第10話1-8-1.裏切りの非代償期―――それは予定調和―――
―――ほんの一瞬はとても長く感じる場合がある―――
それぞれに、どれほどの精神的ショックだったのか推し量るすべはない。
そこにあるのは事実だけだ。
そしてもうバレていると・・・思っていたようだ。
静かで薄暗い田舎道に緊張が走る・・・。
黒い魔装鎧が静かに秋元未来を包んでいく。普段の未来からは想像もできない黒い魔力の回帰波が周囲を薄暗く照らし出す、そもそも薄暗いのにもう一段暗くなる。魔装した姿は頭部は3本の歪な角が生えており、体幹は黒のボンテージのような様相だ。
緑川尊は普段なら抱きつきそうな格好だが未来が突然に発するあまりの殺気と闇の魔力にけおされ呆けている、いや三守もロミオもだ。
いつの間にか地上から1m程の中空に秋元未来は浮いている、別人のように冷たい表情を周囲に投げかける。
「あたし、あなた達を殺さないといけないの」
“ドラゴンディセンダント”のメンバーはハッと我に返り全員が未来を中心に弾けたように四方へ飛び未来を取り囲んだ、葵だけは動かない。
未来の波動だけで手強いのを感じ取っている。
既に如月葵以外は魔装している、素晴らしい反応速度だ。
「不可思議。秋元未来さん。ではあの時、あなたが、あなたがうちを」
「うそだ!うそに決まってるっす!操られてるんす!未来ちゃん!」
「・・・冗談やないで・・・そういうことやったんか・・・待ち伏せされるわけや」
ロミオは魔装した後も苦いものを食べたような変顔だ。
葵もだ。苦虫を噛んだような顔で魔装鎧も纏わず如月葵は押し黙ったままだ、両拳を爪が刺さるほど握りしめている。
「ちがうの。操られていないの。これが本当のわたしなの」
“反鏡群現”
厳しい表情の三守沙羅は周囲に防御楯になる鏡を設置していく。
「未来、悪魔崇拝者だった?ずっと隣にいたのに気づかないのは・・・不覚」
“念装疾風”
“光印体現”
冷静だが動揺は隠せていない。咄嗟に緑川は抗術で戦闘準備を整えていく。
「未来ちゃん魔装を解いて!戦うなんてありえないっす!」
「・・・みんな臨戦態勢でなにいってるのなのなの」
空を見上げつつ秋元未来は静かに吐き捨て視線を下に戻した。
「みんな、・・・嫌いなの。大嫌い」
計測上、秋元未来のTMPAは4万弱は間違いなくある。トゲだらけの長杖を右手に召喚して、その杖の先端の魔晶石が赤く妖しく光り輝く。
前触れもなく唐突に―――おそらく未来は遠距離攻撃タイプだが―――かなりのスピードでそのまま滑空し緑川に襲い掛かった。
未来の滑空攻撃に反応しているが緑川尊のTMPAは約18000程、受け止められると思って構えた左手のミドルシールドは粉々に消し飛びそのまま後方に吹き飛ばされる。
一人だけ魔装していない葵が未来に伝えることがあるようだ、無防備に一歩前に出る。
「提案があるぜ、未来」
「あたしも話しがあるの、葵ちゃん」
魔装する気はないようだ・・・今は葵は特にいつもどおり平常のように見える。
「未来からでいいぜ・・・」少し間をおいて未来から喋り出した「・・・じゃあ、いつから気付いていたの?あたしがゲヘナだって」
「入学式の日に師匠から聞いててな、同じクラスにゲヘナのケイトって奴がいるって・・・まあそれで何となくは・・・だな」「そう、ずっと・・・なの。ふぅ・・・お芝居はおしまい・・・いろいろ言いたいことがあるけど、まあいいわ。葵さん、監視していたつもりだったけど、監視されていたのはわたしの方だった・・・」
先ほどまでと違い平常心にしか見えない葵は何を考えているのか。
「じゃああたしの番だな・・・今戦うと負けるぜ。未来」
「こう見えて、あたしは結構つよいのよ」
「知ってるぜ。多分あたしと互角だな・・・」
緑川たちには驚きの事実だ・・・さらに3人は身構える。
「それに葵さん、あなたは消耗してる」未来は長杖を握り直す。
だが葵は全く殺気を発していない。
「それはお互い様だな、今朝魔族をゾロゾロ18体も使役して未来も消耗してるだろ?このままだと1対4になる、望むところか?今、戦えばあたしや未来とタメを張るレマや纐纈が加勢に来るぜ、1対6になる。権藤先生、安藤先生、ハオ・ラン、ズー・ハンも向かってきている」
3人は未来と葵の会話を見ているしかない・・・葵と同レベルの召喚士であれば反撃で瞬殺される可能性が高いからだ。
「敵の心配なんておせっかいは・・・いらない・・・」
「まあ聞けよ、アジ・ダハーカを倒されてあたしを攻撃する優先順位とやらは下がったのか?下がってないのであれば。あたしの命が一番の目的だろ?あたしが未来の敵ならあたしが何考えてようが関係ないよな?・・・話しを続けるぜ。明日校内ランク戦をしよう・・・1対1で・・・負けたらあたしの命をやる」一言も聞き漏らさないように緑川尊は真剣だ。
「なにを言って・・・いるのか・・・分からないわ」そして一語一語噛みしめるように未来は話している。
「今戦うより明日戦う方が未来には有利だ。違うか?緑川、三守、御堂。頼みがある。未来がゲヘナだってことは忘れてくれ」ゆっくりと首を振って沙羅は「他言無用といわれてもこればかりは・・・」「頼むぜ沙羅、この通りだ」葵が二度頼むのは珍しい・・・「・・・わかったっす姐さん」そう緑川は言うが三守沙羅は業火で焼かれている・・・払拭するなどとても不可能なのだろう。
空中の未来はやや黒く凄みを増している・・・葵の言うとおりの強さなら・・・非常に危険な存在だが。
「勝手に話を進めないでくれる?あなた達。説得する気なら大間違いだわ、わたしは魔族と人間の混血・・・です。この額の3本の角は本物な・・・本物です!」
「だからなんだよ。あたしだって本気で戦うと右目が紅く光るぜ、何が違う?」
一呼吸ゆっくり吸って未来は話す。
「・・・あなたは人々を束ねて敬われる竜王の一族でしょう、わたしは魔族の一人・・・です!全然違うと思いませんか!」
「違わないぜ。今のこの世、竜王の子孫なんてどっちかって言えば迫害されてるぜ!」それは確かにそうだが・・・未来に理解させるのは・・・。
「ゲヘナはあなただけじゃない・・・人間を全部殺さなくてはいけないの・・・魔族のみが生きる世界を構築する・・・だから私とあなた達は敵対関係にある」
二人の間に一歩入ってくるのは緑川だ・・・。
「まあとりあえず俺は未来ちゃんがゲヘナなのは忘れたっす」強引に話に割り込んで入ってくる。
「・・・緑川さん」批判めいた言葉の響き・・・この中で一番迷っているのはきっとこの三守沙羅なのだろう。
「アジ・ダハーカが復活しとったら今頃わしなんてどうなっとったか分からん。つまりや、如月部長に従うで」
眼を見合わせて緑川尊と御堂路三男は魔装を解いてブレザーにもどってしまう。
眉間に皺を寄せる三守はそれを横目に決めかねている・・・。
「うちは・・・うちは許せない・・・でも、でもいまは如月さんに従います」
全く納得してない顔だが三守沙羅もしぶしぶ魔装を解く。
会話が始まり終始同じような調子なのは葵だけだ。
「人間全部を殺すと、未来のすきなオムライス喰えなくなるぜ、それから確か今日、未来の好きな“壊れた砂時計”とかいうドラマやるんだろ?ドラマも見れなくなるぜ?」この会話に何の意味があるのか多分今は誰にも分からない。
「・・・信用しろっていうの?あなた達は私がゲヘナであることを忘れるですって?明日大勢で寄ってたかってわたしが攻撃されない保証なんてどこにもない・・・わたしが逃げない保証だってありません」
珍しく葵はよく話す・・・明日になんの勝算があるのだろうか。
「いっしょにいた仲間を信じろよ、この場にそんなことする奴いねえよ、明日は1対1でランク戦で決闘だ・・・今よりは少なくとも未来に有利になる。これだけいっしょにいたんだぜ、どんな連中か分かってるだろ?」
もうすっかり切り替えたようだ・・・緑川の顔は晴れやかだ。
盾を破壊されたことなどなかったかのように・・・。
「つうわけでっす。オムライス食べに行くっす。姐さんのおごりで!」
「ざけんなよ!割り勘だぜ」
「どういう神経しとるんや。ゲヘナより怖いで・・・」
三守沙羅だけは表情が暗く沈んだままだ。
うん?魔装を解くようだ・・・秋元未来・・・。
もとのブレザー姿にもどっていく。そして空中浮遊を切って地上に降り立つ。
硬い表情の未来だが全て拒否でもないのか・・・あるいは何らかの計算をしたのか・・・。
「ひとつ。葵ちゃん・・・ひとつ言っておくのなの。“壊れた砂時計”じゃなくって“凍える砂時計”なのなの」いつもの未来っぽく喋ることに成功していた。
「多分あたしは覚えらんねえよ」
まあどちらにしても明日片が付く・・・。
まあ今日はオムライスでも食べればいい。
―――次の日は何もなかったかのように朝から過ぎていく・・・。
昨日、葵が破壊した2年生校舎は授業にならなかったようだが。
第1高校新聞部の根岸部長が聞き込みに来ていて葵の事を聞いて回っていたらしいが“ドラゴンディセンダント”のメンバーの所には来なかったようだ。
昨日からアスモは何かを調べているのか行方不明。
昼のランチは葵、緑川、未来、三守、ロミオの5人でいつも通り食事した。
はたから見ている分には全くいつもの日常だったわけだ。
昨日の魔族襲撃も第3高校は生徒への直接被害はほとんどなく、アジ・ダハーカのことなど何も知らない生徒たちは凌空門がなぜか消し飛んだらしいと噂する程度だった、ちなみに西園寺桔梗が凌空門に飛んでいくのを見た生徒がおり、凌空門は桔梗の新技の練習で消し飛んだことにされていた。
―――16:05―――第3高校校庭からデジタルの巨大な時計が見えている―――
校内ランク戦は教官さえ認めれば、もちろん闘技結界で囲まれるが基本的にどこでもできる―――自然の多いところだとずっと隠れ続けるなんて戦法もありだ。
ついさっき秋元未来は校内ランク戦参加が可能になった、召喚可能、魔装可能とみなされたのだ。つまりこれで秋元未来はかたち上、ランク戦の初戦になる・・・はずだ。
ランク戦は葵は破竹の連勝中ですでに上級生にもファンがいる・・・気持ちよく勝つからだ。
校庭の一部に闘技結界が適用される・・・今日はここで戦うのだ。すでにギャラリーが少しいるが・・・葵が屋外でランク戦をするのは初めてだ・・・告知しているわけでもなく・・・そこまで人はいない。
“ドラゴンディセンダント”のメンバーも近くにはいない、権藤先生も安藤先生もいない。
超感覚で、あるいは魔術で周囲を観察しても未来本人には罠があるという事実は突き止められない。
紅龍の鎧に葵はもう魔装している・・・。葵は身長は157㎝ほどで大きくはない・・・だがすでに強者としての風格がある。
対する秋元未来は一回り小さい・・・お世辞にも筋肉がついているようにも見えない・・・まさしく羊の皮をかぶったなんとやらだが・・・少しだけいるギャラリーにはいくらなんでもあの如月葵が相手で大丈夫かとの声が囁かれる。
「昨日は眠れたか?未来」
「おかげさまでちっともでした、葵さん」
まだブレザーのままの未来は戦う気など全くないように見える。
まるで親友に話しかけるように葵は話す。
「なにか話すことはあるか?」
「特になにも・・・ないです・ね」
風が少しあり葵と未来の髪は少したなびく・・・闘技結界が形成されつつあり風は消える。
話して片付くことなどすでにない・・・。
昨日の田舎道でのように闇属性の回帰波が未来の周りを囲んでいく。
黒いレザーのような魔装鎧にブレザーが置き換わっていく・・・。
周囲からは感嘆の声が漏れる・・・。
―――美人コンテスト2位の秋元だぞ―――
―――おいおい闇属性かよ!―――
―――あれ?強くね?―――
―――いやいやめちゃくちゃ強いぞ!!秋元未来!召喚獣は魔族、レアだ!―――
魔力を開放するとそこそこの探知能力者でもだいたい予想がつく・・・如月葵も秋元未来もTMPAはほぼ4万前後だ・・・二人とも降魔六学園十傑2位の不知火玲麻を少し超えている―――。
―――これとんでもない試合になるゾ!!―――
―――二人ともかわいいな―――
誰かが隣の誰かに耳打ちした瞬間、試合は・・・死闘は開始された。
あまりにも早い葵は赤い残像を残して高速移動を繰り返し・・・。
右腕から赤いエフェクトのショットガンのような“エラスティックショット”を連射していく。
対する黒いレザーの未来は最小限の動きで避けつつ長杖をいつの間にか召喚している。
長杖の魔晶石を中心にバリアを一瞬だけ張り、葵の攻撃を避けつつ黒い雷光のようなビームで攻撃していく。
赤い残像の葵の攻撃は単発だ、対する未来は回避と防御中心と見せかけつつ一撃でも入ればそこから連続技が入っている。
今も葵は長杖に打ち上げられて空中で連続技を食らっている。
“スプラッシュ”!
“エラスティックショット”
これは全身からショットガンを撃つような技で未来の連続技を途中で止めている。
試合巧者というかより実戦に近いのは未来の方だ・・・。
ダメージ効率は未来が上だ。
だが・・・。
“コンセントレーション”
“フレイムブーステッド”
“エラスティックショット”!!
空中から未来を攻撃する・・・回避されるがこの技は地上で大爆発している!余波だけで未来の身体は木の葉のように空中を吹き飛ばされる。
一撃が重い葵の攻撃は直撃をくらえば形勢は逆転してしまう。
“属性変化”
一時的に未来は自身に水属性を付与したようだ・・・高度な技だ。
“パニッシュ”
“エラスティックショット”!!
エラスティックショットによって未来のバリアーは貫かれダメージを負うが―――エラスティックショットは一撃一撃が葵の鎧の鱗を弾丸のように飛ばし鋼線で引き戻す技だが―――その鱗にべったりと粘液状の魔法物質が付着している・・・バリアーの属性を変化させたのだ・・・質量を増した・・・鋼線の引き戻しは遅く・・・さらに紅鱗を戻した後で葵の両腕は粘液だらけになっている・・・そのまま粘液は硬質化して葵の自由を奪う・・・。
“毒弾群現旋空”!
さらに未来は毒属性で攻撃だ・・・葵の頭上で毒弾ははじけてシャワーのように降り注ぐ。
状態変化は竜族には効果が薄いがそれでも毒はそこそこ効く・・・。
“火焔化身”!!
ほんの一瞬、葵は炎の化身となり・・・硬質化した粘液も毒もあっという間に無効化している。
からめ手では葵は倒せない・・・直接攻撃で押し切るしなかない・・・少し距離をとりつつ未来はそう思うはずだ・・・。葵の戦いはずっと見てきているが“火焔化身”は見たことがない・・・それどころか葵は未来の前でほとんど魔術を披露していない・・・ほかにも隠し技があるはず・・・。
また葵にとっても1対1でここまで手こずっているのは纐纈守人以来で感嘆を禁じ得ない・・・。
お互いに予想より強いと思っているわけだ。
二人とも恐らく漠然と自分より強い15歳がいる訳ないと潜在的に思っており・・・戦闘が長引くほど・・・動きが良くなっていく。
未来のもつ長杖から発する黒い稲妻のようなレイビームは結界を貫いて、この試合の審判である二人の教官を硬直させている・・・。これでこの試合に見立てた死闘に横やりは入りにくい。
命を賭けると言った如月葵と、負ければもちろん・・・たとえ勝ってもこの場から逃げきれる可能性は低いと考えている秋元未来は・・・この二人は・・・ストレスなど無いかのように高度な戦闘を繰り広げていく・・・。
直接攻撃で無いと葵は倒せない・・・長杖の魔晶石を中心に攻撃魔力をまとい近接戦闘へ未来が切り替えた瞬間・・・。
“剣鱗転化”!
また秋元未来の見たことのない技だ。葵はエラスティックショットで飛ばした紅鱗を集めて真っ赤な長剣を形成している。その分、自身の魔装は小さくなるが・・・。
シャッ!!!
超スピードで横なぎに払われる長剣の攻撃力はかなりのものだ。
異常なスピードで繰り出される剣撃を未来はほぼ回避するか防御している・・・素晴らしいスキルだ・・・だが近接戦闘で葵を倒すのも困難・・・たまらず空中に逃げた未来を葵の長剣が襲う・・・!
“エラスティックスラスト”!!
長剣が衝撃波を纏いながら音速で伸びたのだ・・・未来は左肩に鋭い痛みを感じている・・・防御結界ごと魔装鎧を簡単に刺し貫いてダメージを負ったのだ。真っ赤な鱗で作られた長剣は先端が30㎝ほど高速で飛び攻撃し・・・そして束ねられた黒い数十本の鋼線によって引き戻される。
そして葵が空中の未来に追撃しようとした瞬間。葵の長剣は黒い雷に撃たれ爆発する・・・未来のカウンターマジックが発動したのだ・・・。長剣は先端部分が消滅している。
だが依然として有利なのは葵の方だ・・・。
ダメージを受けて地上に降りる未来と空中で破損した長剣を一瞬見る葵・・・!
“死球覚醒堅獄”!!
葵は黒い球体の内部に捕らわれる・・・。
闇属性の強力な拘束技だ・・・つまり未来は勝負にでたわけだ・・・長期戦では倒せない・・・そういう判断だ。強力な闇の魔力を地面に集中していく・・・。
うん?葵の反撃だ・・・拘束されており魔術は詠唱できないはずだが。
“広域拡散”
“火焔縛”!
結界内の地面は未来がいる箇所も含めてすべてが火炎に包まれる!
火炎ダメージを負いつつも未来は動かない・・・次の攻撃の準備中なのだ。
・・・黒い球体から一部外に出ているのは破損した葵の長剣だがその破損部分から葵は魔術を発動させている・・・武具の任意の場所から魔術を発動させるのは高度な術だ・・・。
だが未来に驚いている暇はない・・・。最後の攻撃に出るようだ!
“限定解除”
“哭雷覚醒砕破”!!
地面はまだ火炎に包まれているが・・・黒い雷が幾重にも地を這って葵の真下に集中していく・・・そして何十という黒雷は束ねられ・・・黒い龍となり・・・葵の閉じ込められている黒い球体に入り込み・・・内部で炸裂する。
炸裂するは正しい表現ではない・・・内部で破壊のエネルギーは反射し続けて・・・黒い稲妻は炸裂し続けている・・・。
黒い球体から出ている葵の長剣は次第に剣の形を失って・・・もともとのバラバラの紅鱗に戻っていく・・・。そして重力にひかれて落ちていく。
紅鱗はどんどん落ちていく・・・鋼線は切れておらず空中で静止するが本体の葵が攻撃を受け続けており・・・紅鱗にも振動が・・・衝撃が伝わっていく。
球体内部では破壊の波が力を失うことなく反射し葵を攻撃し続けっている。
いくらなんでも倒せたはずと未来が思い始めたころ・・・葵の火炎縛で燃えさかる地面に近い部分で赤く目が光る・・・。
炎は形をつくり・・・未来はそれに気づいているがほぼすべての魔力集中を死球と哭雷に費やしており対処できない・・・。限定解除まで使って哭雷の攻撃力を上げたために次の一手はもうないのだ。
ゆっくりと炎でできた竜の口が開いていく・・・。
これはまずい・・・だがもう少しで葵は戦闘不能になるだろう・・・。
いくらなんでもこの超高レベルの連続ダメージのなか・・・仮想敵が不知火玲麻でも倒せているほどの大ダメージを与えているはず・・・満足に攻撃できるはずは・・・そう未来は考える。
このまま倒しきるしかない・・・。
その時・・・。
“極大火焔粒子咆”!!
火竜の咢は静かに火を噴いた・・・!
そして次第に大きくなる・・・未来の全身も飲み込まれていく!
爆炎と閃光は最大に結界全てを覆い広がり・・・少し増えたギャラリーはあまりの眩しさに目を押えている・・・。
ゴォオオオォ!
闘技結界が破れるのとほぼ同時に闘技場を包んでいた閃光はどんどん弱くなっていく。
粉塵が風に運ばれて次第に視界が回復していく。
上半身の鎧がほとんど消し飛んでいる葵が闘技場の中央に佇んでいる。
秋元未来は少し離れたところにショートの金髪を振り乱して倒れている・・・魔族の証である、額からは歪な角が3本生えている・・・息はあるようだ。
通常ではありえないスピードで破損した魔装が回復していきつつある葵は無言で未来に近づく。
「・・・負けたわ、葵さん・・・立てない・・・」
ほんの数分だったがハイレベルな戦いだった。
未来の長杖はブレスを受け止めたのだろう・・・消失している。
「なんでだ?」
普通の口調で葵は問いかける・・・。
「・・・?」
「なんでゲヘナにいる?」
眼を閉じて未来は話し始めた。
「・・・あたしは生まれた時から・・・あそこにいる・・・理由なんて」
「じゃ抜けられない理由はなんだ?」
「・・・」そのまま目を閉じて特に答える気はなさそうだ。
「やりたくないことをなんでやる?」
「・・・やりたくないこと・・・?どうしてそう決めつけれるの?構成員は命令に従うだけだわ」魔力は尽きており・・・未来は両足のダメージが大きく全く歩けないようだ。
二人は目を合わせずに会話している。
「命令してる香樓鬼ってのはなんなんだ?」
「答える義務はないわ・・・いいわ、上司よ、あたしはあなたの知っている未来じゃない」
観念したのか・・・まだ何かあるのか・・・未来から発する気配は複雑だ。
「ただの上司か・・・?」
「・・・なにか知っているの?・・・血縁者よ・・・ママよ、だったら何?」
葵が未来の顔をみるのと未来が目を開けるのは測ったように同時だ。
「母ちゃんの命令ならなんでもすんのか?人間を滅ぼすだあ?・・・やりたくない事でもか?なんでもするんだな?」
「小学生みたいな理屈を言わないで・・・やりたくないなんて一言も言ってないわ」
葵が・・・いや未来もやや語気が強くなっていく。周囲のギャラリーは二人があまりにも異質な雰囲気を出しているため近づくものもいないし、結構静かだ。
「あたしだけを狙っていたよな?未来・・・あたしを狙えば・・・あたしは相当手強い・・・そうそう死人はでねえ・・・」
「・・・ふふ・・・わざと魔族を負けさせてたって言うの?あは。買いかぶり過ぎというか、頭がおめでたいわ。何言ってるのか・・・」力なく笑いながら話す、どうするつもりだ?
一息吸って葵は言いたいことを言う気になったようだ。
「おまえ。未来!おまえ・・・別人だろ!おまえの母ちゃんがなんなんだ?母親だからなんなんだ?一心同体か?一生続けるつもりか!やりたくないことをやる理由なんてないぜ!おまえの母ちゃんと未来は別人だろ!別の人格だろ?別々の身体じゃないか!!」ややしつこい言い回しだが悩んでいるかもしれない未来には痛いもののいいようなのかもしれない。
「・・・うるさいわ。・・・ほんとうるさい・・・もう、うるさい!うるさい!葵さんが何?“ドラゴンディセンダント”が何?だれも・・・この世界でだれも・・・誰がわたしを助けてくれるの!誰一人もわたしのこと!・・・知らないでしょうが!」人生、誰かが助けてくれるなんていうのは大抵幻想だが、この場合はどうなのだろう。
「あたしほど未来のこと知ってる奴はいねえ!!・・・あとな気付いてるぜ。さっきから校舎をチラチラ見てなんなんだ?」
一瞬目を閉じて視線を逸らした未来はもう一度、葵の顔を見て小声で話す。
「・・・・・・魔装して・・・魔装させて・・・」
「なんだって?」
「まだ4時20分まで2分くらいあるわ。魔装させて・・・降魔の敷地にいる人全部に魔装させて!生物室に仕掛けてある瘴気爆弾が爆発しちゃう!葵ちゃん!緑川君!近くにいるんでしょ!魔装できない周辺の住民はもう助からないけど!すぐに魔装させて!生身でくらえば死んでしまうの!助けてあげてなの!葵ちゃん!!お願い!!みんなを助けてなの!・・・お願い!死なないでよ・・・・ぇ・くぅ」最後は嗚咽の中、未来は泣いてしまって葵も聞き取れなかった。
校舎のデジタル時計は16:18を指している。
時計を見ながら葵は「あの未来あの・・・」と言いかける「ぅぅっく・・・早く・・・何か方法があるでしょう。葵ちゃん緑川君に放送か何かで・・・みんなに知らせて・・・時間が・・・お願い・・急いで急いで・」泣きながらとうとうゲヘナを裏切ったか。
おそらく母親を裏切ることになるのだろう。
だが葵は冷静だ。
「悪いなぁ。未来。4時20分はもう過ぎてるんだよ、未来・・・魔装を解いて自分の端末で時間を確認してみろよな」
「ぅ・・・ええ?」泣きながら未来は心底不思議そうな顔をする。
「校舎の時計な・・・緑川にやらせたんだけどな・・・少し遅らせてあるんだ、もう4時20分はとっくに過ぎてるんだ」左の頬をかきながら、やや照れくさそうに話している。
「ええええ?ば、ば、爆弾は?」少し考えて未来は大げさに驚いている「悪いんだけど解除したぜ・・・」
バタバタ動きながら未来は説明を加えている。
「違うのなの、あの爆弾は黒曜重積爆弾と言ってゲヘナの盟主が30年瘴気を込めて・・・えっと・・・原理的に解除もできないのなの・・・爆発を遅らせたの?一切の魔力干渉を感じれば即座に爆発して・・・何もできないはずなの?爆発を遅らせるなんてどうやったか見当もつかないの、でも触ってはダメ・・・魔術で探知しただけで作動するの・・・」まあ普通は信じられないわなあ。
「ああああ。ああ、実は師匠からなあ、もし未来が信じなければ完全に解除して絶対に爆発しない状態にしといたって言っとけって朝の6時にメールがあったぜ」きっぱり葵が言い切ると・・・しばらく二人は沈黙した。
「あ、朝6時なの?・・・でもあれは一回発動させたら原理的に解除できないはずなの・・・解除できないはずなのに・・・前から思ってたけど葵ちゃんのお師匠様って・・・反則なのなの」そうなのか?
ん?やっぱり来たな・・・。
突如、念話と共に空中に紫の魔装をした人影が現れる、額には2本の角がある。
(痴れ者め!!)
「ママ!」
「ようやくお出ましかよ!香樓鬼・・・未来の母ちゃんだな・・・」
挑戦的な顔つきが葵に戻ってきている・・・まあ心配なさそうだ。
空中の香樓鬼は二人にだけ念話を送っている。
(最後のチャンスをしくじりおって!私自ら作動させてやろう・・・浄化の光に飲み込まれよ!)
怪しげな魔装の香樓鬼は空中で両手を広げ魔術を詠唱している。同時に葵も反応している。
“エラスティックショット”!!
しかし葵の技は宙に浮いている香樓鬼の身体を素通りしてしまう。
「無駄なの葵ちゃん。アストラルボディなの」
「なるほど実体じゃないのか」
ん?確認のための攻撃?あるいは・・・香樓鬼を油断させるため?
そして空中で取り乱し始める・・・香樓鬼は明らかに狼狽している。
(なぜじゃ!なぜ爆発せんのじゃ!・・・そんな馬鹿な・・・神の如き盟主様のお力が・・・あああああああああ?)
念話が聞こえない周囲のギャラリーにとってはややシュールだろう。
「いやだから、さ。おばさんさあ。あたしの話し聞いてたか?解除して爆発しない状態にしたって言ったろ?」
「ママ!もうやめようなの」
この場合、子供の話しを聞く準備が香樓鬼にあるとは思えないが。
さらに狼狽は続いている。
(このようなことが・・・神のごとき盟主様のお力の結晶を・・・おおおお・・・人間どもめ・・・おお・・・裏切り者めが・・・この裏切り者・・・わたしが動くべきだった・・・貴様などにまかしたのは・・・あああ)
「まあちょっと聞けよ!おばさん、未来も見ろ」そう言って葵は一つのクリスタルを自身の影から取り出す。
「なんなのなの?」
なにやら葵と未来のコンビは復活しかけている。
(おおお・・・貴様ら・・・貴様らああああ!・・・この報いは受けさせる・・・アジ・ダハーカに続いて盟主様まで蔑ろに・・・馬鹿にしよってえ!)
「聞けよ!おばさん!これ何かわかるか?アストラルボディなら安全だろ?安全ならテッテケ逃げる必要ねえだろ?見ろよ!重要だぜ!これだよ、こ・れ!」
「なんなの?葵ちゃん?」そこまで言われれば取り乱している香楼鬼も未来もクリスタルを見ている。
(ブーストした魔晶石がなんだというのだ?)腹立たしげに香楼鬼は恨みがましく念話で吐き捨てる!
「ブ―――!外れだぜ!魔晶石じゃねえんだな。宝珠って言うんだぜ!ちなみに、どんな能力かっつうとだな・・・この世のほとんどの呪詛を浄化するってえ代物なんだぜ!つまり・・・分かるだろ?まあだからさ、頭かてえからアジ・ダハの封印一つ見つけれねえんだよ」アジ・ダハじゃなくってアジ・ダハーカな・・・。
「なにを言っているのなの?それ。爆弾かアジ・ダハーカと関係があるのなの?」
まあ固定概念にとらわれているものには真実は見えないわけだ。自分で自分の目を閉じているのだから・・・。
キンッ!
いい加減な説明のそれもまだ最中なのに・・・葵は右手の親指で宝珠を弾く・・・。
カッ!!
宝珠は魔力を解放して輝き空中で消え去った。
「え?これがなんな・・・ああ?あああああ!」
未来が頭を押さえて苦しみだす。
(ぎゃああああああ!)
安全なはずのアストラルボディの空中の香樓鬼もだ・・・。まあそういう宝珠なのだが。
二人は悶えていたが落ち着いてきている・・・。
少し回復したのか未来は少しさっぱりした顔で上半身を起こしている。
「あああ?あれ?つ、角がないなの。角が、あああ!溶けちゃったなの」
(ぁああああああ!ま、魔族の証があああああ!角が!角が溶けるなどと!?)
そう、二人の魔族の証である角は溶けて消えた。
「親子で似たような驚き方すんなよ!落ち着けよ、そしてよく聞け!呪詛を解いたんだぜ!呪詛を!おばさんも未来もDNAチェックしたことねえんだろ?元々!人間なんだよ!魔族の血なんて一滴も混じってねえんだ!・・・騙されてんだよ・・・ゲヘナに!うそだと思うなら病院でDNAチェックしてこいよ。魔族と混血どころか100パー人間なんだよ」
親子で騙される・・・とか、まあ基本的に真面目なんだよな多分。
空中で呆然自失している香樓鬼は魔力集中が解けたのだろう・・・葵と未来の目の前でアストラルボディが消えていく。
上半身を起こしていたが倒れこみつつ未来らしからぬ大声で驚いて声を荒げる・・・。
「えええええええ!ええええ・・・」
「・・・未来」
そして未来の声は段々小さくなっていく。
「ぇえぇぇぇぇ・・・ぇぇっく・・ぅぅ・・っく。そんなあ・・・そんなあ・・・どうしてもっと・・・どうしてもっと早く教えてくれないの・・・どうして・・うぁぁぁあぁ・・・」
「・・・」
「ぇ・っく・・・ぅわぁぁぁぁぁあ!・・・どうしてもっと、どうしてもっと早く教えてくれないの・・・教えてほしかったの・・・ぁぁあああああ!・・・あいつらは・・・あたしとママの身体を・・・かわるがわる・・・ぅううう・・・うぁぁぁああああああああ!」
「・・・未来はあたしが・・・」
そう言いかけて途中で辞めた。
泣きじゃくる未来に背を向けて少し離れて葵は魔力を纏う・・・。
“スプラッシュ”
“エラスティックショット”
“プリズン”!!
倒れている未来を中心に半径3m程の鋼線でつくられた檻が完成する・・・これは秋元未来を捕らえ逃げられないようにするため・・・ではなさそうだ。
直ぐそばで声がする。
「まあ予想通りだがな。葵竜王女殿下、QMの魔族襲撃の時言ったであろう。その御学友の女は怪しいとな」いつの間にかすぐ近くまで西園寺桔梗とプカプカ浮いている更科麗良、鋭い眼光の高成弟、そして巨漢の天野哲夫とその左肩に小柄な安福絵美里が座っている・・・“ホーリーライト”の5人だ。桔梗は続けて話す。
「まあしかし捕らえて頂いてありがとうございました、あとはこちらにお任せください。・・・我が降魔の地を汚してくれた罪は償ってもらうぞ。秋元キャサリン未来、貴様はテロ組織ゲヘナの一人として裁かれる。覚悟せよ」
「・・・こいつはもうゲヘナじゃねえ・・・」
そう言い捨て静かに気合が乗ってきている・・・下手をすると未来と戦った時よりだ。
「今なんと?如月神明睦月葵、第二竜王女殿下・・・」
「あたしのダチはゲヘナじゃねえ!あとあたしは如月葵だ・・・」
「あっちゃあ~」困ったわという感じで麗羅は自分の髪を触っている。
桔梗も既に気づいているだろう。
「テロリストの甘言に絆されるとは、まあ仕方ない。聞こえなかったことにしましょう。どちらにしても秋元キャサリン未来は重要参考人として身柄はこちらで管理させて頂く。少々テロ組織について質問もあるのでな。そして二度と表に出れるとは思わないように。聞こえているな秋元キャサリン未来」
檻の中の未来は何かを言っているが聞こえない、鋼線の檻は結界にもなっているようだ。
「断る!」代わりに応えるのは葵だ。
「第二竜王女殿下とはお話ししておりません」
やっぱり桔梗は気づいている・・・最初から葵と戦う気か。
「ダチの敵はアタシの敵だ、二度は言わない・・・」
「ではわたくしめと少しお話しでもしましょうか。殿下。・・・高成崋山、更科麗良。その妙な檻を破壊してテロリストを確保せよ」
桔梗と葵の間の緊張は空間を歪ませるほどジリジリと高まっていく。
「あっちゃあ。やっぱこうなるのよね」締まりのない声をだしつつプカプカと麗良は葵の横を通り過ぎる。高成弟はすでに鋼線でできた半球の檻の目の前だ。
二人が葵の横を通っても動く気配はなかったが・・・葵はじっと桔梗の目を見ている・・・ガンつけるという奴だ・・・。
―――高成弟はブレザーのまま妖刀だけを召喚して半球の檻に切りかかろうとした・・・瞬間・・・飛びのいた。
“風輪群現”!!
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