第11話1-8-2.裏切りの非代償期―――取り敢えず全面戦争―――

“風輪群現”!!


助っ人登場だ。

秋元未来のいる半球状の檻の上に人影だ・・・時々薄くなって消えたり現れたりしている。


「緑川尊、見参っす!」


格下を呑んで戦うクセのある高成弟は高圧的だ。魔法攻撃の風輪を余裕でさばいいている。

「西園寺桔梗様のお言葉により、このものを捕らえゲヘナへ見せ締めにする必要がある、西園寺桔梗様のお言葉は絶対である。それにこの者はテロリストだ、テロリストに与するものは同罪とみなされる。第3高校の1回生よ。引かねば退学ではすまんぞ!」

「人の言葉は絶対には絶対、ならないっす。俺は風魔一族の末裔まつえいなんすよ。北条氏が滅びてから俺んちの先祖は二度と権力の庇護下には入らなかったんすよ。力を持つものは力に傾倒することなかれ・・・権力の下で甘い汁を吸うと正常な判断ができなくなるっすよ。高成崋山先輩」


「貴様を悪魔崇拝者とみなす。切り捨ててしまいだ!」


絶望的な戦力差だが緑川尊と高成崋山の戦いが始まった。しかし。風魔一族・・・の末裔か・・・非公式な召喚士チームを持っていて・・・自衛軍に関係者がいるな・・・情報通なわけだ。・・・風魔の御曹司じゃないだろうな。



―――だがこっちは全然熱くなっていない・・・更科麗良だ。

これから苦労しそうなかわいそうな緑川を見ている。

「あっちゃあ。やめとけばいいのに。まあちゃっちゃとお仕事しちゃいましょ」


“光輪群現”


“反鏡群現”!


自身の周囲に更科麗良が13の光輪を出現させた瞬間、ダッシュして近づいてきた三守沙羅は鏡による防御壁を7枚出現させ秋元未来の半球を守っている。


それを見ても全く麗良は驚いていない。

「まあそうなるよね。ミラー7枚かあ、優秀ねえ」

「あなたのお相手はうちがします。梁冀跋扈りょうきばっこは許すまじ!」

うん?三守沙羅は迷っていたんじゃなかったのか。


「リョウキバッコぉ?難しいこと言うのね」

落月屋梁らくげつおくりょう・・・儀に死してこそ花!」

助けるつもりなのか。納得いってないように見えたが・・・。こっちも一対一では絶望的な戦力差だが・・・それがわからないとは思えない・・・どうするつもりだ。


すこし麗良は考えていたが、まあどうでもいいわと思い直したようだ。

「ラクゲツオクリョウねえ・・・三守沙羅さん・・・だったわね。そういうのを慇懃無礼いんぎんぶれいっていうのよ」

眼にも止まらぬスピードで光輪が一つ飛んで弧を描き・・・沙羅の鏡を1枚裏から砕いている。


「未来さんは危険ではありません、そして葵さんが振り向かないのは仲間を信じているから。うちは仲間と未来さんを信じます」

「言っておくけど、何も通用しないわよ。三守沙羅さん」


「それは考え方次第・・・時を稼ぐのがうちの役目」

鏡を自分の周囲に展開させつつ自分の左手首に沙羅は突然!噛みついている・・・橈骨動脈か・・・血が噴き出している。

未来は半球の檻の中から泣きながら何かを沙羅に叫んでいる。

沙羅が術を展開していく。


“烈・海・禅・空”

“わが血をもってこの者を守らん”

“四面血鏡乃楯”!!


「何をするかとおもったら真言かぁ。ランク4魔法は珍しいよねえ」

特に止める気はないようだ、じーっと麗良は観察している。


未来の入っている半球の檻の周囲をさらに半透明で赤い正四面体が覆う。


そして沙羅は自身の血をギリギリまで術に使ったのだろう・・・一瞬未来を見てそして気絶した。


倒れた沙羅を一瞥いちべつしつつ、赤い結界を面倒そうに調べている。

「硬そうね、この結界。まあでも無意味ねえ、そんな頑張らなくってもいいのにねぇ」

指を僅かに動かすと光輪は高速で回転しだしてイーン!と音を立てている。

そして四面血鏡乃楯と沙羅が呼んだ結界を攻撃し始めた。



―――逃げる緑川尊を追って高成弟はかなり未来から離れてしまった。


ホーリーライトに絡まれたくないのであろう周囲の無関係な生徒達はかなり距離を取って遠巻きに経緯を眺めているようだ。つまり第3高校の校庭には“ドラゴンディセンダント”と“ホーリーライト”のメンバーしかいないことになる。


追いかけていた高成弟は急停止する。

「もうこの辺でよかろう。1回生よ。十分引き離しただろう。大口を叩いたわりに逃げるだけではないことを見せよ!」

「バレてたっすか?」

緑川の周囲を守っていた風輪はあらかた切り捨てられていた。


実力的にTMPA18000の緑川がTMPA34000の降魔六学園十傑10位の高成弟に勝てる確率はほぼゼロと言ってもいい。時間稼ぎをするしかないのだ。

「誤って切り殺してしまうかもしれん、どうでもいい雑魚よ」

「姐さんのために死ねるなら本望っす」

「・・・出した言葉はもどせんぞ!悪魔め!」

「あんたたちの方がよっぽど魔族みたいっす」



―――葵と桔梗の戦いが始まっている―――

非常に高速だが・・・葵の魔装は破損している・・・また未来を守る“プリズン”にも容量を割いており精彩さにやや欠ける、さらに本調子からは遠いようだ。


戦闘開始前に「邪魔だ!後ろの奴らは巻き込まれると重症じゃすまないぜ!」後ろの奴等とは天野哲夫と安福絵美里のことである「すまないが二人とも下がってくれ。殿下はわたしを所望のようだ」そう言われて天野とエミリーは後ろに下がっている。


非常に高速の戦闘が繰り広げられているが桔梗は攻撃するでもなく、また葵が“エラスティックショット”で攻撃してもすべて避けている。



―――御堂ロミオは遠巻きのギャラリーの中ずっと慌てている。顔面が汗まみれだ・・・まあ仕方ない。

「あわわわわ、始まってしまったで!ホーリーライトとやり合うなんて自殺行為や!転部したほうが良さそうやで・・・」まあでもこれが正常な反応だろう。



―――四面血鏡乃楯を高速回転する光輪数枚で攻撃させている麗良は腕組みしてプカプカ浮きつつ・・・葵と桔梗の戦いを見ている。

ん?誰かが介入した!


“砕光”


突然、血鏡乃楯を攻撃している麗良の光輪が割れた・・・!マスタークラスの麗良の術を破るのは困難・・・。

「あちゃあ、あたしの光輪を割るなんて・・・やるわねえ」

軽く腕を組んだまま麗良は短く詠唱する。


“集光”


だが割れた光輪は元通りに戻っていく・・・。そして破られた術を修復するのも非常に困難・・・。

「やるでありますね。通常は元には戻らないであります」

空中に浮遊し水着のようなバトルスーツを着ている江上明日萌だ。

アスモの“砕光”を麗羅が“集光”で相殺したのだ。


「一番謎の多い江上明日萌さん・・・だっけね。桔梗様の攻撃に巻き込まれたくないんで・・・上でやりますかあ?」腕組みしたまま指で上を指す。

「望むところであります」

「いちお、落ちた時は分かってるよねえ」

「落ちた時は落ちるであります」

またアスモは古代の見たことない術で三守沙羅の身体を包み回復結界と防御結界を同時に張っているようだ。


そして、かなりの速度で二人は上空へ登っていく・・・。



―――ミドルシールドもロングソードもあっという間に妖刀に切り裂かれ、そもそも高成弟の方が緑川よりも早く、わざと二人きりになったのだと言わんばかりだ。


妖刀の攻撃は何とか避けているが、続けてくるショートレンジの魔力波は避けられず、緑川尊はもうかなり負傷している。魔装鎧は破損個所だらけだ。

「こんなものか1回生、もう少しなぶりものにしてやろう。自分の罪を悔いるの・・・」


ギィ――――ン!!


思い切り高成弟の攻撃は薙ぎ払われ数メートルも大地を削りつつ後退した・・・攻撃してきた相手を確認している・・・。


金髪ロングでスタイル抜群・・・。

「大津留ジェニファー推参!緑川1回生、あたしも混ぜてもらうわけ」

「ジェニファーの姉さん・・・いいんすか」

とてもこれから戦闘と思えないような穏やかな表情で少し笑う「いいに決まってるわけ」


「テロ組織にくみすると判断するぞ、大津留ジェニファー!」

「あたしの後輩に手は出させないわけ!秋元1回生も・・・緑川1回生もね」


ジェニファーの表情は変わらず、高成弟は険しい顔つきだ。

「大津留!手足を硬質化できるようになった程度で勝てると思うなよ!またバトルスーツごと引き裂いてやろう・・・」

「ああ、やっぱね。わざとだと思ってたわけ何度も何度も・・・」


同時に距離を詰め、ジェニファーと高成弟が交錯する・・・緑川と戦っていた時とは全く別次元のスピードの戦闘になっている。高成弟は一度も負けたことがないとはいえジェニファーは気が抜ける相手ではないのだ。

そしてすぐに緑川は詠唱してサポートに回るようだ。


“念装疾風”

“風輪群現”

“追加詠唱”

“風輪群現”

「そして!いくっす!」

“花嵐”!!


ん?花嵐は知らない術だ・・・サポートじゃないのか?そして残りの魔力を全部、次の術につっ込む気だ。



―――ジェニファーよりさらに早いのが葵だが・・・桔梗には全く攻撃が当たらない。

「こんなものではなかろう?本当にあれを倒したとは到底思えん」

「まだまだこんなもんじゃねえよ!って、げ!」


ズシ―ンズシ―ン!


天野とエミリーのペアはいつの間にか“ゴールデンアイ・スチールレッグス”に変身している・・・3つの金色の目に4本足の巨大な鋼鉄蜘蛛のような特殊魔装である。


『天野君、あの赤い正四面体の結界は魔法攻撃は84%カットされ反射します、直接攻撃が良いでしょう』

「了解である」


止めに行こうとした葵は空中で桔梗に足首を持って止められ投げられ地面を転がっている。


・・・何トンもある鋼鉄蜘蛛の右前脚が未来が中にいる赤い結界に振り下ろされる!


“空破拳音叉反響”!


鋼鉄蜘蛛の動きがとまる。

「何者だ?今の技はなんだ?」

「ドラゴンディセンダントはまだ終わりじゃないで!わしがおるんや!」

『天野君、今の技はダメージゼロ、サードアビリティでもないし探知系に近いかも』

未来のいる結界の前に魔装したロミオがいる・・・お前も来たのか・・・。


「無傷であるか、では無意味である」

そのまま空中で止まっていた脚をもう一度結界へ向けて踏み込む!


“空破拳音叉双発掌”!!


「なにぃいいい!」

珍しく天野が慌てている・・・なるほどロミオのそういう技か・・・。

振り下ろそうとした右前脚が・・・最硬だと自負している・・・魔装が・・・砂のように崩れた!


鋼鉄蜘蛛は大きくバランスを崩している。


『・・・天野君!距離をとって、今の技、分析します・・・えええっと複合属性です・・・ある程度の遠距離攻撃可能・・・魔装鎧の防御力および防御耐性の無効化・・・ですって?そんな!装甲が崩されてしまう・・・離れて離れて!』

鋼鉄蜘蛛は3本脚でも器用にバランスを回復させて、あっという間にロミオから20メートルほど距離をとる・・・。

『警告します、投降しない場合、レーザーカノンで砲撃します』


ロミオは未来の護られている正四面体の結界の側を離れる気はない・・・汗もかいていない。


『撃ちますからね』


無慈悲にエミリーはそう言うや否や鋼鉄蜘蛛の三つの目の一つが輝いた瞬間レーザーカノンが1発撃たれた・・・。


“空破拳音叉歪曲”!!


だがレーザーはロミオの周囲でねじ曲がり、さらにそれが沙羅の作った血鏡乃楯の結界に反射して鋼鉄蜘蛛の胴体に着弾した!!


もう一度、鋼鉄蜘蛛はグラつく。


「ぐおっ!!!!」


『遠距離戦単発攻撃は無効・・・なんて!・・・しかも反射角を計算してるの!あなた!・・・手強いですよ』

「何者だ!名乗るがよい!」


なんのポーズだ・・・ロミオ・・・右手の人差し指を立てて・・・よくわからないがやる気だ。

「ドラゴンディセンダントが一人!空破拳免許皆伝!御堂路三男や!反射角くらい計算せんとなあ、うちの緑川には一生勝てんのや。それとな秋元未来さんはな、食べるのは遅いがこの中で一番心が清らかなんや!汚い手で触るんは・・・禁止や!」



―――はるか上空でアスモと麗良は戦っている。

派手に光属性魔法を撃ち合っているようだ・・・。

高速で飛行しつつ魔術を撃ち回避し防御し、また魔術を詠唱し結界を張り、結界を破り・・・非常に高度な戦闘スキルだ二人とも。


「あなた何者?フェイントいくつ入れたと思ってるのよ、初心者でも如月葵のように能力の強い者はいる、でも戦闘技術を伸ばすのは時間がかかるわ、あなた熟練者のレベルだわ。そういうレベルの戦闘を数限りなくしないと・・・」珍しく麗良が真面目に戦い、そして驚いているようだ。

「あなたこそ何者でありますか?神話の時代から数えてもトップクラスであります、とても17歳か18歳の小娘とは思えないであります。フェイントの数は6つでありました、できて当然、避けて当然のレベルであります」

「江上明日萌、あのねえ。あなたこそ15歳でしょう・・・本当なの?年齢?」

「何者という問いに答えるであります、アスモちゃんは女神でありますから年齢はとっくに2800歳を超えているであります」


ほんの数秒の間に・・・麗良は光輪で・・・アスモは光矢で・・・十数回もの攻防をしている・・・。どちらも怪我一つ追っていないのはお互いに本気で無い証拠だ・・・。


「素晴らしい手練れであります。これほどの者はそうそういないであります、人のレベルとしては上出来であります。来年の聖魔大戦でさぞ活躍するでありましょう、ところでこんな戦闘は最初からどうでもいいであります。実はあなたに質問があるのであります。昨日のアジ・ダハーカをまじかで見たはずでありますね?」

「ええ見たわ」


「アジ・ダハーカという言葉に違和感がないでありますね。どうして知っているのでありますか?」

「さあ?」


「まあそれはいいであります。2800年前に数万人の召喚士を亡くしても倒し方は分からなかったのであります。どうやって倒したのでありますか。あの狂った合成竜を。詳しく調べたのですが完全に消滅していたのであります」

「あたしを遠隔視で見ていたんだったら、すぐ先なんだから見えてたんじゃないの?」


目まぐるしく飛びながら攻撃し合いながら器用に会話は進んでいく。


「それがアスモちゃんの女神の目をもってしても霞がかっているようにしか見えなかったのであります、ギリギリ如月葵さまがアジ・ダハーカの口腔内にいるのは確認できたのでありますが・・・」

「ありますが、何よ」


二人とも凄い戦闘スキルだな・・・。


「もしもアスモちゃんの女神の目を妨害していたのであれば、それは人としての能力を大きく逸脱しているであります」

「あたしがそんなことできる訳ないでしょ、じゃあ魔族の仕業じゃないの?」


談笑しているかのような緊張感の無さだが二人はずっと光魔法で激しく攻撃し合っている。


「魔族にはアスモちゃんに干渉できないであります。何か知っているかと思ったのでありますが、この時代は何かが変であります。あなたもでありますが如月葵さまと西園寺桔梗さま。この二人も人間かどうか微妙なレベルであります。光と闇は表裏一体でありまして強力な光がある時代は呼応するように闇も強くあるわけであります」

「まあどうでもいいわ」


珍しくアスモが筋道を立てて会話しているように聞こえる。


「一つ神託を授けるであります、そしてその後で一応勝たせて頂くであります。・・・“汝は暗き空で破壊の剣と相まみえる”」

「いらないわ。わけわかんない占いなんて」四方八方から光輪でアスモを攻撃するが跳ね返される。

「“汝の命尽きるとき同胞もすべて命尽きる”・・・ひどい神託でありますね」


全く前触れなく気配もなく突然アスモは麗良の背後に現れる!避けられないタイミングで現れて攻撃を加える!


“空間覚醒移送”!

“封神”!


だが麗良も術を詠唱し終わっている


“発光覚醒八咫鏡”!


両者の術はほぼ同時だ!

光輪を鏡に見立ててアスモの封神を反射し且つ、光属性攻撃を浴びせている!


攻撃をくらった勢いでアスモは空中で回転しながら跳ね飛ばされるがすぐ態勢を整えている・・・あれ?ダメージは?

「本当に驚いたであります。その術の選択。転移攻撃を読んでいたでありますね」アスモは初めて被弾した。しかし何故かダメージを受けているようには見えない。

「ふふ、“空間覚醒移送”なんて読んで当然、読まれて当然のレベルなんでしょ・・・」いたずらっぽく笑う麗良だがコンマ数秒の誤差も許されない完璧な反撃だ・・・。




―――生物準備室・・・。

机の上に小さめのラグビーボールのような形の黒い結晶がある・・・無力化された黒曜重積爆弾だ。


「ふ。空間覚醒転移くらいしか思いつきません。そしてこれを一人の人間が解いたなどとは、通常では馬鹿げた話です」

「本当に安全なんですね。この爆弾は」

話しているのは2人の教官だ、赤い短髪の安藤先生とよれよれのジャケットの権藤先生だ・・・周囲には他に誰も居ない。


「それは間違いありません・・・ただ空恐ろしい・・・」

「な、泣いているんですか安藤先生・・・」

安藤先生はなぜか少し震えて泣いている・・・。


「抗術をこれだけ極めても上には上がいます、世界の頂点に君臨するような著名な術者を何人も知っています、ただこれはそういうレベルではありません。50万桁の暗号化された術式を解いています、恐らく1時間程度でです。解除は術式を組んだ術者でも全く不可能でしょう、50万桁の術式はランダムに変化し続けるのです」

「なるほど・・・」


「一人でこれを解くのに専用のPCでプログラムを組んで私ですと不眠不休で170日かかります、そして一ヵ所間違うだけで爆発してしまう。完璧にできたとして、しかしそれも不可能です。まず最初に結界に干渉した時点で作動・・・爆発します。もしもこれが爆発していたら・・・」不安そうに安藤教官は黒曜重積爆弾を見ている。


権藤先生もじっとみる、机の上にたたずむ光沢のある爆弾には二人が反射して映っている。


「ええ・・・」

「降魔の地にいる召喚士の半分と近隣の一般人が少なくとも数万人は命を落としたでしょう」

まあ・・・さらに付け加えるなら建物など無機物には効果がない。そしてゴーストタウンがいくつもできただろう・・・爆発していればだ・・・。竜王家の封印された御所に確か似たようなものがあったはずだが。


「なるほど結界に入れないと起爆は解除できない・・・絶対に爆発させずに結界内に入る方法はない・・・もし結界に入れたとして・・・しかも解除は異常な難易度・・・」

「ええ・・・これを一人の人間か解いたとなると・・・わたしは恐ろしい・・・」

「・・・しかし最近もありましたね。似たようなことが・・・」


赤髪の安藤先生は目線を上に下にしている。

「ふ、そうですね。我々は何かを見落としたのではなく、そのままが事実だった・・・その卓越した何者かは・・・結界に一切の干渉を与えずに業火の中で魔族を一瞬で葬り去り、炭化し絶命していたはずの三守沙羅さんを完全蘇生させた・・・炭化すると現代の回復魔法では蘇生不可能です。無から有を作り出すほどの能力・・・人知を超えている・・・超人といいましょうか・・・一体何者でしょう」

「そうです、そして結界に干渉せず我々が探知できないほど遠くへ出現した・・・転移したと言っていい・・・敵でないことを祈るばかりです。なるほどたしかに安藤先生が言われる“空間覚醒移送”しかない・・・極めて高度な術・・・だが結界内は座標指定できないために外界から結界内への転移や干渉は不可能、我々の知識では想像すらできない・・・」


やや重い空気・・・二人とも目を閉じてしばし考えている。


「ふ。さあ、気を取り直しましょう権藤先生。生徒が危機に瀕しています。未来みらいのある子達です。教師生命をかけて戦いましょう。あの子達には輝かしい道があります」

「そうですね、ただ・・・戦うのは私一人でやります。この学園最後の私の仕事です。私がクビになった後の“ドラゴンディセンダント”を頼みます」

少し安藤先生は驚いたが予想の範疇はんちゅうだったのかもしれない。


「それはしかし一人ではとても彼女を抑えきれません・・・」

「・・・ご存知の通りイレギュラーデーモンの襲撃で数年前、私のチームが全滅して以来、魂が抜けたようになってずっとリハビリ中なんですよ。・・・彼女、西園寺桔梗さんとの戦いでリハビリは終わりにします。彼女を退け自主退職して、そろそろサマナーズハイに復帰します・・・それに“ドラゴンディセンダント”にも卓越した才能が眠っています、そろそろ・・・その才能は目覚めます」

「如月さんですね・・・」


「いえ緑川尊です―――いずれ如月葵を、西園寺桔梗を超えるでしょう、それが分かっただけでもこの学園に来てよかった。もちろん他の子も優秀です。如月葵は最強の攻撃系術者になるでしょう。三守沙羅も御堂路三男もまぎれもない天才です。恐るべき才能が集結しています」


追いかけないようだ・・・権藤先生は一人で生物準備室を後にする・・・爆弾を抱える安藤先生はただ後姿を見ている。



―――秋元未来のいる結界の前にようやく立っている御堂路三男はしかし既に足を引きずり瀕死だった。


“ゴールデンアイ・スチールレッグス”は破損した右前足は既に回復しており、常に高速でロミオから一定距離を保ちつつ不規則に動き・・・攻撃はタイミングを変えて迫撃砲のような上空からの連続魔法攻撃となっていた。


ロミオの攻撃は届かない間合いであり攻撃範囲を完璧にエミリーに見切られていた。


“空破拳音叉歪曲”!!


幾度となくロミオはこの術を使用している・・・相手からの魔法攻撃を捻じ曲げる防御技だ・・・この技は初段は防げるが、多段技で且つタイミングをずらされるともうどうしようもない。

地面に着弾した魔法の余波をくらって転倒している。


ん?遠巻きに戦闘を見ているギャラリーの中に独り言をブツブツ言っている女子生徒がいる。集団から抜けて校庭に入ってくる。


「尊クン、助けに来たよ~って。あれ間違えちゃったぁ、尊クンはあっちか。こっちは何て名前の子だっけ?ああ。あれ?尊クンはもうジェニファーが助けに行っちゃって。抜けがけよねえ。足が速いっていうのは、つまりお得よね。恋ってスピード感が大事なのねぇ」

いわゆる素っ頓狂なことを言っているのは口の減らない和風美人の武野島環奈だ。


「しかもゴールデンなんとかのスチールなんとかが相手かあ。早いのもあれだけどぉ、硬いのも嫌いなのよね。でも・・・見て見ぬふりはぁできないのよね。ここはうちの高校だからねえ。後輩をいじめてくれちゃってえ。・・・勝ったらあれね、報酬で尊クンと温泉にいこう。うんそうしよう・・・ってわけで、やる気でたわあぁあああああ!どっせぇえええ!!!」


一瞬でブレザー姿から魔装し、巨大なハンマーも肩に担いで装備している。

カンナは本気の臨戦態勢だ!


“限定解除”

“重積圧縮断層波”!!!!


鋼鉄蜘蛛の頭部にいるエミリーが真横からの超範囲攻撃に気づいたときは遅かった・・・!!


ゴッバァアアア!ドン!ドドン!!ドドドドドドォン!!!!


10トン近くある鋼鉄蜘蛛はカンナの必殺技をモロに受けて大ダメージだ・・・それだけではない、この防御結界プラスこの重量にも関わらず鋼鉄蜘蛛は吹き飛ばされた、外殻は破損だらけでゴロゴロ高速で回転してようやく止まった。


すぐにエミリーは攻撃してきた人物を確認し、特定している。

『いたたたたぁ・・・カンナさんですね、あなたも参戦するんですね?』

だがカンナは膝をついている、鏡の迷宮の時といっしょだ、“限定解除”を使うと一時的に戦闘続行不能になるのだ。

「はあはあ、かったいからあ、これくらいしないとね・・・あと言っとくけど今回は失敗していないのよね」


立ち上がろうとしている“ゴールデンアイ・スチールレッグス”の真下に両手を真上に突き出したロミオがいる!

「空破拳秘奥義や!くらえ!」


“空破拳音叉神掌”!!


持てる魔力のすべてを両手に集め炸裂させたロミオは両手を真上に突き出したままの恰好で前のめりに倒れ・・・気絶した。


砂のようになって崩れていく、消え去っていく・・・“ゴールデンアイ・スチールレッグス”・・・から巨漢の天野哲夫が飛び降りる、続いて小柄な安福絵美里が天野の左肩に落ちてきてそのまま足を組んで座る。二人とも無傷だ。

天野は消失していく鋼鉄蜘蛛をじっと見ている。


「驚きましたね」

相手は動かないがエミリーは油断なく右手をロミオへ向けて構える。そしてその少し向こうに結界で2重に守られた未来がいる。


「フハハハハ!負けたなエミリー!」天野は首を軽快に振りつつエミリーの右手を下ろさせる「え?私たちはまだ・・・」


どうやら天野哲夫はもう攻撃する気はないようだ。

「いや“ゴールデンアイ・スチールレッグス”は確実に負けた、それも2対2でな」

キョロキョロしているがエミリーも戦闘する気は急速に失せていくようだ。


「なるほどね、そういうことか・・・ふーん。そういうところ好きよ。天野君」

「な!・・・何を言っておるか!任務中である」

「・・・いいわ。桔梗様にいっしょに怒られましょう・・・」

「・・・うむ」

照れまくっている天野とにこやかに笑うエミリー・・・。ロミオとカンナは殊勲賞・・・といったところか。



―――はるか上空ではアスモと麗良はまだまだ戦っていた。

非常に高度な空中戦は激しく目まぐるしく続いている・・・。


「戦っているフリをいつまでするつもりでありますか?」

「下の決着がつくまでよぉ」

答える麗良は息一つ乱れていない。


「如月葵様はアジ・ダハーカ戦の直後で消耗しているようであります」

「・・・それはそれは残念ねぇ」

二人の間で光輪と光矢が相討ちとなりスパークしている。


「一体どちらの味方でありますか?それよりも天外不測の位なのであります」

「何のお話よ、神託といいね。あんた訳わかんないわ」

空中でくるくる入れ替わりながら光属性魔法を交互に撃ち合っている。


光輪を避けつつアスモは答える。

「アジ・ダハーカは結界を張る前なら一撃で倒せるような・・・そんな簡単な異形の神ではないであります・・・如月葵様お一人の力とはとても思えないのであります」

「だからなに?倒せたのなら良かったじゃないの?」

「そして神託はそれを必要とする者の上に授かるのであります、神託をどうとらえるかはあなた次第であります」


!!!


感覚の鋭い二人は同時にあれを見ている・・・天まで届いたあれだ・・・竜巻?


「それよりも・・・あれよ?」

「そうでありますね。あの竜巻はなんでありましょうか」

ピタッと二人は攻撃を止めてしまった・・・それほど強力な異質な何かを感じ取った?

「えっと・・・誰の能力よ?」

「分からないであります、見に行くであります」

さっさと戦闘をきりあげてアスモと麗良の二人は急降下していく。



―――第3高校の校庭はかなり広いが、校庭のかなり端に近い部分だ。


斬撃か飛び交っている・・・。木々もやや多い。


攻撃し合っているのは地上戦の雄、“ホーリーライト”の高成弟と“DD-stars”の大津留ジェニファーだ。

二人とも全国大会個人戦で活躍しているだけあって非常にレベルの高い戦いになっている。


だが如何いかんせんだ。高成弟が有利だ。


ジェニファーの特殊魔装の両腕から繰り出される斬撃はスピードも相まって触れてない木々をなぎ倒すほどだが・・・高成弟は妖刀でほとんど弾いている。

対する高成弟の剣技は相手の防御耐性を下げるため、ジェニファーは両手両足の硬質化をしているわけだが受け止められない・・・回避するしかないのだ。


二人とも余力十分だが、ダメージ効率に差があり小技の応酬では高成弟にかなり分がある。


大きめの木を真ん中にして二人は対峙している。

「どうした?大津留?大して変わっていないではないか」

「そう?今日はバトルスーツ破られていないけど?」

お互いに顔が半分だけ見えている。

「全く持って鬱陶しい!」

「持久戦は得意なわけ」


ジュガッ!!


同時に繰り出された斬撃で大きめの木はその場で折れ飛んだ。

すでに二人ともその場にいない・・・高速でジェニファーは木から木へ飛び移っていく。

妖刀を担ぐ高成弟はスパスパと木々を分断していく。


「貴様では俺には勝てん!」

「一つ確実に勝てるものがあるわけ。匂いよ・・・この場合は勝利の匂いなわけ」

「ほざけ!この差は埋められん、手足が硬くなっても大して変わらん!貴様は負ける!」


付近の木々をなぎ倒して空中で行き場を失ったジェニファーに「ふん!」と衝撃波を食らわせて・・・金髪美女は吹き飛ばされていく。


ジェニファーに劣るとはいえ高成弟はスピードも一流だ。


空中で受け身の姿勢をとりつつ着地点を見ているジェニファーを木々の間から確認して追撃していく。


二人は開けた校庭に戻ってきている。


ゴォオオオおオオオ!!!


地上に降り立ったジェニファーはダメージを負いつつも立ち上がっている。

高成弟が見ているのはその後ろのものだ。


つむじ風・・・というより竜巻だ。天まで届いている緑川の“花嵐”という術のようだ。


「変わってないのはあんたの方なわけ。それにこれはあたしの戦いじゃない」

兜を持ち高成弟は竜巻を見て・・・見上げている。

「さっきの1年坊主のわざか、くだらん!」

「木属性の女は感性に優れるわけ。高成、あんたいずれ負けるよ。成長しない奴は大事な何かを失う・・・」


竜巻は中央付近で電流も帯びているようだ。

『高成崋山先輩、引いて欲しいっす』

どこからともなく緑川の声が響いている。

「引けるか!知能の低いサルどもが!!逆賊が!消し去ってくれる!!」


“吠えろ妖刀”

“鬼相刃舞”!!!


妖刀に魔力を集中して解き放つ!竜巻に向かって撃つつもりだ!

それに呼応するように緑川の竜巻の持つ強力なエネルギーもほとばしる!


“風花覚醒終息”!!


周囲の地面に大気に亀裂が入り・・・強大な魔力のぶつかり合いだ!!


ジェニファーの周囲だけ無風状態になっている。

「なにかするとは思っていたわけ!まさか覚醒魔法“終息”とは緑川1回生・・・あなたは・・・」


ズゥズズズゥウウウンンン!!!


地響きはしばらく続く。


竜巻は消滅していて緑川がゆっくり降りてくる・・・。


そして前後左右8カ所から強力な風魔法で切り刻まれ・・・一部相殺したが背部方向からの攻撃の直撃で高成弟の魔装は大きく破損してもんどりうって倒れた。


ジェニファーは緑川に駆け寄っていく。

「驚いたわけ、緑川1回せ・・・」


キィン!!


大気が震え、そしてすぐ治まった・・・。


倒れこむと見せかけて高速でジェニファーの首筋に切り込んでいた高成弟の妖刀が弾かれたのだ。

眼を見開いてジェニファーが驚くのも無理はない、どうも緑川は左手一本で反応して防いだようだ。


「今、高成の斬撃を防いだわけ?手で?素手で?・・・大丈夫?」

その問いに答える代わりに緑川は高成弟に話しかける。

「もう一回言うっす。高成崋山先輩、正義は今日そっちにはないっす。引いて欲しいっす」

「黙れ!ションベン臭いガキが!!」

吠えると同時に気力爆発!


上段に構える高成弟は全く手加減する気無しだ!

そのまま強力な魔力をまとい振り下ろす!

緑川もジェニファーも殺る気だ!


“喰い殺せ妖刀”!!!

“鬼相陣兜両断”!!!!


術で能力をブーストしているだろうが、神速と言っていいだろう・・・緑川は反応している。


“反鏡一現”

“一死無刀虚空斬”!!!!


ジャキィ―――――ン!!!


世界トップレベルのスピードのジェニファーが目を疑うほどの刹那の攻防だった。

渾身の高成弟の上段からの切り下ろし・・・一切手加減なくくらえばジェニファーも緑川も絶命していただろう・・・。


横薙ぎに右手を払った緑川は文字通り無刀だ・・・“花嵐”で蓄えた魔力で覚醒魔法を撃ち・・・今度は風の斬撃に変化させたようだ・・・。そもそもTMPA18000では覚醒魔法は撃てない、自身の能力の底上げをする術自体が珍しいことを考えれば・・・確かに素晴らしい才能・・・凄まじい術・・・。風の斬撃もスピード・攻撃力ともに一級品だ・・・彼女の・・・桔梗の斬撃を見ているようだ。


加えて言うなら“反鏡一現”だ、一瞬斬撃を跳ね返されるかもしれないと思ってしまった高成弟はタイミングと攻撃方向を少しずらしたのだ・・・そのため相討ちにならなかった・・・これが明暗を分けたのだ。


侍のような恰好の高成弟の魔装鎧は亀裂が入り砕けていく・・・そのまま目が上転して完全に気絶した。ジェニファーと緑川は今の攻防で奇跡的にダメージはほぼない。計算したのだとしたら・・・大したものだが。


「三守1回生の術なわけ。水属性も使えたわけ?」

「反鏡のことっすか?サブ属性を増やしたんすよ、風と水は相性いいんす」

戦闘相手は完全に撃破だ・・・ジェニファーと緑川は瞬間目を合わせる。


「それにしても降魔十傑を倒すとは・・・緑川1回生・・・あなた・・・」

「ジェニファーのお姉さまが時間を稼いでくれたおかげっす」

目を凝らして緑川は確認している・・・未来の紅い結界は無事・・・葵と桔梗の戦いは最中・・・。


「1回生と呼ぶのは辞めるわけ。そっちがどう思っても構わない。今日からあたしはあんたの戦友なわけ」

「ジェニファーのお姉さま、そう言うこと言うと愛の告白として受け取るっすよ?」

葵が苦戦しているのは間違いない・・・どうするか・・・そんな顔の緑川だ。


「何をどう受け取るかは人の勝手なわけ。そう受け取るならそれでいいわけ・・・今がその時かわからない・・・でもグランマは言った・・・空が輝くその下であたしはその人と出会うと・・・」最後はまるで独り言のように話している。

覚醒魔法“終息”はDD-starsのレマの得意技で、そして斬撃“一死・・・”は彼女の流派の技・・・つまり緑川は・・・。


・・・空から二人の女性が降りてくる。

「あららら。高成くぅん?まさか負けたのぉ、余裕で引き分けてよね」

「無事でありますね。緑川副部長さん」

降りてきた女性二人は全く殺気がない。それでジェニファーも緑川も特に反応を示していない。高成弟は気絶したままだ。

「ふーん、やるわね。緑川尊クンだっけ。覚えておくわ。でも高成クンはしつっこいから気をつけてね」

「この勝負、どう転ぶかは。あとはあの二人次第であります」

魔力が空っぽの緑川は気持ちだけではどうにもならない、いやでも大殊勲だが、高成弟を倒すとは・・・。


桔梗と葵は爆音を上げて戦っている・・・緑川尊、大津留ジェニファー、更科麗良、江上明日萌はその戦いを見守る・・・。

未来のいる紅い結界付近に倒れている貧血の三守沙羅と能力を限界まで使った御堂路三男は天野哲夫とエミリーが張っている簡易結界で守られているようだ。カンナは群衆に紛れている。



―――葵と桔梗の戦闘は高校生のレベルを大きく超えている。

屈指の名勝負といいたいところだが・・・厳しい。アジ・ダハーカ戦、秋元未来戦で消耗して本調子でない葵だが・・・本調子であっても相当厳しいだろう。


「この程度ではないだろう?如月神明睦月葵第二竜王女殿下?鏡の迷宮ですらもう少しできていたではないか」

「見てな!こんなもんじゃねえよ!」


“コンセントレーション”

“フレイムブー・・・”


ドゴッ!!


術に入る前に捕まって地面に叩きつけられ1/3ほど葵は上半身が埋まっている。

「その技はもう見た。次だ!」

「やってらんねえな!リクエストに応えるほど暇じゃねえんだよ!」地面からくぐもった声で叫んでいる。


“エラスティックショット”!!


桔梗の真下・・・地面から燃えたぎったエラスティックショットが出現するが避けて全て鋼線部分を持ち・・・信じられない力で桔梗は引っ張っている・・・鋼線で繋がっている葵は地面にさらに突き刺さりそのままの態勢で桔梗に引き寄せられる。


「ぶっ!!」

地面から引きずり起こされた葵は鳩尾に拳を数発も叩き込まれている。

「っつ!なにすんだっよ!」


“エラスティックショット”!


キックと同時に右足からショットガンのように紅鱗を飛ばすが、その前に投げ飛ばされている。


地面に葵が降り立つ前に背後にまわられ回し蹴りをクリーンヒットされて葵の身体は高速で転がりまくる。


「テメ―・・・」

「こんなものではなかろう。少し悪魔と戦った程度で疲れるとはな」

起き上がった時点ですぐ側に桔梗は詰めてきている。

「未来は悪魔じゃねえ!!」

「それとも昨夜の戦闘のせいか?動きに精彩がないのは?」


ガードの上からさらに蹴飛ばされて校舎まで吹き飛ばされる!

「あの悪魔は一生、異能者専用の特殊刑務所から出所することはない」

すぐ立ち上がっているが厳しい戦いだ。

「ずっとな、ずっと未来は少なくとも戦っていたぜ!おまえよりもなぁ!」


鋼線で砕けた校舎の壁を桔梗に投げつけるが火炎系のクラスターで焼き尽くされている。

その火炎の中を葵は無視して突っ込んできている。


「そうかアーマーの破損が酷くて例の火炎ブレスは吐けんのか?今日は期待薄だな・・・」

「ざんけんじゃ・・・」

両腕でカウンター気味に殴り飛ばされて葵は最後まで喋れていない。


この国の高校生の召喚士で恐らく2位の戦闘能力の葵だが桔梗に子ども扱いされている。

フェイントは全く通用しない。唯一スピードだけは張り合えるためなんとか戦闘になっている印象だ。


「さっさと終わらせようか。葵王女」

「じっくり戦おうぜ?暇なんだろ?」

立ち上がりながら口が減らない葵だが・・・どう考えても厳しい。

「生憎と忙しい身でな、六道召喚記念大会といって・・・」


“雷光覚醒陣中”!!


飛びのく桔梗とその場に稲妻が落ちるのがほぼ同時だ。

奇襲は効かない・・・。


「これはこれは不知火殿と纐纈殿ではないか、いか用かな?」

まるで読んでいたかのような反応だ。


「纐纈さんどうぞ」

「はいよ」

レマは空中に待機。レマの体幹に捕まっていた纐纈君は名残惜しそうに飛び降りている。

二人とも魔装しており満身創痍の葵と丁度桔梗を挟む位置だ。


「西園寺総生徒会長、秋元さんの問題は第3高校の問題です。一旦うちに預けて頂きたい」無理だと思うが纐纈君は交渉を試みる。

「無粋だな纐纈殿」

眼を閉じて全く取り合う気はなさそうだ。


レマが口を開く。

「纐纈さん、相手のやり方に合わせましょう。勝った方が正しいということで・・・」

「そうかいレマ?気は乗らないけれど。まあ君がそういうならいいけど」


さすがに戦況が分からなくなったか?降魔十傑の2位と5位の参戦だ。非公式だが葵の戦闘力は2位のレマを上回る・・・3対1・・・これで西園寺桔梗に通じなければ・・・。


「感慨にふけってる暇ねえぜ、やるなら手を貸せ!」

珍しく葵が邪険にしないな、それだけピンチ・・・。


「ふ、ふふふふ。そう来なくてはな」

これも珍しく桔梗が戦闘中に笑っている。

魔装鎧・・・桔梗の黒い鎧・・・“アムドアーマー”、別名“黒水晶鎧”ともいうが・・・黒く辺縁は赤く輝きだしている。


そして桔梗は魔装武具“バルムンクグレー”を足元から召喚していく。

それを見計らって・・だろう。


“限定解除”

“重積圧縮断層波”!!!!


いきなり本命だ!召喚するタイミングを見計らって隠れていたカンナが巨大ハンマーで付近のギャラリーをぶっ飛ばしつつ前進して放った!


上手に攻撃波を桔梗にのみ浴びせて・・・粉塵と衝撃波で桔梗の身体は視認できない・・・。


視界が段々戻ってくる・・・。

「ふふふ。武野島環奈殿。参戦するならこちらへどうぞ」

徐々に桔梗の身体が見えるようになってきているが・・・なんと桔梗はほぼ無傷だ・・・鋼鉄蜘蛛すら破損させた技だが・・・。


「むねん・・・だわ。あとは頼むわね・・・」

本日二回目の限定解除だ・・・レマを見て何かを託してカンナは気絶した。


だが鋼線がいつの間にか桔梗の身体にまきついている・・・葵の技だ。

「んん~ん~!!」

咆哮し全身の力を振り絞って葵が鋼線で桔梗を締め付ける・・・。

「がぁあああああ!」


雷光がレマに集中していく。

「いきましょう纐纈さん。葵さんを無駄にしないで」

「ああ」

纐纈君も今日は本気のようだ。

二人はタイミングぴったりに術を交互に発動させる!


“雷爪逡巡”

“武王乃理”

“強制追撃”

“超弾十四連弾”

“雷光陣”

“追加詠唱”

“二重奏”

“雷光陣覚醒八極”!!!


いくらなんでも普通・・・ここまでするか・・・レマが鋼線で締め付けられている桔梗を雷属性剣で切り上げ纐纈が14発念弾を着弾させて・・・レマ自身の身体を自動で追撃させつつ詠唱・・・空中で雷光陣で攻撃して・・・追加詠唱で2人で雷光陣に覚醒魔法を上乗せした・・・。

しかも二重奏覚醒魔法は高校生レベルでは非常に難易度が高いが攻撃力は跳ね上がる。

一人でそれを行う権藤先生はさらに異常だが。


校庭中が巨大な稲光で包まれる・・・。


・・・すさまじい攻撃だ!


・・・だがやっぱり効いていないかもしれない・・・雷光の攻撃を幾重も幾重もくらいつつ・・・桔梗の魔力は全く衰えない・・・雷光に対する抗術を用意していた可能性が高い。

レマは目を疑っている・・・抗術の上からでも倒せると考えたのだろう。


雷に撃たれながら桔梗はバルムンクグレーに魔力を集中させている。


“剛毅集中”

“範囲限定”

“一死爆炎列斬”!!!


校庭は一瞬の後に爆炎に包まれた・・・!!


これは・・・防御力も攻撃力も想定外だ・・・とんでもないな桔梗!


レマ、纐纈、葵は爆炎列斬が直撃だ・・・!

それだけじゃない・・・余波がカンナに届くようにしている・・・カンナもきっちり反撃を受けている。


いいや、それだけじゃないのか・・・。


・・・空中だ。

空中で激しく剣を突き合わせている・・・爆炎列斬の起こした噴煙の中、西園寺桔梗ともう一人は空中で剣を唸らせている・・・。

手練れだな・・・二人とも。

3対1どころかカンナとこの助っ人も入って実は5対1だったわけだ・・・。


この国の誇るランクAサマナーだぞ・・・。

だがしかし叩き落されたのは虚を突いたはずの権藤先生の方だ。


「いやあ隙がありませんね」


“疑似異界化覚醒結界”!!


だが高速詠唱で隔離されたエネルギー磁場に空中で桔梗を閉じ込めることに成功している。


「如月さん起きていますね。不知火さんと纐纈さんはまかしてください。三守さんに血の結界を解いてもらい今のうちに秋元さんを連れて逃げなさい。天野さんと安福さんは見逃してくれるでしょう」

「なんだよ、先生まで来たのかよ・・・」

爆炎列斬は火属性だ、葵には効果が薄い。地面はまだいたるところ燃えていて魔装はボロボロだが葵は立っている。


「3分持つか分かりません、なるべく遠くへ。ここは任せてもらいます」

「いいのかよ?・・・」

無言で頷く権藤那由多に憂いの表情はない。

西園寺桔梗に退職に追い込まれ降魔六学園を去った教員は2年で10人以上だ。覚悟の上というわけだ。


権藤先生はレマと纐纈を簡易結界で包み浮かせて戦闘範囲外へ逃がすつもりのようだ。


つい一カ月ほど前に“ドラゴンディセンダント”のコーチになる前は“DD-stars”の専属コーチだったわけで不知火玲麻や纐纈守人を育てたのは・・・この権藤那由多だ。

彼がいなければレマたちはとっくに退学しているか第1高校に転校させられていただろう。


ギシシシィ!!


レマと纐纈に簡易結界を施しているところだが・・・。

「3分どころか20秒でしたか」

・・・経験豊富なランクAサマナーのすべての予想を超えている、この西園寺桔梗という召喚戦士は・・・。


「出し物は終いですか?権藤先生」

空中の結界を両手で破りつつ桔梗が降りてくる・・・ほぼ無傷。権藤先生の結界は塵になり消え去っていく。

「権藤先生とは一度手合わせしたいと思っておりました。16年前でしたかインターハイ個人戦を優勝されたのは?」

「当時より全国大会は大分レベルが上がっていますよ」


新旧、インハイ個人戦優勝者のガチバトルだが・・・。権藤先生が勝つ可能性はほぼゼロだ。

二人はゆっくり近づいていく、そして加速する。


―――ほんの数回剣を交えただけで、わずか1秒足らずで地面に無数の傷が入り権藤那由多は既に重傷だ・・・。

“片胸落とし”だ・・・桔梗の流派の奥義だ。カウンタータイプの技だが権藤先生は踏み込みが浅く―――おそらくフェイントだったのだろうが―――お陰でまだ生きている。権藤先生の剣は業物だが縦に割られて半分ほど消失している。


桔梗の片胸落としの威力の大半は地面に吸収されているが行き場を失い・・・桔梗から見て左側の校庭は・・・波打って爆発していった!

爆発の波は収まらない・・・校庭の半分が歪に形を変えて消し飛んでいく!


―――校庭の端に数人いる・・・爆発に巻き込まれる・・・。

「あっちゃあ。ここもヤバいんじゃないの?」といいつつ麗良は光印結界を詠唱しているが破壊の波が大きすぎる・・・。

「アスモちゃんに任せるであります」

強力な大地の加護・・・また古代の魔術か・・・見たこともない魔方陣だ。アスモは光属性以外も使うのか、サブで地属性?


おお?大地のエネルギーが雲散霧消うさんむしょう・・・消えていく。ランク4魔法にしては詠唱が異様に速いな。

「やっぱ手伝うべきだと思うんすけどね」

「尊。それはないわけ。足手まといになるわけよ・・・今のあたしたちじゃあね」

ん?緑川とジェニファーはやけに仲がいいな。

「光印結界は適さないと思うであります」

「知ってるわよ、結界は苦手なのよ」

んん?麗良とアスモもなにやら友人みたいな・・・?


―――しかし権藤先生は折れた剣でよくやる・・・その後は一応戦いになっている。

防戦一方ではあるが、格上との戦い方をよく分かっている。ただ10秒で負けるのが1分になったところで努力賞などというものは無い。


・・・勝たないとどうしようもないのだ。


無策?・・・それとも何かあるのか?僅かなミスも命とりのこの・・・あ!


“武神モード”!!


簡易結界内で発動したために纐纈への反応は少し遅れる、纐纈はこの技で桔梗に一撃入れたことがあるのだ、自身のTMPAを高め自己を強化する術だが反動も大きい。


「おおお!!桔梗さん覚悟!!」


タイミングばっちりだ・・・権藤先生が桔梗の大剣を弾くのと桔梗の右後ろの死角から魔力を暴走させて纐纈がロケットのように突っ込んでくるのは!


おお?

突き出した纐纈君のロングソードが空を切った。


避けた?あんな無理な態勢から身体柔らかいな・・・桔梗は上体を後ろにそらして・・・権藤先生を蹴り上げつつ真後ろの纐纈の突進突きを灼熱化しているバルムンクの腹で受け止めて・・・あああ?!


“ペネトレーション”

“エラスティックスラスト”!!


葵だ!


権堂先生の真後ろから先生の右脇を掠めつつ紅鱗を集めて剣を作って剣の先端を超高速で桔梗に向けてぶっ飛ばしている!!


ギィン!!!!


余波で校舎に亀裂が入って行く。

左胸・・・桔梗の左胸あたりに刺さったか?葵の技・・・って!


ゴゴゥ!!!


今度は桔梗を中心として爆炎だ・・・!目まぐるしい攻防だ!

権藤先生も纐纈も燃えながら転がっていく・・・。


爆炎の中、桔梗と葵が掴み合っている・・・二人とも剣を持っていない。


「チェックメイトだな、葵王女!」

「なめんな!」


葵の魔装はほぼ消失しており下着が露になっている・・・いや桔梗もだ・・・左胸から左肩の装甲が消し飛んでいる・・・葵の攻撃・・・掠ったようだ。バルムンクを跳ね飛ばし・・・2年ぶりに桔梗は攻撃をくらったわけだ。


「最後の攻撃はなかなか良かったぞ」

「・・・はぁはぁ」

満身創痍の葵は疲労とダメージで話すのも厳しそうだ。コンクリートを握りつぶす葵の腕力だが、桔梗には全然届かない。


パッキィ――ン!!


その時、血鏡の盾の結界が割れた・・・。葵の鋼線も同時に断ち切られている・・・。


中から立って歩いて秋元未来が出てくる・・・側にいる天野とエミリー、三守とロミオを一瞬見ている・・・未来は回復して結界を自分で破って出てきたようだ。

空中を高速で桔梗と葵の近くまで飛んでフワッと降りる。


「やめてください、桔梗さん。わたしは投降します。知っていることはなんでもゲヘナのことも・・・母のこともお話しします」


「いい心がけだが悪魔の言葉を信じるほど私は温くは、ない」

「・・・未来。待てよそれでいいのか・・・」

「いいの。葵ちゃん。今までありがとうなの。誰も死ななくてよかったの」

掴んでいた葵の身体を桔梗は離した「ゴホッ」葵も力なく桔梗から一歩離れる。


「・・・連行しろ・・・。秋元未来だったな・・・悪魔崇拝者のテロ組織の一員・・・特殊刑務所から生涯出れると思うなよ」

「はぁい、連行しまあす。逃げないでね」

既に更科麗良が未来の隣にいつの間にかいる・・・この流れ、読んでいたなら素直にすごい。


いつもと変わらない感じの桔梗だが踵を返してモデルのように姿勢よく、もう帰るつもりのようだ・・・横目で何か見てる、高成弟を見ている?いや緑川?


後ろから葵は呼び止める。

「ゴホッ・・・話も聞かずに大したリーダーだな・・・西園寺桔梗」

「・・・」

「再戦を申し込むぜ」

「私闘は禁止である」

「第1高校への編入戦で、桔梗!お前を指名する!あたしはもう編入戦の資格がある」「あっちゃあ・・・」まあ編入戦ってこの時期にしないけどな。


珍しいな、前しか見ていない桔梗が振り返るのは。

「・・・ほう?」

「今日あたしは絶不調なんだ、クソバケモンのせいでなぁ。おまえ。自分が一番、強えーと思っているなら大間違いだからな」

「なるほど本日は体調不良か・・・」

「葵ちゃん、やめてなの。わたしのためなら止めて欲しいの」

そうじゃないと言わんばかりに桔梗を指さし桔梗にだけ話す。

「西園寺桔梗、おまえはリーダーにふさわしくない。あたしがお前に勝って総生徒会長をやる!第1高校の生徒会長以外が総生徒会長になれないとはどこにも書いてないぜ!てめーが退学と退職に追い込む奴を全員、あたしが表彰してやる!」ううん?校則読んでるとは思えないけど・・・?こんなこと通るわけがない・・・が?




―――総生徒会執行部、総生徒会長席デスク前―――

「―――というわけでですね。第3高校は校庭は大破、校舎も真っ二つになりました。校庭はあの竜巻と、桔梗様の“片胸落とし”と武野島3回生のハンマーが主な原因です。校舎は如月1回生のエラスティックなんとかのせいですね。まあ、あっちゃあって感じですけど復興予算を適当に組んでおきますのでサインだけ明日の朝ください」

目を閉じて聞いている桔梗は椅子に深々と腰かけて足を組んでおり、麗良は相変わらず宙にプカプカ浮いている、下から見ると相変わらず丸見えだ。


「すまないな。ところであの竜巻というのは1回生の術だったな?麗良」

手元の資料をパラパラ見ている。

「はい、えっと・・・緑川尊ですね“ドラゴンディセンダント”副部長のようです」

「・・・足りない魔力を竜巻から補充していた。そして覚醒魔法“終息”を唱え、そして残った魔力で一の太刀“一死・・・”に到達した・・・」


「まあ高成君は大津留3回生とほとんど互角ですから大技をタイミングよくくらっちゃえば負けるのは仕方ないかと、もう目を覚ましまして元気にブチぎれていました。負けちゃって恥ずかしいのでここには理由をつけて来ないとは思いますけど・・・呼びつけて緑川1回生の話しを聞きますか?」

不要だと手を振りながら桔梗は深く考えている。

「いやそれには及ばん、“一の太刀”を撃てるものは選ばれたものだけだ・・・確か春季大会の団体戦・・・観戦していたな。如月葵王女がいたのは確認した、つまり横に緑川尊副部長もいたわけだ。決勝リーグの私と不知火の戦いを見ていた・・・はずだ」

「まあそうでしょうね?見ただけで覚醒魔法“終息”と“一の太刀”を覚えたと?まあ練習したんでしょうけど」

「そうであろうな。死ぬほど練習したか・・・だが私の奥義“一の太刀”を。レマのオリジナル覚醒魔法“終息”を見ただけで覚えたな、ものの数日で・・・」

しばし桔梗は沈黙、その意味を麗良は考えている?


「・・・転校させますか?」

目をパチクリと桔梗は少し驚いている。

「・・・さすがだな、お見通しか。明日の如月葵との編入戦の結果などどうでもいい。如月葵と緑川尊は早急に我が第1高校に転校させてくれ」

「明日、如月1回生を倒してしまいますと、状況次第ですが断られる可能性は高いと思いますけれど」

「そこは腕の見せ所ではないのか麗良。転校に“ドラゴンディセンダント”を全員、あるいは権藤教諭も含めてもいい。秋元未来を交渉に使うのも・・・任せる・・・緑川尊か・・・鍛えてみよう・・・案外・・・」



―――他にも細かな報告があり・・・資料を渡している。


「―――大体報告は終わりです。あとはあのテロ組織が作ったとかいう広域に瘴気をバラまく大量殺人兵器ですね、一応厳重に保管しておりますが。どういった処分にしましょうか・・・」

「あの瘴気拡散爆弾は西園寺の魔術機関であずかるそうだ、すこし調べてみたかったが・・・な」

「あれ?もう上層部に報告されたんですか?」

「いや、どこで聞いたか向こうから打診があったのだ。スパイでもいるのかもしれんな」

「ふ~ん・・・」怪訝そうな麗良と裏腹に桔梗はどうでもよさそうだ。


―――二人きりでしばらく話しあったが、だいたいの問題点の方向性は決まったようだ。

壊れた校舎に爆弾に明日の編入戦と秋元未来の処遇など、今晩の更科麗良総書記の仕事は山のようにあるわけだ。


プカプカと部屋を後にしようとする麗良は呼び止められる。

「一つ。仕事ついでで申し訳ないが一つ頼まれてくれ」

「はい?なんでもどうぞ」

「六学園すべての生徒のデータと校内戦の戦績表が欲しい、端末に送ってくれ、六学園すべての教員のデータも欲しいな」

「どうかされたんですか?」


くるっと椅子をまわして桔梗は足を組んだまま外を見ている。

「僅かな疑問だ。如月葵は体調不良だった、それは間違いない。では好調であればあのTMPA80万の合成魔族を倒せるものなのか。絵美里が解読して我々が侵入した鏡の迷宮にすでに侵入していたことといい、どう考えても一つの疑問が残るのだ。さらに先ほどの如月葵との会話でも違和感が残る。僅かな疑惑だが確かめるすべはある」

「それが校内ランク戦の戦績表だと・・・?まあどうぞ。もう今、送信いたしました。ご確認下さい」

「早いな・・・仕事が」


―――麗良が去った後、一人になった桔梗はゆっくり立ち上がり、奥へ移動していく。

おもむろにブレザーを脱ぎ始める・・・シャワーか。


桔梗は鏡に自分の全身を映して左肩を確認している。左肩から胸にかけて赤くなっている。エラスティックスラストは魔装を破壊しただけでなくダメージも僅かに与えていたようだ。


「明日は楽しめるといいがな、如月葵・・・」

やはりシャワーを浴びるようだ。

「そして緑川尊か・・・どの程度の・・・天才か・・・存外わたしを超えてくれると面白い・・・」

今日は珍しい行動が多いが独り言も珍しい、シャワーを浴びながらまだ何か喋っている。

「疑惑の点と点は線になる・・・あなたがもし・・・」




―――如月葵の自室だ―――


ベッドで熟睡している葵を緑川尊と三守沙羅、御堂路三男が見ている。


「激戦だったっす。みんなお疲れさんでしたっす。如月の姐さんが一番大変だったっすね」

「未来さん・・・守れなかった、うちは役立たず・・・」三守は貧血のために顔色は悪い。

「そんなことないで、できることはやったんや」少し頭痛があるようだがロミオも復活している。

「ふ、速やかに来るはずの退職の通告がきませんね権藤先生?」

「そうですね、どういうつもりでしょうか」

ヨレヨレジャケットの権藤先生と赤髪の安藤先生もいる。


端末で安藤先生は色々調べているようだ。未来の処遇等々だろう。

「まあ明日の結果次第っすけど、全員退学っすかね?まあそれはそれで仕方ないっす」

「連戦で如月さんは疲労困憊・・・」

「戦えんかもしれんけど、戦っても勝てるかやな・・・そいでもって退学かあ」

やや雰囲気は重苦しいが今は乗り越えるしかない。

ん?アスモは近くにいないようだ。


明日、葵は第1高校編入試験を受けることになったのだ。3名の第1高校生徒と戦って2勝以上で編入となる。その3名の一人に西園寺桔梗を指名したのだ。

編入後に総生徒会長となり秋元未来を助けるつもり・・・いくらなんでも荒唐無稽だが。


「退学にはならないでしょう・・・“ドラゴンディセンダント”の成長の芽を潰すとは思えません。まあペナルティはあるでしょうが」そう権藤先生は言うが確証があるわけではない。

「ふ、何かあれば教育委員会にかけあいます。裏から手を回されてもできる限りのことをしましょう。でも秋元さんは・・・」

そして葵の部屋は静かになった。


いつの間にか葵が上半身を起こしている。

「辛気くさいぜ。おちおち寝てられねえじゃねえか」

「あ、姐さん、大丈夫っすか」

だいぶ生気がもどっているようで葵は欠伸している。


「如月さん・・・」

「部長・・・寝た方がいいで」


葵はベッドの縁に腰かける。

「いいんだよ、退学だろうがなんだろうが。あたし達はあたし達なんだから降魔六学園から追い出されたって他の高校行ったって、バラバラになったって、行くとこ無くったって何も変わらねえよ」

まあそれは極論だが。

「・・・まあそりゃそうっすね。どこにいたって姐さんは姐さんなんで・・・面白いっす。なるほどっす。生きてれば勝ちみたいな考え方ならっす、明日はノーリスクじゃないけどローリスクっす!」

生気が戻ってきたようだ、やや落ち込んでいた緑川だが復活中だ。大していい報告も情報も無いが葵の心はなかなか折れないようだ。


「アジダハとかいうバケモンも倒したし、ゲヘナの幹部は普通の人間で魔族の親戚じゃなかったんなら、つまりゲヘナは今ごろ大モメだろ。あとは秋元未来だけだぜ」

「すげえ楽観的な考え方っすけど的は得てるっす」

「確かにや。如月部長がめんどくさいこと考えるとはとても思えん。それに確かに、ここ追い出されても人生終わるわけやない」

「如月さんは、まず行動。有言実行・・・時に短絡的ですが・・・気宇壮大にして躬行実践」

ん?葵が起きたら急にみんな元気になってきたな。いいチームに成長しつつある。先があるということはいいことだ。


「キウソウダイもキュウコウジッセンもわかんないっす、沙羅ちゃん」

「わしもや」

「如月さんはリーダーとして大きくて実行力がある、うちは西園寺桔梗さんより器がずっと大きいと感じる・・・そんな意味・・・」

まあ時として集団のリーダーというのは適材適所でないことはよくある。桔梗の恐怖政治もリーダーシップの一つなのだろうが。


何かを奮い起こして葵は立ち上がっている。

「未来は好きでゲヘナにいたんじゃねえ、好きで幹部の娘になったんでもねえ、好きで命令を聞いているフリしてたわけでもねえ。あいつ今日初めて好きなこと自分の口で話してたんだぜ、魔装して防御しろって爆弾が爆発しちゃうってよ・・・毎晩、毎晩毎晩毎晩毎晩・・・隣の部屋でシャワー浴びながら泣きやがって・・・気付くに決まってんだろ、自由にして叱り飛ばさねえと気が済まねえ」

・・・なんだかみんな目頭が熱いようだ。

「・・・姐さん。明日は姐さん含めて3人で来いってことなんで、俺と沙羅ちゃんでサポートするっす」

「以心伝心・・・」


ブルルルルル!


端末が鳴っている。

「んと、アスモちゃんから連絡っす。気になることがあるので今晩は調査してくるそうっす」


ブルルルルル!


今度は葵の端末だ。

「今度はあたしかよ。ズー・ハンか。もしもし?」

『如月さま。ハオ・ランもいっしょです。学外にいますがゲヘナの構成員らしき人物をマーク中です』

「ゲヘナかよ、戦力は足りてんのか?」


みんなは顔を見合わせるが・・・。


『問題ありませんし、敵の居場所が分かれば直接、対テロ特殊部隊に連絡します・・・それとハオ・ランが話したいそうです』

「ああもちろんいいぜ」

『・・・ああハオ・ランです。如月葵さま。情報が入り第二王朝は昔滅んでいることがわかった。今後我々はあなたの家臣になる・・・』

「はあ?」

『それとゲヘナをやっつければ秋元未来が助かる確率上がる。結婚の話しは無し・・・です』

「そうか―――」

葵とズー・ハン、ハオ・ランは情報交換している。


まあゲヘナが消えれば秋元未来は助かるかもしれないが。


アジ・ダハーカは消滅、黒曜重積爆弾は敵の手の内、幹部の香樓鬼は魔族では無かった。それで浮足立っているからゲヘナは案外脆い・・・と言いたいが、いやいや対テロ部隊になんとかなるような戦力じゃない、返り討ちになる。


ゲヘナには祟鏡鬼や香楼鬼以外に7、8名の鬼士と2、3名の導師がいてリーダーを務めている。盟主というのは存在は確認できていない。非常に強力な術者が最低10名はいる。倒せたのは祟鏡鬼だけだ。ゲヘナは盟主、導師、鬼士、鬼、使い魔の順で位があり、それとは別に魔族の遺伝子をいじっているであろう報告に無い人型のモンスターがいる・・・恐らく人造モンスターなのだろう、さらに自我はない。強力な雑兵といったところだ。そして信じられないがコントロールできる人造魔族・・・とてもゲヘナが造っているとは思えない。クローン技術を持ち非常に大きな施設で金銭に余裕があるバックがいるはずだ。

とにかくゲヘナには尋常ではない戦力が集結しているのだ。しかし吸血鬼の増殖は失敗、古代の滅竜の復活は失敗、爆弾は不発・・・次はなんだろうか。


ん?こいつらうるさいな。どんだけ元気なんだか。

「未来ちゃんを救ったらみんなでカラオケにいかないっすか?」

「歌えんのかよ、てめー」「あたりまえっす」

「わしは演歌ならいけるで」「演歌かよ!ロミオ」「渋いっすね」「うち結構カラオケは得意・・・」「そうなんすか沙羅ちゃん、上手そうっすね」「あたしそんなに得意じゃねえぜ」「先生たちもいくっす」「ふ、わたしはそういったのは」「まあいいじゃないですか安藤先生」「演歌やったらなあ・・・」「わかった、わかった全部片付いたら未来も連れてって歌おうぜ!」

事態は好転していないのに強引に盛り上がってるな・・・あの桔梗を倒すのは大変だぞ。


「とにかく明日は姐さんにかかってるっす」

「ああ、桔梗をぶっ倒して未来を救う、ついでにとっととゲヘナも潰す」

「“ドラゴンディセンダント”には無限の未来みらいがあるんす!」

如月葵と緑川尊は右手の拳を突き出している。それを見て三守沙羅と御堂路三男もだ。


まあ頑張ってくれい。桔梗を倒せる可能性があるのは葵だけだ。

ゲヘナは場所を特定して不十分に攻撃すると対テロ特殊部隊は全滅して、しかもアジトを移すだろう・・・ややこしくなるな。


「さあ、姐さん。もう少し寝て下さいっす。俺がずっとついてるっす」




―――夜の商業区を屋根から屋根へ疾走する影がある。

60歳くらいで男性・・・服の田村山の店主だ・・・。やっぱり桔梗の見立て通りゲヘナの構成員だったのだ・・・おそらく“鬼士”の下“鬼”の一人だろう。秋元未来が“使い魔”であったことを考えれば相当な使い手だろう。秋元未来が敵の手に落ちた今、自分のことを未来がばらす可能性は高い。


つまり逃げるのだ・・・。


ん?でも・・・方向は第1高校か・・・。逃げないのか?秋元未来を助けに行く・・・?




―――ばれないように気配を消して第1高校に田村山の店主が到着したが・・・違うな、狙いは秋元未来じゃないようだ・・・。

だとすれば・・・目的はあっちか。となると・・・思ったよりも予想通り、ほっとけばいいか。


つまり広い視野で考えると、ゲヘナを操る敵は予防線を二重にはっているわけだ。

懇切こんせつご丁寧なことだ。

罠は二重だ・・・さてどちらが上かな。

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