高くならないため反射はよく効くはずだ。雷属性の召喚士を倒すには雷属性で・・・よく使う手だ。


魔法攻撃を反射しつつそのまま“加速一現”で自身を加速・・・跳ね返した“雷光群現”を追い抜いて姿勢を低くしつつ左手で彼女の盾を下側から掴んで引く・・・泉麻希は盾を捨てないとガードも回避も難しいはずだが。そのまま彼女の撃った魔法は彼女の顔面に炸裂した・・・恨まれるかなと一瞬思ったが僕はそれどころではないのだ。

泉麻希はそのまま気絶してくれて試合終了だ。


そして準決勝、とうとう魔力切れだ・・・。

僕じゃなくって相手が対戦開始直後に相手の魔装鎧が消失して・・・。

「き、棄権しまーす」

と彼は声を高らかに負けを認めた。まあベスト4以上は全国に行けるなら賢い選択だろう。おかげで棄権するつもりだったはずの僕は何故か決勝戦に進んでしまったというわけだ。


実は準決勝前からフィーネの鎧の左肘と左膝が動かなくなってきている、演算無しで魔装鎧化したのだから、しかもメインクリスタルを爆破したり入れ替えたりして鎧の負荷は測り知れない。決勝戦こそ棄権しようかと思ったが桔梗を倒した僕が相手だ・・・相手が誰か知らないが棄権してくれるかもしれないし。それに・・・それにだ。桔梗を破った僕が校内予選を負けるのも変な気はする。


幸い今のところ僕は生きているし決勝戦出てみるか。


決勝戦は桔梗がスタジアムを破壊したため屋外の旧スタジアムを使用することとなった。

「えー、ただ今より決勝戦を始めます。えー激戦を勝ち抜き決勝戦に進みましたのは・・・」

桔梗との戦いは激戦なんてものじゃなかった・・・二度とゴメンだ。

僕と対戦相手の略歴を長々とアナウンスしているらしいがどうでもいい。


激戦じゃない死闘だったんだあれは。


「―――いする神明選手は今まで際立った成績はありませんが、しかし非常になんといいますか戦闘は際立ってレベルが高く、またその姿は何と言いますかこの世のものとは思えない美貌でして・・・美少女としか形容する言葉が―――」

左膝が動かないので“加速一現”で闘技場中央まで一瞬で移動する。魔力が尽きても魔装が消えても棄権しかないなとは思う。


しかし桔梗は問題なく助かったはずだが意識は回復したのだろうか?意識が回復しても万が一回復しなくてもロクでもない未来しか予想できない。桔梗があの時・・。


「決勝戦開始です!」


ん?あーまずい。

もう開始か。もうどうでもいい。とりあえず一撃入れて棄権してしまおう。対戦相手は第2高のエースの?えーっと名前思い出せないな。誰だっけ?アナウンスもほとんど聞いてなかった。


「――プリンスき・た・が・わ!プリンス!プリンス北川―――」


場外からの黄色い声援で思い出した。第2高2年生の北川重人だ・・・竜族で魔法は金属性とサブで光属性、防御タイプだが輝皇大大剣は強力だったか。TMPAは霊眼で確認30000。装備は僕もだがフルフェイスじゃない、とういうか北川君の頭部は冠を被っている王冠のような形だ。記憶を呼び覚ますと春の大会は初めて個人戦で全国戦デビューしたんだったっけ。


・・・プリンスか・・・僕も一応竜王家の第一王子なんですけどね、血筋だけは本物・・・。

2年生・・・後輩か。まあそこそこで棄権しよう。もう左肘も左膝も全く動かない。


“神速覚醒”で加速して一気に北川選手の真上から攻撃する、彼は全く反応できていない。

右足で北川選手の頭を踏み抜いた。冠だけなら頭が防御力的には弱点だろうし。そのまま北川選手はうつ伏せで倒れ同時に槍で跳ね飛ばした輝皇大大剣がぶんぶん縦に転げ回って闘技場端に転がっていく。そして僕は右足で彼の頭を踏む形となった。彼の頭はほとんど床にめり込んでいる、冠は砕けたようだ、破片が散らばっている。


竜殺槍は反則だなどと昼休憩中に大会委員達が話しているのを霊眼で覗いたため一応使用は控えた方が良さそうかと思う。

そして少し考える。僕の二つの加速の術は28秒と80秒のリキャストがあり、しばらく戦えない。まあ“加速一現”はもうすぐ使えるが。このまま後頭部を踏み続け時間を稼ぐのは反則なのだろうか。ダウン中の攻撃は反則だが寝技は問題ないはず。この大会のルールブックは読んでないが今のところ審判サイドから注意もない。

このまま槍で北川君の背中を刺すとなんか後から言われそうだな。

決勝戦まで出れば全国には出場できるし、危険な橋を渡ることは無い。注意されるまでこのまま踏んでいよう。


そして僕は空を見上げた。

桔梗との死闘をどうしても思い出してしまう―――。


―――ん?長いこと考え込んでしまった。

静かだな。

黄色い声援も全く止んでいる。


リキャスト80秒どころか、かなり長いこと彼の後頭部を踏んでいることをやっと僕は思い出した。足を跳ね上げて起きてくれれば棄権するんだけどな。

仕方ない。

右手の無色の魔晶石を勿体ないが一つ使おう、今日だけで4個中3個も使うなんて。加速の術は2回避けられれば終わりなので。あれだ、更科麗羅の技を使おう、この技が避けられたら槍の後ろ側・・・石突きで突いて・・・それでダメなら棄権でいいや。


僕はゆっくり彼の後頭部から右足をどける。北川重人は跳ね起きる。僕に反則は無いはず。


ああ!なんて顔だ・・。

北川君、顔はごめんね。もともと君の顔覚えてないけど親が見ても分からない顔になっている。


さて彼は光属性持ちだから光属性攻撃はダメ半減するはず、手加減しなくていいだろう。


“光輪群現”


更科麗羅の得意技だ。右手の無色の魔晶石を勿体ないと思いつつ1個消費する。この技は複数の光輪を操るわざでこの場合は光輪につつまれ拘束しながら相手へダメージを与える。


彼の腰のあたりに光輪がいくつも発生しそのまま光輪は小さくなり彼の身体は光に包まれた。光のドームの中で光が炸裂する度、彼の影だけが激しく踊り狂っているように見えた。眩い光の中で彼の影が小さくなっていく・・・。


あれ?やりすぎたか?大丈夫か。もう蘇生魔術できないんですけど。

・・・光が消えると北川重人は魔装鎧が殆ど吹き飛んでいて落下してきた。

ん?闘技場端の輝光大大剣が何故か光っている?

なにか北川君の攻撃途中だったのかもしれない。


「気絶です。北川選手気絶です」

「優勝は――神明選手です」


え?なんでみんな僕を棄権させてくれないの?また勝ったの?

何人かの女生徒の悲鳴が聞こえる。


は!結界が消えていく、僕から観客席が肉眼で見えるようになる。

人からジロジロ見られているのを知覚するのは一番嫌なのだ。


“加速一現”


罵声を浴びせられる前に闘技場から退散しよう。


僕の魔装鎧はまだ消えていない、計算上・・・僕の魔力はとっくに尽きていておかしくないんだが・・・?



―――控室に到着した。誰もいない。


ここに荷物があるわけじゃないし、さっさと窓から逃げてしまおう。

うん?

やっかいだな。誰かの気配が足早にこちらに近づいてくる。


控室をノックしつつ入ってきたのは第1高校3年の新聞部の根岸薫だ。

「あの・・・ゆ、優勝おめでとうございました」

「あ、ども」

「あの・この後ですね、すぐ表彰式に移りますので・・」

「あ、辞退させていただきます」

「このままでもいいですし、はい?え?え?・・・辞退ってもう優勝してらっしゃいますので。辞退も何も・・・」うるさい辞退するんや、そうでなければ。

「・・・じゃあ、表彰式は・・・棄権します」棄権しよう・・・。

「き、棄権?表彰式を?・・・棄権ですか?」


冗談じゃない、魔装鎧を脱ぐと多分裸だし魔装鎧を着ていると膝が動かず歩けない・・・しかも人目に着くのは大嫌いだ。


追い詰められた僕はなんとか表彰式棄権を試みる。

「えっと、どうでもいいんですが怪我とかで表彰式に出れないことあるでしょ。時々。かわりにチームのものが貰うみたいな感じで」

「・・神明選手は怪我をなさいましたか?」

怪訝けげんそうに聞いてくる・・・どの程度のダメージを受けたか審判サイドは数値化してるんだったか・・・痛いところをついてくる・・・まあ見た目も無傷だが。

しかし最初っから完全に人を信用してないな、根岸薫・・・こいつは。

「多分、重症なんで、多分重症。その上魔力も尽きてしまって」

適当に押し通そう。


「あの。すごいスピードで控室に戻られましたけど魔力が尽きましたか?しかし魔力が尽きても表彰式は出られるのではないですか。なにかほかに理由がおありでしょうか?」

根岸薫は小首をかしげて聞いてくる。桔梗の犬がなんなんだ。魔装鎧が壊れてるとか脱ぐと裸だとか、人間嫌いで人前に立てないとか・・・言えるか!


「とにかくうちのチーム、第6高校Z班の誰かにかわりに表彰式にでるように言ってください」もうそれでいいや。

「・・・疲労困憊ひろうこんぱいとういことでしょうか。もしくは我々、私になにか落ち度でもありましたでしょうか?」

「あ、うんそれだ、疲労困憊でOKです」

ああもうやだ・・・僕は無表情で一切目を合わせる気はない。


「準優勝の北川選手も入院ですから、入院者多数のためとして表彰式は音声放送での通知だけでもいいですが。・・・少しこちらで協議いたします」

まだ何かあるのか根岸は出ていかない。


「怒ってらっしゃるのは気づいております。あの一回戦の試合前にどうせすぐ終わりますとあなたに言ったことは・・・あるまじき失言でございました。撤回させてください。あの、怒ってらっしゃるでしょうがお許しくださいませ。・・・とてもとても信じられないくらい、お強くて・・・いえ強すぎました・・・無傷で桔梗様を・・・。またあの信じられないほど美しい・・・いえお美しかったです。見とれてしまいました。・・・いえすみません・・・あの。ところでですね、チームのマネージャーさんとか教官の先生はこちらにはいらっしゃらないのでしょうか?」

「あの、おりません」みりゃ分かんだろ。


うっさいわ、怒ってないし、そんなのそもそも覚えてないし。今は色々考えることがあるのに。


「そうでしたか。あの最後に優勝者インタビューだけは必ず出ていただけませんか?17時開始ですので3時間ほど休んで頂きまして第1高正面校舎の3階の第三会議室へ来てくださいませ。本日17時です、どうかよろしくお願いいたします。各高校の新聞部と広報部、生徒会代表と東華テレビが一緒に入ります。お迎えにあがりますがどちらにいらっしゃいますか?」

ぶっちぎって逃げようと思ったのに逃がさないつもりか。根岸薫、手強い・・・。

「きちんと出ますからご心配なく」


これ以上目立つのはまずいんですけど。



―――根岸薫が去った後、控室の窓から逃げるように出て僕は第6高校の校舎上空まで“加速一現”で飛ぶ。


校舎を飛び越してZ班の部室として使用している旧美術講堂へ飛び込む。誰もいない。着れるものを探さないと。・・・タイガーセンセの黒と黄色のジャージしか思いつかない。

今の僕ならロッカー位余裕で開けられる。ちょっと借りるだけだから多分きっと許してくれるだろう・・・そもそも選手が大会に出ているのに研修だか懲罰で不在ってコーチ失格だし、役に立ってください。


ついでにタイガーセンセの靴も借りよう。

さてさっきまでは魔装鎧の髪留めでまとまっていたが青い髪の毛だがボサボサだな。インタビューって写真撮りまくられるだろうし、テレビもいるのか・・・やだな。


・・・そうだ、確か初回だけ1000円の美容院が中央敷地内にあったよな。全財産1050円なんだが・・・。生きてる間しかお金なんて使えないし・・・仕方ない使うか・・・。




―――入りにくいな。

僕は中央区のロイヤルマリン美容院の前にいる。美容院って女性用だよな、自分で仕方なく切りそろえていたから床屋もずっと行ってないし。なにか作法とかあるんだろうか。初回1000円の張り紙はちゃんとある。男はだめだとかないよな・・・。時間が無い。


チリーン。


めっちゃ緊張する。

「あ、あの、こ、こんにちは。髪を少し切りたく・・・」

「どうぞー!いらっしゃいませ。ご予約のお客さまですか?」

「ち、ちがいます」

「空いてますのでこちらへどうぞー。」

髪が茶色でくるくるしてる美容師の女性が出てきた。30歳くらいだろうか、もう一人奥に気配がする。


しかしいきなりスタートするのか難易度高いな。

「あ、の、ここ初めてなんですけど」

「そうですねー、初めましてー。今日はどうなさいますか?」

1000円なのかききたいんだけど。

「全体に切りそろえて欲しいんですけど・・・長さは長いままで・」

「はーい、じゃあまずシャンプーしましょうね。こちらへどうぞ」

ん?いきなり最初からシャンプーするのか、地方ルールか。

「仰向けですか?」

「そーなんですよ。仰向けになってくださいね。お客様。」

そーなのか、地方ルールなのか美容室とはこういうものなのかさっぱり分からない。

「綺麗なブルーの髪ですね。染めてるんですか?」

「いえ染めてないです」


「―――洗い残しはありませんか?」

霊眼では見えるけど普通この態勢で自分で自分は見えないんじゃ?霊眼があることがばれてる?召喚士かこのお姉さんも。

「見える範囲では無いと思います」

「ふっふふふ、面白いこといいますね」

うーん、美容室に来たのは失敗だったか?

「―――では揃えていきますね、今日どちらか行かれるんですか?」



ずっ~と喋っているこの人。

「へえ、インタビュー。そうなんですね?でもすごく綺麗な髪ですね。そうそう知ってますか?竜王家の王族の髪の毛はノーブルブルーといってお客様みたいな青い髪のかたが生まれるそうですよ、時々」

「ええ、竜王家出身ですので」

「ふっふふふ」

竜王家なのもバレている?このお姉さんは新手の刺客か?先回りされるとは思えないが。用心に越したことはない。


「インタビューって聞いてもいいですか?」

「はい?」

不用意なことは言えないぞ。

「なんのインタビューなんですか」

「大したことないんですけど、ちょっとした会で優勝してしまいまして、全く実力ではなくって偶然なんですけど」

「もしかして美人コンテストですか?」

ちがう、僕は男です。このお姉さん刺客じゃないわ。


「ち、ちがいます」

「お客様。小顔ですしぃ、このままナチュラルストレートがお似合いですよ。綺麗な色ですがヘアカラーはどうされますか?マットアッシュしますか?」

知ってる言葉でおねがいします。

「あ、適当で」


「前髪はどうしますか、このまま長めで流すかリバースしますか?」

知ってる言葉でお願いします。

「あ、適当で。17時までに1高に行かないといけないんですけど」


「ではサイドで分けて流しますね。朝もし時間ないのであればパーマもお勧めです。17時まででしたら十分おわりますよ」

知ってる言葉でお願いします。パーマってアフロにする気かこの人?僕の受難はまだまだ続きそうだ。




―――やっとやっと終わった・・・長かった・・・。


「とってもお綺麗ですよ。本当に美人ですね。大きな声で言えませんが今年来たお客さまのなかで一番素敵です。次の美人コンテストもきっと勝てますよ」

「・・・そうですね」

全員にこういうお世辞を言うのだろう。


それより、それよりも1050円しかないんだ。霊眼で値段を見ると全部で7000円位になるのではないか?

「あの初回は1000円というのはあの?」

「そうそうそうね、じゃあ今回は無料にしましょう。かわりにまた来てくれますか?次を本当の初回にして1000円にしましょう」

「おおおぅ!生きてれば是非来ましょう」

すごい僕の1000円生き延びた。今日初めていいことあった。

「ふっふふふ。おもしろいお客様ですね。ではお疲れさまでした。またのご来店お待ちしております」


チリーン。


僕が去ったあとで、さっきの美容師のお姉さんと見習いかアシスタントの人と二人で話しているのが遠隔視で見える。

「絶世のなんとかですね。息をのむほど美しかったですよ。気絶するかと思いました」

「本当ね、凄いオーラを漂わせて特別綺麗な子だったわぁ。ん~夢に出てきそうね」

「でもあの子、パーマも知りませんでしたね」

「・・・男の子ですからね」

「え―――!!!え―――!!!!」

「気づかなかった?修行足りてないわね。でもまさかうちに来てくれるなんてね。・・・貝沼まどかさん。・・・美人コンテストで審査員した時からもう一度是非、会いたかったのよ・・・あの異常な美しさ・・・本当に息をのんだ・・・美人コンテストの時とは髪の色も長さも違うし、あの時はお化粧もして変装?していたけど見間違えないわ」


ちっ、緑アフロ隊長にそそのかされて賞金目当てで参加した美人コンテスト・・・バレてるな・・・アフロが停電させて商品だけ持ち逃げしたからなぁ・・・バレるのはまずいな。

商品券返せって言われてもアフロと山分けして金券ショップで売って借金かえしたら無くなってしまったからなぁ。しかしあの時のアフロ軍師の策はすごかったな、だまって立ってれば優勝できるって本当に優勝したからな・・・すごい策だ・・・しかし本当に不思議だ・・・そもそもなんで優勝できたのだろう?


まあ、でもこの美容師、この霊眼での遠隔視も気付かれている可能性がある?やっぱり刺客か?スパイか?まさかただの美容師じゃないよな?権藤先生に続いてもう一人要注意人物登場か?厄介だ。



―――さて急ぐか。服は着てる。髪型は多分整ったと信じよう・・・武装完了だ。今晩が最期だとしても小綺麗になったわけだ。もう一戦か。インタビュアーからこんな質問が来ればこう答えるみたいな理論武装もした。


第1高校に正面から入り3階へ上がる、予定の10分前に到着だ。

校舎内では生徒数人からジロジロみられるが既に戦闘中なのだ、気にしても仕方ない。


はっきり言って僕は人見知りなんてレベルじゃない、緑アフロ隊長曰く極度の人間不信の上、重度の対人恐怖症で人間社会では暮らせない珍獣だと言われた。上手いこと言う。

僕をある程度とはいえ理解しているのは多分この世で緑アフロ隊長だけ・・・ああもう一人いたな。


さて西園寺桔梗を倒した僕は、これから西園寺桔梗の飼い犬の生徒会役員たちと西園寺桔梗の飼い犬の新聞部と広報部、そして西園寺理事長に雇われた教員達と西園寺グループ傘下の東華テレビの連中と対峙しなければならない・・・敵だらけ。

それでも僕は余裕だ・・・インタビュアー全員よりも桔梗一人の方がずいぶんと手強いだろう。そしてインタビューなんかではない・・・これは戦い・・・これ以上ない開戦の狼煙。

忘れているなら6年ぶりにあいつらに思い出させてやる。


第三会議室のドアを静かに開く。軽く会釈し一斉に僕は注視される。

「神明全です。よろしくお願いします」

余計なことを言う必要はない。多勢に無勢だが逆に利用してやる。


「えー大会運営委員の根岸薫です。司会進行を務めさせていただきます。えー神明選手、お疲れのところ出席いただきましてありがとうございます。えー皆様、予定の時間より早いですが優勝会見およびインタビューを開始させていただきます」

僕は指示されるがまま壇上の椅子に一礼して腰かける。さあ闘いを始めよう。

「早速ですが優勝の神明選手に拍手をお願いいたします」

パチパチパチ―――高成弟以外は拍手しているようだ。

「はい皆様ありがとうございました。それではまず優勝楯と記念品を贈らせていただきます。こちらへどうぞ」


すっと僕は立ち上がり恭しく受け取る。

優勝楯は売ればお金になるといいが。記念品は一瞬霊眼で覗くとタオル詰め合わせか、安そうだ・・・売れないかな。

「どうもありがとうございます」

もう一度拍手してくれた、高成弟以外は。

「えーそれでは優勝いたしました神明選手、コメントをお願いいたします。まず激戦を制したわけですが、優勝して今のお気持ちは?」


さて戦闘開始・・・。


「特に何もありませんけど?まあ素直な今の気持ちを言いますと全国大会の日程は中間試験と重なるので参加は難しいかと考えています」

予想外な答えなのだろう・・・根岸薫は明らかに目を細めてこっちをにらんだ。


「えー、えーそれではさらに少し質問させていただきます。では一番今回の大会で大変だった、あるいは困ったことはなんでしたでしょうか。あと全国大会は是非参加してくださいね」

「昨日、今大会の開催を告知されたそうですが実は今朝大会のことを知りまして、自分が出場するとは全く知りませんでしたので朝会場を探すのが大変でした」

これは事実だが数人から失笑がもれる。


「わかりました。そ、それは大変でしたね。では、大会が始まってからは何か苦労したことはありますでしょうか?」どうかわすか・・・だ。

「そうですね、自分の控室の場所がわかりませんでした」

失笑があったがさっきより少ない。


「・・・それはこちらの不手際で大変申し訳ありませんでした。えーそれでは試合中に関しては何かありますでしょうか?」

「相手の選手が棄権されることが多く、不戦勝が多かったかと思います」

うん、根岸薫は眉間に皺を寄せてやや困り顔だ、彼女の質問に全く真面目に答える気はない。


「そうですね、負傷者がおおかったですから・・・あのでは対戦をした試合についてはいかがでしょうか?」

「どの試合についてでしょうか」

「もっとも記憶に残っている試合についてはどうでしょう?」

桔梗戦の話をさせたいんだろうな。全くまともに答えそうのない僕の雰囲気を察したのか、根岸薫は続ける。


「いえ、ではやはり一つずつ聞かせて頂けますか?泉麻希選手と対戦した準々決勝について教えてください。雷属性の魔法を受け止めて跳ね返したように見えましたけれど」

そういう質問に切り替えたか。周りの生徒、テレビ局の連中、教員たちの視線がじっと僕に集まるのを感じる。

「雷属性の選手はかみなり耐性が低いことが多いので反射するのが最適解と思いまして実行しました」

「・・・はい、そうなのですか。えーなるほどです。魔法を受け止めたように見えましたけれど?これにつきましては?」

「はい受け止めて投げ返しました」これはネタバレしても全く問題ない。


会場から軽い感嘆の声が出ている。

「それは雷属性魔法が対象を感知できない類の術法でしょうか、ライトニングボールを受け止めるなんて見たことないですが」

なるほど、僕の能力を探っているわけか。

「魔力球の外側は無属性ですので基本的に全く同じ質の魔力で包めば発現しませんので」

えっと根岸薫は眼を丸くして驚いている。

「え?それは基本的にマジックボール系の攻撃はすべて受け止められると?同じ魔法でも少しずつ組成が違いますし?それでは相手選手が攻撃魔法を生成して、それを見てから対抗する術式を一つ一つ編み出しているわけですか?そんなことできますか?」

「それだけではないです。マジックボールは少しずつ減衰しますので魔力の減衰も計算します」

そんなに難しくはない・・・まあ対抗魔術の組成は霊眼がほぼオートでやってくれるけど。


「・・・え?すごいな」

「本当か?」

「まじ!遠隔攻撃が効かないどころか反射されるのか!」


周りの反応は上々・・・会場がざわめく。まあそれはそうだろう、基本攻撃魔法のマジックボールがほぼ無効と聞かされれば。マジックボールは魔力消費と攻撃力からするとコスト割合がいい、会場にも攻撃魔法はマジックボールしかできない者もいるだろう。僕はさらに無表情で呟く。事実は話す・・・だが僕の能力は皆目見当がつかないだろう。


「マジックボールの生成があんまり早すぎると対抗魔法の計算が間に合わないので、滅多には使えません」

誰かが小声で呻いている。

「―――泉麻希は遠距離戦の名手だぞ。詠唱早いはずじゃないのか?」


―――質問は続く・・・。

「えーそれでは質問を続けますね。次に決勝戦について聞かせてください」

誰かが手を挙げるのが見える。


「すみません!第1高校新聞部、根岸部長様。第2高校新聞部の樋口加奈です。いつもお世話になっております。一つだけ決勝戦については質問させてください。お願いします!!」中々の剣幕だな。

「後でみなさんからの質問は受けますが、まあ一つでしたらどうぞ」

後でみなさんからだって?無限に質問来るのは嫌だな。


樋口と名乗った女生徒はかなりの語気だ、まあ北川選手の友人か何かかな?仕方ない。

「神明選手!質問します!どうして北川君の頭を長いこと踏んだんですか!スポーツマンシップに反すると思います。もしかして北川君がプリンスって呼ばれたりしてるからですか!?」僕はスポーツマンじゃない・・・そもそもな・・・こんなくだらない質問か。

根岸薫が慌てて止めようとする。

「あのそういった感情的な質問は・・」

「あ、答えますよ」僕は平然と言う。


どうせ想定範囲内の質問だ、理論武装している僕の敵ではない。

「北川選手の魔装は首から下は“エグス”という強力な鎧です。肩当は“銀嶺”、兜は“椿の冠”です。私は論理的に戦闘を行いますので基本的には最適解で行動します。北川選手の頭部は“エグスの兜”ではなくデザインの良い“椿の冠”にしたことでどう考えても頭部の防御力が低いわけです、それで真上から攻撃したわけですね。さらに肩当の“銀嶺”はデザインは良いですが“エグス”の鎧と合成したため、うつ伏せで倒れると上腕と一体化している肩当の一部が邪魔で起き上がりにくいんです。つまり設計ミスですね。まあ弱点を責めたというシンプルなわけです。全身“エグス”のフルプレートでしたらこんな手は使えません。プリンスなんてニックネームがあったのは今知りましたが、そんなニックネームのせいでわざと防御力の低いプリンスっぽい格好をしていたのでしょうかね」

“エグス”は防御も筋力増幅も高い上級鎧だけどフルプレートだと怪人みたいだからな。プリンス北川選手は防御を下げてでも少し格好よくしたかったわけだ・・・多分。


口をモゴモゴしている樋口加奈は不服そうだが勢いは大分削がれたようだ。

「・・・わかりました。ではもう一つだけ疑問があります」

まだあるの、一つっていったじゃないか。僕は無表情に徹する。

「もう一つは関係ないかもしれませんけど戦闘後に北川選手のメイン武器であります輝皇大大剣が輝き出しまして。北川選手の影にも戻らなくなって困っています。これはどういうことでしょうか?」

予想外の質問だが、一応さっき歴史も調べて理論武装済みだ。


「その質問につきましては北川家はもともと遡っていくと戦国時代に活躍した寅田家に起源があり寅田家の分家が北川家ですが、今から343年前に私の祖先が寅田家に送ったのがその輝皇大大剣です。またご存知の通り輝皇大大剣は光属性の強力な剣で歴史上、強力な魔族を幾体も倒しています。輝皇大大剣は私との闘いに呼応して当時の力を揺り起こしたのでしょう。影に戻せないのは装備する能力に不足があるためで、そうであれば輝皇大大剣とは契約を解除し別の武器と再契約しなおせば良いでしょう」うん、僕のペースだね。

「あ、はい、そう、そうですか、・・・あ、ありがとうございました」

不服そうだが樋口加奈は文字通り完全に沈黙した。理論武装している僕の敵ではない・・・雑魚め。



―――スーツ姿の女性が猛スピードで自転車をこいでいる。

かなりのスピードで時速200キロは出ているだろう。黒髪は後ろで一つに束ねており胸はかなり巨乳だ。身長はほぼ僕と同じくらい。我がZ班のダメ教官、通称“タイガー”だ。本名は鳥井大雅、26歳、独身だ。いつも黒と黄色のジャージを着ているが今日はスーツ姿だ。自転車で第一スタジアムの外壁を登っていく。割れてる窓から上手にスタジアム内に自転車ごと滑り込んでいく。

「あれ!権藤先生!試合終わってしまいましたか?」

権藤先生は仁王立ちして、だれもいないスタジアムの観客席で一人で佇んでいる。


「あの権藤先生?うちの子が、うちのチームの子が今日参戦していたはずなんですけど?・・・知るわけないですよね?神明君って子なんですけど。棄権したりすると規定数満たないので出場したかも・・・してないかもなんですけど。今頃ショックを受けてるかもしれなくって・・・部室にいるといいけど」

「は・・?神明・・・ぁああぁああ」

ヨレヨレのジャケットの権藤先生から掠れた声がする。観客席は瓦礫の山だ、掠れた声は閑散とした観客席を駆け抜ける。


「何ですか?大丈夫ですか!?」

「・・・神明・全・・君でしたら・・・」

「はい?知ってるんですか?どこ?どこにいるの?・・・権藤先生しっかり!!気を強く持って下さい!」

タイガーは権藤先生を揺さぶり、バシバシ左右にひっぱたく。


「・・・いまごろ、第1高の第三会議室に・・・」

「神明君が1高の会議室に呼び出された?神明君がですか?問題起こしたのね、あの子?間違いなく会議室に?」

「・・・ぇえ。・・・時代が・・世界が・歴史がうごく、うごくので・・す」

タイガーは埃を権藤先生にかけながら自転車でロケットスタートを決めている。




「―――えー、神明選手。ご回答ありがとうございました。最後に一回戦の、そのぉ・・・西園寺桔梗選手との試合についてはなにかコメント頂けますでしょうか?」

「・・・見ての通りただの死闘でした」

これで終わってくれないかな。高成弟が戦闘態勢に入っているな、まさか襲ってくるつもりか。根岸薫がさらに質問してくる。バカ高成を刺激しないで欲しいんだけど。

「勝因はなんでしょうか?」

「一番の勝因はあなたです」

これも戦い・・・理解していないだろうけど・・・やっぱり根岸薫が大仰に驚く。


「は?え?私が?ですか?」

「ええ」


「ど、どういった意味で、しょう?」

「そのままです。要は情報の差です。僕の情報は西園寺選手には恐らくほとんど無くて、僕には彼女の戦闘における情報はかなりありました。あなたが監修している第1高新聞部の電子新聞は非常に役に立ちました。特に古代竜語魔法の記事はですね。西園寺選手の竜語魔法が八単語であることや初めて古代竜語魔法を習得したと書かれていましたので対策は一応考えていました。古代竜語魔法は強力ですが一つしか習得してないのであればいくつか対処法がありま・・」


「おまえは卑怯者だ!!!!不意打ちだ!!!あんなもの無効だ!!!クズが!!!」

突然に堰を切ったように高成弟は怒鳴り散らす。もう攻撃波動を隠す気もないようだ。今にも魔装武器を召喚しそうだ。実力行使するなら闇討ち・・・するなりしないと脅しなんて戦闘中に意味はない。

「・・・お互い死力を尽くしました、どちらが勝ってもおかしくありませんでした」

「だまれ!だまれ!!!桔梗様の魔晶石をかえせ!!!!貴様がえぐったものをだ!今すぐだ!!!俺がお願いしているうちにな!!」

全身から湯気が出るほどの怒りか・・・。でも予想通りの質問だ・・・。


「あの端末、携帯端末、持っていますか?」

「なんだ!!!!」

いやあよかった、よかった思い通りの展開だ。


「みなさん、端末持っていますか?竜王家に伝わる非常に多くの宝物・霊物・遺物は所在と所有権限が基本的に公開されています」

僕は淡々と続ける、ちなみに僕は端末なんて持っていない。普通の高校生なら持ってるでしょう。


「自衛省公的観察機関のホームページはだれでもアクセスできます。保守のページから飛んで頂いて・・・さらにスクロールを一番下までお願いします・・・アクセスできましたか?・・・一番左下の旧竜王家関連のページから進んで頂いて・・・。第12044項目を入力してご確認ください・・・。私が父から受け継いだ武具といくつかの次元環に関する権限の記載があります。そこに“黒水晶鎧”の項目があります、写真も数枚付いています。西園寺桔梗選手が持っていた魔晶石は正確には“碧玉親王鏡”といいまして“黒水晶鎧”のメインクリスタルなわけです。日付を見て頂けますと約12年前の11月の私の5歳の誕生日に父から私宛に“黒水晶鎧”を贈与して頂いております。これらの遺物・宝物は自衛省の許可が無いと所有者権限・・・つまり所有者を変更できません。ここに名前があるということは所有者は現在も私、となります」


質問は予想通り・・・理論武装は済んでいる・・・さらに反撃につなげる・・・。


会場は静まりかえっている。会場の全員がケータイ端末をいじるのはなかなか滑稽だ。高成は更科麗羅に端末画面を見せてもらっている。麗羅は迷惑そうだ・・・僕は続ける。

「さらに西園寺グループのホームページもご確認ください・・・」


勝ちが見えている僕はしばらく会場の端末操作を待って・・・続けて説明する、ずっと僕のターンだ。


「・・・西園寺グループも寄贈品リストの公開をしています。私の父が亡くなって数日後に西園寺グループに“アムドアーマー”が寄贈されています、これも画像がついていますね、細かな魔法係数の数値も」

ああっと、根岸薫が口を押えながら言う。やや声が震えている。

「そんな全く同じ!」


「写真をみて分かるように“黒水晶鎧”と西園寺桔梗選手の“アムドアーマー”は同一のものです。魔晶石の細かなすべての魔法係数も同じですのでご確認ください。つまりこの“碧玉親王鏡”は無許可で西園寺グループに寄贈されたことになります・・・しかし西園寺家に落ち度は全くありません。いきさつは分かりませんが、どなたかが私の父が急死して混乱している時に、間違えて西園寺家に寄贈してしまったのでしょう。もちろん訴える気もありません」


テレビ局員の一人が騒ぎ出す。

「“アムドアーマー”の寄贈者が書いてある。大糸平太・・・大臣??現職の法務大臣だぞ!!」

「・・西園寺グループと黒い噂はあったが、・・スクープじゃないか!!」

自衛省の登録物を盗むのは結構な罪になる・・・12年前だとしても。高成弟は押し黙り更科麗羅のスマホを穴が開くほど覗いている。麗羅から「あちゃ~」との声が静まり返った会議場で聞こえる。


「アムドアーマー以外もいくつもいくつも自衛省登録の竜王家所有の遺物を送っているね、大臣は・・・まずいんじゃないか」

髭のテレビ局員がつぶやいている。


そうそうそう・・・僕の敵の一人・・・黄色いナメクジ野郎の大糸平太大臣にもこれで宣戦布告になる・・・それどころか辞職に追い込めるかもしれない。

状況によってはさらにチャンスが続く・・・少し計画を前倒しにする必要があるが・・・まあ・・・それともただ破滅するだけかもしれない。


根岸薫が思い出したように携帯端末から顔を上げて、驚いた顔でこちらを見ている。

「えーえー、色々驚きましたが。あーえーっと。それで認証なしで魔晶石が神明選手の魔装鎧に定着したわけ・・・でしたか。おかしいとは思っておりました、普通定着しませんものね」うんいいコメントだ。

「ええ、5歳の時に認証は終わっていますのでね」

相変わらずここに入ってずっと僕は表情一つ変えず答える。


「なるほど、なるほど。えー驚きました。えーどうしましょう。えー全然まとまりませんが、えー、非常に、非常に戦闘能力の高い神明選手ですが強さの秘訣を何かですね。教えて頂けますでしょうか?」

根岸薫は強引に話題を変えてくる・・・必要なことは話したのにいつまで続くんだ。もう疲れたし用は済んだ・・・頃合いだ。面倒な高成弟は麗羅からスマホを奪って穴が開くほど見ている・・・何回見てもいっしょだけど。


ふぅ、やっかいだ、もうすぐこの会場中から質問が来る気配だ・・・多勢に無勢・・・そろそろいいか。


・・・逃げよう。


「・・・それにつきましては僕の教官兼コーチから詳しく聞いてください。もう来ていますので」と、僕はこの会議場のドアを指さし売り飛ばす予定の優勝楯を右脇に抱えてゆらっとドア方向へ移動する・・・全員の視線がドアへ移るのが感じられる。外にいるはずの彼女にタイミングを合わせドアを開ける。

そこにはスーツ姿の困った顔の鳥井大雅先生・・・タイガーセンセがいた。困りに困った顔であいさつしてくる。


「あ、こんにちは」

と素っ頓狂なことを僕に言う、素っ頓狂な先生だ・・・たまには役に立ってくれ。


「みなさん、私のコーチの鳥井大雅教官です。・・・えーあーそうですか、そーですね。分かりました。私は外に出ていろと?わかりました。」

「え?え?あなた、だれ?・・・ん?キレイな子ね?」

などとタイガーは小声で呟いている。


タイガーセンセを会議場に引き入れつつ「鳥井大雅先生、中央の椅子に早くお座りください。では」といって僕はお辞儀をして会議場をさっさと後にする・・・逃げるときは速やかに。


ドアの閉まり際にタイガーが僕を振り返りつつ「あれ、あたしのジャージ着てる?」などと言っているがもう遅い・・・あとはお願いします。



―――第1高校の廊下の窓を一枚開けて僕は外に身を乗り出す・・・日は落ちて夕時・・・少し風がでている・・・窓の縁を左手で持つ・・・右手には売り払う予定の優勝楯だ。


校舎の外壁を思い切り蹴る。と同時にポケットの魔晶石“碧玉親王鏡”に魔力を込めて発動“加速一現”!あっという間にはるか第1高校校舎の上空だ。

そして“神速覚醒”でさらに飛ぶ・・・あーどこまで行こうか。


空中を風を切って飛びつつ霊眼を発動する。

僕は先ほどの会議場内を遠隔視する・・・もちろん音声も聞こえる。

会議場のタイガー以外の人たちは固唾をのんで僕の担当教官兼コーチの一挙手一動作をみている・・・なかなか緊迫感ある感じでいいね。


タイガーは僕が竜族なのはもちろん知るわけないし僕の素顔すら見たことが無い。今日、僕が優勝したのも知らないとしたら・・・。

26歳独身、巨乳の鳥井大雅先生は壇上の椅子に人形のように腰かけ怪訝けげんそうに周りを見渡し、両手をモジモジ動かし肩をすくめながら、そして唐突に話し出した。

「うちの子、何かしたんですか?・・・わ、悪い子じゃないんですよ。ちょっと問題はありますけれど」


問題ってなんだ。霊眼は切ろう・・・もういい。


――ふふふ


「ん?」


僕は自分に突如訪れた変化がよくわからない。

霊眼で自分自身を確認する。

「!」

あーそうか、そう・・・。


なんと僕は笑っている・・・。

僕は・・・12年ぶりに笑ったのか。


いー笑顔と言えないこともない、自分の顔・・・大っ嫌いなはずなのに。

笑うってこんな感覚だったか。


―――ぁは!タイガーセンセ―!がんばって!―――

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